第三章【23】


「ホーリィ、ハッキリと聞く」


「は、はい?」


「タケル殿のことをどう思っている?」


 先の円卓における会議の後、アレクスから2人で話がしたいとの要望が飛んだ。んで、それを受けたホーリィがアレクスの執務室にて2人きりになった後、いきなり振られた話題がこれだ。


「それは、もう、尊敬すべき師です!」


 ホーリィが迷わず答える。今更悩む要素などなかった。


「本当か?」


 なのだが、アレクスは懐疑的に言葉を向けた。どうしてだろうか? ホーリィとしては今まで散々に尊に対する想いは伝えている。なのに、アレクスはそれを疑っている。


「猊下……何故今更疑うのですか? 私は本当に……」


「違う、お前のタケル殿に対する敬意を疑ってなどいない」


「……なら、どうして」


「敬意以外の感情を抱いているのではないか、とな」


「え?」


「ハッキリ言うとだな、ホーリィ、お前、タケル殿のことを愛しているか?」



 ――なるほど、疑っていたのはそういうことだったんですね。



 一瞬飛んでしまった思考回路の中、ふっと湧いてきたホーリィの感想だ。


「え? いや? え? はい?」


 そして、混乱。全く予想もしない方向での問いに、ホーリィは言葉が上手く作れなかった。


「別に責めるとか、非難するつもりはない。私としては……」


「待って下さい! 待って下さい! 猊下!」


「今は2人だからお父様で良いぞ?」


「いや! そんなことをはどうでも良くてですねお父様!?」


「どうでも良いという割にちゃんと変えるんだな」


「いやもうそんなことは本当にどうでも良くて!? 私が、タケル様を!!!!????」


 ホーリィが尊を愛している。


 この『愛している』に含まれるニュアンスを理解できないほどホーリィは無垢でない。ただ、純情ではある。だからこそ、頭の中がぐるぐると渦巻いて冷静な思考が出来なくなっているのだ。


「ど、どうしていきなりそんなことを!?」


「むしろその反応の方が意外だが?」


「へ?」


「恋慕の情があるからこそ、あそこまでタケル殿に執着を見せていたのではないのか? 私以外もそう思っていると思うぞ?」


 確かに、尊のことになったらホーリィは周りが見えなくなる傾向にはあった。ホーリィ自身多少は自覚している。なのだが、自分が自覚している以上のものが周りは見えているようだ。


 ――尊のことを、誰よりもホーリィは尊敬している。


 迷いの中にあった自分に道を示してくれた。聖職者として、これからどのように生きれば良いかの指針を教えてくれた。それがどれだけ救いになったか。


 それだけじゃない、尊自身の振る舞いもまたホーリィにとっては全てが学ぶべきものだった。その空気はどこまでも清浄。その清らかな心はホーリィに良好な刺激をくれる。尊の一挙手一投足がホーリィにとって理想なのだ。


 これらは嘘じゃない。ホーリィは、誰よりも尊のことを尊敬している。


(けど)


 全てが本当でも、ない?


 ホーリィは、尊を、愛している。


 そうなのだろうか?


「ホーリィよ、先に言っておくが、責めるつもりも非難するつもりもない。お前がタケル殿を愛しているとしてもな」


 自問自答を広げるホーリィを横に、アレクスがゆったりと諭していく。


「むしろ、お前の親として、彼ほどの男と結ばれるのなら喜びすらある。良い男だよ、掛け値なく。アンシュリトなる邪神に囚われるべきでない。本気でそう思うよ」


「それは、私も同じです」


「だろうな。だから、お前が彼に愛情を抱いたとしても不思議ではない」


 不思議ではない。確かに、本当に素敵な男性だ。ホーリィは女性だ。恋に落ちても不思議ではない。


 かつて彼を深く愛した女性がいるという話だ。しかも、シャーフェ=クーニッヘとエモディア=ウィッカだという。ホーリィも知っている有名人だ。そんな有名人が尊のことを愛していた。驚きはあるが、納得はする。


(……あれ?)


 ちくりと、心にささくれが出来たような、小さな痛みを感じた。反射的にホーリィはローブの襟元を握ってしまう。


 そう言えば、この痛み、前にも感じたことがあるような?


 そんな時、ホーリィの脳裏に尊の笑顔が浮かぶ。穏やかで優しい笑みだった。それが、誰かを思ったが故に出てきた笑顔であることなんて、ホーリィにはすぐに分かった。あの時はわけも分からず不快な感情が一瞬によぎったが、今なら分かる。嫉妬だ。尊に対して過去の女の影を感じたから生まれた感情。


「私は、タケル様を……」


 愛している。


 ハッキリと分かった。


 だって、あの人が愛した人を、私は嫉妬しまった。それは、敬意だけでは生まれない感情なのだから。


「責めるつもりも、非難するつもりもない。だが、忠告はしておく」


 アレクスの言葉が音叉おんさのように響く。ホーリィの脳に波紋のように広がっていく。きっと、彼も全て見通してしまったのだろう。ホーリィが抱く尊に対する想いを。


「覚悟はしておくべきだ。師弟でなく、伴侶として生きるのならな。どう考えても険しい道になる」


「それは……分かります」


「だろうさ、だから、まぁ、確認のためだな。この線引きがあいまいなのはあまりにもよろしくない。だから話をしておきたかった。不愉快だったか?」


「いえ! そのようなことはございません! むしろ、私はハッキリと自覚出来ました。師としても、1人の男性としても、私はあの方を愛しています!」


「ははっ、良い返事だ」


 快活にアレクスが笑う。ここ数日ホーリィですら見ることがなくなっていた表情だ。アンシュリトに関する諸々で忙殺されていたからだろう。何だか、ホーリィは涙がこぼれそうになった。


「ホーリィ」


「……はい」


「親として、愛してるよ。幸せになりなさい」


「はい」


「お前がタケル殿を見初みそめたことに、正直、不安がないわけではない。けど、何より嬉しい。それだけは伝えておくよ」


「はい。私も、子として、お父様を愛しています」


 親子同士、見つめ合っている。血の繋がりはない。けど、アレクスはホーリィにとってかけがえのない父親だ。本当に、この人が、この人こそが、ホーリィにとって最高の父親だ。その事実に、ホーリィは誇りを感じて止められなかった。


 


 振り返って見れば、この美しいやり取りがあった

のは何よりもの幸運と呼べるのではないだろうか。


 何故ならば、この会話はホーリィにとって最後の機会になったからだ。


 アレクスとホーリィ、親子として交わした会話は、これが最後になってしまったのだ。

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