第三章【22】
さて、アレクス=イリノケンチウスの考えの下、神聖十字教会は尊の呪いに対処するという方向へ舵を切った。彼は危険な人物ではない、故に、全身全霊をもって邪神の呪いから解き放ちその身を苦難の宿命から救うのだと。
そうと決まったら後は具体的な方策を考えねばならない。だが、闇雲に漠然と進んでいくのではハッキリ言ってうかつに過ぎる。ここは神聖十字教会の総本山だ。総本山がまともな指揮も出来ないほど神聖十字教会という組織は愚かではない。上層部の意思は
アマロ大聖堂の大会議室である《円卓》。今、ここに集まっている者達は、そのための会議をしている最中だ。つい最近まで尊を処断するか否かを議論していた場所は、今、彼を救うための議論を交わす場と化していた。
集まったメンバーは、教皇アレクスを筆頭に、枢軸卿を代表してベネディクトゥス卿とステファネ卿、神聖十字騎士団を代表してセント、そして、尊のことを誰よりも慕っているホーリィである。
「一応確認しておきますが……タケル殿を処刑する必要はないとのお考えで良いですね? ベネディクトゥス卿」
円卓の1席に座るステファネ卿がベネディクト卿に聞いた。
「何だ、皮肉か?」
「他意はありませんよ、ただの再確認です」
「ふん」
やや不機嫌に鼻を鳴らすベネディクトゥス卿。ステファネ卿はうっすらと笑っていた。他意はないとうそぶきつつ、色々と嫌味な意図が含まれていることなんて明らかだ。そんな2人の様子を見て、ホーリィが曖昧に微笑む。
「じゃれつくのもそれくらいにしておけ」
やれやれと苦笑いしながらアレクスが割って入る。彼の反応を見るに良くあることなのだろう。事実、この2人は考え方の違いや政治的な立場からあまり仲がよろしくない。ホーリィですらそれを聞いたことがあるほどだ。
「さて、本題に入るとしよう。タケル殿の呪い……呪縛スキルである《“一切皆苦”》と《“鬼神”》であるが、これらは邪神アンシュリトなる存在から課されたものだ」
重々しく口を動かすアレクス。ややあって、彼はホーリィに顔を向けた。
「ホーリィよ」
「はい」
「タケル殿から、かの邪神について何か聞いたことはあるか?」
「……いえ」
思い返してみてもホーリィに心当たりはなかった。話しても無駄だと考えたのか、あるいは、下手に話してホーリィ達を巻き込みたくないと考えたのか。恐らく、どちらの思いもあったのだろう。そう考えるほどには、ホーリィは尊のことを思慮深い人物だと思っている。
「そうか……お前すら聞いてなかったか」
「今なら詳しく教えてくれると思います。必要なら、今すぐにでも聞きに行きます」
「いや、すぐにである必要はない。だが、聞いてもらえると助かる……とにかく、今はアンシュリトの情報が欲しくてなぁ」
アレクスの眉間にしわが寄っている。現状、あまり成果は
「実のところな、アンシュリトなる邪神がとにかく謎に包まれていてなぁ。《“一切皆苦”》も《“鬼神”》もアンシュリトがタケル殿のためにあつらえたものであるなら、そこを避けて通れんのだが……手がかりが少ないのだこれが」
「そんなことがあり得るのですか?」
アレクスの
「事実として情報が少ないのです」
アレクスの代わりにステファネ卿が答えを返す。
「ありとあらゆる文献を漁っても、アンシュリトのことは出てこない……ハッキリ言って異常です」
ステファネ卿を初めとした枢軸卿達も、総出でアンシュリトのことを調べた。それでもなお、大した成果は得られてないというのだ。
「猊下、1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
ベネディクトゥス卿が片手を上げた。
「何かあるか、ベネディクトゥス卿よ?」
「恐れながら聞きたいのですが、アンシュリトなる邪神のことについて、先代の教皇はその存在を知っていたのでしょうか?」
「……ふむ」
アレクスがあごに手を当てる。実のところ、彼は2代目の教皇なのである。神聖十字教会が創始されて初めての教皇の名を、ボニファットという。アレクスは元々彼の腹心であった。初代教皇ボニファットと秩序の神々にその器量を認められ、アレクスはその地位を継ぐことと相成った経緯がある。
「知っていたのだろうな、ボニファット様は」
「その口ぶりからすると、先代からは特に何も聞かされてないということでしょうか?」
「……ここまで来たら隠すこともないか」
歯切れの悪いアレクス。あまり言及をしたくないことが端々から伝わってくる。この段階で何か隠すことがあったのかと、ホーリィは違和感を感じた。
「実のところな、ボニファット様から聞いたことがあるのだ。世界から抹消すべき神がいる、とな」
「世界から、消す? どういうことですか?」
ホーリィはほとんど無意識にそう聞いた。周りの人物からもにわかにざわついている。
「分からん。だが、今ならば多少の意図は理解出来る。おそらくは、この世界からアンシュリトがいたという痕跡をありとあらゆる方面から消していったのだろう。それこそ、ボニファット様が主導したのかもしれぬ」
なるほど、神聖十字教会の総本山ですら調べられなかったのもある意味当然だ。調べるための手がかりを教会自身が消していった可能性がある。
「正直、私もそのことがアンシュリトに結びついているかどうか確証が持てなくてな……今まで口を閉じていた。すまない」
「いえ! 猊下が謝ることではありませぬ!」
「ベネディクトゥス卿の言う通りでしょう。猊下に責められる
頭を下げるアレクスに、2人の枢軸卿がフォローを入れた。
「しかしそうなると……世界から消すべきと判断されるほどの邪神を相手にしているということになりますか」
セントが苦々しくつぶやく。
「危険は危険でも、何というか、厄介ですね。目立って
「ドゥブ、アルカー、クシュニュ……一般的に知られる邪神とは明らかに毛色が違いますな。アンシュリトの邪教徒など聞いたこともない。聞いたこともないから、どう対策して良いか分からない」
「そのための手がかりは、他ならぬ教会の手で消してしまった……」
「先代の意志を考えるなら、それを責めることは出来ませぬが……」
ステファネ卿とベネディクトゥス卿の表情も穏やかでない。教会の上層部に立つ彼等をしても一筋縄ではいかない事態というのが、改めて認識させられる。
「アンシュリト……」
ホーリィが、ローブの襟元をぎゅっと握る。
かの邪神が、誰よりも敬愛する尊を苦しめている。許せない。ふつふつとホーリィの心が煮える。
敵は、危険で、何より厄介だ。
だけど、負けない。
負けてなんかやらない。
ホーリィにとって、尊は大事な人なのだ。その人を苦しめる存在に、負けてなんか、やれない。ホーリィは、固く、固く、決意した。
「……ふむ」
そんなホーリィの横顔をアレクスがじっと見つめていた。教皇ではなく、父親としての顔で。
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