僕の異能力、便利だろ。
「一日目の夢に関しては回避出来たと思っていたのだけれど……また同じことが起こる可能性が出てきたのかしら。」
「確かに僕らが向かわなかったことで、危ない柵が残ってる可能性はあるよね?」
ミハルが夢を見ていなければ、初日ゴール前に四人は外の水飲み場に向かっていただろう。その出来事が夢を見た結果なくなったのだから、今に至るまで問題の柵に誰も手を触れていないのかもしれない。柵が落ちたという話も出ていないということは、誰も気がついていない可能性が高かった。
「っすねぇ、なんでまぁ、今日もあの水飲み場には近づかずにおいて欲しいというか……」
「先生たちに言っておこうか?チェックしてくれるかもよ。」
ごく自然な提案として、エリはミハルに尋ねた。途端に顔を曇らせたミハルの様子に、首を傾げる。
「いや、先生には、いいっすよ。その、おおごとにすることはないというか、ね。」
あまり嬉しいことではないが、三者三様に異能力者特有の嫌な思い出がある。だからエリもモエミもアキラもその渋り方に何かを感じて、口を閉じた。
勿論ここは異能学校であり、教師にこのことを伝えればすぐに対応が行われるはずだ。そのほうがいいと、分かっている。
「……そーだね。僕だと思ったんでしょ?僕が気をつけとけば、多分ヘーキだね。」
でも、エリはそう返して食事を再開した。他のふたりも、何も言わずに食事に戻る。
朝食を済ませたあとはクラスでの行動になる。今日は唯一平和な、いわゆる学校旅行的なアクティビティが用意されていた。クラス内で好きにチームを組んで集まれという教員の指示を聞くなり、エリはくるりと周りを見渡して金色のしっぽを探す。
「マーちゃん三日ぶりだねー!」
「重い重い重い!」
タックルの勢いでそのままマサトシに飛びついたエリを、マサトシは悲鳴を上げながらもちゃんと受け止める。
「今日は運動しない日だろうがよ。」
動きにくい服でも良いと言われた日に限って何故朝からタックルを食らわねばならぬのか、と文句を垂れたマサトシの小言をスルーして、エリはもう一度三日ぶりだね!と叫んだ。
「はいはい、久しぶり。」
「あしらうの、慣れてきたわね。」
「二週間すりゃ流石にな。」
受け止めたエリを下ろして宥めるように肩を叩く。流れるような手つきにモエミが吹き出せば、マサトシは肩を竦めた。
「今日の一緒にやろーよ。姉御と一緒。」
「俺はいいけど。森岡もそれでいいのか?」
「いいわよ、一番気楽だしこき使えるし。」
「喜びづれぇー。」
お手本のような笑みで言い放ったモエミに彼は片眉を上げる。
「つか今日何すんだっけ。」
「ちゃんとしおり見なさいよ。」
「あれ持ち歩くのめんどくせーからさ。」
「外で材料集めてインテリアつくるんだよ。」
流木アートみたいなものだね、とエリがしおりを開いてマサトシの顔の前に突き出した。ゼロ距離なので多分読ませる気は無い。
「近い、前見えねぇ!」
「知ってる!」
「馬鹿やってないで、集会始まるわよ。」
二人をまとめてひっぱたいてさっさと先生の方へ向かったモエミを、2人は慌てて追いかけた。
一通り指示を聞いてから、宿舎の外に出て材料を集めることになる。
「こういうの、小学校ぶりかも。」
「確かにそうね、図画工作の時間を思い出すわ。」
なんとなく体はだるいとはいえ何しろ今エリは身体強化の異能力をコピーしている。身のこなしはいつもより軽い。
エリは跳ね回るようにあちこちのものを拾い、モエミは遠くのものも風で引き寄せることが出来る。地道に拾いながらマサトシはもう俺の分も2人が拾ってくんねぇかなと心の中で呟いた。言ったらむしろ荷物持ちをさせられそうな未来が見えるので言わないが。
「あれ、カイトくんだ。」
「よく見つけんなぁ。執念やべぇよ。」
少し遠くの方を歩くカイトを見つけて、エリは作業の手を止めた。彼女の視線を追って、モエミとマサトシもそちらに視線を投げる。
「話してくれば?」
二人ともエリがカイトと話したがっていることを知っていたから、ごく自然な流れとして提案した。エリは少し悩んでから首を振る。
「うーうん、そうは言っても課題中だし。」
「まぁ、それもそうね。30分したら戻らなくちゃいけないし。」
「それにこんだけ広いと近づいてもすぐ逃げられそーだからな……見えなくなっちまった。」
殆どの生徒が宿舎の周りにいる中、何故かカイトは木々の深い方に進んでいく。道を曲がった彼の姿は見えなくなった。
「でもどこ行くんだろ、材料集めなんてこの辺で充分色々あるのに。」
「水飲み場じゃねーの。あっち蛇口あったろ。」
「あぁ……え、待って?」
エリとモエミは顔を見合せた。同時に思い出したのは、今朝4人で話した柵の話。
「水飲み場、って宮田さんの言ってたところかしら。」
「……僕、ちょっと見てくる。マーちゃんこれ持ってて。」
集めていた材料をマサトシが持っていた材料の上に乗せて、よろしくと手を合わせる。危ないらしいよ、と一声かけるだけでいいだろう。無視されるかもしれないけれど、聞こえないことは無いはずだ。
「お、おう?どうした?」
「あの水飲み場、危ないところあるらしいんだよね。それだけ伝えてくるよ。」
ひらひらと二人に手を振って、エリは急ぎ足でカイトが向かった方に進む。木の間の道を数度曲がって、ようやく遠目に彼の姿を捉えた。
水を飲み終わったところだったのか、彼が何の気なしに柵に腰かけようとしていた。
嫌な、予感がした。
「カイトくん!」
聞こえなかったのか、それとも聞こえない振りをしたのか。彼の動きは止まらずに、カイトはそのまま柵に寄りかかった。
柵が向こう側へ倒れる。
そのまま彼の体が後ろに傾く。
見開いた藍色と、ぶわりと広がった空色。
エリは地面を思い切り蹴った。ぐんと動いた体に、まだ身体強化が使えていることを確認する。伸ばした手は間に合わず空を切る。エリは彼の体が1度崖に当たって跳ねて、そのまま湖に落ちたのを見る。
「っやば、」
彼の異能は水の中じゃ使えない。そもそも、もしかしたら驚きで気を失ってしまっているかも。それとも頭打ってたりして。というか、彼今、ジーンズを履いていなかったか?
一瞬の、迷い。一気に色々な事柄が頭をよぎる。
――異能だからねぇ、筋肉も肺活量もスポーツ選手以上なんです。
一昨日の松下先生の言葉を思い出して、エリは思い切り地面を蹴った。
「マーちゃん!」
落下直前に大声で叫ぶ。そう呼ばれればエリだと分かる、と言った彼が、異変に気づいて助けを呼んでくれるように願って。
身体強化の程度も、助けを呼ぶ声が届くかも、すべてが賭けだった。
バシャンと音を立てて水に入る。痛みはない。普段なら沁みて開けられない目が、水中でしかと開いた。沈んでいく影が見える。
エリは運動音痴だ。それでも、一応クロールの型くらいは分かっている。
水を掻き分けた。水を蹴った。ぐいと進んだ距離に驚きながら、兎角必死に彼に手を伸ばす。しっかりと肩の下に腕を入れて抱えた。反応はない、気を失っているのだろう。
水を吸ったジーンズは、無抵抗の人間は、重い。
必死に水を蹴りながら上を目指した。強化されているとはいえ限界のある肺が、悲鳴をあげ始めている。もう、これ以上は。
カチリ。
一気に息苦しさが襲った。と同時に、体が何かに思い切り押し上げられた。水が割れていき、酸素が戻る。
「そいつのこと離すなよ!」
聞きなれたマサトシのがなり声が聞こえる。ぐるぐる変わる景色の中、指示通りカイトを抱える腕の力を込めた。波に押し上げられるように足元を水が蠢いて、転がるように崖の上に戻る。
「ばーか、お前、ほんとなぁ!」
聞こえた声に顔を上げれば、変な顔をしたマサトシがこちらを見下ろしていた。
「言いたいことはまぁ色々とあるけど……あー、まずはそいつだ、生きてんのか。」
転がっているカイトを覗き込んでから、マサトシはちょっと考え込んで彼の体に触れた。途端にカイトが噎せ込む。
「お、良かった生きてんな。」
「マーちゃんもしかしなくても今、」
「無理矢理腹ん中の水引っ張り出した。噎せたから大丈夫だろ。」
どうもマサトシはカイトの扱いが粗雑だ。とはいえ確かに自発呼吸があるなら背中を叩いて水を吐かせろとかいうので、これも間違っちゃいないのだろう。
「おーい、大丈夫?」
駆けてきた足音に顔を上げれば、モエミと瀬野先生の姿が目に入る。エリの声にマサトシはこちらに急ぎ、モエミは万が一のために瀬野先生を呼びに行っていたのだ。
「先生のいう外傷には溺れた奴も含まれるんすか?」
「そうね、外傷というか病気じゃなければ大抵平気よ。何、溺死?」
「生きてます生きてます。」
マサトシと瀬野先生が物騒な会話をする横で、モエミがエリに手を差し出した。
「大丈夫?」
「うん、なんとか……」
彼女の手をつかもうと手を挙げようとして、エリは目を見開いた。先程までなんとなく感じていた身体のだるさが、何十倍にもなってやけに動きにくい。
というか。普通に、痛い。
「えっ待って立ち上がれないんだけど!?」
「えぇ?どうしたのよ。」
「いやいやいやほんとに力入らな、え痛ぁっ!?何これ!?」
へたりこんだまま目を白黒させるエリの様子にモエミは最初心配そうな顔をしていたが、何かを思いついたのか吹き出した。
「ねぇ、エリあんた、身体強化異能をコピーしていたのよね?」
「え、うん、そう。」
何、と眉を寄せたエリに、笑いを耐えるような顔で尋ねる。
「それ、筋肉痛じゃないの。」
昨日の夜からずっと体は重かった。身体強化を発動していてもなお出ていただるさ、そしてその後に追加された今の筋肉酷使。
いわば、運動音痴のキャパオーバー。
「っふは、あはは、マジ!?僕ダッサァ!」
まだ意識が朦朧としているようだったカイトは瀬野先生に任せ、三人は宿舎の方へ足を向けた。
モエミがマサトシが放り投げていた二人分の材料と自分の分を抱えて、一人では歩けないエリの腕を肩に掛けてマサトシが半ば引きずるようにエリを支えてやる。
もっと親切にサポートすることも、なんなら背負ってやることも出来るが、無茶をした馬鹿はエリ本人だ。優しくする義理はない。
「ねぇー戻ったら工作するんだよね?」
「はぁ?お前元気だな、まだ参加する気か。」
歩けないのに元気なことで、とマサトシが苦笑いを浮かべる。
「いや、アキちゃん捕まえて重力操作コピーしようかなって。そしたら筋肉使わなくても作業出来そう。」
「真面目なのか不真面目なのか分からないわね、本当に……」
マサトシに引きずられながら、エリはくふくふと笑った。その、何故か満足気な様子に、モエミとマサトシもつられて頬を上げた。
「つうか遠藤、お前眼鏡は?」
「……あ!?無くした!」
「あら、災難だったわね。」
「まぁでも、」
もうかけなくてもいいかも、と言いかけたそれをエリは途中で飲み込んだ。自分でも、何故そう思ったのかはよく分からなかった。
図画工作を無事に終え昼食を食べれば、キャンプも終了に向かう。
宣言通りアキラから重力操作をコピーしたエリは、歩かずに浮いたままバスの乗り場に顔を出した。部屋の荷物の片付けのスピードが人によってまちまちだからか、まだ人はまばらだ。バスは行きと同じだから、エリはミハルを見つけて声をかけた。
「中間テスト準備の前にバスで会えたね。」
「すっかり忘れてたっす!でもまぁ、前向いて座んなきゃだからあんまり遊べないっすけどねぇ……エリちゃん、なんで浮いてるんすか?」
「あはは、色々あってさ。」
しりとりでもしますか、絵しりとりなら出来そう、なんて取り留めもなく話しながら他の二人を待っていた時。
「遠藤さん。」
呼びかけられて、エリは浮いたままくるっと体ごと後ろを向く。
長身の細身、空色の髪。――カイトだった。
「……さっきは、ありがとう。」
エリは返す言葉に少し迷った。礼を言われたという事は、彼のことを助けたのがエリであるということは知られているんだろう。
たくさんの言いたいことが頭の中で絡まって、結局、エリは精一杯意地悪く笑った。
「どーいたしまして。」
カイトもそれ以上何も言わずに、その場を離れる。瀬野先生の異能力の名残かやや具合が悪そうに見えたこともあり、エリは彼を追いかけないことにした。
良くも悪くも、どうせ同級生だ。いつか話せるタイミングはあるだろう。
「知り合いっすか?」
「うん。あそうそう、今日柵から落ちた子。やっぱりミーちゃんが言ってた柵、そのままだったみたいでさ。」
掻い摘んでさっき起きた事故の話をミハルに話して聞かせる。ちょっとダサいので、今全身筋肉痛であることはしれっと伏せておいた。説明を終えるなり、ミハルがなるほどと手を叩く。
「分かったっす、色だ!」
「え?」
「髪の色!水色が見えたから、てっきりエリちゃんだと思ったんすよ。一日目はエリちゃんで、今日のは彼だったんすねぇ。」
疑問がひとつ解消したところで、アキラとモエミがバス乗り場に揃った。筋肉痛はいかが、とモエミが二人の前で聞いたものだから、エリのちょっとした見栄はあっという間に剥がれてしまった。
***
「来週から実技授業が中間テスト準備に切り替わります。」
もうすっかり暑さの厳しい6月中旬。続いた座学と実技の繰り返しに、時間は飛ぶように過ぎていた。
帰りのホームルーム、松下先生の第一声にエリは机に伏せていた体を起こす。
「アキちゃんとミーちゃんとまた遊べるねぇ。」
「同じクラスでもなければたまに廊下で会う程度だものね。」
「いやいやテスト対策だからな、遊ぶなよ。」
マサトシの冷静なツッコミに2人は揃って目を逸らした。とはいえやはり、楽しみなのはマサトシも同じようだ。なんだかんだ言って、二日間みっちりアクティビティをさせられれば皆それなりに仲良くなっていた。
「もう対戦組み終わってるので、とりあえずデータ送りますね。近くなったら多分プリント配るんだけど……」
先生の言葉に画面を開いて、送られたファイルを確認する。
「1試合目、対戦相手レベル5だぁ。」
「グループ番号だけじゃ異能力が分からないわね。」
「何番?俺今キャンプの時の名簿出せるよ。」
「グループ18。どんな子いる?」
「っとぉー……あ、」
空中を指さして固まったマサトシに、2人は顔を見合わせる。
「何。」
「あのいけ好かねぇのいるよ。」
「え?」
「加谷カイト、いるよ。」
「まぁじかぁ。」
カイトくんねぇ、とエリは呟いてゆっくりと瞬きをした。キャンプ以来かけていない眼鏡を押し上げようとして、手が空を切った。
「やっぱ勝ちてぇ?」
何故か少し楽しそうに、マサトシが問う。エリはんー、と唸りながら背もたれに体を預ける。
「勝っても負けてもどっちでもいいんだけどぉ……」
あれっきり、カイトとは話していない。エリは彼に話しかけようとしていないし、彼も相変わらず、エリを避けていた。
エリの中にはもう、カイトにどういう意味だと問いたいことは残っていなかった。吹っ切れたことをわざわざ掘り返す気もない。
持って生まれたもの。それがたまたま異能力で、それがたまたま前例がなかった。人から借りることでしか異能力を使えぬといえども、借りることが出来るのがエリの特権であった。
何をどうしても変えようがないなら、それをどう捉えるのもエリの自由なのだ。誰に何を言われようと、結局はエリ自身のこと。
ただ。それでも。
「カイトくんのパーツは僕がぶんどって、僕の異能力便利でしょって言ってやりたいね!」
ざまぁみろくらいは言ってやりたいと、エリは声高に宣言した。
どこをとってもはみ出しものの僕ですが 黒い白クマ @Ot115Bpb
★で称える
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