全天の墓守

玄武 水滉

第0話





 王国騎士団団長のクレイヘムは、己の命である城下町を見て思わずため息を吐いた。

 クレイヘムは若い頃からこの王国の騎士として命を賭してきた。戦争で数多の命を奪い、そして王国を守り切った英雄である。彼にとって王国とは、命を捧げるに値するものであり、そして宝であった。

 そんな彼は今現在、どんよりとした暗い顔で大通りを歩いていた。見る人が見ればきっと体調が悪いのだろうと心配する程には、クレイヘムの表情は暗い。

 無理もないだろう。大通りには人一人歩いていなかったのである。

 そろそろ寒季が来るからという訳ではない。寧ろ寒季でも大賑わいで人で溢れかえるのがこの王国の人々であった。

 さて、寒さにも負けない程の屈強な王国の人々が、外に出歩かずに家に篭っている理由は何か。

 それを解決する為にクレイヘムはとある場所に向かっているのだが、やはりその表情は明るくない。


「団長! お疲れ様です!」

「あぁ……お疲れ」


 外に出たがらない住民の為に、食糧を配給しに家を回っていた部下の騎士が駆け寄ってくる。背筋を伸ばし、忠義が見て取れる彼を労い、そしてクレイヘムはとぼとぼと歩き始めた。

 そんなクレイヘムを不思議に思う部下。


「どこか体調が悪いのですか?」

「いや……そうだ。お前もついてきてはくれないか?」


 クレイヘムの言葉に目を輝かせる部下。先程も言ったがクレイヘムはこの王国の英雄である。彼について来てくれないかと言われるというのはつまり、英雄に認められた証でもある。勿論クレイヘムにそんな魂胆はないし、なんなら身代わりにしようとまで考えている。


「何処へですか!? 団長となら何処へでも──

「墓守の所だ」

「あー、配給がまだ終わってませんので失礼します!」


 脱兎の如く駆けた部下を見て「できる事ならば俺も逃げたい」と呟くクレイヘム。

 そう、彼の表情が浮かばない大きな理由はこれから向かう先、王国の民を弔う墓所。その墓所にいる墓守に用がある。

 飄々とした表情の墓守。彼、いや今日は彼女かもしれない奴の顔を浮かべて、クレイヘムは今日何度目か分からないため息を吐いた。決して悪い奴ではないのだが、クレイヘムが苦手とする理由。いや、この国民の殆どが苦手とする理由があった。


 それは墓守の放つ濃密な死の香りである。クレイヘムが戦争で何度も嗅いだ事のある匂いだ。臭いとかそういう訳ではなく、死を漂わせているのだ。当然墓守だから仕方のない事だとクレイヘムは思っているのだが、仕方のないと割り切る事と、苦手なものは別だ。それも行くのも嫌になる程の。

 大通りを抜け、少しずつ人が居た形跡がなくなっていく。住宅が消え、店も消え、そして手入れも消えた。生えに生えた雑草の生い茂る道を歩き、その先に墓所はある。


 すると突然死の香りが強くなった。

 もしかしてとクレイヘムは歩く道の先。向こうにある墓所の入り口を見る。

 男が一人立っていた。クレイヘムに向かって手を振り、その手には雑草を切ろうとしていたのか鎌が握られている。

 笑顔を浮かべクレイヘムを見据える彼は、声に出さず口だけを動かしてこう言った。


『いらっしゃい、クレイヘム』と。

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全天の墓守 玄武 水滉 @kurotakemikou112

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