何もかも、人それぞれ。
ここ数日は寒い日が続いていたが、例年の如く振り幅の大きい気温は突然上がってみせた。だから指定制服であるブレザーとワイシャツの間に着込んでいたトレーナーを脱いで、エリは珍しく正しい制服で学校に踏み入れた。いや正しくはないか、ブレザーの前を留めていないので。
あってないような校則が故に初日から皆好き勝手に防寒していたが、一応生徒手帳には指定ブレザーと無地のワイシャツで登校せよと指示されているのだ。そこそこ新しい学校のくせに、地域の反対を恐れただか何とかで変に前時代じみたところがある。
それにしても着る服に迷うなとエリは眉を寄せた。3月までは概ね寒いのだが、4月は毎日夏と冬が喧嘩をしている。5月中頃に夏がくれば10月までいっそバカ暑いと分かっているのだから、日本も9月スタートになればいいのに。そうしたら最初の1ヶ月は指定の夏服で大人しく通うことが出来そうだ。まぁ、日本はもうかれこれ数世紀4月始まりから変えるタイミングを見失い続けているので、今更の話ではあるが。
にしても暑い。ブレザーも要らなかったかもしれない。裏門の方が駅から近いと思ったが、グラウンドを突っきる羽目になってしまって日差しが熱い。
失敗したかな、ほら向こうの子なんてうっすいパーカーしか羽織ってない。
エリは飼育小屋の方に見えた人影に目線を投げて、あれ、と首をひねった。てっきり動物の世話をしている部活の二、三年生かと思ったのだが。
しゃがんでいるから確信はないが、あの髪型はおそらく。
「アキちゃん?」
「ぴぁ!」
近づいて声をかければ、アキラは奇声を上げて横に倒れた。そのまま転がってこちらを見て、なんだ遠藤さん、と彼は細い声で答える。デジャヴである。
「おどかしてごめんね、おはよう。」
「お、おはよう。」
「兎見てたの?」
手を差し伸べながら聞けば、アキラはこくこくと頷いた。おそるおそるエリの手を取る。
「うん、そう。ちょっと早く来ちゃったんだけど、教室いても気まずいし……遠藤さん、いつも一人で登校してるの?真部さんと森岡さんと帰ってなかったっけ。」
出てきた友の名前にエリは一瞬驚くが、すぐにアキラが一度名前と顔を一致させれば忘れないことを思い出す。実技授業の時に教員に呼ばれたりしたのを聞いて覚えたのだろう。
「さすがの記憶力だね。」
「そ、かな。」
ニッと笑ったエリに、アキラは少し眉を下げて頬を緩めた。他のことも勿論だが、特にこの事については褒められなれていないからアキラはつい視線を泳がせる。
「二人とは最寄り駅違うから帰りだけなんだー。あ、クロゴマ。」
「クロゴマ?」
「うん、この黒ブチの子。同じクラスの動物と話せる子がさ、この子が一番可愛げがないってよく喧嘩してるの。」
ぴすぴすとこちらにつぶらな瞳を向けてくるブチ模様の兎に手を振ってから、エリは立ち上がったアキラのパーカーについた土を払ってやる。
「精神系にも友達がいるんだ?」
「同じクラスの子なら、もう大抵の子とは話すよ。もう二週間弱だしね。」
「うぅ、耳が痛い。もうすぐキャンプだし、先が思いやられるよ。」
なるようになるよ、と言おうかと思ったけれど、エリも理解出来ないなりに彼の悩みが深刻だということは認識していたので、ただ眉を下げた。1年生全員が参加させられるキャンプの行動班はクラスすらシャッフルされるらしい。アキラの不安は一入だろう。
「同じチームだったらいいんだけど、こればっかりはね。」
「まず同じレベルかも分からないしね。遠藤さん、レベル高そう。」
「うぇ?なんで?」
「だって使える異能力多いんでしょう?」
中途半端にエリが異能力を使うところを見ているからか、アキラは微妙に勘違いを起こしているようだった。エリが慌てて好きな時に好きな異能力を使える訳では無いと自分の能力を掻い摘んで説明すれば、彼はちょっと目を丸くした。
「そうだったんだ。でも、キャンプではきっと役に立つよ。だってほかの三人の異能力にいつでも助太刀出来るかもしれないし。」
勿論コピー出来ない能力かもしれないけどね、と付け足したアキラの言葉に今度はエリの方が目を丸くした。
「そ、だね。」
マサトシの励ましで緩和はされているものの、何処か先日のカイトの言葉は引っかかり続けている。きっと良い能力だよといつもよりも少し滑らかに言って微笑んだアキラに、エリは小さく頷いた。
チャイムが鳴る前にと校舎に戻り、教室の引き戸を開ける。覗き込めば、相変わらずマサトシが机に突っ伏しているのが見えた。クラスメイトに挨拶しながら自分の席に向かって、リュックをドサリと置く。マサトシが驚いたように肩を跳ねさせてから顔を上げた。
「おはよ遠藤。いつもより遅かったな。」
欠席かと思った、と言ってから欠伸をしたマサトシに首を振る。椅子を引いて、彼の方に少し傾けた。
「他のクラスの友達と話してたんだ。」
「ほんっとお前フットワーク軽いな。なんでもうそんな交友域広げてんだよ。」
呆れ半分に感心の声を上げたマサトシに、エリはうーんと唸って背もたれに体重を預けた。そのまま背中を反らせながら、不満げに呟く。
「このフットワークを持ってしてもカイトくんとはまだ話せてないんだけどねー。」
頭に血ぃのぼるぞ、と伸びた手がエリの体を起こした。やはり面倒見の良い奴だと思いながら大人しく姿勢を正せば、今度は十割呆れ顔で肩を竦めたマサトシと目が合う。
「積極的に会いに行こうとする時点ですげぇけどな。」
「そかな。」
エリにだって謝る気はさらさらないが、なんだか妙な終わり方になってしまったのは事実だ。彼の真意含めて、ちゃんと話したいと思っている。
突然水かけたマーちゃんはカイトくんに謝るべきのような気もするけど、多分それは僕がどうこういうことでもないだろうしな。
また突っ伏して仮眠に戻った友人を眺めて首を捻ってから、エリはとりあえず荷物の解体にかかった。教科書と一緒にため息も机に放り込む。謝る気はないものの話す気はある、とエリは何度かC組に顔を出してみたりしているのだが。残念ながらカイトには話す気がないようで、エリと目が会った瞬間に反対側の出口から颯爽と教室を出ていってしまうのだ。避けられているのか怯えられているのか分からなくなってきたレベルには逃げ足が早い。
「おはよう。」
「おはよう姉御。身軽だね。」
小さなショルダーバッグだけで登場したモエミの事を見上げれば、彼女は手を伸ばしてエリの頬をむにと摘んだ。
「今日はクラス分けとキャンプのグループ分けでしょう?一般教科の教科書はロッカーに置いているし、特に持ち物がなかったの。」
忘れてたでしょと頬を揉まれて、エリは大人しく頷く。
「そっか、キャンプのやつって実技の時間にやるのか。ジャージ持ってきちゃった。」
「今日は実技時間無いわよ。」
「じゃあ今日原丘せんせー達いないね。ちょい寂しい。」
実技時間中に原丘と下らない話をする時間をエリは割合気に入っていたのだが。原丘も栗山も非常勤講師なので、実技がなければ登校してこない。
「エリは随分原丘先生に懐いてるわね。」
「懐いて……?懐いてはなんか不本意。僕が懐いてるのはマーちゃん。」
「やめい。」
寝ていたと思っていたのにマサトシがくぐもった声で突っ伏したまま反論する。そのままノソリと顔を上げて、モエミと目を合わせた。
「おはよ……うわ荷物ちっさ。」
「むしろあんたらの大荷物の方が驚くわよ。エリって昔っからやたらとでかいリュックパンパンにしてるわよね。」
「俺は真面目だから置き勉しないんですぅ〜。いやでも遠藤はマジ鞄デカいよな。」
「これ?これねぇ、忘れ物しないように全部入ってるの。」
使わない教科書も持って来て持って帰ってる、と言うエリに二人は同時に吹き出した。
「ああ、だからお前のリュック登山用みてぇなんだ。」
「っふふ、エリ貴方、毎日登山しに学校に来てたの?」
「学問という高い山を。」
「っふはは、やかましいわ。」
でも全部持ち歩けば思いついた時に宿題が出来るんだよと頬をふくらませるエリに、二人は真面目なのか馬鹿なのかといっそうケラケラ笑う。自分でも無駄な筋トレをしている自覚はあるので言い返しはせずに、エリはつられて頬を上げた。
***
昼後はいつもであれば実技授業の時間になる。しかし本日は初日に行った能力テストの結果が出たので、実技授業のクラス分けが行われることになっていた。
今までのように異能力毎ではなく、使いこなせている程度によって分けられることになるのだ。勿論ある程度は能力毎に別れている方が都合がいいため、あくまでB組の中で更にグループ分けされるだけなのだが。
「グループ全部で5つってことは、4人チーム?」
「だなー。ま、このクラス分けで授業始まる前にキャンプだけど。」
それもそうか、と頷くと同時に前で松下先生が声を上げた。
「はい、名簿送りました。みんな見れる?」
慌てて手首の内側を数度叩いて、ウィンドウを表示する。目の前に広がったそれは実の所目に埋まった機器が見せているだけなので、本人にしか見ることが出来ない。今一斉に生徒たちが自分のスマートフォンを確認している様は、外から見れば中々にシュールだろう。
目線と指の動きで操作して、学校用のアカウントを確認する。名簿のファイルを開いて、自分の名前を探した。
「遠藤、遠藤……あった、あはは、ド真ん中。姉御一緒だね。」
「よろしくね、エリ。」
振り返ってニッと笑ったモエミに、ウィンドウを閉じて同じ顔を返す。マサトシが横で力なくうへぇと呟いた。
「マジ?お前らのこと先輩って呼んだ方がいい?」
「あら、マサは?」
「レベ2。テストん時先生濡れ鼠にしたせいかなー。」
一番使いこなせている生徒達がレベル5、そこから順にレベル1まで。勿論相対評価であるため、レベル1だからといって凄まじく使いこなせていないとは限らないのだが。
「なんとなくだけど、僕姉御と一緒にして貰えただけでは……?」
「おうおう、メタ読みはやめとけよ。素直に喜んどけ。」
テスト途中中断にもかかわらず真ん中のレベル3に配置され、エリはいまいち納得せずに首を捻った。勿論こういう配慮は聞いたところで教えて貰えないので、確かに大人しく喜んでおいたほうがいいかもしれない。大人の事情というやつである。
「名前ないんだけどって子はいないかな?全員自分のところ分かりましたか?」
キャンプ帰ってきたらこのチームで実技進めるからね、と松下先生が黒板の縁に腰掛けながら声を上げた。もうこの光景にも慣れたものである。はぁいと元気に返事をした生徒たちに頷いて、松下先生はぴょんと教卓の上に飛び乗った。
「じゃあ今週の日曜日からのキャンプのチーム分けの話に移ろっかな。 もうみんなご存知の通り、A組からD組の同じレベルの16人を、4つにくじ引きで分けたんだけど。先生もまだ見てないんだよねー。」
完全にくじ引きなのでもしかするとみんなB組の子ってなる所もあるのかなと言いながら彼女はスイスイと空に指を滑らせた。
「最低でも3クラスは混ざってるかな?調整入ってるかも。」
「マッチャンくじ引きしなかったの?」
「してないよー、主任が一人でやってくれた。」
生徒のひとりの声掛けに返事を投げてから、他のクラスの子たちと混ざるから新しい友達作るきっかけにしてね、と先生らしい言葉を付け足す。送られてきた名簿を開いて、エリは小さく手を叩いた。
「アキちゃん!良かった!姉御も一緒だ!」
「この相生アキラさん?知り合い?」
レベル3の欄に書かれたチーム分けには、モエミ、エリ、それからアキラの文字。もう1人の宮田ミハルは初めてみる名前だ。D組なら実技も行わないし、顔も知らないかもしれない。
「うん、アキちゃんは知り合い。」
「あぁ、相生。俺この子知ってるよ。」
「そうなの?」
「学校は違うんだけどさ、塾一緒だったんだよ。」
B組俺一人かよと小言を漏らしてから、マサトシは頬杖をついて目を細めた。記憶を手繰っているらしい。
「なんかめちゃ背ぇデカいヒョロい子だよな。でもあんま話したことはねーかな、俺塾でそんな人と……あいや、うん、そう、友達いなかったからな。」
「なに、その含みのある言い方。」
「話す人がいなかったわけではないなぁと。やめないこの話?修羅場思い出してきちゃった。」
ぶんぶんと手を振るマサトシに、エリとモエミは顔を見合せた。
「やっぱマーちゃん遊び人だったのか。」
「マサ、問題発言多めだものね。」
「だからぁ!お前らデリカシィ!」
類は友を呼ぶので傍から見れば全員デリカシーがないのだが。異能力のせいでやや荒んだ中学時代を過ごしているマサトシはあまり嬉しくない思い出の襲来に頭を抱えた。
詳しいことは知らないが何かあるらしいと二人がつつきまわそうとした時に、モエミの隣に座るクラスメイトがお前ら相変わらずうるせぇぞと笑いながら注意したので、取り敢えずマサトシの沽券は守られた。徐々に1-Bの三馬鹿という不名誉なマスコット地位を築きつつあることを本人達だけが知らない。
「キャンプのしおりは印刷してあるんだよね、前から回すか。」
でかいダンボールを軽々と振り回しながら松下先生が前に座る生徒に配り始めた様を見て、三人の話題はそちらに逸れた。
「この印刷するしないの基準ってなんだろね。しおりこそ持ち歩くの重いからPDF化して欲しい。」
「時間割も何故か紙だったわね。」
「あー……時間割は机に貼りたいし、しおりはなんか……あれじゃね、長時間見ても疲れない的な。」
「教科書扱いか……」
回ってきたしおりをパラパラと確認して、マサトシがん?と首を捻った。
「瀬野先生って誰だっけ。」
同行教員欄に書かれた見覚えのない名前に、エリもモエミも、モエミの隣のクラスメイトも首を傾げた。少なくとも学年付きの先生では無さそうだ。
「他のクラスの非常勤講師かもよ。」
「あー、原丘先生とか栗山先生と同じ枠?」
「いたかしら、そんな人。」
まぁ当日になれば分かるだろうと早々に白旗を上げて、皆立ち上がった。今からメンバー毎の顔合わせだから、クラスを動かなければいけない。
モエミと共に隣のC組に踏み入れ、エリはちょっとカイトを探してみた。名簿を見るに彼はレベル5だったし、もうD組へ移動してしまったようだった。肩を竦めて、割り当てられたグループの席に座る。
「遠藤さんいてくれて助かったよ。」
「運が良かったね。」
力なく教室に入ってきたアキラが座るのに、エリはくふくふと肩を揺らした。
「貴方が相生さん?」
「は、はい。よろしくお願いします、森岡さん。」
名乗る前に名前を当てられて、モエミは少し目を見開いた。しまった、とアキラは即座に顔を曇らせたが、モエミはエリから聞いたのだろうと予測をつけてすぐに気にしないことにしたようだった。
「マサ……えぇと、真部マサトシの知り合いなんですってね。」
「あぁうん、真部さん。知ってるよ。」
塾同じだからねと頷いたアキラに、世間は狭いわねぇとモエミが笑う。
「近所なの?」
「ううん。僕、他県からそこ通ってたから。ここに対応してる塾もそうそうないし……」
「今は寮だっけ?」
「うん。」
他県からわざわざこの高校を受験する生徒も少なくない。生徒の半分近くはそこそこ大きい本校の学生寮に住んでいる、と見ていいだろう。
「真部さんとはあんまり話したことあるわけじゃないけどね。彼はなんていうか……ほら……陽キャだから……」
精一杯言葉を選びながらアキラが呟けば、エリとモエミは顔を見合せた。
「マーちゃんは陽キャというよりはお人好しでは?」
「エリ、多分それはあんたが危なっかしいからよ。」
「えぇ?真部さんって凄いせっそ……」
うなし、とストレートな悪口を言いかけてアキラはギリギリそれを飲み込んだ。
「……僕みたいなタイプとは合わなかったからなぁ。」
「じゃあ顔は知ってるってくらいかぁ。」
「ここグループ11っすか?」
後ろからした声にエリは首を捻って後ろを仰ぎ見た。思ったより近めの距離でこちらを覗き込む猫っ毛の人物に驚いて、エリはちょっと体を引いた。
「う、うん。そう。えぇと、宮田ミハルちゃん?」
「そうっす!」
にっと笑った時に犬歯が目立った。猫みたいな子だなと勝手に好感度を上げつつ、エリは空いた席に座った新しいメンバーを眺める。イエローグリーンのセミロングは、癖毛なのか寝癖なのか好き放題跳ねていた。大きなラズベリー色の目はつり上がっていて、これまた猫っぽい。
「これで全員ね。」
「何するんでしたっけ?自己紹介?」
「自己紹介と、班長決めだね……」
小さい声でアキラが答える。ありがとうっす!とお礼を言ったミハルの声に、気圧されたようにヒェとアキラの喉から息が漏れた。ミハルはそれを気にする素振りもない。相性がいいのか悪いのか。
「クラス順に自己紹介する?アキちゃん最初でもいい?」
「う、うん。A組の相生です、重力操作が出来ます……これくらいでいいかな。」
「そうね、名前と異能力を言えばいいかしら。次はB組の私たちね。私は森岡モエミ、風を使うわ。」
「僕は遠藤エリ、異能力はー……うーんと、」
なんて言えばいいんだ?と説明するにも困ってエリは天井を睨んだ。事情を知る2人も的確な言葉が浮かばず苦笑いを浮かべる。そんな3人の様子を見て、あぁとミハルが手を打った。
「コピーの子っすか?」
「うぉ、ほんとにみんな知ってるんだァ……」
噂の回る速度は早いなぁと目を瞬かせて頷けば、有名っすよ!とミハルが元気よく頷いた。
「自分、宮田です。D組!異能力は予知夢っす。自分も詳しく話すと長いんで、まァ初日はこんなもので!3人の能力も、おいおい詳しく聞かせて欲しいっす。」
「そうね。とりあえず班長だけ決めてしまいましょう。じゃんけんでもする?」
「じゃっ……」
ほぼ断末魔のように声を上げたアキラに視線が集まる。慌ててエリが彼を宥めた。
「嫌なら僕やるよ、大丈夫大丈夫。」
「そうっすよ、やっていい人だけでジャンケンしましょ。」
「す、すみません色々と……」
「大丈夫よ、無理にやるものじゃないわ。」
縮こまるアキラを励ましてから、三人はジャンケンで班長を決めにかかる。一人勝ちしたミハルが引き受け、教師に報告しに教卓に駆けた。
「終わったら帰っていいみたいっすよ!」
「ほんと?帰りのホームなしか。」
「みたいっす。じゃあ日曜日からがんばりましょーね!」
ミハルの利用している駅は反対方向だったので、3人と1人に別れて教室を出る。一楠異能学園の学生寮はエリ達が利用する駅のほど近くであるから、自然と三人は共に連れ立って帰ることになる。縮こまるアキラとやりにくそうなモエミを交互に見てから、エリは共通の話題を探すべく頭をひっくりかえした。
「そいやアキちゃんは瀬野先生覚えてる?」
「瀬野セイヤ先生?」
即座に返されたフルネームに多分そうと頷けば、アキラは小さく頷いた。
「養護教諭の方だよ。5年前に珍しい回復系の異能力者だって話題になったことのある人いたでしょ、わりとなんていうか、強烈なキャラクターの。」
「5年前って小五くらい?覚えてないなぁ。」
「そっか。一楠出身のはずだよ、彼も不明系だから遠藤さんの先輩じゃない?確か一昨年くらいに一楠に赴任することになったって小さなニュースになってたはず……あと、入学式の時に配られた教員紹介にも写真はなかったけど名前は載っていた。」
「よく覚えているのね。」
驚いた、と呟いたモエミにアキラは力ない笑顔を浮かべた。
「僕、こっちだから。2人ともキャンプ、よろしくね。」
曲がり角で小さく手を振ったアキラと別れて、2人で駅へ足を向ける。モエミが変わった子ねと笑った。
「取って食いやしないのに。」
「アキちゃんはコミュ障?なんだって。」
「まぁ、3日間あればもう少し慣れてもらえるかしらね。」
警戒心丸出しだとこちらもどう接すればいいか分からないと苦笑するモエミに、エリは肩を竦めた。そう言えばモエミもそんなにグイグイ行けるタイプではない。
「アキくん話すと面白いよ、色んなこと知ってるし。」
「記憶力がいいわよね、異能力では無いんでしょう?」
「多分。でもどうだろ、生まれつきいいんだって。そう考えれば同じようなものかも。」
異能力をふたつ持つ人というのを聞いた事は無いけれど、そもそもどこまでが一つなのかも怪しい。出来ることの幅は人によってまちまちだし。
「あら、そうなの。彼の前で不用意なこと言えないわね。」
何気ない言葉を一瞬聞き流して、エリはちょっと足を止めた。すぐに歩き出したけれど、どうしたのだろうとモエミが首を傾げてエリを見る。エリもモエミと目を合わせて、ちょっと悩んでからはっきりと伝えた。
「アキちゃんに、それいっちゃ多分ダメだよ。」
モエミはキョトンとした後、頷いた。エリはアキラではないからそれ以上何も言わずに、ただ頷き返した。
「ねぇ姉御、中間試験って試合するんでしょう?キャンプのしおりに試験説明と練習ってあったの、模擬試合するのかなぁ。」
なるべく遠い話題を選んで尋ねれば、モエミはどうかしらとちょっと考え込んだ。
「でも、学校の持ち物の土地なんでしょう?壊すものもなくて初めての戦闘にはいいかもしれないわね。」
「戦闘って言うなし。」
「試合も戦闘もやることは同じじゃないの。」
異能力を身につけさせるには一番手っ取り早いので、異能学校の実技試験の行き着く先は結局「試合」である。スポーツと同じ枠に置かれているが、まぁ、戦闘のほうが字面は似合いそうだ。
最近は異能力者の数が増えてきたからか、プロスポーツとしても成り立っている。何度か報道で見た事があるが、出来ればやりたくないというのが正直な感想であった。いや、プロの試合というものはどのスポーツであれ混ざりたいとは思えないわけだが。
「僕攻撃受ける度に能力変わるんでしょー?上手くできる気がしないよ。あ、でも使いこなせたら強いかな。」
アキラのキラキラした目を思い出しながら笑えば、モエミは少し驚いたような顔をした。
「そう、ね。そうかも。」
「どしたの?」
「いえ……正直ね、悪いことしたかしらって、思ってて。」
モエミは言葉を探して目を泳がせた。エリは経験上彼女が結局最後まで言わずに誤魔化す気配を察知したので、彼女の腕を掴んで彼女の目を覗き込んだ。
「姉御今日この後なんかある?」
「え?いえ、用事は無いけれど。」
「よし。僕は新作が飲みたい。」
「ちょっと、」
私までエリの親御さんに怒られるじゃないと後ろから文句が聞こえるが、気にせずにカフェの方に進んだ。エリは買い食いの浪費癖があるのでよく親に呆れ怒られているのである。本人の言葉を借りれば怒られ慣れているのでその説教は全く響かないのだが。
「で、姉御はどうして僕に悪いことしたと思ってるの。」
「かんっぜんに尋問モードね。」
「うん。」
逃がしてくれたあたりやはりマサトシは甘かったなと先日の彼との会話を思い返しながら、モエミは不服そうにストローを咥えた。甘いものをエリほど好まない彼女は、喉を滑ったアイスティーの冷たさに少し眉を上げた。ニコニコとフラッペを半分ほど一気に吸い込んだ目の前の少女の目線に促されて、ゆっくりと口を開く。
「エリの異能力がコピーするものだって気がついたのは、私だったでしょう。」
「そだね。」
「言わない方がいいかとも、思ったの。」
首を傾げたエリに、モエミは言葉を続ける。
「人と違う、って、エリは苦手でしょう。」
「……あー。」
「そもそも貴方が異能力者としてこの学校に通っているのも、私と知り合ったからかもしれないわ。」
「まーね。一生異能力者に会わない人だって、まだたくさんいるし。」
モエミは意味もなくストローでアイスティーを掻き混ぜた。カラリと氷が鳴る。
「また、私だったなぁと思ったのよ。」
彼女が後天性と呼ばれるようになったのも。彼女が異能力のグループ分けから弾かれたのも。きっかけを作ったのは、全部モエミだ。
「そうだねぇ。」
事実として、エリはそれを肯定した。生クリームとフラッペを混ぜながら、穏やかな声で続ける。
「でもま、偶然姉御がきっかけになっただけだから。遅かれ早かれ分かったことなら、ちゃっちゃかわかった方が良かったかもしれないよ。」
僕の人生もう一個用意して比較は出来ないからねぇとエリは笑った。モエミの心配は、自分が頭の中で転がしていたことと少し似ていたけれど、もうエリはそれを転がし終わっていた。
時々気になるけれど、気にしても変わらないなら考えるだけ疲れるだけってやつなのだ。そう、もう気がついているので。
「変えられないことは気にしない!……ってマーちゃんの受け売りだけど。僕の問題だよ、これは。姉御が悩むことじゃないね。」
「そう、ね。」
エリの言葉は、ある種の許しであり、ある種の拒絶であった。
「キャンプ、楽しみだねぇ。」
「えぇ、本当に。」
お互い何処か割り切れていなかったけれど、割り切れたことにして、手元のストローを弄んだ。
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