序章【5】
さて、実際、ジュギの言った通り、尊はジーイ林から初めての魔物討伐を終え、ちょうど村に帰って来ていたところだった。
都合よく合流出来たユアと尊は、そのまま2人並んで帰路につく。
「すみません、わざわざ迎えに来てくれて」
「いいんですよ! 仕事早めに終わったし」
気を使う尊に対し、ユアが明るく振るまう。気にしないでほしいという意思表示なのだろう。
「それに大変だったでしょう? いくらティダレさん達がついていたとは言え、危険なお仕事ですもんね。ほんと、結構心配したんですよ」
「ええ。ただ、ありがたいことに、ティダレさん達からは評価して頂いてもらって……帰り際に、チームへの本格的な加入を検討してくれと」
「え!? 凄いじゃないですか!!」
「凄いこと……なんですかね?」
本当に驚く様子が見れるユアに対して、尊の反応はどこか湿っぽい。
「凄いことなんですよ! ティダレさん、自分の認めた人しかメンバーに入れないんです!」
「そんなものですか」
「タケルさん……嬉しくないのですか?」
「色々と、実感がわかなくて」
申し訳なさそうに尊が答える。ユアは、そんな尊の反応を見て、腕を組んで少し考えた後、尊に提案した。
「タケルさん! これから宿屋でご飯食べに行きましょう!」
この村には、ダンジョンであるジーイ林が近いのもあって、よそから冒険者等の来客が来ることも珍しくない。そのため、いくつかの場所に宿泊施設である宿屋があり、そこでは、飯屋も
そんなユアの気づかいを、察しないほど鈍い尊では無い。
「いいですね。是非行かせてください」
尊の返答を聞いたユアは、顔一面に笑顔を綻ばせて、彼の手を取りお気に入りの店へ案内した。
さて、ユアに案内された店は、彼女のお気に入りだけあって、女性でも入りやすい暖かな雰囲気をもった店だった。
床も、壁も、窓枠も、テーブルも、ほぼ全てが木製なのだが、それが功を奏しているのか、自然の優しさに包まれるような感覚を入って早々に尊は覚えた。
店内も綺麗に清掃されていて、不潔な感じは全くしない。中々繁盛していて、尊やユアと同じように、仕事帰りに寄ったであろう人達がそれなりに多く居るにも関わらずごみごみとしている印象を、少なくとも尊は受けなかった。
空いてる席をユアが見つけて、2人で座ってメニューを開き注文する。ほどなくして、注文した料理が運ばれてきた。
「さぁ、じゃんじゃん食べて下さい! 全部私の奢りです!」
「そんな……今日の分の報酬があります。私からも払わせて下さい」
「いいんです! タケルさんは気を使い過ぎです! せっかく仕事を終えたのですから!! 遠慮なく! さあ!」
ユアが両手を広げ、尊に促す。テーブルにはいっぱいの料理並んでいる。
暖かいライス。
豆と野菜のスープ。
魚と根菜の煮物。
フルーツの盛り合わせ。
そして、極めつけは、テーブルの真ん中で堂々と存在を主張する、魔物の一種、コカトリスの丸焼き。
魔物の肉は大変に美味で栄養価が高い分、値段がはるものだと尊は聞いたことがあった。今回、わざわざユアが奮発してくれたのだろう。
「あ、お酒も頼みますか?」
「いえ、それは流石に……」
未成年ですし、と言いかけて言葉を飲み込んだ。この世界での飲酒のルールが元の世界と同じとは限らないと、尊は思ったからだ。
「あ、じゃあ私は飲みますね。すみませーん!
で、実際、その考えが正しいことが、目の前でほとんど歳の差がないであろうユアが堂々とお酒を頼んだことで証明された。
「追加したいメニューがあったら遠慮なく言って下さいね!」
「ありがとうございます、とりあえず食べてしまいますね」
いただきますと、尊は静かに手を合わせてスプーンを取る。最初に手をつけたスープは、やや薄味ながらも、暖かく、飲みやすくて、体全体がホッとするような味だった。
そんな様子をユアがじっと見つめる。その様子は、嬉しそうな反面、どこか不安なようなものが見え隠れしている気がした。
どうしましたか? と、聞こうとした尊であったが、その言葉が出る前で、頼んでいたお酒がテーブルに届く。そして、間もなくユアはそれを豪快に飲み干した。
その時点で、止めておけばよかった、と尊が後悔するのはもう間もなくのことだ。
△△△
「だいたいねー!!!! タケルさんは気をつかいすぎなんですよ!!!」
「す、すいません……」
ユアがジョッキを片手に尊へ詰めよっている。2人とも、すでに料理はあらかた食べ終わり、充分に腹はふくれている。だが、ユアの様子を見るに、まだまだそれで終わりという訳ではなさそうだ。
「服を買った時だってぇ!! 値段は気にしないでいいですよ、って言ったのに!! わざわざ1番安いの選ぶし!!」
「す、すいません……」
「タケルさんかっこいいんだからもっとお洒落して下さい!」
手に持っていた残りの酒を一気飲みし、ユアは更に捲し立てる。さらに、間髪入れず麦酒の追加注文を行った。
ちなみに、今のタケルの服装は、木綿で出来た黒のズボンと白のシャツ、シャツの上に革製の黒いアウターという着こなし。アウターは、最低限のものしか着ない尊へ、ユアがなかば強引に押し付けたものだ。
「あ、あのそれ以上は……今でも充分酔っているみたいですし」
「酔ってません!!」
「あ、はい」
またしても酒を豪快に飲み干したユアの剣幕に尊は押される。彼女は、すでに中ジョッキ5杯分飲んでいる。
「もう分かった! もうズバリ聞いちゃいます! いいですか!!」
「は、はい、なんでしょう?」
尊が困惑しながら返答すると、ユアは再度ジョッキの中を空にした。そして、顔を下に向け、うつむく。
「――タケルさんは、この世界のこと、好きになれませんか?」
今までの勢いなど、まるで最初からなかったかのように、ユアがぽつりと言う。あまりにも急なことで呆気に取られてしまった。
「……どうして、そう思われるのですか?」
「タケルさん、いまだに食事の時『いただきます』って言ってますよね。前の世界での、祈りの言葉らしいですけど、この世界では言う必要ないじゃないですか……」
食事前に感じたことの正体はそれか、と尊は思った。
「あれは……ただのくせですよ」
「気にするほどのことじゃないものだって分かってます、押し付けるものでもないことも、でも、気になってしまうんです……だって、だって、タケルさん」
――いつも寂しそうな顔してるじゃないですか
と、ユアが言った。その言葉はどこか弱々しい。尊は、押し黙るしかなかった。
「私、両親居ないんです」
ユアが呟く。そのまま、言葉を続けた。
「ちっちゃい頃、両親が病気で亡くなった時、私は世界を呪いました。こんな世界は大嫌いだと、本気で思いました」
ゆっくりと、噛みしめるようにユアは語る。
「だけど、そんな私のところに、すぐに叔父さんが来てこの村に連れてきてくれて、一緒に暮らしてくれたんです。そこから、色んな素敵な人と出会いました、ジュギさん、ティダレさん、ゴネーアさん、パッツさん……皆、皆、優しくて本当に大好きなんです」
ユアの目尻には涙が浮かび始めている。尊に、泣いてる姿を見せないようにしたいのか、指で涙を拭く。
「私はこの世界が好きです。好きになれました。だからこそ、タケルさんにもこの世界を好きになって欲しい。けど、タケルさんは、やっぱり元の世界のことを、どうしても、忘れられないんですね」
「先に言っておくと……この世界のこと、嫌いではないと思っています」
ユアの言葉を真摯に受け止めた上で、尊が言った。その上で、さらに続ける。
「先に確認させておきたいことがあります」
「……なんでしょう?」
「転生者が、元の世界に還る手段は、
ユアは、反射的に尊から視線を逸らす。その反応が答えとなった。やはりそうでしたかと、尊はどこか虚しさをもって小さく言い放った。
「ユアさんを初め、出会った人達は本当に良い人ばかりです。そんな人達が、『元の世界への帰還』については、一言も触れてこなかった。本来なら、真っ先に話題に上がってもよさそうなのに」
そう、尊は感づいていたのだ。最早、元の世界に還ることはあたわないことを、そして、それを未だに飲み込めてない自分がいることも。
「この世界の転生者が……元の世界に帰還した例は……1件もないそうです」
ユアが下を向いたまま、ぽつりとこぼす。尊はそれを、穏やかな笑みをたずさえて受け止めた。
「ユアさん、今まで気を揉ませたようで申し訳ない。先ほども言いましたが、本当にこの世界に思うところはないのです、ただ」
「ただ?」
「あなたは、私の妹に似ている」
尊が今まで、ずっと言えなかった言葉を、ユアに伝える。ユアは、そこで改めて、尊を見つめた。
「妹さん……ですか?」
「姿形というよりは、雰囲気ですね。あなたのように、明るく、優しい子でした。あなたを見ていると、もう戻れないと分かっていても、元の世界のことを思い出してしまう」
尊の脳裏に、最後に妹と交わした約束が思い出された。あれから、家族はどうしているのだろうか? 悲しんでくれているのだろうか? 尊はもう遠くにいる存在となった家族に想いをはせた。
「その時、どうしても、心が痛くなってしまう」
尊が、ユアの目を見つめて言った。穏やかな笑みを浮かべている。だが、彼の瞳は、どこか寂しさと悲しみを訴えていた。
「……私の存在はあなたにとって迷惑ですか? 辛くて、苦しいものですか?」
ユアも、そんな尊の心情を察せてしまったのだろう。そう言った彼女は、もう涙をこらえようとはしていなかった。
「いえ、そんなことはありません。大変に感謝しています、あなたに出会わなければ、私はどうなっていたか分かりません」
尊の言葉は、決して嘘偽りのないものだ。たとえ彼女に幾度も妹を重ね、望郷の念を呼び起こしたとしても、それによって寂しさが心に混み上がってきても、尊にとってユアという少女はとても、とても大きな存在になっていたのだ。
「だったら、タケルさん、お願いがあります」
「はい、なんでしょうか?」
「私と一緒に、これからも生きてくれませんか?」
ユアが、両目を赤くしながら、尊に願う。
「私、タケルさんにこの世界の素敵なところ、もっともっと伝えていきます。タケルさんが、元の世界のことを忘れられなくてもよい。でも、寂しさなんて、全部吹き飛ばしてしまうくらい、この世界のこと好きになってもらいます。だから」
これからも、私と一緒に、生きてくれませんか?
(ああ、俺は本当に、良い人に出会ったんだな)
ユアの言葉に、尊は胸が暖かいものでいっぱいになった。片目から、一筋の涙が流れるのを、彼は感じた。
「
「エン?」
「私の元いた世界の言葉で、人との繋がりを意味しているんです。私は、良い縁に恵まれました」
ここでこんな言葉が出てくるところが、なんともな、と尊は心の中で苦笑いをする。
「もう決めました。私は、この世界で最後まで生きていこうと思います。ユアさん、あなたのように、心の底から、この世界を好きだと言えるように」
その言葉を聞いたユアは、顔をくしゃくしゃにして、
この時、この言葉をもって、尊は、本当の意味で、異世界、オグト=レアクトゥスの人間として生きることになった。どんなに時がたっても、ずっと、尊はそう思っている。
ただ。
それはそれとして。
「なぁ、あれ完全に告白だよな?」
「愛の告白にしか聞こえないねぇ?」
「これ……告白でいいんだよねぇ?」
偶然、同じ店に入っていたティダレ、ゴネーア、パッツがお互いに顔を見合わせる。3人は、たまたま、尊とユアの話を聞ける位置に居たのだが、2人の間に広がるなんとも言えない雰囲気と、色々と突っ込みづらい会話の内容に、ただひたすらもんもんとしていた。
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