なんなら死んでも大丈夫な試合ってマジかぁ。

「エリちゃんって身体強化の異能使えるんでしたっけ?」

「身体強化?松下先生みたいな?」


キャンプ二日目。朝食を囲んでいる際に尋ねられた言葉に、エリは口の中に詰まっていたパンを飲み込んで聞き返す。ミハルが首を縦に振り、エリは同じ勢いで首を横に振った。


「今のところはコピー出来たことないよ。」

「そうっすかぁ。」

「なんで?」

「や、なんか昨日バテてた人と同じ人物とは思えぬ軽やかな動きを見たような気がしたんすけど……」

「夢で?」

「っす。」


アキラの問いかけに頷いたミハルに、三人は顔を見合せた。


「予知夢かもしれないってことね?」


モエミの質問に、ミハルが首を傾げた。


「予知夢以外の夢を見ることはないんで、そうなるんすけど。ただ今日はちゃんと夢を覚えてる訳じゃないんで、なんとも言えないっす。」

「もしかしたら僕の重力操作か森岡さんの風異能かもよ。」

「そうね、異能抜きでエリが身体強化並に軽やかに動く筈もないし。」


しれっと酷いことを言われた気がするが、まぁ否定することも出来ない。エリは不満げにもう一口パンを齧る。そういえば、強化系・操作系を利用した攻撃を受ければまた何か変わるかもしれないという話をされていたような。今日は初めての模擬試合となる故に、身体強化のコピーというのもありえない話でもないか。


「悪い夢じゃなさそうなら、気にしなくていいんじゃない、かな?」

「っすねぇ、多分今日中に分かるっす。」


話はそれきり違うことに流れる。次にエリがその話を思い出すのは、模擬試験中のことであった。


2日目の主なアクティビティは中間試験の説明、及び模擬試験となる。本校の実技科目の定期試験は、他の異能学校同様全て試合形式だ。


実際の中間試験では、レベル1・2と3・4・5に別れて試合を組むことになる。チームはクラス混合、つまり、今回のキャンプチームが流用されるらしい。レベル3のエリ達グループ11は、同じレベルかそれ以上の選手たちとぶつかることになる。


試合形式となると能力テストの成績とはまた変わってくることが多いため、レベルの違う組み合わせでも行いたいというのが学校側の意向らしい。


「今回は模擬試験ですので、同じレベルのチームと戦ってもらおうと思います。同じレベルのチームが4チームずつあるからね、二つに分ければいけるっていうことで……」


一通り説明が終わり、模擬試験の実践にうつっていく。相手チームはグループ12、と聞いてそちらを見れば、1人は同じクラスの植物系の異能力者だった。


「二人と同じクラスの子はいる?」

「ポニテの子同クラっすよ!物の記憶が読める子っすね、多分自分と同じで見学に入ると思うっす。」


D組の生徒はどのチームにも1人ずつになるよう調整されているようだった。実技授業免除の為、彼らは試合から除かれる。ゆえに実質、どの試験も3対3の試合だ。


「右端の子はA組、身体強化の子だよ。それからトレーナー着てる子、確か能力テストの時創造系だった……ブロックを作るみたいな。」


想像しにくいアキラの表現に、三人は揃って彼の方を見た。


「ブロック?」

「うん、四角いの。白いキューブ、っていえばいいかな。僕が見てないだけで他の物も作れるのかもしれないけどね。」


まぁ試合が始まれば分かるよ、と言うアキラに頷いて、エリは教師たちが運んできたベルトの束に目をやった。


プレイヤーは試合開始前に、あのベルトをウエスト辺りに巻き付けて固定する。ベルトの背中側には、力をかけて引けば外れる丸いパーツが付けられている。相手の背中についたこのパーツを取れば一点。タグラグビーのようなものだが、取られても動くことは可能である。取られてしまえば自身の背中を気にせずに他のチームメイトの背を守ることが出来るというわけだ。


降参を宣言した場合・危険があると審判が判断した場合・またはエリア外に出た場合は失格。相手に自動的に1点が入り、その生徒はそれ以降そのマッチに参加しない。


点数の仕組みさえ分かればあとは簡単な話だ。なにせ、試合のルールは極端にシンプルなのである。


首から上を意図的に狙ってはいけない。

刃物・銃器の生成禁止。

降参を宣言した相手を攻撃しない。


これだけが、貸されたルールだ。


「古代ローマの剣闘士バトルと何が違うんすかねぇ?」

「歴史は繰り返すのよ、結局パンとサーカス。」


一歩ミスればデスゲームっすよと苦笑いを浮かべたミハルに、しれっとモエミが冷めた答えを返す。勿論、異能力者の試合に限らず一部スポーツには同じことが言えるのだが。何故か人間は積極的に危険に身を晒しがちな傾向があるらしい。する奴もそれを見て喜ぶ奴も変わったものであると言いたいところだが、その数は少なくない。


「そういうこと言っちゃう?まぁ、強いて言うなら瀬野先生がスタンバイしてる事じゃないの……死ななきゃ平気って言ってたけど、死んでも直後ならあの人蘇生出来るはずだよ。」

「えぇ、そんなんあり?」

「まぁ、彼がいるのが現代で良かったかもね。今どき死因が病気じゃない人なんて、自殺か他殺かXスポーツくらいなもんだから。」


あとは僕らみたいな異能学校の生徒が大怪我したりとかは聞くけどさ、と死んだ魚の目で付け加えたアキラに3人は揃って苦笑を浮べる。


確かに事故死なんてものはそうそうお目にかかるものでは無い。移動手段やら製造手段やらで事故死の絶えなかった数世紀前であれば、外傷による死人蘇生など神のような所業が出来る人物が、まともな人生を歩めることは無かっただろう。あちこちに引き回され、蘇生が間に合わなければ石を投げられただろうことが容易に想像できる。エリはちょっと身震いした。


「あら、何みんな揃ってアタシのこと見て。なんかついてた?」


こちらの視線に気がついた瀬野先生が片眉を上げる。慌てて首を横に振って、ついでにいざと言う時はお願いしますと付け足しておいた。彼はケラケラ笑って、ないに越したことはないけどね、と綺麗なウィンクを飛ばした。確かに、以前アキラが言っていた通りキャラの濃い教師陣の中でも特に個性の強い御仁だ。


グループは全部で20。つまり、試合数は10。この広いフィールドであれば同時に出来なくもないが、教師数の関係上五試合ずつの試合となるそうだ。レベル3は先にグループ9と10が試合を行うとのことで、しばし暇な時間が出来る。


「一試合の時間制限20分って長いよなぁ、体力持つ気がしない。」

「先に3点取っちゃえばいいのよ、そしたら終わるわよ。」

「姉御、それ脳筋の思考回路。」


近くをうろちょろされるとそちらにまで先生方が気を配らなくてはいけなくなるため、試合をしない生徒たちは宿舎の中で待機だ。見て技を盗むという手も使えない。


「どう試合運びをするべきか悩むよね、1回先生たちが見本見せてくれただけだし。」

「今回は成績評価がないとはいえ、せっかくなら勝ちたいよね。」

「頼むわよぉ、司令塔。」

「勿論っす。」


サッカーのように1列に並んで試合を開始する訳では無い。3対3の場合、試合エリアの3箇所に各チーム1人ずつ立ち、試合が開始する。つまり実質1体1の構図から始まるが、直後にどう動くかは自由だ。


とりあえず素直に試合開始時に目の前にいた相手をマークすることだけ決めておいて、あとはミハルの指示を元にノリで。ガバガバの作戦を立てながら、エリは胸の内で盛大にため息をついた。


僕、試合中にコロコロ異能力が変わるってことだよね?絶対危ないよ、それ。


怪我だけはしたくないなぁと頭の中で祈りながら、エリの口は皆の話に合わせてくるくると動く。皆初めての事なのだから、自分だけ不利じゃないかと文句のようなことは言いたくなかった。


***


「制限時間は20分。では、はじめ!」


いざ、試合開始。


笛と共にエリはひとまず目の前の創造系の生徒の背後を取るべく宙に浮いた。彼が手を振った瞬間、二人の間に壁が出来る。


「うぉ!?」


これがブロックか、と想像より大きなそれに飛び乗れば、壁はたちまち消える。出すも仕舞うも自由自在らしい。


近づこうとすればまた壁に阻まれる。


あまり大きなものは出せないようだが、それでも2、3mある壁をポコポコ作られると攻めにくい。さてどうしたものかとエリは首を傾げたが、見るにブロックは浮いたりするわけではなさそうだった。ならば、上から攻めれば防げまい。


「エリちゃんのところもう一人行ったっす!」


ミハルの声に目線を動かせば、身体強化の生徒がこちらに向かって走り出していた。植物系のクラスメイトがアキラとモエミを上手いこと足止めしてしまったらしい。


げぇ、身体強化と足場作りは相性良さそう。


思い切り顔を顰めてた瞬間、視界の隅で創造系の彼が何かをこちらに向かって思い切り投げた。小さなキューブだ。


銃器アウトで飛び道具はセーフかよ!


「あっそれあり!?」


思わず叫びながらエリはキューブの勢いを風で弱めて、何とかキャッチする。それに触れた瞬間、なにか、カチリと――実際に音が聞こえた訳では無いが――チャンネルが切り替わったような感覚がした。途端に自分を持ち上げていた風が消える。


「遠藤さん!」


アキラの声と同時にまたカチリと感覚が走る。一瞬浮いたそれがアキラの能力と分かった瞬間、エリは自身で重力操作の異能力を発動する。遠目に落ちるのを見たアキラが助けてくれたようだ。


「エリちゃん後ろ!」


ミハルの指示にそのままぐるりと体をひねる。残っていたブロックを足がかりにして距離を詰めてきていた強化系の生徒が、すぐ後ろに来ていた。タックルされた瞬間に、また、カチリ。痛みが鈍った。重力操作の異能が消える。そのまま相手諸共地面まで落下した。


それなりの高さから落下したのに、着地の姿勢が取れたことに驚く。


「うちこの子とるから!」


強化系の生徒が叫んだ声を聞いて、創造系の生徒が走り去る。運動音痴のエリに強化系の相手は難しいだろう。創造系の生徒を追うか一瞬悩んだが、ふと朝のミハルの言葉が過った。


もしかしたら。一か八か地面を蹴る。


飛び上がった高さは普段のエリの運動音痴っぷりからは考えられないほどで、エリはそのまま敵の背後に回ってベルトに手を伸ばした。相手が驚きに目を見張る。彼女の背中のパーツを掴んで、そのままジャンプする。


「グループ11、1点!」


聞こえた声に、エリは掴んだパーツを放り投げた。得点が確認されればもうこれは必要がない。空いた手で植物系のクラスメイトの生成した樹木の幹を掴んで飛び乗った。


指定エリアは無機質なブロックと乱雑に生えた数多の植物でなかなかにカオスな事になっていた。小柄なエリならさておき、全員やや動きが鈍っているように見える。かくいうエリも、地面に降りればかなり動くのに手間取るだろう。


こりゃ空中戦になるのも時間の問題かな。


そうなればこちらが有利か、とまで確認してから、エリは次の獲物として植物系のクラスメイトに狙いを定めた。今はモエミがかかっているようだ。


先程エリにパーツを取られた生徒はアキラの相手をする創造系の生徒の加勢に回ったようだが、見るに空を飛べるアキラは1人でも彼らを充分あしらうことが出来ている。ならばモエミに加勢した方がいいだろう。


ブロックと植物を足場に距離を詰める。クラスメイトはこちらに気がついていない。モエミと視線を交わす。


「こっちだよぉ!」


わざと叫べば、クラスメイトの視線が動いた。出来た隙にモエミがすかさず手を伸ばす。


「グループ11、2点!」


よし、と思った瞬間何かが飛んできて、エリの体は吹っ飛んだ。カチリ。


今の僕の能力はどれだ?


当たって吹っ飛んだんだからブロックか、と足場を作るべく腕を振るう。使い慣れていない創造系の異能力はどうも上手くいかない。作った足場に飛び乗って落下を防ぐも、勢い余ってバランスをとるために意識が足元に逸れた。


瞬間、背後に気配を感じて振り返る。木の幹が見えた、と知覚した直後に手が伸びてきた。自身の足元から樹木を生やすことで、植物系のクラスメイトが高い位置のブロックに乗っていたエリの真後ろをとったのだ。


慌てて足場にしていたブロックを思い切り蹴って……そこでエリは今の自分に空を飛ぶ術が無いことを思い出した。


あ、やべ。


あとはひたすら落下。今の能力はブロック生成、この速度の中足場を作ることは出来ない。誰か気づいてと他力本願な事を考えながら、思い切り目をつぶった。


衝撃。カチリ。覚悟していたよりもずっと軽い。誰かに受け止められた?


恐る恐る目を開ければ、眠そうな目と視線が合う。


「遠藤さん、脱落ね。」


エリを抱えたまま松下先生は軽やかにエリアの外へ出た。


「大丈夫だった?」


降ろされると同時に、瀬野先生の声が聞こえた。振り返ってお辞儀をする。


「なんとかキャッチしましたのでね。なので治療はありませんよ。」


松下先生が肩を竦めたのに、瀬野先生はニィと笑った。


「あら、お仕事かと思ったのに。」

「できれば瀬野先生にはお仕事して欲しくないんですよ……あとが面倒だし。怪我はしないに越したことないです。」


それだけ言って審判補佐に戻った松下先生を見送ってから、エリは瀬野先生を見上げた。


「瀬野せんせー、あとが面倒ってどういうことですか?」

「あー、多分だけど。」


彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべてエリと視線を合わせる。


「アタシの異能力、よく分からないけどひどい怪我治すと代わりに直した相手がめちゃくちゃ熱出すのよね!」


再生能力の限界超えるからかしら、としれっと言い放った瀬野先生の言葉に、治癒系異能力も万能じゃないんだとエリは思わず頬をひくつかせた。


その直後に、グループ11の3点目がコールされた。


***


「……強くない?私達。」

「まさか1対3とはね。」

「1人1点ずつとったもんね。うー、僕が脱落しなきゃ完全試合だったのに。」


全員空中戦可能だったのが強かったのか、またはそれなりに親睦を深めていたからか。無事良い成績で模擬試験を終えたものの、エリは昼食を頬張りながらひとりむくれていた。


「いやー、充分っすよ!みんなさすがっす。」

「宮田さんの指示がよく通る声だったのも助かったよ。」

「エリちゃん、夢と同じように軽やかに動いてたっすけど、身体強化コピー出来たんすか?」

「うん、まぁ……上手く使えなかったけど。」


なぜコピー出来たのかは謎だが、予測通り異能力を利用した攻撃を受けたからか。ただ今も身体強化が残っていることを見るに、松下先生からもコピー出来ているということになる。自分に向けられたもの、なら攻撃でなくともコピー出来るのかもしれない。


「それにしても、遠藤さん大丈夫だった?どこかぶつけてない?」


口いっぱいのまま、こくんと頷く。


「松下先生すごかったっすよ、するするーってあの込み合った試合エリアの中に滑り込んで行ってエリちゃんのことキャッチしましたからね。」

「さすがねぇ。」

「助かったよ、叩きつけられるところだったもの。……先生はさすが、使いこなしてるよねぇ。」


エリのその声が単なる感心にしては沈んでいるのに、三人は顔を見合せた。


「ご馳走様でした!今日ってこの建物に泊まるんだったよね?」

「う、うん。そのはず。」

「僕すぐ迷子になっちゃうから、ちょっと探検してくる。また後でね。」


上手く励ます言葉も思いつかず、モエミ達は席を立ったエリを追わずに見送る。


勿論別に、エリは宿舎を本当に見て回りたかったわけじゃない。1人になりたかっただけだ。午後はチームごとに好きに練習していい時間になっているし、多少遅れても3人は許してくれるだろう。落ち着くまでその辺をぶらぶらして、また戻ればいい。そう思いながらあちこちを気ままに歩いていたのだが。


「マジで迷うとは思ってなかったなァ……」


とりあえず行き当たった自販機でジュースを買いながらエリは口を尖らせた。どっちから来たのかもう分からなくなっている。ちょくちょく見た館内表示も、こういう時に限って見当たらない。


もういいや、サボって怒られよ。


ペットボトルを握って自販機横のベンチに腰を下ろす。いつもはなかなか開かないペットボトルも、身体強化のお陰かあまりにもあっさり開いた。なんだか、逆に拍子抜けする。


と、聞こえた足音にエリはそちらを見ぬように足元を睨んだ。サボろうと決意した直後に人に会うのはやや気まずい。


足音は目の前で止まる。視界に入った小さめの靴に相手が誰だかあたりがついた。


「ご機嫌ナナメ?」

「……そうでーす。」


聞こえた担任の声に、全身全霊ほっといて下さいという声音でエリは答えた。予想通りというか、彼女は当たり前みたいにエリの隣に座り込む。


「異能力のお悩みかしらね。」


最初、エリは意地で口を閉じていた。促すわけでもなく、ただ黙って隣に座り続ける松下先生に根負けして、エリはため息混じりに渋々言葉を吐き出す。いや、もしかしたら結局誰かに話したかっただけかもしれない。


「そう、ですねぇ。自分の力を知れば知るほど、使いこなすには時間がかかりそうで……僕ももうちょっと、普通の異能が良かったなぁ。」


こんな力なら異能力は要らなかった、という感覚にはならなかった。自分の口からスムーズに出た言葉に、エリは思わず小さく笑い声を上げた。


生まれ持ったものは仕方ない。そう、分かった上での羨望。


結局「社会の普通」の次は「この学園の普通」が欲しくなっただけか。少しだけ諦めが上手くなっただけでなんら進歩していない自分に反吐が出る。


「……先生もね、あと50cmくらい欲しい時あるよ。」


150cmくらいあると色々便利だよね、と松下先生はいつも通りの眠そうな目でキビキビ言った。話の文脈が読めなくて、エリはキョトンとした顔で彼女を見つめる。なぜ身長の話を?


「でもこのサイズ感だと色んなところ潜れて便利だからね。便利だろ、ざまぁみろって言い返すことも出来る。」


ざまぁみろ。それは、相手がいる言葉だった。


「実際、それで遠藤さんを助けられた。便利だったでしょ?」


ニンマリ笑った顔は、確かな敵意を、エリに向けてではなく「ざまぁみろ」の相手に向けた敵意を含んでいて。


生まれ持って持て余すものは、何も異能力だけじゃない。人から好奇の目で見られることは、何も異能力だけじゃない。


ざまぁみろよと言いたい相手が、言い「返す」相手が、彼女にだっている。


「なんだって使いこなせれば、武器よ。」

「……なんとでも言えますよ。」

「若いね。」


くつくつと笑って、松下先生は立ち上がった。


「せめてなにか切り替るタイミングが分かればいいのにね。ただ、今だって十分いい動きしてたわよ?自分の能力を見失ったのも最後だけでしょう?」

「そう、ですね。」


確かに、今日はなんだかいつもよりもスムーズだった気がする。いつもなら、切り替る前の能力を使おうとして上手くいかない時に、最後に関わった異能力者を思い出そうとする。でも今回は、使えない異能力を使おうとすることは無かったように思う。何故?


「午後の練習頑張ってね、若人。」


そう言って去っていった松下先生にろくに挨拶もせずに、エリは試合中のことを思い出そうと目を閉じた。なぜ今日は、自分の異能力の切り替わりにすぐ気がついたのだろうか。


ひとつ思い当たって、彼女はハッと目を開いた。


そうか、アレか。あのカチリと接続の変わった感覚。


確かに少しずつ自身の異能力を使いこなせるようになっている事実に安心して、エリはベンチに沈み込む。あとは、自分が今なんの異能力を使えるのかをもっとすぐに意識できるようになれば。練習すれば、数をこなせば、あるいは。


サボっている場合ではないと立ち上がり、エリはあ、と声を上げた。


「……道聞くの忘れた。」


どうしたもんかなと首を傾げてから、エリはとりあえず立ち上がって歩き出した。


立ち止まっていても何にもなるまい。動けば、もしかしたら地図が見つかるかもしれない。


無事地図を発見しそれを写真に収めてから、エリはぎりぎり滑り込みで午後の練習に駆け込んだ。


***


三日目。キャンプも最終日だ。


「お、2人はここにいたんすね!」


食堂で並んで座っていたエリとモエミは、ミハルの声に顔を上げた。ミハルとアキラが揃って朝食のトレーを持っている姿を確認して、エリはニッコリと笑った。アキラがミハルには慣れたようで何よりだ。


「アキちゃん一人で食うって言って聞かないんでとっ捕まえたところだったんすよー。」


訂正、自主的に行動を共にしているわけではなかった。まぁ、おどおど感はないから慣れたことは確かだろう。


「しばらくまた顔を合わせないものね。せっかくだもの、一緒に食べましょう。」

「今日はクラス行動っすからねぇ。次揃えるのはテスト直前の実技授業っすかね?」

「そう、だね。中間テスト準備が始まるまでは、各クラスのレベル別で実技の授業が進むから。」


アキラの言葉に、ちょっとさみしいねぇと答えながらスプーンを口元に持ち上げたエリをみて、彼は少し首を傾げた。微かに違和感を感じたのだ。


「……遠藤さん、腕痛いの?」

「あ、動き変?なんか全身だるいんだよ。疲れたのかなぁ?」

「エリは昨日からそう言ってるわね。」

「二日間沢山体を動かしたからね、僕らみたいなインドアにはきついものがあったかも。」


とはいえ僕は一日目の方がキツかったや、とアキラは笑いながらカップを持ち上げた。重力操作の異能力者であるアキラは、異能力を使う疲労感はあれど異能力発動中の方がむしろ筋肉を使わず楽なのだ。


「自分も見学だったんで……あ、でも喉枯れたっす。」

「あは、確かにちょっとかすれてる。」

「沢山叫んだんでよく寝れたっすよ。」


そういや寝れたといえば、とアキラがミハルを見た。


「夢の話、2人にもしておいた方がいいんじゃないかな?」

「あ、そうだったっす。実は、一昨日と同じ夢を見たような気がするんすよ。」

「つまり……」


エリは驚いてミハルとアキラの顔を交互に見る。2人が揃って頷いた。


「僕が落ちる夢?」

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