第12話 暗黒騎士パーティー6:幻惑の道(スレッグ視点)

 翌日の早朝、宿を出るときだった。


「おはようございます。今日も早いですね。今夜の分、予約取られていきますか?」


 店主が声をかけてきた。


「いや、もう戻ってこない。今まで世話になったな」


 ふん。また俺たちが戻ってくることを期待しているようだが、2度と顔を合わすことはない。


「そうですか。いってらっしゃいませ。良い旅を」


「あぁ」


 日が暮れる頃には、死霊の山を迂回した先に着いているはずだ。


 宿を出て、朝もやが立ちこめる死霊の山へ向かった。




 死霊の山を登りはじめると、徐々にもやが晴れていく。


「ここだな」


 しばらく歩くと、一本道が二手に分かれる場所にさしかかった。


 ここを左に行けば、霊魂ナチュラル・スピリットのアンデッドモンスター広場に行く。


「右に行くぞ。これで、ムダな戦闘をせずに死霊の山を迂回できる」


 アシルとミレイアはうなずいた。

 フィリオだけはまだ不服そうな顔をしていたが、何も言ってこなかった。


 俺は右の道を歩きはじめた。


 フィリオ、ミレイア、アシルの順番で俺のあとを着いてくる。


 細い道は、人が歩いた様子もあって歩きにくさはない。


 ――やはり、定期的に人が通っているな。


 誰かが死霊の山を迂回して、山の先と町を行き来しているようだった。


 はじめからわかっていれば2日もムダにすることはなかった。


 普通の人が行き来できるということは、モンスターは出ないのか?


 少し開けた場所に出たときだった。

 ガサガサッと、人とは違う足音が周囲から聞こえてきた。


「モンスターだ」


 フィリオがいち早く声を上げた。


 現れたモンスターは、獣のモンスター3匹。

 体は大きいが、恐れるほどのモンスターではなかった。


「アシル」


 俺が名前を呼ぶと、荷物を背負ったまま、大剣をすばやく振り回してモンスターどもをやっつけた。


 結局、モンスターらしいモンスターが現れたのはこの1度きりだった。


 またしばらく一本道を歩き進んでいった。


 大きなカーブを越えると、山側に腰を降ろしている女性が1人いた。


 突然の人の姿に驚いた。


 場違いなところにまだ若そうな女だったこともあり、違和感を覚える怖さもあった。


「大丈夫か? どこかケガをしているのか?」


「いえ、少し休んでいるだけですから」


 顔をあげた女は、念を押すように心配いらないとにっこり笑顔で答えた。


 とても美しい女性だった。


 ――しかし、こんな人がわざわざこんなところを通るのか?


 どこか不気味に感じるところもあった。


「それならいいが……。何でまたこんなところを?」


「私はずっと先の小さな村で暮らしていて、町まで買い出しに行った帰りなの。体調を悪くした母の薬もね」


 女は、背中に背負っていた荷物にちらっと目をやった。


 きゃしゃな体に似つかわしくない大きな荷物だった。


 ――なんて健気な方だ。ということは、俺たちよりも早く、先にこの道を歩いていたというわけか。


 俺はてっきり見えてはイケないものではないかと思ってしまったが、そうでないことに安堵した。


「それならその荷物を持ちましょう」


「そんな、ご迷惑はかけられません。大丈夫ですよ」


「なに、我々も行く方向は同じだ。そんな大きな荷物を持ってこんな道を歩き続けるのは大変だ」


「いえ、何度も歩いている道なので、そんなことは」


「なに。我々にとってその荷物は、荷物のうちにも入らない。アシル」


「あの、本当に大丈夫ですから」


「いいからいいから……」


 俺は彼女から無理矢理、荷物を引っぱりあげてアシルに持たせた。


 アシルはイヤな顔ひとつせず、軽々と彼女の荷物を肩にかけた。


「本当にいいんですか? 戦士さんたちの進み具合に影響が……」


「むしろ、こんなところにあなたのような方を1人置いていけませんよ。モンスターと出くわしたらなおのこと」


「モンスターですか?」


 彼女がきょとんとした表情を見せた。


「あぁ、そうだ。ちょっと手前で出くわしたばかりだ」


「今までこの道でモンスターと出会ったことはなかったので、いないものだと思ってました」


 死霊の山の脇道だというのに、なんて無神経な女だ。


「我々が通りかかって良かった。村まで送りましょう」


「ありがとうございます。では、お願いします。頑張って着いていきます」


 先頭を行く俺のすぐ後ろを彼女が着いてくる。


 進むペースは少し落ちたが、荷物を背負ってない分、彼女の足取りは軽そうだった。


「戦士さん?」


 女が背後から声をかけてきた。


「ん? スレッグでいい」


「スレッグさん。聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


「村まで送ってもらえるのは助かるのですが、ここを通っても山向こうに小さな村があるだけですど。スレッグさんたちは、どこへ行くんです?」


「我々は地獄の谷へ向かっている」


「えっ、地獄の谷ですか?」


「あぁ」


「村を通るルートだと、だいぶ遠回りになってしまいますよ」


「訳あって、このルートを辿ることになっている。我々の心配は無用だ」


「そ、そうですか……」


 何度か休憩をしながら、死霊の山の迂回ルートを進んでいた。

 日は少しずつ傾きはじめていた。


「村はまだなのか。かなり歩いたと思うが」


 ミレイアが口を開いた。


「えぇ、もう少しですよ」


 彼女の声は明るく軽かった。


「んっ、ちょっと待って?」


 今度はフィリオが声をあげた。


「なんだ?」


 足を止めることなく聞き返した。


「なんかさっきから同じところを歩いて気がするんだけど〜」


「そうか?」


「この辺りは同じような地形が続いているんですよ。何度通っても、同じように感じますから」


 彼女があっけらかんと答える。


「日が暮れるまでには村に到着するぞ」


 それから2度、同じような山際のカーブを通り過ぎる。


 徐々に木々が増えてきて、森の中に入って行く。


 鬱蒼とする木で、道はいっきに薄暗くなった。


 人1人歩ける道が続いているから、あっているんだろうな。


 後ろの女は何も言ってこないってことは、問題ないのか。


 まるで夜になってしまったような森の奥から、不気味な声が聞こえてくる。


 モンスターの声なのか、風のいたずらなのか。


「ちょっと、本当にこの道であってるの?」


 ミレイアの怒りがこめられたような声だった。


「えっ? あってますよ。怖いんですか? 魔法使いさん……」


 後ろの女の声は、なにかふくみを持ったものだった。


「スレッグ。やっぱり、この森、変だ」


 ミレイアが足を止めて、辺りを警戒するように見回している。


 ミレイアの感知にほとんどハズレはない。


 俺も周囲を見回した。


 暗闇がたたずむ木の陰から、紫色の幽霊らしきものが浮かびあがってきた。


 それもあちこちに現れては消えていく。


「おい、女。本当にこの道であって――ッ」


 ミレイアの声が突然、詰まった。


 ふり返ると、すぐにミレイアの驚いた表情が確認できた。


「いない! あの女はどこへ行った?」


 途中から一緒に歩いていた女の姿が、こつ然と消えていた。


 俺たちをあざ笑っているかのような、幽霊の不気味な声が森に響きわたっていた。

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