第三章【20】
太陽を人の形にした。
尊が、教皇アレクスを一目見た時に抱いた印象がそれだ。まぶしくて、温かい。時には陽光でもって人の身体を芯から暖め、時には閃光でもって人の肌を刺す。厳しさと優しさを高いバランスでその身に宿している人物なのだと。これからどんな経験をしたとしても、自分では到底その位置にはたどり着けない、尊は心底から畏敬の念を抱いた。
「ワタリタケル殿。改めて名乗らせて欲しい、アレクス=イリノケンチウスと申します」
「ワタリタケルです」
握手を交わす。握った手を通して、心を揺さぶる何かが伝わってくる。
「この度、教皇猊下にお目通りする機会を頂けたこと、感謝の言葉しかありません」
「かしこまる必要はありません。こちらも、あなたと話がしたかった。とはいえ、1体1というわけにはいかないのですが……」
「いえ、当然の判断でしょう」
尊が、周りに視線を向ける。多くの人物が2人の去就を見守っていた。その中には、セントやホーリィもいる。
尊とアレクス、2人が対話をするという運びになったのだが、流石に2人きりでというわけにはいかなかった。それをするには、アレクスという男の立場が重大に過ぎるからだ。
場所はアマロ大聖堂の大会議室、通称円卓。アレクスの他にも、立ち会い人として、教会の重鎮たる
尊からしてみれば、完全にアウェーな空気である。ホーリィを除いて円卓にいる人物全てが教皇側の人間といった感じだ。もっとも、尊にとってホームな場所がこの世界にあるのかと言われたら、限りなく怪しいところではあるのだが。
「私は、まぁ、厄介な男ですので。このような状況にあるのはうなずけます……むしろ教皇が友好的に接してくれていることに驚きを隠せないくらいです」
「人となりはホーリィから聞いています。であるならば、友好に接しない理由もありますまい。私は、人として、親として、あの娘を信じております」
「はは、親子なだけあって、似てますね、ほんとに」
「はは、全く、自慢の娘ですよ」
屈託なく笑うアレクス。ちらりと、尊がホーリィの顔を盗み見た。火が出そうなほどに赤くなっている。少し、心がほっこりした。
「さて、このまま娘の自慢話を延々と続けても良いのですが……そうもいきますまい」
「個人的には、それでも良いのですがね」
「なるほど、であるならば、次の機会にはそうしましょう」
「次の機会はないでしょう」
「何故……そのようなことをおっしゃる?」
「私は生きるべき人間ではないからですよ」
はっきりと、強く、確かな想いを込めてアレクスに届けた。それは、負の境地にある言葉だ。尊は、腹の中にある泥を、包み隠さず吐き出すつもりだった。
「それは、例のスキルのことですか?」
「ええ」
「確かに、あれは最上の呪いだ。存在することを許されない……だが」
アレクスが尊を見据える。かすかな怒りを感じた。次に飛んでくる言葉を、尊は容易に想像できる。
「それをもって、あなたの存在も許されないと決めるのは
そして、まさに想像通りの言葉が来た。本当に、ホーリィとアレクスは良く似ている。
「神々のお導きを得るまで、そんなことも分からなかった我等の目は節穴も良いところでした。この場をもって、謝罪させていただきます。本当に申し訳ない」
アレクスが頭を下げる。節穴どころか、謝罪するいわれもないと思っている尊としては、素直に受け取る気にはなれなかった。
「タケル殿、改めてお願い申し上げます。あなたのことを、我等に教えていただけませんか? 力になりたいのです」
「どうして、そう思うのですか?」
「ホーリィを通じて、あなたが良い人だと分かったから。それは理由になりませんか?」
「……猊下のような人をこそ、聖者と呼ぶのでしょうね」
「そうでしょうとも、タケル殿と同じです」
この人もか、この人も、自分を聖者と言うか。悲痛な声が上がりそうになるのを、尊は必死に抑えた。
「先に言っておきます。聞いたところでどうしようもない話かと」
「それは聞いてみなければ分かりません」
「救えない存在なのです、私は、どうしようもなく」
「それだって聞いてみなければ分かりません」
話をすればするほど、笑えるくらいホーリィにそっくりだ。何て頑なさだ。うすうす気づいてはいても、尊は苦笑してしまう。
「分かりました……とはいえ、どこから話したものか」
「願わくば、タケル殿の人生をお聞かせ下さい」
「人生?」
「転生者ということも聞きました。出来れば、前の世界でどのように生きていたのかも含めて、教えていただければと」
「なるほど」
尊の人生を話すとなると、結構な長さになる。何せ長い時を生きているのだから。だが、それも承知の上なのだろう。
「承知しました。上手く話せるかは自信がありませんが……」
「構いません。タケル殿の言葉でお話し下さい」
俺の言葉か。俺の言葉に、一体、どれほどの価値があるのか。
自嘲の気持ちが浮かぶ。尊は、その気持ちをあえて隠さずに、ぽつり、ぽつりと、自身のことを語り始めた。
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