序章【7】
船の利点と言えば、なんであろうか?
色々意見はあると思うが、その1つに、
では、船を陸上でも使えるとしたらどうだろうか? 言ってしまえば、それは、線路を引かなくても走れる電車である。利便性はかなりのものだろう。
オグト=レアクトゥスにはそれがあった。
「あ、来たみたいですよ! 《
ユアが、尊の方に手を置きながら、もう片方の手で目前を指さす。
それは、比喩でもなんでもなく、陸を走る鉄の船だった。大きさは、控えめに見て10tトラック5台分。人員にして、100人は収められるであろう。
尊は、その威容を見て、心が踊っているのを感じる。幼いころ、新幹線を初めて見た時の興奮に似ていた。魔術刻印というものは、こんなのまで造れてしまうのかと、改めて感激していた。
ややあって、その船――陸走船が村の入口にとまる。そこから、何名かの武装した人物が降りてきた。
「ワタリタケル様でお間違いないですか?」
「はい、この方がタケルさんです」
ふられた問いに、タケルの代わりにユアが答える。
今日は、尊のスキルカード作成のために、彼がいったん村を離れる日だ。見送りは、ユア1人だった。クアルンやティダレ達も見送りを希望していたのだが、それぞれ外せない仕事があり泣く泣く断念した。
「では、こちらで少々お待ちください」
そう言われたので、ユアと尊は2人で待つ。すると、船からさらに人員が降りてくる。
その中心に、一際きらびやかな鎧に身を包んだ中年と見られる男性がいた。小太りで髪が薄く、他の者達と比べると明らかに威厳が足りない印象が見える。
「あー、おっほん! 私が、今回タケル様の護送を担当させていただきます。イドナティーユ帝国第8騎士団長、ネオク=ナーンキルと申します! ここから先は、私めら第8騎士団が誠心誠意タケル殿に尽くしますので、なんなりと! 如何様のことでも! お申し付けください!」
初対面の尊をして、ネオクという男が、無理に
「あの、そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ……」
「そのような訳にはいきませぬ!!」
尊の気づかいに、ネオクは食い気味に
「タケル殿は! ともすればこの国の英雄になりうるお方! そのような方に失礼があっては! 第8騎士団の名折れでございます!」
まくし立てるネオクに、尊は、どう反応してよいか分からず乾いた笑いを返す。ユアは、その様子をとなりで愉快そうに眺めていた。
「そんな訳だから英雄殿、遠慮なく頼られてはいかがですか?」
「からかわないで下さいよユアさん……」
ややうんざりした様子で、尊がユアに返した。
「と、とにかく、私はこれからナーンキル様に……」
「様づけは必要ありませぬ! 是非気軽にネオクとお呼び下さい!!」
ネオクが勢いよく言葉をぶつける。今の内に尊と
「で、ではネオクさん。これから私はネオクさんに着いていけばよろしいですか?」
「その通りでございます!……おい!」
尊の質問を受けて、ネオクがとなりに
「タケル殿に、ここからの予定を説明しろ」
「はっ! タケル殿はこれより、我等の船をつかい! 数日をかけて、我等がイドナティーユ帝国の帝都に向かっていただきます! その後、1泊を置き、アマロ大聖堂にてスキルカードの作成を行っていただく手はずとなっております!」
威勢のよい言葉が尊の耳にとどく。傍から見ても固くなっている様子が見て取れる。ネオクだけでなく、彼の部下と見られる人たちも、抱いている思いは似たようなものらしい。ここからの旅路を思い、尊は少しだけ胃が痛くなった。
「まぁ、そこら辺の詳細は中で聞いてもいいんじゃないですか?」
ユアが尊に言う。
「あまり立ち話が長くなってもなんですし、タケルさん、そろそろ行きましょう?」
「……まあ、そうですね」
ユアが微笑みとともにくれた言葉は、とても穏やかであった。尊も、ユアに微笑む。
「そうだ、ユアさん」
「? なんですか?」
「帰ったら、話したいことがあります」
尊が、眼差しをユアに向けて言った。ユアは表情に疑問符を浮かべる。
『ユアの気持ちを確かめること』
先日、クアルンが尊に課した言葉を、尊はこの日まで未だ消化出来ていなかった。
彼自身、元の世界で色恋に全く関連がなかった男ではない。というか、何度か告白を受けているほどにはモテていた。しかし、その全てを『自分は告白を受けるに値しない』、という返事で断ってきたストイックな男である。
しかし、今はその時と色々と状況は違う。尊自身、今でも色恋に現を抜かすにレベルに達しないと思っている。さりとて、いつまでもこのままではいけないことは彼も重々承知していた。
故に、尊は、今の今までどう対応してよいか分からず、この件を横に置いていた。だが、さすがにこれ以上の放置は、クアルンにもユアにも失礼だろう。
「今じゃダメなことなんですか?」
そんな尊の心情を、恐らく、露ほども知らずにユアが不思議そうな顔をする。
「ダメではないですが……色々と状況が整理し終わってからの方がよいと思いましたので」
「分かりました、では、帰ってきた時に話してくださいね」
笑顔でユアが返事を言った。相変わらず、満開の花のような笑顔だ、尊はそう思った。ただ、なぜだか、今回はその笑顔に妹を重ねなかった。今までは、ずっとそうしていたのに。
「では、行ってきます。今しばらく待ってて下さい」
「はい、行ってらっしゃい。ちゃんと待っててますね」
そう言って、2人はお互いに手を振った。
やがて、尊を乗せた陸走船は、緩やかに地面を走る。ユアは、その姿が見えなくなるまで、じっと、それを見つめていた。
△△△
魔物は、かつて、自らが生きる世界のことを省みずに争いを続けた、神と人間に対する世界からのカウンターパンチだ。
全ての神と人類の敵である魔物に、共通して刻まれているものがある。それは、『神と人類は殺せ』、というものだ。彼等との和解はない、出会ったら、生きる、死ぬ、この二択であることが世界によって決められている。
それが故に、魔物は常に人類を殺す機会を待っている。人類が作ったダンジョンという名の牢獄の中で、常に、爪を研ぎ、牙を剥き、彼等を皆殺しにするチャンスを伺っている。
そして、今、ジーイ林に産まれた魔物たちは待ちに待ったその機会が訪れたのだ。
ジーイ林を主な稼ぎ場とする冒険者は、それなりにいる。だが、そのほとんどはわざわざ林の奥深くには行かない。
当然ではある、どうして自ら魔物達のテリトリーに深入りする必要があるのか。ダンジョンから魔物が溢れ出さないようにするだけなら、林の中でも比較的安全な場所から魔物を討伐すればよいだけだ。
ましてや、出現する魔物の種類から、ジーイ林は、リスクと天秤にかけて釣り合うリターンが得られにくいから尚更だ。このダンジョンを管理する冒険者ギルドも、そこら辺は重々承知の上で管理をしていた。
普通なら、その判断になんの間違いもなかったのだ、普通ならば。
だが、今回、普通でないことが起こったのだ、よりにもよって、林の奥深くで。
《スライム》
《殺人蜂》
《角兎》
そして、《ダイヤウルフ》。
林に潜む魔物達全てが、その奥深くに集まっている。視線の先には、一匹の巨大な魔物が鎮座していた。
その魔物が産まれたのは、本当に偶然であった。いわば、一つの突然変異だ。
そして、その偶然は、魔物にとってはこの上なく幸運で、人類にとっては最悪に不運なものだった。
林に潜む魔物の視線を一身に受け、巨大な魔物が起き上がる。その姿は、銀色の毛並みが美しい狼、いわゆるダイヤウルフだ。
だが、その大きさは、並のダイヤウルフの比ではない。並のダイヤウルフの体格が、大型犬より一回り大きいものだとしたら、それはさらにその二回りは大きい。
この巨大な魔物こそ、ダイヤウルフの偶然変異個体、《カイゼルダイヤウルフ》である。
カイゼルダイヤウルフが、集まった林の魔物達を一瞥する。それだけで、まるで統率された軍隊の如く、魔物達は整然と並びだす。
カイゼルダイヤウルフの恐ろしさは、単体の戦闘力の他に、巨大な群れを率いるに能う頭脳とカリスマ性をもつことである。
魔物は、群れになるだけでその脅威は跳ね上がる。かつて彼等が、それなりに経験があるはずである、ティダレ達の冒険者チームを追い詰めることが出来たのもそれが要因だ。
であるならば、カイゼルダイヤウルフという強力な一匹に統べられた群れはどうなるか? それが、ジーイ林全ての魔物が集まったものならどうなるのか?
「ーーーーォォォォォオ!!!」
月に向かってカイゼルダイヤウルフが吠える。時間は真夜中、大体の人類は休みに入っている時間だ。つまり、彼等を襲うにこれほど適した時間はない。
仕込みも万端だ。前々から、林の外に数匹、偵察として送り込み情報を集めさせていた。先走った群れが返り討ちに合う事故はあったが、全体にとってはそこまで痛手ではなかった。
時は来た。辺りにいる人類を、皆殺しにすべき時は来た。カイゼルダイヤウルフの咆哮は、それを告げる狼煙だった。
動き出す。ジーイ林に存在する魔物が、静かに、悠然に、整然と動き出す。
群れの主であるカイゼルダイヤウルフの意に外れぬよう、一糸乱れぬ行進を行う。
スライム、約1000匹。
殺人蜂、約800匹。
角兎、約700匹。
ダイヤウルフ、約500匹。
これほどの群れを、完璧に従えるのがカイゼルダイヤウルフである。やはり、ずば抜けた能力をもつ存在であると言えるのだろう。
もう一度言おう。
カイゼルダイヤウルフという強力な一匹に統べられた群れはどうなるか?
その日、ジーイ林のダンジョン管理事務所が一瞬にして壊滅したという事実が全ての答えとなった。
それは、尊がアルトス村を離れて、わずか数日後の出来事だった。
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