終章~旅路~
終章【1】
イドナティーユ帝国。オグト=レアクトゥス世界において最強の国力を誇る国だ。ファーレインウェトス条約の下、少なくとも名目上は世界の盟主を務めている。務められるだけの実力もある。
そんな帝国の政治体制は帝政。皇帝を指導者に置いた上でのトップダウン型の組織にて、国家を運営している。皇帝の権力は大きい。その人の能力はダイレクトに国の隆盛に関わってくるほどだ。
とはいえ、皇帝単独で国家なんて操縦出来るはずがない。補助する者達もきちんと存在する。宰相、と呼ばれる役職は、その代表格だ。まさに皇帝の右腕である。
「ネオク宰相! 来年度の予算案なのですが、最終確認を……」
「ああ、はいはい」
「ネオク宰相! シムエク帝国との会談の件ですが……」
「ああ、それか」
「ネオク宰相!」「ネオク宰相!」「ネオク宰相!」
「忙しすぎるわ!!」
書類の束に
「あがっ! ……腰が」
ちなみに、
「ぬはは! モテるなぁ、ネオクよ! 羨ましいったらないぞ!」
そんなネオクの様相を、部屋の片隅で嬉々として見つめている男がいた。その男も
「笑ってないで手伝ってほしいんですがね? エディク皇帝陛下」
ネオクは、にまにまとした笑顔を浮かべる男――イドナティーユ帝国皇帝、エディクに恨みがこもった視線を向けた。ネオクの上司……というより、帝国の頂点に君臨する男。それこそが、このエディク=イドナス3世である。
「やーーだねい。この老体に鞭打って、わざわざ面倒ごとなんてやってられんもん」
「それを言ったら、このネオク=ナーンキルめはあなたよりも10歳以上に歳上ですが?」
「あれれー? そうだったかぁ??」
「ついでに言えば、私は何度も何度も、引退させてほしいと奏上致しましたが?」
「やー、便利なんだもんさ。ネオク宰相殿はさ。いると安心だな!」
「……いつまで、私はこの身を国に捧げねばならんのですかね?」
ネオクの発言にはひしひしとした恨みまがしさがあった。政治家は、年齢を重ねてこそ一人前となる。だが、流石にネオクの年齢になっても前線で働いている者となると、珍しい部類ではあると言えた。
「まぁ、真面目な話をするとだ……もうそろそろ、俺とお前の役目も終わるさ」
ここまで砕けた態度を取っていたエディクが、急に空気を引きしめる。ネオクは視線を細めた。
「実のところ、後継者は問題ない。若い人材も育っている。明日2人同時に隠居したところで、多少の騒ぎはあっても問題なく国は回るだろう」
「まぁ、そこに関してはほんとーーに、細かく手を回しましたからなぁ」
「だな……しかして、俺達が今の今ままで現役でいなければならない理由もあった」
「
「ああ」
神妙にうなずいたエディク。ネオクは、彼の瞳に、どこか郷愁のようなものが混じっていることを見逃さなかった。
シャーフェ=クーニッヘは、在位の
エディクにとって、宿命の相手とも評せる人物、それこそが、シャーフェ=クーニッヘだ。
「あの
「ええ、ベッドから出ることも
「苦労させられた分、ざまあみろと言ってやりたいとこなんだが……」
「恨み節をぶつけるには、魅力にあふれた方でしたなぁ……」
2人同時に、天を仰いだ。エディクとネオクがこの年齢になってまで現役でいるのも、シャーフェのことがあったからだ。いつまでも自分達が目を光らせねばらならぬほど、彼女は油断ならぬ存在であったと判断していた。
だが、そんなシャーフェも天寿には屈するしかないらしい。
「幸運だったな。俺も、お前も、この歳まで働けた」
「ある意味不幸ですがね。正直もう働きたくありません」
「うひゃひゃ、俺もお前のことはコキ使ったからなぁ」
「まぁ、そこについて言いたいことがないわけでもないですが、感謝はしてますよ。あなたが拾ってくれなかったら、今の私は存在しなかった」
「そうか……だが、もういいだろう。そろそろ、引くことにしよう、2人でな」
「ですな」
「大儀であったよ、ネオク。俺にとって、お前は一番の臣下だ」
荘厳なる声音で、エディクが感謝を述べた。ネオクは目頭が熱くなるのを感じる。長い人生の中、この瞬間のために生きてきたのかと、しみじみとした感傷がわいてきた。
(この人に拾われなかったら、一体、どうなっていたのやら)
ネオクが、過去に想いを馳せる。ますます
書類には、【アルトス村復興計画についての経過報告】と、銘が打たれていた。
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