第14話 山賊のテリトリー
飛竜が落下した場所へエレナ姫とともに向かう。
谷を上がって山の中へ入った。
草木の生えた林の中を見た瞬間、違和感を覚えた。
――いたる所に罠が仕掛けられている。
「エレナ姫」
「はい?」
「必ず俺の後ろを着いてくるように」
エレナはパッと明るい表情を見せた。
「もちろんよ。私、キールに着いて行くんだから」
「そうじゃなくてだな」
エレナにふり返って、エレナの両肩に手を置いて、瞳をのぞきこむように見つめた。
エレナはゴクリと息を飲んだ。
そして、顔を赤らめる。
「ちょ、ちょっと、キール。こんなところで急に?」
エレナは意を決したように目をつむって、唇を閉じた。
「おい。なにを期待している」
「えっ、キス……してくれるんじゃないの?」
――なんで、こんなところで。
「いいか。この山は普通の山じゃない。山賊のテリトリーだ。あちこちに罠が仕掛けられている」
「そ、そうなの?」
俺が真剣に話したせいか、エレナもいつもと違うと悟ってくれたようだ。
「罠のないところを俺が歩いて進む。姫は俺のあとを歩いてくれよ。もし、勝手に歩いたりしたら、罠にかかっちまうからな」
「わかった」
エレナは強くうなずいて見せた。
歩き出すと、俺とエレナが落ち葉や草を踏みつける音しか聞こえない。
落ち葉が不自然に盛りあがった場所をよけて歩く。
ロープも落ち葉に隠されていて、木の幹や枝にはわせた仕掛けも見え隠れしている。
――これじゃあ、谷を迂回して山の中は通れないな。
罠を見極めながら、道なき道を進んだ。
エレナもなんとか着いて来ていた。
真新しい布や薬草やポーションの類いがところどころ落ちている。
そろそろか。
そして、飛竜が落ちた場所に到着した。
こまごましたものが散乱する中に、首をだらりと伸ばして動かない飛竜がいた。
「キ、キール? 飛竜は大丈夫そう?」
エレナが心配そうに聞いてきた。
――飛竜は息をしていないのか。
「見た感じだと……ん?」
飛竜の首元にダガーが突き刺さっているのを発見した。
表皮に沿って鮮血がゆっくり細く流れて出ていた。
しかし、ダガーの刃は半分ほどしか刺さっていなかった。
こんな浅い傷で短時間に死ぬほどドラゴンは弱くないはず……。
俺は飛竜に刺さったダガーを抜く。
簡単に引き抜くことができた。
「毒か……」
「毒?」
エレナがおそるおそる俺の背後から顔を出してきた。
「ダガーに毒が塗られていて、刺さったら、すぐに全身に毒がまわる。即効性のある毒薬だろうな」
飛竜の血が着いていないダガーの刃には、うす紫色の液体が塗られているように見える。
「それじゃあ、この子は……」
「ここに落ちて、少しして死んだだろうな」
「どうしてこんなこと……」
「それは、山賊が物を奪うためだろうな。そういえば」
この飛竜に乗っていたやつは?
俺は辺りを見回す。
あれは?
「姫さんはここにいてくれ。ここから動くなよ」
「え、うん……キールはどこに行くの?」
「すぐそこだ。人が倒れてる。たぶん、見ない方がいい」
「う、うん……」
エレナは両手で自分の胸の中心をおさえた。
飛竜から少し離れて倒れている人に近づいた。
――荷物の持ち主。商人か。
服装からして、ドラゴン乗りではなさそうだった。
なんとしてでも荷物を運ぼうとして、飛竜を使って飛んでみたものの狙われたか。
胸から大量の血を流して、世界が終わったような苦悶の表情で息絶えていた。
胸をひと突き。
逃げ惑う人間をムダなく刺せるということは、やはり手だれだな。
カネも奪われているみたいだな。
エレナの元に戻りつつ、散乱した物を見回す。
金目のものがない。
山賊に奪い去られている。
完全に狙われていたな。
「キール、どうだった?」
エレナにそう聞かれて、静かに顔を左右に振った。
すると、エレナが俺に体をくっつけてきた。
「キール、怖い」
エレナの体が震えていた。
城を出て、すぐにドラゴンと人の死を目の前にしてビックリしたんだろ。
「殺したヤツはこの辺りにはいない。大丈夫だ。俺がついてる」
エレナの肩に腕をまわす。
――まぁ、着いてきたのは、姫さんなんだけどなぁ。
「うん……キール」
「なんだ」
「早く山賊を捕まえてね」
「もちろんだ。その前に情報を集める。日が暮れる前に町へ行こう」
「うん」
谷に沿って町方面へ山の中を進んでいく。
しばらくして、俺たちが歩く音以外の音が聞こえてきた。
……けて……ださい……
かすかに女の声が聞こえた。
「しっ!」
エレナに手を向けて歩くの止めた。
エレナはなにごとかとサッと自分の口を両手でふさいだ。
たすけて……ください……
「あっちから聞こえる」
エレナが林の奥を指差した。
その方向に歩いていくと、まもなくその正体がわかった。
女の子が空中で逆さ吊りになっていたのだ。
山賊の仕掛けた罠にかかって、足首にロープが巻きついて引っぱり上げられていた。
ぼろ布をただかぶっただけのような服がひっくり返って、女の子の首のところで引っかかっている。
成長がはじまったばかりような幼さの残る身体があらわになっている。
「たすけてください……」
「今、助ける。じっとしていろ」
「は、はい」
サッと飛びあがって、空中で足を吊りあげているロープを切る。
落下しそうになった少女をすぐさま抱きかかえて着地した。
少女の首にかかったぼろ布服をもとに戻してやって、やっと水色髪の少女の顔を確認できた。
まだ15才にも満たない子供のようだった。
――なんでこんな子が、こんなところを。
「あ、ありがとうございました。急に引っぱりあげられてしまって困っておりました」
少女が腰から深々と頭を下げた。
「いや、ケガもなく、たいしたことなくて良かったが、どうしてこんな山の中に?」
「あの、王都へ仕事を探しに行く途中なのです。谷はあぶないから、海側の道を進んでいたつもりだったんですが、なぜか山の中に来てしまってて……ごめんなさい」
突然、少女がまた深く頭を下げた。
「怒っちゃいない。その年で仕事って大変だな」
「はい……わたし、何をしてもうまくいかなくて、すぐにクビにされてしまって……あの、もう私、行かないと。助けてくださり、ありがとうございました」
また一礼した少女は歩き出した。
道なき道を進んでいく。
「あっ、おい、そこはっ」
「キャァーーーーー」
少女は罠にかかって、また逆さ吊りになってしまった。
ボロ布の服がひっくり返ってしまう。
「ったく……」
キールはまた少女を助けて、罠が張られていない山道を一緒に歩いた。
「ここからまっすぐ行けば、谷向こうの道に出る。そこからまっすぐ進めば王都だ」
「はい。なにからなにまでありがとうございました」
まっすぐ進めば罠にはかからない。ここまで来れば大丈夫だろう。
少女の背中をエレナともに見送った。
「時間を使っちまった。俺たちも町へ行こう」
「うん」
また谷に沿って山を越えて、隣町へと向かった。
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