第13話 姫、ドレスを脱ぐ

 パブ兼バウンティーハンターギルドで、次に狙う賞金首情報を入手した。


 これから隣町に行きたいところなのだが……。


「エレナ姫。城へ送っていくぞ」


「なんで?」


「なんでって、俺はこれから賞金稼ぎの仕事をしにいくからだ」


「キールが行くなら、私も行く!」


 エレナはキリッとした強い表情を見せた。


「その理屈がよくわからないんだが。姫さんは城で大人しく待っていてくれ」


「イヤッ! 暇っ!」


 ――子供かっ。


 しかし、ここまであからさまに言ってくるってことは、退屈なんだろうな。

 とはいえなぁ……。


「キール。連れていってやんなよ」


 カウンターの中でグラスを拭いているアドルフが言ってきた。


「はぁ? それ、町の人間が言うか?」


「エレナ姫はさんざん城から抜け出しては、兵士はてんやわんやだ。見てるこっちは日常になってるが、連れていってやれば満足するだろ」


「犬の散歩とはわけが違うんだ。軽く言ってくれんな」


「俺だって、お前さんじゃなきゃ、こんなことは言わないさ」


「そうだよ。私だって、誰でもいいってわけじゃないから。キールだから言ってるの」


 エレナとアドルフの視線が強く突き刺さる。


「はぁ……わかったよ」


「ホント? ありがとう、キール!」


 エレナが嬉しさを爆発させるように抱きついてきた。


 薄い布越しに、押しつけられたエレナの柔乳の感触が伝わってくる。


「仕事に行くんだ。言うことは聞いてくれよ」


「うん」


 エレナは満面の笑みを下から向けてきた。


「もし、城の者に事情を聞かれたら、伝えとくよ。安心して行ってくればいい」


「姫さんが着いて行くってきかなかったと、ちゃんと伝えてくれよ」


 念を押すように、アドルフに言った。


 間違っても俺が誘って連れて行ったことにされたら困る。


 だからといって、エレナをドレスのまま連れまわすわけにはいかない。


 アドルフからいい店を教えてもらった。




 防具や服を扱う店にやってきた。


「別にドレスでもいいのに」


 エレナは商品を見ながら言う。


「さすがにドレスのまま歩かせるわけにもいかないだろう」


「ドレスならたくさんあるし、汚れても」


「そうじゃなくて、動きやすさとか……万が一のことがあったときに、体を守れるようにしておいた方がいいだろ」


「えっ、私も鎧をつけられるの?」


 目がキラキラさせているエレナ。


「鎧を着たいのか?」


「うん! 今まで着たことないから」


「兵士じゃないんだ。着る必要はない」


「えー」


「鎧は重いし、慣れていないと動きづらい。身につけてずっと歩くんだぞ」


「そっか」


「軽くて丈夫なものがいい」


 さすがに姫様を傷つけてるわけにはいかないからな。


「それなら、海賊みたいな格好がいい」


「そんなものあるか」


 バカバカしい。


「ありますよ」


 店主が笑顔でそれらしい服をみつくろってきた。


「あるのかよ」


「きっとエレナ様にピッタリですよ。たいていの切り傷や魔法にも十分に耐えられるものです」


 防御力が備わっているならいいか……。


「どう? キール」


 着替え終わったエレナの胸元は、深い谷間がはっきり見えている。


 それに、真っ白な肌の中心にへそもあらわになっていた。


 マント風のロングコートを羽織って、まさに女海賊だな。


「まぁ、ドレスよりはいいか」


 俺もマントの1つくらいは身につけておきたい。


「これも一緒に。全部でいくらだ」


「10万セピーです」


「うっ、10万……」


 一瞬で、賞金が吹っ飛んだ。

 9割5分は、エレナの服代だった。


 軽くて丈夫な物は、値段が高いよな。

 国王のツケにできないものか。


「エレナ様のドレスはいかがいたしますか?」


「パブのアドルフにあずけてくれ。事情は知っているから」


「かしこまりした。それでは、行ってらっしゃいませ」


 店主は大きな買い物をした俺たちを丁寧にいつまでも見送ってくれた。


 いっきに銭袋が軽くなっちまった。

 最初の買い物が姫さんのお出かけ服とは。

 まさかだな。

 次の懸賞金は200万セピー。さっさとつかまえる。


「エレナ姫〜。お出かけですか?」


 俺と歩く海賊姿のエレナに町の人が声をかけてきた。


「うん。これから賞金稼ぎに行くの〜」


 エレナは嬉しいそうに手を振る。


「そうかい。気をつけて行ってきてね」


 町人は冗談だと思って、笑っている。


「行ってきます!」


「そんなこと言っちゃっていいのか?」


「なんで? 本当のことだし」


 さっきからずっとエレナは笑顔を絶やさないでいる。


 なにがそんなに嬉しくて笑っているんだか。


「山賊の出る谷を偵察して、夕方までには隣町に到着したい。しっかり歩いてくれよ」

「うん。まかせて!」


 どこからその自信が湧いてくるんだ。


 リフレリア王都を出て、まずはレフエー村に向かう。


 エレナは見るものすべてが珍しいのか、ゆっくり過ぎゆく景色をきょろきょろ眺めていた。


 レフエー村を歩いてると、村人から感謝の言葉を何度もかけられた。


「よお、賞金稼ぎ! 次は、エレナ姫も連れて行くのか」


 宿屋の店主が声をかけてきた。


「勝手に着いてきたんだよ。俺といるほうが安全だとか」


「そりゃそうだろう。早速、お姫さまとお供するなんてそうとう惚れられてるんだろうな」


「どうなんだろうな」


「あっ、もし泊まっていく機会があるなら、2人だけの特別室を用意させてもらうよ。宿を守ってくれた礼だ。いつでも寄ってくれていいからさ」


「あぁ、その時は泊めてもらうよ」


「なになに? 今夜のお宿?」


 エレナが顔を挟んで来た。


「いや。いつでも泊めてくれるって話さ」


「ホント? この賞金稼ぎが終わったら来ようよ」


 俺の腕をつかんで振ってくる。


「あぁ、一段落したらな」


「わーい。こういうところ来たことないから楽しみ! キールとの夜が楽しみ!」


「ははは……変わったお姫さまだ」


 店主と同じ気持ちだと俺はうなずいた。


「今日は先を急ぐから、じゃ」




 レフエー村を通り過ぎ、しばらく進むと今回の賞金首である山賊が出るという谷に到着した。


 ここか。


 谷は狭く、荷車1台が通れるほどの幅しかない道。


 ――確かに、ここなら狙われてもおかしくない場所だな。


 辺りを見回しながら、谷間を進んでいく。


「エレナ姫。やたらむやみに俺から離れるなよ」


「うん!」


 すぐにエレナが体を寄せてきて、腕にしがみついてくる。


 腕の両側が柔らかいモノに挟まれた。


「いや、そんなに密着しなくてもいいんだぞ」


「離れるなって言ったのはキールだよ。私は離れないから安心して」


 どう安心すればいいんだよ。


 その時、空からモンスターかなにかの低い悲鳴が聞こえてきた。


 その声に怯えたエレナがさらに俺の腕を強く握ってきた。


 瞬時に声の方向に目を向ける。


 体勢を崩して落ちていく飛竜が見えた。


 みるみると高度を下げて、山の中へ落ちていった。


「エレナ姫、行くぞ」


「う、うん」


 飛竜が落ちた山の中へ向かう。

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