きっとどこかで役に立つ。

1年生全員参加のキャンプイベントは、所謂「皆で仲良く3年間やっていこーな」的な交流イベントである。クラス混合の班に分かれ、与えられた課題を協力してこなす二泊三日の合宿。異能力者相手なので指示されるミッションはやや難易度が高いわけだが、それ以外はありがちな行事のはずだ。


ありがちな行事だと、思っていたのだが。


「大抵の怪我はアタシが直せるので大丈夫よ、遭難と落下さえしなければ安心してね!死ななきゃ平気だから!」


……やっぱりありがちじゃないかも。


どんな安心だよと半眼になりながら、瀬野先生の言葉に生徒達は顔を見合せた。


話を少し前に戻そう。


キャンプ初日の朝、1年生達は登校したら移動用のバスに班ごと固まって座るように指示されていた。


「はよーっす!お二人共早いっすね。」

「ミーちゃんおはよ。」

「まぁ、僕はすぐそこの学生寮だからね。」


最初に来たアキラ、その後に到着したエリが後ろの席を埋めていたので、ミハルはその前の窓側の席に跳ね座る。そのままひょこりと背もたれから顔を出して2人を振り返った。


「ミーちゃんって自分のことっすか?」

「ん、ダメだった?」

「ぜーんぜん、驚いただけっすよ。」

「遠藤さん、僕のことも突然アキちゃん呼びしたもんね……」


苦笑いをうかべたアキラに、ミハルはぽんと手を打った。


「じゃあ自分もエリちゃんアキちゃんって呼ぶっす。」

「えぇ、宮田さんまで?」

「アキちゃんも自分のことミーちゃんって呼んでいいっすよ。」

「いや宮田さんって呼ばせて……」


ぐいぐい来る二人に押され気味で白旗を振りつつも、アキラはいつもよりか楽しそうだった。ミハルが来る前に「怖かったけど、今はちょっと楽しみ」と照れくさそうに申告されていたので、エリはニヨニヨとミハルにつつき回されるアキラを眺める。


「三日間楽しもーね。」

「っす!はんちょー頑張るっす!」

「あ、まだ時間あるからトランプとかしない?僕持ってきたんだ。」

「いいっすねー!じゃあポーカーしましょう。」

「宮田さん、最初に出てくるトランプゲームがポーカーなの……?」


何賭けます?とウキウキと訊ねるミハルに、じゃあ勝った人キャンプ中になんかお願い事でも叶えようかとエリが悪ノリする。


「あらやだ、賭博場になってる。」


ミハルが一人勝ちした所にモエミが顔を出した。空いていたミハルの隣に腰掛けた彼女に、ミハルが自慢げに手札を見せる。


「森岡さんの分まで勝っときました!」

「不戦勝?ふふ、遅れて来て得したわね。」


出発時間もそろそろであったため、エリが二人からトランプを回収する。相変わらず背もたれから顔を出したまま、そういえば、とミハルが声を上げた。


「全員揃ったら言っとこーと思ってたんすけど、今日柵に注意して欲しいんすよね。」

「サク?」

「そ。柵というか、フェンス?っすかね。人が落ちる夢を見たっす。」

「そういえば、宮田さんの異能力は予知夢だったね。どんな夢だったの?」


アキラの問いかけに、ミハルはまぁ夢なんでふわふわはしてるんすけど、と前置いてから天井を睨んだ。


「えっと、外の水飲み場っぽい蛇口があるとこで……割と近くが切り立った崖なんすけど、ちゃんと柵が立ててあるんすよ。で、誰かが寄りかかったら柵が外れるんすよね。多分落ちたのエリちゃんじゃないかなーって。」

「僕!?」

「なんでだっけ?なんかエリちゃんだって思った理由がちゃんとあったはずなんすけど。」


まぁみんな気をつけといてください、と話を締めくくったミハルに3人は顔を見合せる。3人ともD組と交流がないので、こういった類の話を聞くことは初めてであった。


「それは今日一日気をつけていれば平気なのかしら。」

「っす、今日っすよ。今のところ見た夢は全部翌日の話なんで。あとそんなに自分から距離あるところの出来事も見れないっすねぇ。」

「見た夢の未来は変えられるんだ?」

「おそらく。絶対起きるってわけじゃなくて、注意しとけば回避出来ることが多いっす。回避出来たのか夢が間違ってたか微妙っすけど、対策しない時は100パー起きるんすよ。つっても、あとから話を聞いたりする時もあるので自分がその場にいるとは限らないんすけど。」


そこで出席の確認が始まって、後ろを向いていた二人は大人しく座り直した。水飲み場と柵、と頭の中で繰り返して、エリはミハルの言葉をしっかりと頭の片隅に置いておいた。


全員揃っていることを確認して、バスはキャンプ場に向けて滑り出した。景色が動いて、バスが進んだことが分かる。振動も音もほとんどないから、窓から目を離せば静止しているのか動いているのかよく分からないものだ。


「アキちゃんスピードでもする?」

「い、いけど……テーブル小さいんじゃないかな。」

「確かに。じゃ僕紙とペンあるから〇✕ゲームしよ。」

「ふふ、いいよ。遠藤さん、結構じっとしてられないタイプ?」

「バレたかぁ。」


話しながら遊んでいれば、移動時間はあっという間だ。着いたよという言葉に顔を上げて、窓の外に目をやった。すっかり景色が変わっている。


「思ったより大自然だ!」

「おぉー、空気が美味いっすね!」


バスから降りるなり、エリとミハルはドックランに放たれた飼い犬の如く走り出した。数名の生徒達が同様に滅多にお目にかからない緑にはしゃぎ声をあげる。モエミとアキラは顔を見合わせて苦笑した。


「湖でかぁい!」

「はいはい、はしゃぎ回ってないでみんな並んで並んで。」

「あ、松下先生おはよう。」


後ろからした大声に、エリは立ち止まって振り返る。声がした下へ視線を滑らせれば、相変わらず眠そうな顔と目が合った。


「おはよう遠藤さん。あんまり最初からはしゃいで飛ばさないでよ?」

「えへへ、こんな広いところ初めて来たんですもん。」

「気持ちは分かるけどねー、泳いだら気持ちよさそう。」

「せんせー泳ぐの得意なんですか?」

「強化異能だからねぇ、筋肉も肺活量もスポーツ選手以上なんです。人より苦労せずに泳げるようにはなったかな。」


勿論練習はしたけどね、と笑う松下先生の言葉に、エリは少し首をひねってからなるほどと頷いた。


「つまり僕がもし先生のコピー出来たら推進力と潜水時間が上がるかもしれないんですね?楽しそう。」

「そうね。有り得ると思いますよ。」


いいから並びなさいと肩を叩かれたので、エリも大人しく生徒達の群れに混じる。グループごとに固まって、視線を教員たちの方に向けた。


「しおりで確認済みとは思いますが、本日の予定を確認します。今から1チームに1枚ずつ地図を配るので……」


前で教員が説明するのを大人しく聴きながら、ミハルがエリにそっと耳を寄せた。


「マップはデータで送ってほしいもんっす、課題って結構動くんっすよね?」

「のはず、動きやすい汚れていい服って言われたもんね。」

「……養護教諭の瀬野さんはゴール地点で待機していますので、怪我人が出たらゴール地点のあっち、宿舎の所に来てくださいね。」


指さされた建物の方を見る。2日目にはあの宿舎に泊まることになっているが、1日目はテント泊なので利用しない施設だ。


「瀬野さん、軽く挨拶お願いします。」


促されて真ん中にたった細身の男性に、この人が例の、とエリは一人頷いた。好青年って感じ、と過ぎった第一印象は物騒な挨拶に吹き飛ばされる。


「こんにちは、瀬野セイヤです。毎年この行事は怪我人多いのよね。ま、大抵の怪我はアタシが直せるので大丈夫よ、遭難と落下さえしなければ安心してね!死ななきゃ平気だから!」


どんな安心だよと半眼になりながら、瀬野先生の言葉にエリとミハルは顔を見合せた。なんでこの学校の先生ってこんなに正直なんだろう。というか、死ぬ手前の怪我まで考慮に入ってるあたりがおかしい。ただの学校行事なのに。


「もしかして、グループ分けに必ず1人は空飛べる人がいたのって……」

「もしかしなくてもそうね、多分。」


後ろに並んだアキラのつぶやきに、モエミが即座に答える。緊急時連絡要員に違いない。


班長は物資を取りに来るように、と全体集会は締めくくられた。ミハルが地図とチェックポイントで集めるアイテムを入れる袋、それから全員分のお昼を抱えて戻ってくる。飲み物と弁当を受け取って、4人で地図を覗き込んだ。


一日目のミッションは、地図の指示通りにチェックポイントを回ってアイテムを集めるというもの。チェックポイント同士もそこそこ離れており、半分はハイキングのようなものとみていいだろう。


50近いチェックポイントを点在させ、20チームが被らず5つずつ回れるように上手いこと組んでいるようだ。なんだか随分とあちこちを歩かされることになっていた。効率の悪い動き方を指示されているのに、運動嫌いのエリが眉を寄せる。


「えぇ、これこの順番に回らなきゃダメ?絶対最初8番じゃない方がいいでしょ。」

「ダ、ダメだよ順番は守らなきゃ。他のチームにかち合っても面倒だしね。」


リーダーなので、ミハルが地図と袋を持つことにした。各自準備を終え、一番最初に行くよう指示されているチェックポイントを目指す。全チームがバラバラの方向に進み出したあたり、よく出来ているものである。


木々の間の道を進む。まだ最初なので、わりと元気にサクサク歩き進めた。


「この辺に最初の課題スポットがあるはずなんすけど。あぁほら、これ目印っすよね?」

「そうねぇ、旗は立ってるわ。」

「8番の課題は『割らずに降ろせ』だったよね?」


先程の一瞬で地図の指示を覚えたアキラが、呟きながら辺りを見回した。ミハルが地図を眺めながら首を傾げる。


「ってことは、高いところに何かあるんすかね?」

「……あれかなぁ?」


エリが指さした方を、3人は揃って仰ぎ見た。枝に何かが引っかかっている。派手な色味をしているので、恐らくあれだろう。


「葉っぱの緑にオレンジが映えてるっすねぇ。異物感が凄いっす。」

「『割らずに』ってわざわざ書いているってことは、落としたら割れるってことかしらね。私、あんまり綺麗に受け止める自信ないんだけど。」


落とすだけなら楽勝なのに、とモエミが眉を寄せた。何せ遠いし形状がよく見えないので、力加減に困る。アキラが恐る恐る手を挙げた。


「え、っと、じゃあ、あの枝の密集しているところからとりあえず出してくれる?僕細かいコントロールが効かないから、枝から紐を外すのは出来ないけど……ひらけたところに飛ばしてくれれば、ゆっくり降ろすことは出来ると思う。」

「本当?じゃあ、遠慮なく。」


モエミが勢いよく腕を上げれば、彼女の足元から風が吹き上げて周り一帯の木を揺らした。何かが括り付けられていた枝が風圧で折れて、枝ごとオレンジ色の物体が空に舞い上がった。舞ったそれめがけてアキラが異能力を発動し、ゆっくりと自分の手の中に収めた。


「力技で外したから枝が折れちゃったわ。悪いことしたわね。」

「まぁ、末端だからそんな影響はないと思いたい……よし、取れた。」


絡まっていた紐を解く。付いていたカプセルの中から、丸く半透明のオレンジ色の球体が出てきた。ビー玉よりも大きいが、雰囲気は良く似ていた。


「なるほど、これを5つ集めて回るんだね。」

「5つ集めると願いが叶うんすかね。」

「宮田さん、漫画じゃないんだから。」


ミハルが持っていた袋に球体を入れて、次の課題の場所を目指す。この調子ならそんなに難しくなさそうだ。どっちかと言えば課題よりも体力の方が問題だった。


「うーん、想像以上に結構山道!って感じだね……もう疲れてきた……」

「僕も……普段あんまり歩かないからなぁ……」


揃って根をあげるアキラとエリに、ミハルが貧弱っすよぉと笑い声を上げた。涼しい顔をしているモエミも実は既に疲れていることをエリは見抜いていたが、黙っておいてあげることにした。全くポーカーフェイスの上手な奴である。


「いやぁ、でもこんな汗かくならジャージにしちまえば良かったっすね。私服でいいって言われたから私服着てきちゃったけど。」

「でもうちのジャージダサいじゃない。着なくていいなら着たくないわ。」

「言うねぇ姉御。」


その証拠にオブラートがぶん投げられている。あいや、それはいつもか。


「あはは、まだ森岡さん達のは緑だからいいじゃないすか!自分のなんて紫っすよ、紫!」

「消滅系が一番いいわよね……黒……」

「個人的にはピンクも好きだよ、僕らのクラスの人の。」

「僕のは青だからまだマシかなぁ。」


ジャージは校章同様異能力によって色が決められている。デザインは一緒でもダサさはだいぶ変わってくるものだ。そもそも我が校は制服もあんまり可愛くない、など好き勝手ボヤキながら4人は道を進む。


「あった!21番。」

「旗のあるなしに関わらず、この馬鹿でかい何かが課題じゃなきゃ逆に怖いわよ。」


地面に突き刺さった目印の旗を指さしたエリの腕を取って、モエミは旗のすぐ横の半透明な塊の方に彼女の手の方向を変えた。優に一辺3mほどありそうな立方体が鎮座していた。


「何これ。」

「さぁ。」


首を傾げて足を止めた三人の横をミハルがすっと通り抜け、塊の目の前に立った。そのまま躊躇なくペタンと手を触れる。


「おわ!冷たいっすねぇ。」

「い、いきなり触るのは危ないよ。」

「大丈夫っすよ、そうそうやばいものは置かないでしょーから!氷っすね、これ。」


ほら濡れた、と手のひらを三人の方に見せてから、ミハルはもう一度地図を開いた。


「21番の課題は『中から取り出せ』、っすね。」


ミハルの言葉に、皆で目を細めてあまり透き通っていない白い氷の中を睨む。確かに真ん中に球が閉じ込められているようだった。おそらくピンク色だ。


「炎か水、もしくは温度操作……消滅系とかの子なら一発KOなのに。」

「身体能力強化系でもあらかた削れる、とかいけそうっすね。うーん、向かないメンバーっすねぇ。」


そろって死んだ魚の目で巨大な氷塊を見上げる。溶けた氷が下に水溜りを作っていた。


「溶けるの待ったら何時間かかるかなぁ。」

「終わるわよ、一日が。」

「僕が持ち上げて叩きつければ……いやでも、中身も割れたら嫌だなぁ。圧力かけるとか……うーん……」


さっきのものと同じなら、高いところから落とせば割れてしまう可能性があることは既に示唆されている。重力操作と、風と、予知夢。課題との相性は悪そうだ。


「もしかしなくても、自分今日お荷物かもしれないっすね?」

「いや、ミーちゃんは予知夢で危ないところ教えてくれただけで優勝してるから。……あ!ちょっと待って!」


ぴょんと飛び跳ねて、エリはアキラの腕を思いきり掴んだ。その迫力にアキラの喉から情けない声が上がる。


「アキちゃん、僕に重力コピーさして!」

「う、うん、いいけど……」


大人しくエリを少しだけ浮かせて、彼女に重力操作の能力を与える。数センチ浮いたところから降ろしてもらって、エリは氷の下の水溜まりに腕を向けた。


「多分、圧をかければ上手くいくと思うんだよねぇ。」


ふわりとかなりの量の水が丸く浮かぶ。エリは狙いを定めて、その水を思い切り氷塊に向かって押し出した。細く勢いよく放たれた水の線が、エリの腕の移動と同時に上から下に降ろされる。氷の塊の端が切り落とされて、凄まじい音とともに倒れた。


「……ウォータージェットカッターってあるでしょ?」


唖然とした3人を振り返って、出来たぁ、とエリにがにっこり笑った。アキラがしばし言葉に迷ってから無難な言葉を返す。


「なんていうか、ほんとに使いこなすの上手いね……」


僕それ出来るかなぁとボヤきながら水溜まりに向かったアキラも、数度の失敗を得てからはコツを掴んだ。二人がかりで氷を切り落としていく。


「だいたいこんなものでしょ!」

「溶けるまで持ち歩きましょうか。」


まだ周りに氷は残っていたが、手のひらサイズにまで切り出すことに成功した。


「ちょっと時間かかっちゃったね。」

「ま、ゴール目標時間まではまだたっぷりあるわ。焦らず行きましょ。」

「次のミッションまでは割と近いっすよ!」

「しりとりしながらいこーよぉ、気を紛らわせたい……」


次のスポットまでは平坦な道が多かった。ミハル以外の3人も少し調子を取り戻し、声の調子も上がってくる。歩いているうちに氷も溶けた。


「そろそろじゃないかな。」

「っすね、あれ旗っぽくないっすか?」


ミハルが指さした先にエリが走りより、腕で丸を作った。


「16番、これだね!」

「えぇと、指示は『檻を開けずに描かれた模様を当てよ』っすね。」


看板の近くに置いてある広い檻では、元気に数匹の犬が走り回っていた。檻の横には、蓋に沢山の絵文字の描かれたボタンが並んでいる小さい箱が置いてあった。


「多分描かれた模様のボタン押せば箱開くんだろうなぁ。3回間違えたらあかなくなるって書いてある。」

「当て感はダメってことだね。」


檻の正面以外は囲われていて、中は正面からしか見られない。その真ん中に、看板のようなものが立っていた。


「あの看板かしら?なにも書いてないわね……炙り出しとか?」

「姉御、看板に炙り出しは難易度高くない?」

「分かった!反対っすよ、あの看板の裏っすきっと!」

「精神系有利問題ね。この子達に聞けば1発じゃない。」


楽しそうにこちらに笑顔を向けてくる犬や隅の方でご機嫌に餌を食べている犬と会話するすべは4人とも持ってない。


「とりあえず、僕裏返してみるよ。」


アキラがひょいと腕を上げた瞬間、ちょっと檻全体が浮いた。すぐにそっと下ろして、3人の方を向く。しばしの沈黙。


「折っ……ていいなら出来るかもだけど……犬を人質?いや犬質?に取られているから無闇なことできないね……」


折れたところをわんちゃんが触ったらと思うと、と眉を下げるアキラに三人も唸る。


「檻にガッツリ固定されてるかぁ。」


難しいぞ、とボヤいたエリの横で、アレ?とミハルが声を上げて檻のすぐ側まで近づいた。


「……あれ待って、テープ?テープじゃないすか?」

「どうしたの?」

「多分裏側に紙がテープで止まってるんすよ、ほら、こっちからも折りこんであるテープ見えません?」


言われてみれば、光の反射でキラキラしている箇所があるような。


「なら剥せるかもね。誰かわんちゃん達をそっとこっちに連れて来れない?」

「あ、自分得意っすよ。おいでー!」


宣言通り、ミハルがパチパチと手を叩きながら呼べば犬達が檻の手前の方に集合してくる。それを確認してから、モエミは看板の直下から強風を吹き上げさせた。ミハルの読み通り、バタバタと紙が揺れる音がする。


「あら、結構しっかり留まってそう。面倒ね。」

「大丈夫大丈夫、姉御ホックはめられたし。」

「うっそそのネタまだ引きずられるの?」


顔を顰めながら風を操って、モエミは見事看板から紙を引き剥がした。そのまま檻の隙間を通してキャッチする。


「テープのところは破れたけど……これね、泣いてる顔。」

「りょーかい!」


紙にあった絵柄のボタンを押せば、パカリと蓋が開いた。銀色の球体。三つ目だ。


ちょっとしたトラブルが起きたのは、昼食を済ませてから四つ目のスポットに向かう途中のことだった。


ごうと強い風が吹いて、皆思わず足を止めた。


「おわぁ!」


地図を確認しながら一番後ろを歩き道案内していたミハルの大声に、3人が振り返る。


「どうしたの?」

「地図が飛ばされちゃったっす!振り返ったらもう見えなくて……申し訳ないっす……」

「あの、さ、」


しょんぼりとしたミハルに、アキラが恐る恐る声を上げた。


「僕、地図覚えてるよ。」

「え!?全部!?」


モエミが驚いたように叫ぶ。ちょっと目線を泳がせてから、アキラはこくんと頷く。


「……うん、そう。全部。」


アキラは二人の反応を不安げに伺う。二人は目を見開いて……モエミは感嘆の声を上げて、ミハルはアキラに飛びついた。


「ありがとうっす!早く言ってくださいよぉ、地図いらなかったじゃないっすか!」

「う、ん、ごめん。」

「いやいや謝らなくていいっす、いやー、助かったっすよアキちゃん!」


何か言いかけて、アキラはただ笑った。じゃあ道案内頼むっす!と叫んで先頭を進んだミハルに、アキラは次の角を右ね、と叫んだ。エリはアキラの傍に近寄って、彼にだけ聴こえるように囁いた。


「アキちゃん、流石だね。」

「……へへ、便利でしょ?」


素直に彼が自分の記憶力を誇ったのは、これが初めての事だった。


さて、次の課題の場所についたはいいが。


「わーお、これは絶対原丘せんせーだね。」


ギッチギチの蔦の塊を前に、エリが感心したように声を上げた。その横でアキラが腕を上げて、その蔦を丸ごと引き抜こうとする。


「……いや待って、これ凄く根が深いよ。持ち上げてもいいけど、あんまり嬉しくないことになりそう。」

「中が見えないから無闇に攻撃出来ない感じだしねぇ。消失系を連れてきたいわ。これ、課題は?」

「『中身を取り出せ、又は問いを解いて道具を手に入れよ』だけど……問いってなんだろ?」

「さっきの箱みたいなのあるんじゃない?」


4人それぞれ周りに目を滑らせる。モエミが近くに置いてあった箱を見つけて、蓋に書かれた問題文を読み上げた。


「えぇと……『AはCは正直者である、BはAは嘘つきである、CはBは嘘つきであると証言している。嘘つきが一人とすると、誰?』」

「げぇ、出た。嘘つき問題。」

「大丈夫、こういうのは順番に行けばいいんすよ。順番に嘘つきを仮定していけばいいっす。」


ミハルの言葉に、アキラが首を捻る。


「順番?」

「例えばAを嘘つきと仮定するっす。Cは嘘つき、とするとBは正直者、Aは嘘つき。嘘つきが2人になっちゃうっすね。」

「なるほど、Bが嘘つきならAは正直者、Cも正直者、Bが嘘つき……Bかな?」

「Cが嘘つきならBは正直、Aは嘘つき……嘘つき増えちゃうっすね。Bでいくっす!」


ぽちりとボタンを押せば、蓋が開く。中からごつい剪定バサミが出てきたことに、4人は顔を見合せた。


「すんごい脳筋じゃあん。」

「論理問題を解いて出てくるものとは思えないっす。」

「ご丁寧に人数分だよ……」


大人しく各自手に取って、蔦を伐採していく。ようやく中の空洞が見えて、四つ目の青い球体が手に入った。


最終問題。たどり着いたスポットには、博物館の展示ばりに電子ロックのついた黄色の球体が鎮座していた。


「ここに今までのはめると解除されるのかな?」

「もう既に四つはまってるけど……」


黄色の球体の入ったガラスケースの台座には、今までの球体をはめ込めそうな窪みが用意されている。縦4列、横2列で、左側は全て埋まっていた。随分な仕掛けに、一体予算いくらかかってるのかしらとモエミが小声で呆れ声を上げた。


「赤、緑、黒、紫は既にはまってるね。」

「今ここにあるのがオレンジとピンクと銀と青っす。」


袋の中を覗いてミハルが答える。あまり脈絡のなさそうな配色だ。


「課題は『正しい色順を当てはめよ』だったよ。」

「正しい?何の順番かしら。」

「えーと4かける3かける2なんで……全部で24通り、力技で試しますか?」

「3回間違えたらダメって書いてあるよ。」

「ダメっすかぁ。」


エリはじっと台座にはめこまれた4色を眺めて首を捻った。


「なんかどっかで見たことない?この組み合わせ……」

「えぇ?赤と緑と黒と紫?」

「ピンと来ないっすねぇ。」


なにか引っかかるような気がしてエリはうーんと声を上げる。なんか、割と最近こんな並びの話をしたような。


「黒だけなんだか異色ね。」

「それを言ったらこっちの銀も異色っすよ。金もないのに。」


銀、銀が異色……エリはハッとして叫んだ。


「あっ校章!そっかダサジャージ!」

「え?」

「クラスだよ、上からA、B、C、D組!」

「っあー!?強化、自然、消失、直感!」


朝していたジャージの配色の話が残っていたのだ。残っている色はオレンジとピンクと銀と青、これもジャージ配色だ。


「やったね遠藤さん、じゃあ上から操作、精神、創造、不明だ。」


言いながら、アキラがミハルの持った袋から青、ピンク、オレンジ、銀をはめていく。わざとらしく赤く光っていたレーザー光が消えた。


ガラスケースを開けて、最後のひとつを取り出す。ケースを戻して4つの球体を再び取り外せば、レーザー光が空っぽのケースを守り始めた。


「よし、あとは5つ持ってゴールに戻るのみっす!」

「その前に水飲み場寄ってもいい?飲み物なくなっちゃった。」

「あぁ、もう少し先にあったよ。寄り道していこうか。」


答えたアキラにエリは礼を言いかけて、あっと声を上げた。


「でもミーちゃんが夢で僕っぽい人が落ちるの見たって言ってたの、水飲み場の近くなんだっけ?じゃあやめとこうかな。」

「あー、そうっすね。宿舎の中にも水飲み場ありますし、ゴールしてからそっち行きましょ。用心するに超したことはないっす。」


見た夢は外の景色だった、と頷いたミハルの言葉に従って、4人はそのまま宿舎のほうに足を向けた。


***


無事ゴールをしたところで目玉のアクティビティは終了だが、まだ休める訳では無い。一日目の夕食と宿泊はグループ毎に自力でなんとかしなくてはいけないのだ。


入浴だけ宿舎を使わせて貰えたが、あとは野原に各自放り出される。キャンプセットと食品は渡されていたので、好きな場所にテントを立て、火を起こし、夕食を作らなくてはいけない。


エリ達も、色々ともたつきながらも主に一人暮らしスキルのあるアキラに頼りつつ夕食の調理を済ませた。夕食を済ませてからがやっと自由時間だ。ミハルの持ち込んだマシュマロを焼きつつ焚き火を囲んで雑談に興じていたが、就寝時間が近づいたところで問題がひとつ生じた。


「朝から火を起こすの面倒だよね。」

「確かに……」


何せグループ11は重力操作、風、予知夢の組み合わせ。楽々火を起こすことが出来る人は1人も居ない。やっとこさ苦労して――具体的にはアキラとエリが交代で摩擦を起こす横でモエミが風を送り込んで――つけた火を、夕食が終わったからと消すのは気が乗らないものである。


「重力操作と風異能力があれば、なんかもう少し賢い火の付け方があったような気もするけどね。」

「理科苦手だったのよね。」

「自分、既に物理基礎ちんぷんかんぷんっす。」

「酸素送るくらいしか思いつかないよ。」


苦笑いを浮かべたアキラに3人揃って首を振る。異能力があれどもそれを100パーセント活用するには学がないといけないわけだ。かく言うアキラも妙案がないので、ここで火を消せばさっきの力技点火儀式を朝からする羽目になる。


「……寝ずの番でも、付ける?」

「ここで朝のポーカーの勝利を使うっす!」

「うぉ、そーだった。」

「負けたんだったね……じゃあ僕と遠藤さんでやろうか。」

「姉御ズルくない?」

「私不戦勝だもの。」


舌を出したモエミに眉を寄せつつも、確かに負けは負け。大人しくエリとアキラが火守役を引き受けた。指定されている起床時間は6時。22時から4時間はアキラが一人で火守をし、2時にエリと交代することに決める。アキラを残して、3人はそれぞれのテントに引っ込んだ。


手元のアラームがなる前に目が冴えて、エリは寝袋から這い出た。小さなテントの入口を開けて、他の2人を起こさぬように火元までゆっくり近づく。


「アキくんおつかれ。」

「おはよう遠藤さん。おはようじゃないか。」

「んー、おはこんばんは?」

「まだ1時半だよ、早かったね。」

「ん、目ェ覚めた。」


アキラの隣に座れば、彼は手に持っていたカップを下ろした。


「何飲んでたの。」

「コーヒー。さっき見回りにきた栗山先生とちょっと話した時に、スティックくれた。」


だからお湯沸かして、と言いながら笑い出した彼に、つられてエリも小さな笑い声をあげる。


「っふふ、なんで栗山先生インスタントコーヒー持ち歩いてるの。」

「ね、ちょっと変わってるや。話した時もさ、寝ないのはやばくない?って言われたけど、交代制ですって言ったらそれならいいかって。」

「あは、それならいいんだ。」


もう1本余ってるよ、という言葉に甘えてコーヒーを入れてもらう。火にかけたままだったポットを傾けながら、アキラが静かに口を開く。


「でも先生も大変だね、夜中に見回りなんて。」

「ね。……アキちゃん、もう寝てきてもいいよ。」

「そう?悪いよ。」

「じゃあそれ飲み終わるまで話そ。」

「約束通り2時までは起きてるよ……でも、僕そんな面白い話出来ないよ。」


眉を下げて笑うアキラに、エリは目を細めた。


「またそうやって卑下するぅ。僕はアキちゃんと話して楽しいんだけどな。」


アキちゃんは楽しくないの、と少し意地悪な聞き方をすれば、途端にアキラの目が泳ぐ。


「ご、ごめん。なんか、つい。」

「アキちゃんってさ、どうしてそんなに話すの怖がるの。」


何気なく聞いて、エリはあ、と口を抑えた。これもマサトシのいうデリカシーに欠けた質問かもしれない。考え込み始めたアキラに、エリは慌てて手を振った。


「答えたくなかったら、ごめん。忘れて。」

「ううん、大丈夫。一瞬ほんとに思いつかなくてさ。……怖がる理由、かぁ。」


考えたこと無かったな、とアキラが首を捻る。


人にとって苦手なものは苦手なもの、であって、克服の願望はあっても原因の追求に労力を割く発想は無いことが多い。それでも、案外思い返してみれば明白であるということは少なくない。自分の性格を形づくるほど大きな原因なのだ。時折大き過ぎて見えぬことは、あるのだが。


「多分、サクラさんとカナエさんだな。えぇと、僕の親の影響だと思うよ。」


記憶を辿りながらアキラは答えた。何故人と接するのが怖いかを辿ればそれは自分の卑屈さが原因だろうと思うし、その卑屈さは多かれ少なかれ親にかけられた言葉の影響が大きいように思えた。


「……親御さんとはこの間までは一緒に住んでたの?」

「そう、実家出て寮に入ったから。離れられて良かったよ。」


最後の言葉は独り言のようにも取れた。渡されたコーヒーを受け取って、エリは黙ってそれを一口飲んだ。楽しい話じゃないけど、と前置いた彼の言葉に頷く。パチパチと火が弾ける音がした。


「サクラさんは、僕が異能力者なことが余程自慢だったみたいでさ。物心ついた時には、もう異能力を使ってたから……みんな使えるものだと思ってたよ、最初は。だから、彼女の言う『特別』の意図はよく分からなかった。」


一度言葉を切って、アキラは足元に積んでいた枝を焚き火の方に投げた。少し弱まっていた火が勢いを取り戻す。


「サクラさんは僕に、『あなたは特別な子なのよ』って言うんだ。本当に、ずっと、そう言われてきた。自分が異能力者だってことを理解する前に、僕は僕のことを、よく分からないけど特別な子なんだって思ってたくらいにはね。彼女ひとりと暮らしていたら、僕は鼻持ちならないやつになっていたのかな。」


呟いて、アキラは少し笑った。親の影響だろう、と自分で分析出来る環境にあるだけアキラはまだマシかもしれない。正反対なことを言う大人に挟まれたお陰で、アキラはそのどちらも正しくはないことを理解せざるを得なかった。理解するのと、その呪縛から逃げることは、残念ながらイコールでは無かったのだが。


「僕がおかしくならなかったのは、カナエさんのおかげ。でも多分、彼女の言うことも正解じゃなくてさ。」

「なんて、言われたの?」


エリは恐る恐る尋ねた。自分は親になにかこの能力のことで言われたことがあったかなと記憶をひっくり返しながら。エリに思い出せるのは、いくつかの優しい言葉と1度きりの絶望した目だけだった。


「異能力のことがなんとなく分かるようになってきた頃にね、サクラさんがいない所でカナエさんが『自惚れてはダメよ』、って言うようになったの。僕は特別な子でもなんでもなくて、みんなと同じだから、自惚れちゃいけないって。」


でも僕らはみんなと同じじゃないでしょう。平坦な声で言い切ったアキラの言葉に頷く。


「みんなとは、違ったよ。事実として。異能力だけじゃない、変に記憶力がいいのも気味悪がられたし。でもカナエさんが言うには、僕は特別じゃない。なら、隠した方がいいのかな、とか、色々考えちゃって。」


みんなと同じだから。そう伝えられた親の言葉は響かなかった。残ったのは、ただ自惚れるなという戒め。同じであれという呪い。


「結局見ての通りさ、疎外感と劣等感が無駄に大きくなって、人と話せなくて……上手く言えないけど……なるべく、空気になりなかったんだよ、僕は。中学くらいになれば親以外の言葉もたくさん拾うようになるし、気にし過ぎなことはもう分かってた……今もさ、分かってる、んだけど。」


どこまでが話していいことなのか分からなかった。同じじゃなくて、優れてもいないなら、あと残った自分の身の置き場は「下」だけだった。みんなよりも下、だから、違う。


「なんとなく、これ以上二人と一緒にいたらダメな気がして。ここを受けたのだって、寮があるからだよ。」


でも結局あんまり変わってないね、とアキラはため息混じりに呟いた。エリは彼の横顔を見て、言葉を選びながら尋ねる。


「変な、こと聞いていい?」

「なぁに。」

「どうして、カナエさんの方を信じたの?」


君は特別、という言葉の方が余程耳障りは良さそうだった。正反対な言葉を投げた親に挟まれて、アキラはどうして「自惚れるな」という言葉の方に重きを置いたのか。


あぁそれはね、とアキラは悩まずに口を開いた。


「サクラさんは、僕の事見てないから。カナエさんとは、目が合うから。……まぁ、今思えばどっちの言葉も聞いておいて、足して2で割れば丁度良かったかもしれないね。」

「それは、きっと難しいよ。」

「……うん、難しかったみたい。」


一度会話が途切れて、2人は並んで黙ってコーヒーを飲んだ。しばしの逡巡の後、アキラは思い切ったようにエリの方を見て口を開いた。


「僕、遠藤さんと話して、初めて崇められも戒められも、怯えられもしない会話ってものをしたんだよ。」


特別だと褒めそやされ、自惚れるなと言い聞かされ、変わった子だと怯えられて。


「お陰で宮田さんとも森岡さんとも話せるようになったし……本当に、ありがとね。」


なんて返すのが正解か分からなくて、エリはただ頷いた。何度も、頷いた。


「あぁ、もう2時になるね。寝ないのもまずいし、あとは任せようかな。」

「うん、ゆっくり休んで。」


立ち上がって、テントの方に向かったアキラの背中にエリは声をかけるか少し迷った。ぎりぎり小さな声が届く距離で、アキちゃん、と呼びかける。


「ん?」

「僕ね、この学校、来たくなかったの。ほんとはさ、一般高校に、行きたかったの。あの、だから……ここ、寮あるからって受けてくれて、ありがとうね。僕も、ここ、受けて良かった。」


まとまらない言葉だったけれど、アキラはエリの言葉に柔らかく微笑んだ。


「うん。おやすみ、遠藤さん。」

「おやすみ。」

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