第四章【24】



 尊とティアは、とにかく話しあった。島の封印が壊れた事実はどうしようもない。だからこそ、2人で話し、これからのことを考えた。


 だが、結論は出なかった。


「この島で、静かに生きていくことは出来ないか? ティア」


「出来るならそうしたい。けどまぁ、無理だ」


「それほどまでに復讐心が抑えられない?」


「それもある。実際、こんな島に閉じこめた神々をぶち殺したいとは今でも思ってる」


「俺と静かに2人で生きることよりも優先してしまうほどにかい?」


「……卑怯な言い方すんなよ」


「……ごめん」


 家の中、木材で造られた簡素なベッドの上で、尊とティアは並んで横になっている。動物の毛皮が布団の代わりだ。尊はティアの手を握り、指をからめる。先の言葉で不機嫌になっていたティアの機嫌が、少し、和らいだ気がした。


「難しいよな。復讐をしたいという想いも大事なものだからなぁ。それをむやみに否定したくない。けど、ティアの復讐は間違いなく世界に禍根かこんを残す」


「まぁ、暴れに暴れてやるつもりだな、実際。ちなみに、あたしが本気出せば小さい国ぐらいだったら余裕でぶっ潰せるぜ」


「……改めてすごいな」


「ていうか、それくらいの力ならタケルにもあるだろうが」


「そんなものかな?」


「そんなもんさ」


 尊の胸へ、ティアが顔をうずめてくる。


「……あたしはさ、もう、どうしようもないって思ってるんだ」


「どうして? 感情の問題なら、難しくても、抑えることは出来るかもしれないじゃないか」


「感情の問題だけなら、な」


 ティアが両腕を尊の身体に回して、強く抱きついてくる。尊は、ティアの髪をなでた。


「あたしは、かつてドラゴンをぶっ倒して、神々に反乱をしでかした女だ。そんな女を野放しにするのは危険だから、封印した」


「そうだね……でも、その封印が壊れた」


「冷静に考えてよぉ、そんな状況、神々は放置しておくと思うか?」


 ティアの質問に、尊は即答が出来なかった。


「あたしの感情の問題だけなら、お前が一緒に生きたいと望むなら……まぁ、努力してみるよ。厳しいし、難しいがな。けど、やっぱりさ、それじゃ駄目な気がするんだ」


「封印があったとはいえ、君は、長い時間静かに暮らしていたじゃないか。それでも、放ってくれないのかな?」


「ないだろうな」


 ティアがより一層強く、尊を抱きしめた。彼女が帯びる熱をが、ダイレクトに伝わってくる。


「ない、のかな」


「ないな、なんだったら、今、神々は自分の尖兵達にあたしの討伐を命じてるはずだぜ」


「そんな……」


「まぁ、そう簡単に討伐されてやるか、とは思うがな」


 ティアの強い言葉の裏には、どこか、恐れのようなものがあるのを、尊は感じた。


 考えようと、尊は言った。考えて、考えれば、妙案が浮かぶかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。だが、しょせんは淡い期待でしかないのか。


 またしても、呪いを越えられないのか。


 《“一切皆苦”》は、尊を絶対に苦しみの運命へと導く。ティアという規格外と一緒にいたとしても、それは変えられないというのか。また、尊は、呪いに振り回されるのか。


「――ああ、思ったより早かったな」


「ティア?」


「来たぜ」


 尊から腕を離し、ティアが起きあがる。そのまま、ゆっくりと家を出ようとした。尊は、その後ろに追従する。


「来たって……なにが来たの?」


「見りゃ分かる」


 ずいずいと、ティアが足を動かす。不安が、尊の心をじくじくと痛みつけた。


 2人並んで、木々の中を歩く。見慣れた獣道だ。ティアの歩みは、迷いなく一直線だ。その先は、浜辺に向かっている。


「おお、ずいぶんと本気なこって」


「そんな……」


 浜辺に着いた途端、目に見えたのは、水平線を埋めつくさんばかりの船。まさに大船団。しかも、遠巻きに見てもそれら全てが高品質のものだと分かる。以前、尊が乗船したことがある密航船とは雲泥の差だ。


「はははは! こりゃすげぇなぁ! 千客万来だ!」


「こんな大軍……見たことない」


 全身から力が抜けていくことが、尊には分かった。神々、いや、世界とティアの確執は、ここまで修復不可能な段階だったのかと。


「なぁ……もう、どうしようもねぇなぁ」


「ティア……」


「こうなったら、あたしは戦うぜ。なにもしないまま殺されてやるのは、まっぴらゴメンだ」


「どうにも、出来ないのかな……」


「出来ないさ」


 大船団が、どんどんとその姿を明瞭なものにしていく。船体の全てに、精密な魔術刻印マギアサインが刻まれている。速い。魔術刻印マギアサインの力だろうか。


「あれは……」


 尊の目に映る、船に刻まれた紋章。神聖なる、十字。尊は、それを、よく覚えている。


「神聖十字教……あの船団は、神聖十字騎士団か?」


「タケル?」


「ティア、少しだけ、少しだけ俺に時間をくれないか?」


「なにか、あんのか?」


「あそこには、世話になったことがあるんだ」


 神聖十字教会と尊が関わっていたのも、もう昔の話だ。でも、あの時、確かに、尊は、神聖十字教会の素晴らしさに触れた。彼等となら、まだ、話が出来るかもしれない。


「《風声ムシエン》」


 尊は、魔術をつむいだ。遠くの人に自身の声を届けるという、あまりにも汎用性に優れた魔術だ。《風声板ムシエンボード》がないので、特定の相手には届けられないのがネックだが、そんなことを気にしてる場合ではない。


「私の名前は、ワタリタケルと申します。どうか、どなたか、私の話を聞いていただけますか?」


 届け、頼む、届いてくれ。


 誰でもいい、この声よ、届いてくれ。


 尊は必死に懇願した。


『驚きました……あなたの声を、こんなところで聞くことになるとは』


 尊の耳に響く、驚きが混じった威厳のある声。その声を、尊は、よく覚えていた。


 セント=ボルジス。かつて、尊を愛してくれた、ホーリィの兄、その人の声だ。




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