第7話 家をもらう賞金稼ぎ

 翌朝。少し日が昇りはじめた頃。


「それじゃあ、また朝食のときに……」


 チュッ!


 エレナのやわらかい唇が重ねられた。


 微笑みを隠しきれないままのエレナは、生まれたままの姿でベッドから出て、ピンク色の寝巻きを着る。


 そして、俺の部屋からそっと出ていった。


 ――たまには、こんなきれいなベッドでのも悪くないな。


 俺のすぐ横には、さっきまでいたエレナの温もりが残っていた。

 まさか、夜にエレナの方からやってくるとは思わなかったが。


 ――たまには、こんな日があってもいいだろう。


 しかし、ジルという侍女もよくエレナを俺の部屋まで連れて来れたもんだ。


 ジルがうまくやってくれたから、とエレナは言っていたが、こうも王の娘姫を男の元によく差し出したな。侍女という役目をなんだと思っているのだろうか。


 もし、これが王の耳に入れば、仕事を失うんじゃないか?


 まっ、エレナと俺が良かったならいいのかもしれないけど、いまさらこの事実が変わるわけでもないしな。


 朝食まで時間はある。もうひと眠りするか。




 コンコンと部屋をノックする音がして、俺は二度寝から目を覚ました。


 朝食の準備ができたことを伝えられて、案内役の後に着いていった。


「昨夜はよく眠れたかな、キール」


 部屋に入ると、バルドウィン国王が聞いてきた。

 国王以外にも王妃やエレナたちがすでに席に着いていた。


「はい。久しぶりにゆっくりと寝ることができました」


「それは良かった。朝食もしっかり食べていってくれ」


「はい、ありがとうございます」


 空いている席は、エレナの隣だけだった。エレナにココという手招きにうながされて座った。


「おはよう、キール」


「あぁ、おはよう」


 今日2度目の笑顔のエレナの挨拶だ。


 悟られないよう今が今日最初の挨拶だというように返した。


 エレナが朝方まで俺の部屋にいたとは誰も思っていないようだ。静かに朝食を食べていた。


「キールよ。あとで家の方に案内させる。お主のものだから、自由に使ってくれて良いからな」


「わっ、あ、はい」


 口の中に詰めこんだものを急いで飲みこんだ。


「はい、ありがとうございます。ありがたく使わせていただきます」


 ――すっかり忘れてた。まさか、本当に家をもらえるとは。




 朝食を終えて、案内役の男についていく。


 エレナも一緒についていくときかず、エレナも一緒に行くことになった。


 お姫さまも暇をどうつぶすか、いろいろ大変なのだろう。


 城を出ると、すぐに町並みが広がっている。


「この辺りはどれも立派な建物だな」


 周囲の家々を見てつぶやいた。


「この辺りは、リフレアリの中でも上級民エリアです。キール様の家もこのエリアにご用意しております」


 案内役の男が答えた。


「ほぉー」


 これで早くも上級民の仲間入りか。


「素敵な家ばかり」


 エレナも物珍しそうに辺りを見回していた。


「普段、城から見てるんじゃないのか?」


「屋根は見えてるけど、ほとんど町の中を歩くことはないから」


 そりゃそうか。姫さんがそうしょっちゅう町中を歩くわけにもいかないのだろう。

 飛竜に乗って、空を飛ぶ気持ちも今ならわからなくもないな。


「キール様、着きました。こちらの家でございます」


「えっ!」


 おいおい、こんな立派な家をもらっていいのか。


「誰も住んでおりませんでしたので、とてもきれいでございます」


 家の中に入ると、家具のほとんどが備えつけられていて、俺には価値の見極めがつかない調度品も置かれていた。


「お部屋もそれなりにあるので、ご自由に使ってください」


「掃除が大変になりそうだな」


「あっ、それなら定期的に係の者がやりますので気にしないでください」


「あぁ、それは助かるよ」


 家賃も掃除もタダ。いたれりつくせりだ。


「わぁ~、ここがキールの家。いいなぁ。私もここに住みたい」


 ――いや、ここよりも断然いいところに住んでいるだろうに。


 エレナは部屋の中を踊るように歩き回る。


 くるっと体を回転させると、ドレスの裾がふわりと広がって、無駄な肉のない白いふくらはぎが見え隠れしていた。


 ハハハと、案内役の男は苦笑する。


「ねぇ、キール。夜はココに帰ってくるんでしょう?」


「あぁ、たぶんな」


「夜は私もココでたいな……」


 エレナが近づいてきて俺のそばでつぶやいた。


「城を抜け出せるんならな」


「うっ。でも、ジルになんとかしてもらう!」


「頑張れよ」


「うん!」


 ――ジルさんよ。あんたの主、しっかり見張っておいてくれよ。


「では、家の引き渡しはこれで」


「あぁ、ありがとう」


 男は部屋を出ていこうとする。


「あ、城に戻るなら姫さんも一緒に」


 俺はエレナを差し出した。


「それは私の仕事ではないので」


 男はそそくさと家を出ていってしまった。


「2人きりになったね、キール」


 エレナが上目遣いで見つめてきた。


を期待している」


「だって、2人きりだよ」


 エレナが俺の体に引っついてきた。


「まだ昼前だぞ」


「でも、2人だよ」


「俺はやることはあるんだ。城へ送っていく」


「キールに着いていくっ!」


「はぁ?」


「うちの兵士より、キールといる方が安心だし」


 まぁ、嘘ではないが……普通に言いやがって。

 城のやつらが聞いたら悲しむんじゃないか。




 俺は仕方なくエレナを連れて、パプ兼バウンティーハンターギルドにやってきた。


「えっ? エレナ様?」


 カウンターの中にいた店主が目を丸くした。


 エレナは微笑んで見せた。


「エレナ姫、ここに座って静かにしていてくれ」


「ハーイ」


 カウンター席にエレナを座らせた。


「勝手に着いてきたんだ。迷惑だったか?」


 俺もエレナの隣の席に座って店主に言った。


「い、いや、驚いたというか……。というか、あんたもあんただ。たった1日で賞金首をつかまえて、町の有名人になったな」


「俺はキールだ。キール・ハインド」


「私はアドルフ・ルットマン。よろしくな」


 カウンター越しに握手を交わした。


「あぁ、よろしく。早速、賞金をもらいに来た。あと、昨日あずけた剣を返して欲しい」


「もちろんだ」


 アドルフは店の奥へ入っていった。


「あんたの剣と賞金の12万セピーだ」


 すぐに戻ってきて、剣と賞金の入った布袋がカウンターに置かれた。


「これで少しは暮らしていける。水はいくらだ?」


「いや、いいさ。あっという間に町を救ってくれたんだ。気にするな」


「そうか。ありがとうよ」


 アドルフは笑顔で静かにうなずくだけだった。


「これがキールの剣?」


「あぁ」


「すごいね。その剣を使わずにあの人を倒しちゃったんだ」


 エレナはキラキラ瞳を俺に向けてきた。


「キール。あんた、本当は相当強いだろ? 島流しにしたパーティーは、バカを見るな」


「ふん、今さらパーティーのことはいいさ。それより、また手ごろな賞金首を紹介してくれ」


「早速か……そうだな」


 アドルフはカウンターを出て、いくつもの手配書が貼られた壁に近づいた。


「コイツはどうだ」


 壁からはがした手配書を差し出された。


「山賊のテオ・リュッカー。A級の賞金200万セピー」


「へー、いいねー」


「レフエー村とその先にある町・ロマッサの間にある谷に良く出る。商人たちの荷車が奪われたりして、行き来できず、商品が届けられないでいる。荷車が通れる道はそこしかなくて狙われてるんだ」


 次の賞金首をりに行くのだが、そう、エレナも着いてくるというのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る