第5話 エレナ姫を救う

 マテウスは、剣をエレナの首元に近づける。


「エレナ姫。不用意に動かないでください。私はあなたのまだ汚れていないきれいな体を傷つけたくはありません」


「は、はい……」


 エレナはゴクリと息を飲んで、体を硬直させた。


「傷は、をいただくときだけ」


 マテウスはエレナ首筋ぎりぎりに舌を伸ばして、舐めあげる仕草をした。


 ――相当クソったれなヤツだな。


「賞金稼ぎさんよ。もし、このまま俺とやり合えば、エレナ姫もお前も痛い目に合うぞ」


「その人質に傷をつけてくれた方が、お前の賞金額が上がっていいかもしれないな」


「貴様、姫が傷ついてしまってもいいのか?」


「傷つけるとしたら、俺じゃなく、お前だよ。俺は、姫さんも俺自身も無傷」


「そうさ、エレナ姫が傷つくのは、俺との初めてのときさぁ」


 本当にナニを言ってるんだ、コイツは。


「痛い目に合うのは、マテウス、お前だよッ――」


 俺は短剣を握ろうとしていた反対の手で投擲ナイフを投げた。


「そんな物で俺がやられると思うか」


 投擲ナイフはマテウスの剣で弾かれる。

 その一瞬の隙に、俺はマテウスとの間合いをつめた。


「イッ、ターーー」


 俺は、剣を握るマテウスの手の甲に、隠し持っていたナイフを出して刺した。


 マテウスの手から剣を落ちる。


「姫様の風上に置いておくには、兵士としても人としても下種過ぎるぜ」


 俺はエレナを抱きかかえて、マテウスを回し蹴りした。


「グハァァァァ」


 マテウスは吹っ飛んで、木の幹に激突してその場に倒れて動かなくなった。


「これが兵士4位かよ……ったく、威勢だけは1位だったかもな」


「あんた、強いんだな」


 宿屋の店主が出てきた。


「いや、別に俺は……」


 村の家々から人々が出てきて口々に、俺は感謝の言葉を述べられた。


 気づけば、エレナを抱きかかえたまま拍手を浴びせられていた。


「あ、あの、ありがとうございました」


「別に俺は、賞金首を取りに来ただけだ」


 俺はゆっくりとエレナの足を地面につかせて立たせた。


「ケガは……なさそうだな」


「はい。あの、なんてお礼を言ったらいいか」


「まぁ、姫さんもあんなヤツに目をつけられて大変だったな」


「へっ? いえ、私はあの方を存じ上げてはおりません」


「元、城の兵士だと」


「そ、そうだったのですか?」


 まぁ、なにも知らないなら、それはそれでいいか。

 知らない方が気楽でいられるだろう。


「はぁ……でも、本当になんとお礼をしたらいいか、よければこの体でお礼を……」


 エレナは胸を突きだしてきた。


 ――な、なんだ?


「姫さん、誰に教えてもらったのかは知らないが、そういうことは大事な方にとっておくもんだぜ」


「侍女のジルに教わりました。今、私の命があるのは、あなたのおかけです。だから、あなたが大事な方。だから……この体でお礼を……」


 ――おい、侍女、ジル。

 ――いったい、誰に何を教えているんだよ。


「おい、姫さん。落ち着けって。こんな人目につくところで、そういう行動はするもんじゃない」


「そ、そうなんですか?」


「あぁ、そういうもんなんだよ」


「では、城で」


 だから、そうじゃなくて……。

 俺は頭を抱えた。


 なんだろう。

 マテウスに姫が襲われていたら、いろんな意味で大変なことになっていただろうな。


「さぁ、行きましょう」


 エレナ姫は俺の薄い袖の布を引っぱった。


 おいおい、本気か?


「あ、そうでした。飛竜で私は……」


 一歩進むやいなやエレナは止まって、空を見上げた。


「あぁ、あんたを落としていった飛竜は、向こうの方へ飛んでいったぜ」


「ありがとうございます。飛竜を探してきますので、ここで待っていてください……えっと、お、お名前は……」


 エレナは少し恥ずかしそうに聞いてきた。


「キール。キール・ハインド」


「キール・ハインド。では、キール、少しここで待っていてください」


「いや、待て待て」


 俺はエレナの細い腕をつかんで止めた。


「あの、なにか?」


「そんなドレス姿で飛竜を探しに行くのか?」


「ええ。これが私の服ですから」


 当たり前のように言ったエレナはまた歩きだそうとする。

 俺は腕をつかんだままだった。


「ちょっと放してください。飛竜がいないと城に帰れませんよ」


「飛竜がいなくても城には帰れる。歩いていくことにはなるけど」


「なら、そうしましょう」


「ちょっと待ってくれ」


 気を失って倒れていたマテウスを肩に抱えた。


「その方も?」


「コイツは賞金首だから、俺がちゃんと捕まえて連れて行かないとカネがもらえない」


「お金……なら、私がお父様に言って」


 お父様って、国王だような。


「もし、かけ合ってくれるなら頼むぜ。あまり、期待はしないがな」


「はい。私の命を助けてくださったキールのため何としてでも」


 正直、ギルドで聞いた話からすれば、国王からの報償金は期待できないのが本音だ。

 まっ、懸賞金がもらえれば、なんとかなる。


「それじゃあ、城へ帰りますか」


「はい」


 村の衆に見守られながら歩き出した時だった。

 空から飛竜が3頭、降りてきた。


「エレナ様」


 城の兵士だった。

 そして、馬に乗った兵士たちもあとからやってきた。


「エレナ様、ご無事で」


 飛竜から降りてきた兵士が近づいてきた。


「ええ。この方に助けていただきました」


「あなたは……こ、コイツはマテウス。もしかして、あなたが?」


 抱えていた気絶しているマテウスを見て兵士は目を丸くした。


「賞金首だって聞いてな」


「では、賞金稼ぎか?」


「ああ。ついさっき賞金稼ぎに転身したばかりでね」


「まさか、傷ひとつつけられず、マテウスを気絶させるとは」


「そんなに強いの?」


「マテウスの剣技は兵士の中では上位です」


「ふーん」


 コイツは口からの出まかせを言っていたわけではなかったのか。

 とはいえ、この程度の実力か。


「ところでエレナ様。お乗りになっていた飛竜は?」


「向こうに飛んで行ったって」


「わかりました」


 兵士は、飛竜に乗った部下に指示を送った。

 エレナが指差した方向に兵士を乗せた飛竜は飛んでいった。


「それでは、エレナ様。城へお連れいたします。私の飛竜にお乗りください」

「いえ、私はキールと一緒に帰ります」

「えっ?」


 エレナは俺の腹部に腕を回して抱きついてきた。

 俺から離れないと決意したように体をぎゅっと抱きしめてきた。


 むにゅっとエレナの胸が押しつけられているのがわかった。


 それを見ていた兵士は、呆気にとられた。


「しかし、エレナ様を歩かせるわけに……」


「いいの。これから私はキールと城の人目のつかないところへ一緒に行くから、着いてこないで」


「えっ? えっ?」


 兵士は、自分の耳を疑うようにエレナと俺を交互に見つづけていた。

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