特別と異端は大抵の場合背中合わせだと思わないか。

遠藤エリは、自分が能力に目覚めた日のことをちゃんと覚えている。


小学校1年生、丁度夏休みに入ったくらいの頃だった。幼なじみであるモエミとは小学生入学と同時に出会ったばかりだったが、その時にはもう親しく遊ぶようになっていた。二人の家は学区の西端と東端であまり近いとは言えなかったが、波長があったのかよく学校の近くの公園で遊んでいたものである。


幼子同士というのは、概ね打ち解けるのが早い。


小学1年生、つまるところたかだか6年の人生だ。学友たちはモエミが異能力者であることを知っていたし、それが何を意味するのかはよく分かっていなかった。そんな年齢の時の出来事。


「やっべ、変なところ乗っちゃった!」


公園でブランコを漕いでいたエリとモエミは、聞き慣れた級友の声に顔を見合せた。公園の木に群がる少年たちの方に近寄って、エリは声を上げた。


「どしたの。」


クラスメイトの手に握られたラケットに視線を投げてから、彼らの顔の向きをなぞる。木が枝を伸ばしているだけだ。


「ほらあそこ。シャトルが引っかかっちゃって。」


指さされて始めて、枝葉の隙間にかかったシャトルの存在に気がつく。


「ありゃあ。」

「私が取ってあげようか。」


その頃は年相応に幼い言葉遣いだったモエミの言葉に、エリを含めた級友は揃って首を傾げた。それ以前にモエミが見せていた風は、少しの涼を提供するようなものだけだったから。


彼女が腕を上げた。ざぁ、と枝がしなった。踊り上がったシャトルが、皆の前にころりと落ちた。


少しの沈黙。わっと、子供たちは歓声を上げた。エリも、上げた。


あとから聞いたところ、コントロールが効くようになってようやっと親から日常生活で異能力を使うことを許可されたタイミングだったそうだ。それまでは親にバレない程度にしか使わなかったのよ、と当時を振り返りながら舌を出して彼女は笑っていた。


「すごぉい!」

「ふふ、上手く出来て良かった。」

「モエちゃんモエちゃん、ああやってモエちゃんも浮ける?」

「うん、この間お庭でやったの。」


無邪気に尋ねたエリに、上手くシャトルを取れて気分の良かったモエミは笑顔で頷いた。


皆の目が集まる中、ごうと砂が舞った。砂埃が落ち着いてから視線を動かす。エリは、自分の頭よりも高い位置にある彼女のエナメルのサンダルを見上げた。彼女の銀髪が、ぶわりと持ち上がって光に踊っていた。


「すごい!」

「飛んでる!」


口々に歓声をあげる級友と共に跳ね回って褒めそやしながら、エリはふと気になってモエミに尋ねた。


「僕のことも浮かせられる?」

「出来ると思うよ!」


恐れを知らない年齢だ。落ちたら、なんて考えない。ただ皆、好奇心の赴くままにそのモエミの返答に目を輝かせた。


彼女が腕を振る。


耳を痛いほどの風の音が包んで、視覚と聴覚が一瞬迷子になる。空を掻いたスニーカーに驚いて、エリは両手をばたばたと振り回して目の前の砂を払った。


飛んでいた。


「浮いてる!」


エリの声は風の音に掻き消されたけれど、真下の皆が揃って手を叩くのが見えた。ゆっくりとモエミが手を下ろすのに合わせて、エリのスニーカーはしかと地面を捉えた。


「すごいねぇ、どうやるの?」

「手から風が出てるの?」


初めて見た異能力らしい現象に、わらわらと皆は問いかけた。でもそれはきっと、とても足の早い生徒を見た時のそれと何ら変わりはしなかっただろう。モエミは誇らしげに皆に説明してみせた。


「風の道を考えるの。ここに風を起こしたいなぁって。」

「ふぅん。」


数名が倣って手を上げた。足元の石を持ち上げようとして、上手くいかずに一様に首を傾げる。エリも自分のすぐ側にあった枯葉に向けて、手を持ち上げてみる。


風の道。浮くように、葉っぱの下に。


――くるりと葉が舞った。


「あ、葉っぱ浮いたよぉ。」


呑気な声を上げたエリの方を、皆が見た。吹いた風じゃないの、と誰が言おうとしたのと、エリが浮いたのが同時だった。


「飛べるねぇ、モエちゃん!」


面白いねぇ、とエリは両手を振り回した。級友達は大興奮で手を叩いた。モエミは大きく目を見開いてから、破顔した。


「お揃いだね、エリちゃん!」


そう、分かってなかったんだ。エリは当時のことを思い出す度に、思わず苦笑する。


僕達は風を起こすことが出来るのは異能力者であるということを、ちゃんと知っていた。そして、それが、異能力者だということが何を意味するのかは、よく分かっていなかった。


「エリちゃんがモエミちゃんと同じことした!」


凄いねぇと、賞賛に満ちた子供らの密告。あっという間に親達に伝わって、教員に伝わって、そして遠藤エリは全国、いや、全世界に向けて「後天性異能力者」とラベルを貼り付けられた。


そうとも、遠藤エリはあの日のことをちゃんと覚えている。


転がったシャトルを、モエミのエナメルのサンダルを、舞った砂埃を、踊った枯葉を、歓声をあげた級友を、ちゃんと覚えている。


「ねぇ、僕も風作れたよ。モエちゃんとお揃い!」


夕食の席で何気なく報告した時、両親が一瞬浮かべた絶望の色まで、ちゃんと覚えている。


あの日あの瞬間から、エリはずっと、半端者なのだ。


途中開花の、異能力者。


***


忘れもしないあの夏の日から、エリはずっと風を操ってきた。ここ10年風を起こせなかったことなんてないし、ましてや無風で物を浮かせたことなんてない。今までずっとエリとモエミが揃って風の異能力だけ使ってきたことは、近所の人ならみんな知っている。


――だっていうのに、ここの先生方と来たら!


入学時のテストデータ。

先程のテストデータ。

森岡モエミの証言のメモ。

先程の電話での両親への聞き取り。

いくつかの映像と写真。


テーブルに並ぶ検証の跡に、エリはウンザリしながらソファに沈んだ。隣で呼ばれたモエミも同じ顔を浮かべている。


「嘘なんかつきませんよ、良い事一つもないのに。」


どうせいつだって分類不可なんだ、僕は。


半ばヤケになって、エリは胸の内で吐き捨てた。


グループごとに丸で括ったら、丸と丸の間に取り残されるのが、僕なんだから。


唯一の後天性異能力者のラベルに加えて、次は前例のない異能力変化者ときた。使えた能力は調べた結果重力操作。自然系ですらない。


この子をこれからどうしようと困惑しきってこちらを見る大人の目というのは、否応なしに能力が目覚めた頃のことを思い出させる。


校長と副校長と学年主任が、資料とエリ達の間で目線を泳がせた。モエミが不安げに目線を寄越しているのに気がついていたけれど、エリは不貞腐れていますよと顔に貼り付けたまま、ただ床を睨みつけた。部屋にいた五人が揃って黙り込んだものだから、ただ重苦しい沈黙だけがでんと座り込んでいた。


結局。


A組に移動させるべきという話も出たが、まだ元に戻るかも分からないからとエリの所属はB組のまま保留となった。どうせ1年の実技時間は被っていたから、実技クラスだけA組の操作系異能力者に混ざることに決まったのだ。


言ってしまえば、この話は着地点を見失ったままなぁなぁになったというわけだ。


1時間ほどお偉い方に拘束されてから二人が教室に戻れば、テストを終えホームルームを済ませた生徒達がわらわらと帰り支度をしている所だった。事情はざっくり聞いてるよ、とだけ言って、松下先生は二人に帰りのホームで配った時間割のプリントを渡した。


「そりゃあ災難だったな。」


一体何があったのかと問うてきたマサトシに掻い摘んで説明すれば、彼は珍しいこともあるんだなぁと気の抜けた声を上げる。


「ホント災難だったよ。タダでさえ十年慣れ親しんだ異能力が使えなくなってショックなのにさ、嘘つき呼ばわりするんだから。どーせ僕は半端者ですよぉだ。」


文句を言うエリの横で、彼女のプリントはふわふわと浮いてリュックに収まっていく。当の本人は文句の合間合間に水筒を傾けていた。


自分の両腕と異能力を一度にバラバラのことに利用するのは、異能力をそこそこ使い慣れた者の為せる技のはずだが。あまりにも当たり前のように新しい能力を使う様に、マサトシが片眉を上げる。


「でも、随分使いこなしてないか?」

「あんまり風の能力と変わらずに使えることに気がついたんだ。力の込め方というか、イメージを変えたら割合使えるんだよ。」


ここに風を通す、と思っていたのを浮け!沈め!に変えるだけ。そうケロリと言うエリに、マサトシとエリは内心まさかと眉を寄せた。


「それも先生達には信じられなかったみたい。使い慣れてもないのに、いきなり新しい異能力が使いこなせるわけがないって……」

「あら、エリは風を起こせるようになった時も使いこなしてたわよね。」

「ん?うん、そうかも。だって姉御が能力の使い方教えてくれたし。」


エリがこっちを向いていないのをいいことに、二人は顔を見合せた。


そんなことある?

さぁ。


生まれつきの、つまり彼女以外の異能力者だって自分の能力と上手いこと付き合えるようになるまでに5年から10年かかる。物心つくまでの過程を省いたって、異能力を理解してから使いこなすまでやはり2、3年は必要そうなものだ。


「よし、かーえろ!」


リュックを背負ってにっこり笑ったエリの声に、2人も慌てて自分の鞄を掴んだ。どうせ駅までは同じ道と分かっているから、昨日と同じように並んで歩き出す。


「そもそも遠藤って小一まで異能力使えなかったんだろ?」


何気ない風に投げられた言葉と同時にこっちを見た赤目に、エリとモエミは揃って目を丸くした。


「えぇ、そうだけれど。」

「マーちゃん僕に詳しいね。」

「名前聞いてニュース思い出したんだよ。」

「ニュース知ってたの?そんな素振りなかったのに。」

「そんな素振りって?」


聞き返されて、エリはちょっと考え込んだ。だって今までエリが「後天性」と知る人は、もっと、こう。


「んー?」

「分かんねぇのかよ。」


煮え切らないエリの様子に首を捻ってから、マサトシは改めて、知ってたよと言葉を続けた。


「名前言われるまでは分かんなかったけどな。さっき森岡が『風を起こせるようになった時』っつってて確信しただけ。遠藤、髪色も虹彩色もいじったろ?」

「うん。中学の時からはずっとこの色。」

「あの時はエリ、眼鏡もしてなかったわね。」


昔は視力矯正の道具だったらしいアクセサリーを指で弾いて、でもみんなよく覚えてるなぁ、とエリは平坦な声を上げた。モエミがちょっと眉を上げる。


「大したニュースじゃなかったでしょ?話題になったのも一瞬だったし。」

「そうかぁ?ま、周りに異能力者なんていなかったから、異能力の話題ってだけでも結構真剣に聞いたからな……」


そんなものかなぁ、とエリはモエミの顔を見た。モエミはただ、少しだけ頬を上げた。なんだかやたらと、沈んだ笑みだった。


「ちなみに、いつから能力が変わったんだ?」

「昨日はいつも通り……今日の朝も使えたな。学校来てからは使ってないから分からないけど、テストの前にはもう使えなくなってたよ。」


マサトシの問いに、一度先の話題は横に置いて朝からのことを振り返る。思い出しながら順を追って答えれば、モエミが首を傾げた。


「テストの前?」


どうしてテストの前に分かるのよ、と問うたモエミの言葉に、エリはちょっと決まり悪そうに目を泳がせた。


「アキちゃん、えっと、A組の子と話しててね。テスト不安だって言うから僕で試し打ちさせてあげたの。そのあと僕も試し打ちしようと思ったら、出来なかった。」

「えぇ、お前自分で試し打ちさせたの?危ねぇからやめろよ。」


マサトシが心底呆れた顔で半身を引く。


「人によって使いこなせるレベルもまちまちなんだからよぉ。異能力の殆どが殺傷能力あるし……」


クレームをつけながらくるりと彼が空気に向かって手を回した。ぽんと生まれた水の玉をそのまま掴んで口に放り込む。


「えマーちゃん今の何!?」

「えぇ、俺一応真面目な話してたんだけど。聞いてた?」

「聞いてたよ、でもぶっちゃけ今のやつにちょっと意識持ってかれた。」

「今のはマサの異能力よね?」


モエミまで目を輝かせて聞いてくるので、マサトシは苦笑いを浮かべながらももう一度同じことをしてみせる。


「喉乾いただけだよ。元からある水を操る方が簡単だけど、なんもねぇ所からも水作れるからな。」

「水筒いらずだぁ。どんな味?」

「ふつー。口開けろよ。」


素直に大きく口を開けたエリへ、マサトシはひょいと水を投げ入れる。ボールみたいに触れるのねぇとモエミが感心して瞬きをした。


「水だ!」

「あはは、だろ。お前もいる?」

「貰うわ。私が触ったら崩れちゃうかしら。」

「んー、かも。よく分かんね、感覚でやってるし。」


モエミの目の前に水の玉を浮かせれば、彼女は控えめに口を開けてそれを飲み込む。水ね、と頷く少女に、だから水だって、とマサトシはケラケラ笑った。


駅構内に入ったところで、エリが足を止めた。


「ジュース買いたい、自販機寄らせて。」

「いいぞ。」

「あら、買い食いするとご両親に怒られるわよ。」

「うん、怒られ慣れてる。」

「なんだそりゃ。」


少し道をずれて脇に置いてあった自販機に近寄る。チップが認証されたことを確認して、エリはオレンジジュースのボタンを押した。


「そういえば、マサはこういうペットボトルのジュースとかも操れるのかしら?」

「純粋な水よか疲れるけど、液体なら大抵。あ、重力操作が出来るなら遠藤もそのジュース浮かせられるんじゃねーの。」


無から水を生成出来ずとも、液体の周りだけ無重力にしてしまえば既にある液体は浮き上がるだろう。風の能力者が同じことをしようとすれば相当上手くやらないとジュースが爆散するので、モエミには無理な芸当である。ひっくり返しても平気なところで試してみる、と言いながらエリはいつも通りにジュースを飲んだ。


「海の上を歩けたりはするのかしら?」

「気を抜くとぽしゃりそうで試す気が起きねぇな。やろうとすりゃできっかも。」

「マーちゃん、世が世なら生き神様だね。」

「実際、昔は水を作れる異能力が崇められてた例はあるらしい。今でも概ねインフラは整ってるとはいえ、局所的にはそういう場所もあるだろうな。」


まだよく分かっていないことも含めて、異能力者は一歩間違えれば皆生き神扱いだ。エリ達の世代で百分の一程度、もっと上の世代になれば何千分の、何万分の一。多いようだが、やはり少ない。同級生に1人いるかどうかという程度。そして能力毎に考えれば、一体どれほどの割合か。


「ま、マジックか魔法か奇跡に見えるよなぁ。」


マサトシの言葉に、エリはかつての目を輝かせた級友を思い出して頷いた。返そうとした言葉は、駅内の改札をくぐった所でピーと鳴った音に止められる。エリとモエミは締め出しをくらったマサトシを振り返った。


「ま、俺は人間なんで改札に引っかかったりもするわけですが。」

「いいから早くチャージしちゃいなさいよ。」


モエミの小言に肩を竦め、マサトシはベルト穴に引っ掛けたチャームを押してから、数度自身の目の前の空間に指を泳がせた。


「僕スマートフォン操作してる人とかVR見てる人を見るのめちゃくちゃ好き。虚無を見つめてるネコチャンみたい。」

「エリ、やっぱりあんたの感性変わってるわよ。」

「えぇー。」


無事チャージを終えたのか、マサトシはもう一度チャームを押した。再び歩き出せば、今度は改札が黙って開く。


「マーちゃんはチャーム派ですか。」

「腕に埋めるのこえーんだよな。ピアス穴開けるのも怖いくらいだもん、俺。」

「あら、どうせ目に埋めてるんだから変わらないわよ。」

「物心ついてねー時の手術とは訳違うだろ……」


エリとモエミは同じ小中学校だけれど、最寄りの駅は違う。僕こっち、と五番線の方に駈けたエリをマサトシとモエミは手をあげて見送った。


「また明日ね。」

「うん、また明日ー!」


マサトシとモエミが使っているのは同じ八番線だ。マサトシの家の方が余程学校からは遠いが。とはいえ実家から通えているだけ、三人とも立地には恵まれた方だろう。


「寂しい?」

「……え?」


駅のホームへの階段を上がりながら、唐突にマサトシが尋ねた。意味を掴みかねて、モエミは形のいい眉をひそめる。


「何の話よ。」

「遠藤の異能力。ずっと同じだったんだろ?変わっちまって、寂しいんじゃねーの。」


何となく思っただけだよ、とマサトシは1段飛ばしに階段を駆け上がる。1番上で振り返って、彼女が上がってくるのを待つ。乗っても良かった電車が、するりと駅のホームから滑り出ていった。


「寂しくはないわよ。昔なら、怖かったかもね。」

「へぇ?」


先を促すように相槌を打つ。少し迷って、結局モエミは曖昧な言葉を選んだ。


「一人に、なってしまうからね。エリは私と同じで、私よりよっぽど目立ったのよ。彼女が違くなってしまえば、私が目立つのがバレるでしょう。」


謎かけじみた言葉。少しの間マサトシはその言葉の続きを待って、モエミが続ける気がないと分かると笑ってホームに視線を落とした。


「俺は、ずっと1人だったからな。」

「……ごめんなさい、そうね。変な事言ったわ。」

「いや、うん。わかるけどな、なんとなく。」


目線の逃げ場を探してマサトシは電光掲示板を仰ぎ見た。次の電車は十分後。


「エリってさ、やっぱ、なんかあったの。」

「なんかって?」

「ニュース知ってるっつったら、嫌そうだったから。やっぱ、なんか、目立ったのかなって。」

「何か、はっきりあったわけじゃないわよ。私は、知らないわ。でも私、あの子が自分から半端者なんて言葉を選ぶとは思えないの。」


ある時から、エリは自分のことをそう呼んだ。本当は入学したくないの、とこっそりモエミに耳打ちした時も、その言葉を選んだ。


僕って半端者だから。


知り合って2日のマサトシですら、冗談めかしたように彼女がその言葉を使うのを聞いたことがあった。その真意はよく分かっていなかったのだが、なるほど。


「あの人懐っこさだから、きっと何とかしてきたんでしょうね。でも、好奇の目を向ける人がいないはずないのよ。今なら、分かるの。私にすら、時々向いたんだから。」


マサトシは、モエミの言葉にゆっくりと周りを見渡した。一瞬数人とあった目が、すぐさま逸らされる。一楠異能学園の生徒であることは制服を見ればすぐに分かるものだ。異能学校の生徒というのは、一目で異能力者と分かる手頃な好奇の的であった。


「どこかであの子が同じ能力で本当に良かったって、ずっと思ってる。でも今は、どうせ同級生みんな能力者じゃない。だから、今は、怖くない。」


異能力者、と言うだけでマイノリティ。それでも呆れたことに、1人だけか2人いるかで周りの見方はかなり変わる。ついでに言うならば、エリはモエミよりもっともっと、珍しい子だった。


純粋に、とてもいい友達だと思っている。それだけじゃなく彼女がいて助かったと思ってしまっていることも、モエミは自覚している。


「姉御が聞いて呆れんなぁ。」

「エリが勝手に呼んでるだけよ、マーちゃん?」

「うへぇ。」


語尾にハートマークでも付けてやろうかとばかりに嫌味たっぷりに甘さを含んだ呼び掛けに、マサトシはさっさと白旗を上げた。自分より上手の相手を無計画に揶揄うもんじゃない。


「でも、ね。もういいのよ、本当に。そもそも異能力者だろうとそうじゃなくても、エリは友達なんだから。」


マサトシは返事に迷って、ただ彼女の横顔を睨むように眺める。


静かにホームに現れた次の電車に、二人は黙って乗り込んだ。


***


実技授業の開始に合わせ、1-B生徒の知る教員が二人増えることになった。例の非常勤講師達である。朝のホームルームに顔を出したのは、色白で猫背の青年と、快活ないかにもスポーツマンという風貌の青年という、狙ったのかと思うほど対照的な2人組であった。


「原丘ハズキです。君らより8個上の新卒。まぁ、他の先生方よりは気楽に絡んでくれれば。僕のはこれね。」


くるりと何も無いところから花を一輪取り出した猫背の青年は、それを教壇のすぐ前に座っていた生徒に放り投げた。と同時に、生徒全員の目の前に一輪の花が現れる。慌ててそれをキャッチしながら、エリは内心めちゃくちゃ驚いた。一気にこんなに沢山出来るものなのか。


「植物を生成する異能力です。僕の場合は作れるけど既に生えてる植物をどうこうすることは出来ないのでよろしく。あー、便宜上自然って括りだけど正直植物系の子くらいしか感覚的には分からないんだ。だからまぁ、お互い探り探りにはなるけど……異能学校の実技なんてどこいっても結局こうなので。あ、暴走したら抑えてあげれるのでそこだけは安心してね。」


ツタでギュッて出来るから、と言いながらにっこり笑った青年に、思わず皆背筋を伸ばす。正直すぎる挨拶を済ませて、原丘はひらりと手を上げた。隣の青年が姿勢くらい伸ばせば、と言わんばかりにその背を軽く叩く。


「えー、栗山クシロです。精神系列の子を担当します。原丘と同じく新卒で、俺もこいつもココの卒業生です。俺の能力は欲求増幅、つっても言うよりは体感した方が早いんだよね。食欲とか、睡眠欲とか、あと座ってんのだるいなーとかの衝動を増幅させられるの。」


彼の言葉に合わせて、胃が喚き、景色がぐらつき、立ち上がりたくなったことに生徒達は声なくざわめいた。なんなら、数名立ち上がった者すらいた。


「あはは、ごめんごめん座って。全く持ってない感情を作ることは出来ないからそんなに警戒しないで。ま、こんな感じです。1年間よろしくお願いします。」


エリは思わず隣のマサトシに視線を投げた。彼もなんとも言えない顔でこちらを見返す。入学式の時からなんとなぁく気になってはいたのだが。


なんていうか、ここの教員、結構曲者多くないか。


そもそも自分以外の能力者に出会うことがほぼ初めての生徒ばかり。自分とは全く違う異能力を目にする度に、ここが如何に一般学校とは異なる空間なのかを実感せざるを得ない。


「なんか、そりゃ俺ら警戒されるよなぁって感じすんな。」

「ねー。今日から実技だよ、マーちゃん。」

「生き残れる気がしねぇ。」


小声でヒソヒソと言い合いながら、二人は手元の綺麗な花を弄ぶ。


異能力を使えるのは異能力者だけであることを知っていたつもりだった。それが何を意味するのか、もうよく分かっているつもりだった。


分かっちゃいなかったのかも。


もう一度顔を見合わせて、自分達がよく向けられる目とそっくりな、稀有な、危険な相手を見る目で二人は前に立つ非常勤講師達を眺めた。

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