序章【8】



 魔物の群れは止まらない。


 ジーイ林のダンジョン管理事務所を破滅させたのなら、次はどこに行くのか。


 ジーイ林の近くには、おあつらえ向きに、人類が集まって暮らしている村がある。


 アルトス村だ。


「うぉらぁ!!」


 ティダレが槍を振るう。その一撃は、複数の殺人蜂キラービーを倒したが、すぐさま、別の個体が次々と押し寄せる。


「《空砲エアロー・シャッツ》!!」


 後ろからパッツの支援射撃が入る。経験豊富な冒険者達だけあって、その連携は見事なものだ。しかしながら、物量に抗えているとは言いがたい。


「こりゃ、すさまじいねぇ」


 鱗の生えた腕を血でにじませながら、ゴネーアが笑う。笑ってはいるが、その額には脂汗が浮かんでいた。焦りが隠せないのだろう。


「ティダレ、早いとこ脱出経路の確保した方がいいぞこれ」


「そうしたいのはやまやまなんだが……さっき風声板ムシエンボードに衛兵から連絡が入った。出入口は全部魔物に封鎖されてるだとよ」


 パッツの提案に、ティダレが苦虫を噛み潰したように答える。


 この世界は、魔物を初めとした外敵に備えるため、ある程度の村には必ず防衛設備がある。アルトス村で言えば、堀や柵、見張り台があり、衛兵も駐在している。あるいは、ティダレ達のようなこの村を拠点とする冒険者もそれの1つと言えるかもしれない。


 故に、生半可な魔物の襲撃なら、簡単に対処出来るはずの力はこの村に備わっている。だが、今回は訳が違った。


「夜襲しかける上に、包囲網まで敷けるのかよ、どんだけ頭が良いんだかねぇ」


 ゴネーアが、襲いかかってきたスライムの群れを、大盾でまとめて潰しながら苦笑する。


「こいつら自身が頭良いと言うよりは、こいつらを率いている親玉が頭良いんだろうな」


 槍でダイヤウルフの胴を突き刺しながら、ティダレが分析する。


「てことは、その親玉倒せばなんとかなるかもしれねぇんだな」


 パッツが角兎ホーンラビットを撃ちつづけながら、背中越しにティダレに言った。


「まぁ、そうなんだがな。一応聞くがよ、お前ら逃げるって選択肢は?」


 先ほどの一撃で槍をダメにしてしまったティダレが、腰に装備していた剣へと得物を持ち替えながら、2人に聞いた。


「ねぇよ!」


「あるもんかいな!!」


 即座に、大声で返答が返ってくる。


「さっきあんた自身が、脱出経路は無いって言ったじゃないのさ!」


「魔物達の狙いは多分この村だろ!? 隙を見れば、俺ら3人だけならなんとかなるかもしれないぜ!」


 ゴネーアが盾でティダレを守りつつ戦う。ティダレは、彼女のカバーを頼りに、剣を振るい続ける。


「そう簡単に行くもんか! それに、よしんば上手く逃げられたとして、そっから先はどうすんだよ!! 村一つ守れなかった冒険者チームとして生きていくってか?!」


 パッツが叫びながら殺人蜂キラービーを撃ち落とし続ける。空を飛ぶ魔物は、彼が相手をした方が効率がよいのだろう。


「俺はごめんだね! 逃げたきゃ勝手に逃げろよティダレ!」


「右に同じくさ! とっとと逃げなティダレ!」


「てめぇら勝手に俺が逃げるって決めつけんじゃねぇ!」


 怒号を放ちながら、ティダレが大上段から剣を振り下ろす。ダイヤウルフの頭蓋が、血と脳漿のうしょうをぶちまけながらかち割られた。


「ったくよぉ! こんな馬鹿な奴らだったとはな!」


「あんたも大概さ!」


「だな!」


 3人がカラカラと笑う。窮地にあって、テンションがおかしくなったのかもしれなかった。


「……逃げるって選択肢がないなら、俺らが生き残る選択肢は2つだ」


 ティダレが、剣を正眼に構え、腰を落とす。魔物達は、彼等3人の強さを思い知ったのか、慎重に間合いを測っていた。


「1つ目は、助けが来るまでひたすら耐え忍ぶこと」


「もう1つは?」


「さっきパッツが言った通り、敵の親玉をぶっ潰すことだ!」


 3人が、いっせいに襲いかかってきた魔物達を迎撃する。流石にこれは無傷でやり過ごすことが出来なかった。戦えば戦うほどに傷ついていく。


「どっちが好みだ!」


 ティダレが2人に叫ぶ。腕に噛み付いてきたダイヤウルフの腹に、剣を突き立てながらの叫びだった。


「耐えるにはジリ貧が過ぎる! 討って出る方が好みさね!」


「同じく!」


 ゴネーアとパッツが叫び返す。2人の得物は、それぞれ、銃身は歪み、盾はへこんでいた。


「言うと思ったぜ!」


 先ほど噛まれた腕に、服の切れ端を巻き付かせながらティダレが可笑しそうに笑った。


「そいじゃ! 行くとしようぜ! 生き残りゃ、村を救った英雄だ!」


「そいつはいいね! タケルに自慢してやろうじゃないか!」


「そんときゃ、ユアとの話も根掘り葉掘り聞いてやらうぜ!」


 満身創痍の3人が、駆け出す。その表情に悲壮感はなく、どこか清々しい様子が見えた。


 だが、先に言ってしまうと、彼等が、親玉であるカイゼルダイヤウルフに辿り着くことは、ついぞ無かった。彼等が、村を救った英雄になることは、永遠に、無かったのである。



△△△



 アルトス村の神聖十字教しんせいじゅうじきょうの教会。ここに、人が集っていた。魔物達による真夜中の襲撃、そこから辛くも生き延びた人々がここに流れ着いていたのだ。


「今しがた衛兵さんから連絡がありました……村の出入口は完全に包囲されています」


 1人の男性が、風声板ムシエンボードを片手に、クアルンに対して状況説明を行う。この男性はこの村の村長であった。着の身着のままの姿であり、その上ところどころ怪我をしていた。


「そうですか……となると、ここにこもって、助けが来るまで待つしかないですね」


 クアルンが、若干疲れた様子で言う。彼もまた、激変した状況で、なんとか生き延びることが出来た。


 だが、彼等のように生を繋いで、村の中でも比較的避難場所として最適な教会に逃げ込めた人間は多くない。事実、この村における教会、その上層部の人間は全員魔物達に食い殺された。今は、クアルンが教会の人間におけるトップとなっていた。


「救援依頼の連絡は私がやっておきましょう」


「お願いします、村長。私は、その間少しでも魔物達に対する防護を固めておかねばなりません」


 緊急時における避難場所に指定されている教会。そこには、保存食等といった備品に加え、外敵に襲われた際に防衛できるような武器のたぐいいはある。どうしても自衛の必要性に迫られる機会があるこの世界で、一般的とされる護身用の武具は一通り揃えられていたのである。


 とは言っても、それらも、あくまで護身用程度の代物。冒険者が使うもののように、敵を倒すために調整されているわけではない。


(果たしてどこまでもつかな……)


 クアルンが考える。そして、考える毎に表情がくもっていく。いくら思考を巡らせても、悲観的な状況しか想定できないようだった。


「悩んでもしょうがないよ、叔父さん」


 クアルンの後ろから、ユアの声がかかる。着ている服が、夜間着であった。服のことを考える余裕などなかったのだろう。


「奥の部屋で休んでなさいと、言ったはずだよ、ユア」


「休めなくってさ、それなら叔父さんのお手伝いしてた方が建設的じゃない?」


 護身用の武器を片手に、ユアが不敵に笑う。クアルンをは少し呆れながらも、そんなユアの様子につられて笑みがこぼれる。


「君というやつは……全く、頼りになる子だよ」


「それはどうも、叔父さんの教育がよかったんだね」


 ユアという少女は、こんな時に無理に休めと言われて、休めるような子ではないのだろう。付き合いの長いクアルンなら、なおさらそれが分かってもおかしくない。


「とりあえず、バリケートを作ろう。ここに魔物が入ってきたら、流石に手の打ちようがない」


「分かった。奥で休んでいる人の中でも動けそうな人が居ないか確認してみるね」


 余計な話をそこそこに、クアルンとユアがお互いにやるべきことを確認し動き始める。そんな時だった。


「た、大変です!」


 1人の男が、慌てた様子でクアルンにしらせを届ける。


「外にもの凄く大きなダイヤウルフが居て……こっちに向かってきています!」


 その言葉に、クアルンが一瞬にして固まる。この言葉が何を意味するのか、それを理解出来るだけの頭脳と知識がクアルンにはあったのだろう。


「カイゼルダイヤウルフか……」


「叔父さん?」


「ユア、すぐにここから逃げなさい」


 クアルンが、ユアに向かって言い放つ。その目には、悲壮な決意がこもっているようだった。


「叔父さん、それは」


「ユア! 頼む! 言うことを聞いてくれ!」


 クアルンが叫ぶ。ユアは、叔父の焦燥に、驚きを隠せない様子が見れる。


「いきなり言われたって!」


 と、ユアが困惑の声を上げた次の瞬間だった。教会のどこかから、一際大きな喧騒けんそうが聞こえてきた。


 クアルンには、それが、何を意味するのか分かってしまったのだろう。次の瞬間には、側にいたユアを、力強く抱きしめていた。叔父の突飛な行動に、ユアが一瞬、とまどいの表情を見せる。


「ユア、愛しているよ。私にとって、君は 、本当の娘さ」


 その言葉から、叔父の腕の中で、ユアもこれから起こってしまうことを予想出来たのであろうか。彼女もまた、叔父を力いっぱいに抱きしめる。


「ありがとう叔父さん。私も大好きだよ」


 ユアとクアルンが、2人の間に存在する絆を確かめあう。その光景は、2人の、家族としての愛を感じさせる、美しいものなのかもしれない。


 だが、悲しいかな。そんなことは、魔物達には関係のない話だ。


 抱きしめあう2人の姿を、数匹のダイヤウルフと、それらを率いる1匹のカイゼルダイヤウルフの瞳がとらえる。先ほどの喧騒は、彼等がこの教会に辿り着いたということをしめすものであった。


 ダイヤウルフ達が飛びかかる。


 彼等が、無抵抗の存在を食い殺すのに、時間は要らなかった。



△△△



 時は少し戻る。


「いや、まさか、ここまで大物だったとはねぇ……」


 ティダレが、息も絶え絶えに独りごちる。相対するのは、この村の魔物達を率いている親玉、カイゼルダイヤウルフである。


 ティダレ達が魔物を率いている親玉と戦うと決めた時、真っ先に向かったのはこの村の教会だった。


 人類の敵対者である魔物達。彼等は容赦なく人類を殺す。となると、この群れを率いることが出来るほどの知能を持つ魔物は、この村の中で1番人が集まる場所を狙って来るのではないかと踏んだからだ。


 実際、ティダレ達の予想は当たっていた。ちょうど教会へ向かう道中に、この群れの親玉である巨大なダイヤウルフと出くわすことが出来た。


 もっとも、出会ったからと言って、勝てるものではない。それは、ティダレの横に転がる、パッツとゴネーアの亡骸が証明していた。


「《鋼化メタルカ》」


 その言葉とともに、ティダレの持っている剣に刻まれた魔術刻印が、淡い燐光を放つ。力を振り絞り、ティダレが、剣の強度を上げる魔術|鋼化《メタルカ》を使ったのだ。


「っるおおおおおおおおお!」


 気迫の叫びとともに、ティダレがカイゼルダイヤウルフの突撃する。そして、その勢いを持って、ティダレが剣を振り下ろす。


 だが、その一撃も、カイゼルダイヤウルフは尻尾を使って受け止める。ダイヤウルフの毛皮は、鉄と同等以上の硬さを持つ。カイゼルダイヤウルフならなおさらだ。


 カイゼルダイヤウルフが、向かってきたティダレを、その巨大な身体を使って容赦なく吹き飛ばす。体力の限界からか、まともに受け身も取れなかったティダレは、強く地面に叩きつけられた。


 間髪入れず、仰向けになっているティダレに、カイゼルダイヤウルフがのしかかる。その牙は、ティダレの顔と肉薄していた。


「へへ、俺は不味いぜ、狼さんよ」


 ティダレが不敵に笑う。カイゼルダイヤウルフの瞳に、その表情はどう映っていだだろうか。


 ――ボリッ。


 その音は、カイゼルダイヤウルフの牙が、ティダレの顔面をむさぼった音だった。その魔物は、頭を喰えば人類は簡単に殺せることを知っていた。


 そうして、ティダレは、動かなくなった。


 カイゼルダイヤウルフは、動かなくなった死体に興味を示さず、前足で払いのけて転がした。


 カイゼルダイヤウルフが身体を向き直す。瞳には、この村の中で1番大きな建物、教会が映っている。


 その魔物は知っていた。人類は、自身の身を守るために、こういう攻めにくい場所に潜むことを。だからこそ、この群れを率いる自身が出向く必要があることを。


 カイゼルダイヤウルフが吠える。


 それは、号令の合図だった。


 私とともに来い。


 私とともに、あの建物の中にいる人類を残らず殺すぞ。


 そんな、合図の咆哮だった。


 そうして、彼に率いられた群れが、教会へと攻め入る。


 カイゼルダイヤウルフは、特出した魔物である。


 群れを率いるカリスマ、知略、戦闘力、そのどれもを高いレベルで兼ね備えている。傑物と言ってもよい魔物である。


 そんな魔物自身が、自ら攻め入る。その結果は、果たしてどうなったであろうか。


 間もなく、教会に避難した者達、全員が魔物によって殺されたという事実が答えだった。



△△△



 私ね、一目惚れだったんだ。


『はい、ただ、あなた達を助けようと思っただけなのです』


 その時の言葉で、私、タケルさんが凄く優しい人だって分かっちゃったから。


 私ね、優しい人、本当に、本当に大好きなんだ。


 タケルさん。


 タケルさん。

 

 私が居なくなっても、タケルさんは、ずっと優しいままでいてね。

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