第7話 探偵の助手たち②
そしてその翌日の夕方。学校からの帰り道に途中下車し、
「犯人はあちこちで描いてんだなぁ。随分熱心な奴だ」
「ストリートアートとかって、色んな所に描きまくるんでしょ?だったらこんなものじゃないの?」
「この分じゃ、他の駅に行ってもあるんじゃねぇかな」
「そうかも。もっと範囲を広げないといけないのかな〜」
駅のホームでベンチに座り、祐実たちは電車を待っていた。
「場所を見て回るのもいいけど、そっからどうやって犯人見つけ出すんだろう?」
勲はふと疑問に思った。祐実は「そうだねぇ」と前置きしてから
「ある程度範囲を確認したら地図でその場所をチェックしていって、犯人の行動に規則性がないか探るの。あとは聞き込みでその落描きがいつから現れたのか、もしくは犯人を目撃していないか、そういうことも調べる。で、出来れば犯行現場を予測して、写真を撮って犯人の動かぬ証拠を抑えて、そいつに落描きを止めさせるって作戦…じゃないかな!」
物知り顔で祐実は喋った。
「ふぅん。結構忙しいのな。でも茂木さんがそれやるかはわからないだろう?あの人、調べさせるだけ調べさせてどうすんだろうな。それにもしかしたら犯人は一人じゃなくて複数いるかもしれないぜ?ああいうストリートのって結構グループでつるんでそうじゃん」
「う。まー、同時多発の可能性はあるよね」
祐実は言葉に詰まった。意外にも勲の考えは、祐実の考えが及んでいなかったところを突いてくる。すぐに祐実は「あ」と口を開いて、自分の携帯電話を取り出して写真データを開いた。
「あのさ勲、あの落描きってどうやって描いてんだろう。今まで見つけたのってどれも大きさも形も全部一緒だよね?」
ほら、と言って祐実は携帯電話の小さな画面を勲に見せた。勲は画面をスライドさせて写真を二つ未見比べてみる。写真は商店街で撮った落描きと今日矢津橋駅で見つけた落描きだ。言われてみれば二つは、撮る位置が違うので大きさは正確には言えないが、形は二つとも同一。妙な崩れ方もしていないので、デザインも全く一緒だった。
「型紙でも使ってスプレーでシューてやってんじゃないの?」
勲はスプレーを吹く真似をしてみせて言った。
「スプレーでやったとしても綺麗すぎない?スプレーなら飛沫みたいな細かいのがありそうなものなのに、この落描きはどこのをみてもそんな汚れはないし、線はいつもシャープに描かれてる。これは何かあるのかな。…ってちょっとなによ。そんなに笑うことないじゃない」
勲がくすくすと声を抑えるようにして笑っている。
「わりぃわりぃ、紺藤が随分と凛々しくなってるから。変わり様がすげぇなって」
「真面目に聞いてよ、まったく。勲のくせに生意気な」
言われて少し顔が赤くなってしまった。慥かに普段の自分よりも活発なのは分かる。
やがて電車が来た。
明日も捜査を続けるということにして、二人は帰途に着いた。
× ×
「じゃよろしくねぇ~」
茂木探偵は軽薄で呂律の回った口調で電話を切った。そこは夕方が近づくにつれ賑わいを増してきた居酒屋である。繁華街によくある半個室のチェーン店で、周りから覗かれることもなく周囲の雑音が大きいため、内密の会話をするには格好の場所だ。その一角で茂木探偵は一人の女と対面していた。電話を切ったところで
「噂の即席助手かね?」
と女は訊ねた。低く、少年とも妙齢の女性とも言えぬ中性的な声だった。外見も一瞥では判断しかねるいで立ちである。少し長めの髪は撫でつけるようにして後ろへ流し、細身の男物のデザインの黒いスリーピースのセットアップスーツに黒い艶のある革靴。そのスーツは生地の質感や体にほどよく合ったサイズ感からオートクチュールだと窺え知れる。
「そうです。意外にもよく働いてくれちゃってるんですよ」
軽薄な口調は変わりないが、呂律が回ったような喋り方でもなく、目も全く酔いを感じさせない。女は探偵の手元に冷水のコップが手付かずのまま置かれているのを、一瞥した。入店してから注文をしたものの、彼は何も一切手を付けていなかった。同席の女も同様に何も手を付けず、腕組みをしてシートに背を預けるようにして腰かけている。
「子供の躾が得意だったとは私も意外だったよ。例の学校の生徒なんだろ?教師にでもジョブチェンジするかね」
「ご冗談を」
「学校の生徒を取り込むとは首尾よくいったな」
「出くわしたのは偶々です。それに金で釣ったようなもんで」
茂木探偵は人差し指と親指で輪を作って、薄ら笑って言った。
「“野良”の子供との接触は?」
「今はまだ。これから助手たちにも探りを入れていきます」
「“同盟”側も学校内で監視役を置いているはずだ。ことは慎重に」
「時には迅速に――承知してますよ」
「抑制剤の補充をさせておく。何かあれば連絡を」
女はそう言って席を立つ。
「どうも。ご苦労様です」
出て行く彼女を茂木探偵はその場で見送る。店の入り口を出たのを確認して、茂木探偵はテーブルに並んだ手付かずの料理たちを眺めた。
「良い女だけど、つれないとこがなぁ」
緊張感のかけらもなく探偵はぼやきながら焼き鳥を頬張った。
学校の図書室で地図を広げて、赤ペンで◯印をつけていく。いつも使っている、みささぎ駅、そのすぐ近くにある大西筋商店街、矢津橋駅、それぞれで見つけた落描きの位置をチェックしていく。ここ数日、同じ路線の駅を他にも見て回ったが、みささぎと矢津橋二つの駅以外では落描きは見られなかった。噂もなかったのだ。
「他に分かった事と言えば…」
落描きはいつ描かれたのかまるで分からなかった。落描きの事を気にしていた商店街の近所に住む老人は、夜中それとなく見回りをしていたそうだが、それらしい人物やグループは見なかったと言う。
またある主婦は午前中にはなかったのに、夕方頃その場所を通ると落描きがあったと語っていた。日中に落描きは実行されていたということだ。しかし人通りも多い中、落描きをするような仕草をしていれば、誰かしら目撃していそうなものだが、誰も見覚えがなかったそうだ。
「う〜どういうことなんだー」
祐実はこめかみを掻きむしった。
「落書きの犯人が誰かはあのおっさんが考えることだろ。俺たちはそこまでやらなくてよくね?」
地図を見ながら眉間に皺を寄せている祐実を見て勲は言う。
「それはそうなんだけど。調べだしたら色々気になってきちゃって」
「それだけ好きなのかもな、探偵の仕事。あ、まだ助手の仕事か」
そう言う勲はどこか安堵したような様子だ。
「そう…そうかもしれない」
言われて祐実はしばし胸の内を省みた。今まで中途半端に終わってしまったものはどれも、最初は楽しさがあったが一つ壁にぶつかると、なかなかそこを乗り越えることが出来ずにいた。けれど今は過去に比べて、大変そうに思うことがあっても簡単に挫けていない。挫けそうにないという確信めいたものがあると、祐実は実感し始めていた。とは言え。
「まだこの先どうなるか自分でもわかんないけど、楽しいのは確かね」
祐実はまだ少し不安があった。今はまだ楽しいだけの時期かもしれない。つかの間のバイトだから直に終わってしまうだろうけど、最後までやり切れるのか。そんな不安がまだある。
「それで、紺藤探偵さんは、犯人の行動をどう考えますか」
勲はわざとらしくかしこまった口調で言った。
「う~んん、行き詰まったら何だっけ…。あ、そうだ。原点に立ち返れって、『追憶の果て』で富野警部がよく言ってたわ」
「じゃあその富野警部の言う通りに、ここは最初の落描きの場所に戻った方が良いんじゃね?」
「そうすると…あ、なんかこの落描きの位置って何か示してるような気がするなー」
祐実は椅子の上に立った。地図をより俯瞰で見ようというのだ。
「あ、もしかして犯人はどこかに向かっているとか」
「なんでまた?」
「みささぎ駅から商店街行くでしょ。商店街に沿って落描きは点在してて、まぁあっちこっち行ったりしてるけど。でも最後は商店街のここの路地を曲がっていった所で終わってる」
キャップをしめた赤ペンの先で祐実は落描きの位置を指しながら説明した。
「あーなるほどなぁ」
勲は棒読みのごとく頷いた。
「ん、ひょっとして犯人は電車で移動している?」
「あぁ、矢津橋駅か」
地図の上では二つの駅周辺に落描きは集中している。考えられるのは電車で二つの駅を移動して、それぞれの駅近くで落描きを残していっていたと、そういうことだった。
「でもなんでこの二つの駅で?」
「わかんねぇな、そんなこと。家がどっちかの駅に近いだけなんじゃねぇの?」
投げやりに勲は言った。
「それはありかもよ」
あくまでも祐実は真剣だった。
「そんじゃ、矢津橋駅の方ももっと探せば落描きとか何か犯人の手がかり出てくるかもな」
「そうだね。次は矢津橋の方を回ろう。地元の人間が犯人って可能性は大きいかも」
動機は何なのか、犯人は単独か複数か、年齢は?などと祐実と勲はプロファイリングの真似事をして犯人像について話しながら、昇降口に向かった。それぞれの靴に履き替えると、揃って校門を抜け、東坂駅へと向かった。
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