第5話 最後の悲劇①
ヴァイオレット彗星が降ってきたことによって、僕たちが住んでいた街を中心に、トリハラさんが実験で利用していたウイルス:アイシクルー18が日本各地で大流行し、今や世界中に飛び火し大きなるパンデミックを形成していた。
しかし、夕雫の未来予知の能力のおかげで僕たちが暮らしている避難場所では、パンデミックを抑え込めていた。お陰で何でか記者さんがめちゃくちゃ来て、取材を僕たちは多く受けた。
特に多くの取材を受けたのは、やはりこの対策の要である夕雫であった。
うん、これはしゃあない。しかし、数多くの取材の受け答えは、彼女を大いに苦しめた。
元々彼女は人の心を読めるため、その時点で大変だと思う。しかもその上、多くの人数で来るため、読むために多くの負担が付きまとうのであろう、日に日に彼女の顔色が衰えていった。
そんな取材に追われていた、そんなある日の朝。
あの出来事は急に訪れた。
「おい、令央!ちょっと来てくれ!大変なんだ!」と切羽詰まった声で、テレビがおいてあるため多くの人が集まっている、本堂内にいた僕を汐音が大急ぎで呼びに来た。
「なんだ、そんなに慌てて、それに何が大変なんだよ。別に人が倒れたりはしてないんだろ?」
「うんまぁ、確かに。人が倒れたとか、そうい事ではないんだけどさ。それでも、大変なもんは大変なんだ!早くこっちに来て!」と本気で慌てている汐音に引きずり出されるようにして本堂から連れ出された僕は、本当に大変なことが起こったからであろう。いつもは僕と汐音と夕雫の三人が一緒に座っているだけで狭いと感じている。住居スペースの端に設置してある事務スペースに俺たち学生人全員が集まっていた。
「えっと、みんな集まってどうしたの?なんか大変なことがあったんだって、こいつが言ってたけど…」とみんながなんも言わずにただ下を向いているだけだったので、仕方なく僕が切り出すはめになった。
「うん、これ。この記事見てみて.........」と湊本さんが自分のスマホを差し出してきた。
記事?僕たちは取材されているんだから、記事が出るのは当然なんじゃ?
なんて、暢気なことをのこのこと考えていたということをめちゃくちゃ恥じなくてはいけないことが書かれていた。
それは、夕雫の読心:人の心を読める、能力についてと未来予知の能力についてだ。そのことに加えて、彼女が元は不登校児であったことまで何でもないことのように…。いやこれは寧ろ、最高の話題提供だと思って書いているらしい。
どうやって許可なくこのようなことを書くことができるのだろうか。
僕には全く訳が分からない。しかも、今この記事に書かれていることは、取材を受けるにあたって僕たちチームが全員で予め決めたことに反する。
そのルールは、夕雫の能力については絶対的な守秘義務が発生し、誰に対しても話さないこと。その上で、今回の対策は体調を崩している人を中心にただ治療をしていただけだと報告すること。
これは、超絶絶対事項なのに…
なんて思っていた。僕の隣ではもう本当にこのまま気をなくしちゃったら天に召されちゃうのでは?なんて心配になってしまうほどに顔色が真っ青になっている夕雫さんが、碧唯に支えられつつやっとって感じで立っていた。
「えっと、私ちょっと休んでくる。碧唯も来なくていいよ。有難う。」と言って、碧唯も引き連れずに自分の移住スペースに帰って行ってしまった。
みんなの気持ちを読んでしまったのか、それともそんな余裕なんてなくてただ単に休みたくなったのか。それは僕たちには分からない。僕たちは彼女のように心を読むことは不可能だから。
そんなことを考えつつ、僕たち平凡なものができたのは黙って彼女の後姿を見つめることしかできなかったのであった。
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そんな日から、数日たったとある週末。
「令央ー!夕雫ちゃんが『部屋に来て~』って言ってたよ」という姉からの伝言を受けて、彼女の部屋-というか住居スペースに行く。
あの子はあの記事が世の中に出回り始めてから、部屋から一歩も出なくなってしまったのだ。
それだけ彼女が受けたショックが心身ともに物凄かったのだろう。
それに、僕たちはあの後、事実関係の調査とか言ってわんさかやって来る記者団に答えなくちゃいけなかったし、SNS上でも大炎上を巻き起こしていた。そのため、ことの収拾に手間取ってしまったのは紛れもない事実である。
そんなことを思いつつ、彼女の部屋に到着。入口にかかっているカーテンを開けて中に入ろうとしたところ、中から夕雫が顔を出した。
「ああ、令央来たんだ。早かったね。」と前よりも顔色も悪く、元気もなかった。
「えっと、どうしたんだ?」「うーん、何となく海に行きたくなったからついてきてくれる?」
なんて言い出した。海?あそこにはあの彗星が降ってきたまんまの状態で放置されている。自衛隊などが、街の復興に力を入れていたため、海までは出られるよう道は整備され始めたけど…
「それは別にいいけど、歩いていくつもりか?ここからだと半日くらいはかかるんじゃないか?」
「ああ、そうか。今は歩かないといけないんだった。前みたいに気軽にはいけなくなってるんだったね。自衛隊から車とか借りれたらいいけど。」と言う。まぁ、確かに借りれたらいいが…って言ってもまだ未成人なので運転できないけど.........兄と姉は免許持ってるからいつも使いまわしてるんだけどなぁ。
ぼくが移動手段として日ごろ使っていたのは自転車だ。それに七月の下旬に誕生日だった僕は最近暇な時間を活用して、原付の免許を取ったところだった。
だから、バイクだったらいいんだけどなぁ。しかし、俺の記憶のうちだと自衛隊にバイクはなかったと思うんだよな。
なんて思ってぼさっとしながら、方向転換していると、「あれ?令央君何でこんなとこにいるのー?」と花さんが揶揄しに来られた。
「あ、ちょうどよかった花さん。自衛隊にバイクってある?」
「バイク?偵察用のオートバイならあるけど?それがどうかしたの?」
「こいつが海に行きたいって言うから、良ければ貸して貰えない?」
「もちろん、いいよ。たまには気分転換も大切だよね。」
と許可を受けて、借り受けた単車で海を目指すのだった。
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