第6話 探偵の助手たち①

 ファストフード店を出ると、茂木探偵はすぐにどこかへと歩き去っていった。残された二人は改めて駐輪場の方へと向かった。


「なぁ、ひとつ聞いていいか?」


 並んで歩きながら勲が訊ねた。


「ん、なぁに?」


 祐実は軽やかな声で応えた。本人の気分のように彼女のポニーテールが弾むように揺れている。


「なんで、あの探偵の手伝いしようと思ったんだ?」

「うーん」


 祐実は腕を組んで唸った。思考が絡まってすぐに言葉で出てこない。


「わたしね、なんかいつも中途半端だなって思ったのよ」


 絡まった考えをゆっくり紐解きながら祐実は語りだした。


「勲も言ってたでしょ、何か打ち込めるものないのかって」


 うん、と勲は頷く。


「今まで部活とか趣味とか色々始めてはみたけど結局長続きしなくて。だからどこかで何かをやり遂げたい、っていう気持ちが燻ってたんだよ。だからこのタイミングで人に仕事を頼まれるのって、丁度良かったていうか…運命かも、て思ったり」

「運命ねぇ…かと言って探偵の手伝いじゃなくても…」

「普段から探偵ものとかを愛読している私にはうってつけじゃない!それに担任の浅木にも言われちゃったし。中途半端はよくないって」

「あの人か。俺も部活で言われたわ、同じようなこと」


 勲は柔道部顧問の浅木教師が祐実の担任だったと思いだした。


「やる気が出てるのは分かったけどさ、別にお前がやらなくたってよかないか?危険かもしれないじゃん」


 勲の表情に陰りが見えた。祐実にとって心配してくれるのは嬉しかったが、ここは止まるべきではない気がしていた。それは彼女の胸の奥からくる、熱い何かが突き動かしているように思えた。


「うーん、烏丸の虎シリーズってのがあるんだけどね、その主人公の六角刑事が言うのよ。『これは事件の匂いだ。きなくせぇ匂いだな』って。そういうことよ」

「どういうことだよ」

「つまりはわたしのハードボイルド魂に火が点いたってことよ」

「やっぱ分かんねぇよ!」


 勲は頭を掻きむしって叫んだ。


「心配してくれるのはうれしいけどね。勲も周りの子たちもみんな頑張っている。わたしはまだ全然何も出来ていないし、始めてもいない…。探偵の手伝いなんて大したことないかもしれないけど、これをやり遂げたらこの先も、もっと頑張っていけそうな気がする。…だめかな?」


 長身な勲に向かって、祐実は正面から目を見つめて言った。その少し上目遣いになる表情は勲にとっては反則ものだった。思わず目を逸らしてしまう。柔道のルールで言えば反則の三段階のうち、最も重大な“警告”並みだ。あるいは右ストレートによるT.K.O。勲は不意にやられてしまった。


「俺がだめとか決めれる立場にいるわけじゃねぇし…。紺藤がやりたいなら、やったらいいんじゃねぇの…」


 そっぽを向いて勲は言った。祐実は破顔した。


「サンキュー!勲!」


と言いながら、片手で勲のリュックをバシッと祐実は叩いた。


「お前も人のこと言えねーじゃんか」


 勲はぼやいた。



   ×     ×


 暗がりの中、一人の人影が携帯でどこかへと通話している。


「“財閥”のエージェントが接触してきました」

『了解。案の定動いたな。対象A01との接触は?』

「現時点は確認できていませんが未接触と判断して良いかと」

『了解。対象A01は引き続きこちらで監視を続行する』

「エージェントについてはどのように?」

『特に手を出すな。当面の間は友好的にお付き合いしておくように』

「了解です」


 手短な会話を終えるとその人影はその場を離れた。


   ×     ×



 翌日から早速二人は調査を始めた。学校の敷地内、校舎の中とその周辺で例の落書きがないかを探し回り、時には生徒や先生、近所の住人に話を聞くといったことを繰り返した。そして茂木探偵には日毎にメールで報告をして、後日顔を合わせての報告会をすることになっている。


「それにしても落描きの数が意外と多かったなぁ。地図に書き込んでおかなきゃ」

「俺はお前が近所のおっさんおばさんに聞き込みしまくってるのが意外だったよ。びびったわ」

「わたしもね、自分でも意外だなと思ったよ。ハードボイルド魂に火が付いたからかな」

「やる気に満ちてるってことは分かった」


 勲は祐実の言に若干、辟易した様子だ。


 調査を始めて三日、放課後の学校の図書室の広い机に、祐実はバッグから折り畳んだ紙を出して広げた。商店街周辺の見取り図だ。赤ペンを取り出してメモを見ながら丸印をつけていく。


 図書室に夏希がいるかも、いたら何て説明しようかなぁなどと祐実は思っていたが、彼女は今日は帰宅すると連絡があり、図書室には人気がなく祐実と勲だけだった。


「ここの蕎麦屋さんの脇と、電気店の前、それから…三つ目の筋を入った先…」

「そういや、聞き込みの時によその駅の近くでも見つかったって話があったな」

「矢津橋駅て言ってたね。学校行く途中だし、明日の帰りはそっちに行こっか」


 学校の敷地内にも落書きはいくつか見つかった。屋上の入り口手前の階段、駐輪場に続く弓道場裏の小径こみち、体育館と武道場の間のところ、東校舎四階の廊下の隅、一階渡り廊下。そのほかに学校周辺も探していき、聞き込みを重ねていくと二人の利用するみささぎ駅の商店街でも例の落書きは見つかった。

明見あけみ線の他の駅とかでも落書きがあったんですけど、そっちも調べた方が良いですか?」

 

 電話で祐実は茂木探偵に相談した。明見線は彼らが利用する私鉄のローカル線である。


『そうだな、頼むよ』


 電話口の向こうからは賑やかな音がする。大きな声ではしゃぐ人々の声や、注文を取る店員の声が聞こえた。茂木探偵は居酒屋にいるらしい。


「もしかしてお酒飲んでるんですか?まだ四時ですよ」

『あ、ばれた?君たちも連れてきてやりたいとこぉだけど、こーこーせーを居酒屋に連れてくのは良かぁないからな』


 すでに茂木探偵の呂律は怪しくなり始めていた。


「別に行きたいとも思ってないんで」

『いやー残念ざんねん。まぁ君らが飲酒できる歳になったらおいし~お店連れて行ってあげよう。あ、お姉さん冷酒追加で~』

「完全にただの酒飲みだな」


 横で声を聴いていた勲が呆れ顔で言う。


『それにしても君たち凄いよ。まさかもうこんなに成果出してくるとはね。ほんとに凄いことだよ』


 茂木探偵の声は上機嫌そのものだ。


「いや、そんなことは。でへへへ」


 酔っ払い相手であっても、褒められたことが祐実は嬉しく、間の抜けた照れ笑いをしてしまう。


「紺藤は単純だな」


 そう言う勲はやはり呆れ顔だった。

 こうして沿線での調査にも乗り出すこととなった。

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