序章【4】
さて、そんな訳で尊がアルトス村に着いて直後、スキルカード作成のためクアルン、ユアの両名に連れられて村にある教会に案内されることになったのだが。
「正体不明のスキルが3つも?!?! 凄い!! こんなのは初めてだ!!」
手に持ったカードに書かれている記述を見て、クアルンが興奮を隠せなくなっている。今回、尊のスキルカードの作成は彼が全面的に請け負ってくれた。
「そ、そんなに凄いことなのですか?」
「凄い!! 凄いんだよ!! この村にある教会の施設では、測りきれないほどの効果をもつスキルが3つもあるんだよ!!」
クアルンの剣幕に、若干だが尊は引いてしまう。特に何かをしたわけでもないと思っている尊は、そんなことを言われても全く実感がわかなかった。
「叔父さん、凄いことは分かったから。タケルさんにちゃんと説明してあげて」
「あ、ああ、そうだったね」
叔父の様子に呆れながら、ユアが助け舟を出す。
「え、ええと、どこから説明しようか……まずこの世界において神と人類が共存していて暮らしていた頃……」
「ハイ止まって。説明が長くなるの、叔父さんの悪い癖」
「も、申し訳ない」
またしても、ユアの言葉でクアルンが静かになる。その様子は、さながら、しっかり者の娘にたしなめられる父親といった感じだ。
「クアルンさん。とりあえず、スキルについて基本的なことを教えてもらっても宜しいですか?」
流石に、このまま色めき立った状態のクアルンに任せても話が進まないと思ったのか、尊が質問を与えて会話の道筋を示す。
「あ、そうだね」
若干恥ずかしそうにクアルンが咳払いした後、少し間を置いて尊の質問に答える。
曰く、この世界におけるスキルとは、自身の得ている能力が可視化されたものである、とのことだ。
「例えば、君のもつ《一般教養 2》というのがあるじゃないか」
クアルンが机の上に置いた、尊のスキルカードの一部分を指さす。
「これはね、この世界における一般的な教養を修得していることを示すスキルなんだ」
「この後ろについている数字は?」
「スキルによっては、その習熟度合を数字によってしめされるものがあるのさ。2だと、話したり、計算ができたりみたいな、日常生活を送る分には困らないくらいの教養があるって感じかな」
尊の質問にクアルンが返してくれる。落ち着いて対応してくれる分には、彼は本当に理性的だ。
「それで、問題なのはこれだ」
そう言ってクアルンが指さした部分は、文字がかすれたようになっていて、どんなに目をこらしても読めそうになかった。
「これは……一体?」
「スキルとして判別された以上、これは君のもつ能力だ。だが、スキルの種類も千差万別でね、中には歴史に残りかねないほど強大な力をもつのもある」
「タケルさんがそれを持ってるの!?」
ユアが興味深く聞く、そんな話が出てきたのならユア自身も多少興奮してしまったようだ。
「それは、まだ分からない。だが、間違いなく言えることは、この村の教会にある設備と人員で聞ける【神の声】では、とても計りかねるほどの影響力をもつスキルなのは間違いない」
ああ、なるほど、だから【神から頂く】ものなのか、と尊はどこか他人事のようにそう思っていた。
――ふと、耳の奥に、あの美しく恐ろしい、アンシュリトの声が聞こえた気がした。
尊は辺りを見回す。特に変わった様子はないが、背中には冷や汗をかいていた。
「それで、タケルさんはこれからどうすればいいの?」
そんな様子を知ってか知らずか、ユアがクアルンに問いかける。クアルンは、腕組みをして少し考えながら答える。
「とりあえず、タケル君がよければ、しばらく家に来ないかい?」
「え? いいんですか? 迷惑では……」
願ってもない申し出だが、これまでのことだけでも大変に恩義を感じている尊である。彼の性格上、これ以上面倒を見てもらうには後ろ髪を引かれる思いがあった。
「いやいや、迷惑ではないよ、本当に。以前、君のような転生者を保護する制度があると言ったと思うんだけど、その一つに、希望者は転生者の衣食住を支援してもよいというのがあるんだ」
「もちろん、家はその希望者です! 国から支援するための補助金も出るんですよ!」
クアルンの言葉に、ユアが元気よく
「私はこれから君のスキルカードを、ここよりもっと大きな教会で見てもらうつもりだ。ただ、それには色々な手続きがあって結構時間がかかる。その間、この村で暮らして、この世界のことを色々知っておくといいよ」
「私が色々教えてあげますね!」
ユアが嬉しそうに尊の手を取り、はつらつと言う。
「本当に、何から何まで、どれだけ感謝をすればいか」
「そこまで気にすることじゃないよ、遠慮なく頼ってくれ」
尊の感謝の言葉を、クアルンが穏やかに受け取る。ユアともども、心根が本当に善良である。
「よし! そうと決まれば色々と準備しなくっちゃ! まずタケルさんの服を買いに行かなくちゃ!」
「あ、そうか、彼の服結構ボロボロだったね」
「叔父さん、家のお金使ってもよい?」
「もちろん、後で幾ら使ったかだけは報告してくれ」
やいのやいのと話を進めるクアルンとユア。これから、尊と過ごす日常に、どこか胸が弾んでいる様子が見て取れた。
尊は、そのことが本当に暖かくて、嬉しくて仕方ない。そのはずなのに、なぜだろうか、自分のこととして没入できない疎外感を抱いてしまった。
なにはともあれ、こうして、尊は異世界の日々を本格的に過ごすことになったのであった。
△△△
尊が、初めてアルトス村に来てから数週間がたった。クアルンとユアの提案を受けて、現在は彼等の家に居候している。
オグト=レアクトゥスでの生活は、予想していた以上に快適だった。
掃除機、洗濯機、風呂、トイレ等々……これらは、尊にとって元の世界である、現代地球文化において、生活の質を高めるに欠かせない道具である。このオグト=レアクトゥスの世界においても、それらと同等の機能をもつ道具が多数存在しており、慣れさえすれば違和感なく暮らしに溶け込むことが出来た。尊が思っていた以上に、
ユアとクアルンも精一杯、尊の生活をサポートしてくれた。この2人のおかげで、尊はなんとか健やかに生きている。感謝してもしきれないほどの恩だ。
そんな2人に対して、何か返せるものがないかと考えるのは自然なことだろう。
そんな訳で、尊は今、《ダンジョン》とう場所にいる。今回、尊は、冒険者チームであるティダレ達の指導の元、お試しで彼等の仕事に参加していたのだ。仕事を通して報酬をもらい、それでもって2人に恩を返そうとしたためだ。
「タケル! そっち行ったぞ!」
「は! はい!」
空気のかたまりを勢いよく飛ばす魔術、《
尊の元に、水でできたゴムまりのようなモノがぴょんぴょん跳ねて現れる。この世界における魔物の1種、スライムだ。
このオグト=レアクトゥスという世界において、ダンジョンとは
基本的に、危険な場所なので、国が管理して許可が無いもの以外は入れないようにしている。尊が今回ダンジョンに入れたのも、既に許可をもらっているティダレ達の案内があったからこそできたことだ。
なお、その際、尊の身を案じるユアからすさまじい猛反対を受け、クアルンとともに必死で説得してようやく許可をもらった経緯があるのを、ここに付け加えておく。
「ピイッ!」
鳴き声とともに、スライムが尊に向かってタックルを仕掛ける。反射的に、彼は拳を突き出して応戦した。
――パァン!
小気味のいい音とともに、スライムは跡形もなく破裂してしまった。尊のパンチは、少なくともこの魔物を一瞬で倒せるほどの破壊力はあったらしい。
「おお、すげえ。駆け出しなら普通は30分かかるぞ。スライム倒すの」
「そ、そんなものなのですかね?」
パッツが尊に近寄ってくる。そちらはそちらで、尊がスライムを1匹倒す間に5、6匹は倒している。
「よーし、一旦ここいらで休憩取るぞ」
ティダレが号令をかけると、いっせいに他のメンバーが緊張を解き、各自で休憩の準備を進める。彼がチームリーダーである冒険者チーム・アトチュールは結成して数年、アルトス村を中心に活動するチームだと尊は聞いた。
今回、尊が彼等に混じって潜ったダンジョンもアルトス村付近にある、《ジーイ林》という場所であり、彼らに取っては庭みたいな存在であるとのことだ。
「そんな訳でタケル、調子はどうだい? 怪我は無いかい?」
「あ、はい、今のところは」
ゴネーアが携帯食である兎肉の白干しをかじりながら、尊の様子をうかがう。尊も、ユアが事前に用意してくれた昼食をとりながら答えた。
「すげえな、初の魔物討伐で無傷かよ」
「そんなに凄いことなんですか?」
「すげえよ、俺なんて初めての時には体中にアザだらけで次の日まともに動けなかったらよ」
ティダレが心底感心する。
この世界は、【基本的に】、魔物が出てくる場所はダンジョンというくくりで区切られている。そのダンジョンにいる魔物が、そこから溢れ出さないように彼らの討伐を行う必要があり、その仕事は主に冒険者と呼ばれる人達が行っている。そのように、尊はティダレから説明を受けていた。
その時、程度によるとは言え、命の危険もあるということは十二分に念押しされた。だからこそ、ユアも心配したのだろう。今回の仕事はかなり簡単な部類になるという話だったとはいえ、尊も、覚悟をもってこれに
しかし、結果は、呆気なさを感じるほど、尊は楽にそれをこなせてしまっていたのだ。
「タケル、実は前の世界でものすげぇ戦士だったとかじゃないのか?」
「そんことはないはずなんですけどね……」
ティダレの問いに、尊は自信なく答える。この世界に来てからというもの、明らかに肉体的な能力が向上しているのを感じていた。重いものを持ち上げる、速く走る、高く跳ぶ等々、どれも以前の世界では平均的なものでしかなかった尊のそれは、今、明らかに驚異的な向上を見せているのだ。
「じゃあやっぱり、あの謎のスキルの影響なんかね」
横で聞いていたパッツが、コボルト特有のものとされる頭の犬耳をピョコピョコさせながら言う。
「そうなるんですかねぇ」
「随分複雑そうじゃないか?」
「自分の中によく分からない力があるって言うのが、どうも気がかりで」
「そんなもんかね、私にとってみりゃ、すげー力があんだからうらやましいもんだが」
とまどいが感じられる尊の言葉に対し、残りの食事を一気に平らげたゴネーアが不思議そうに言う。割と繊細な尊と、豪快な部分があるゴネーアは色々と対照的だ。
「まあ、何にしたところでそこらへんのことはクアルンさんに任せて、タケルはタケルで色々やってけばよいさ!」
休憩に一区切りをつけたティダレが勢いよく立ち上がる。
「よし! 今日は残り2時間ほどここで魔物の討伐をやるぞ! 各自準備を進めろ!」
「「了解」」
ティダレの命令の元、パッツとゴネーアが瞬時に雰囲気を切り替える。尊は一呼吸遅れてそれに従った。
そんなこんなで、尊にとって、初めての冒険者稼業である魔物討伐の後半戦が始まったのだが……結果はというと、帰路につく際、今回の成果をみたティダレから、割と本格的に、自身の冒険者チームへの加入を薦められるくらいには、成功したと言ってもよかった。
△△△
ユアの両親は、同時に亡くなった。
ユアはその時、世界を恨んだ。
少なくとも、ユアもその両親も、誰かに後ろ指を刺されるような生き方はしていなかった。ユアの家庭は、まず間違いなく道徳心にあふれた善良な家族であったのだ。
だけど、そんなことは関係ないとばかりに、ユアは大好きな両親を失った。
その時、ユアは、世界に両親を奪われたのだと思った。神が、世界が、自分から幸せな人生を奪ったのだとすら思えていた。
「これから、僕と一緒に暮らそう、ユア」
天涯孤独になったユアを、すぐに引き取ってくれたのが、父の弟であるクアルンだった。とても優秀な人で、なおかつ
そして、その優秀さから、教会の有力者との婚姻が決まり、出世コースに乗っていたのだと、ユアは父からそう自慢されていた。
自分がいては、クアルンの人生に重しとなってしまう。幼いユアは、それを感じ取れた。だから、クアルンの申し出を何度も断った。
だが、クアルンはかたくなにユアを引き取ると言って聞かなかった。それこそ、婚姻を破棄して、出世を自らふいにしてまで。
そこから先、ユアの人生は、光があふれるものとなった。
仕事の面倒を見てくれたジュギ。
兄妹のように世話を焼いてくれたティダレ達。
その他、アルトス村で出会った人達全てがユアに優しくしてくれた。クアルンの導きで、ユアの人生は、たくさんの暖かなものに包まれることになった。
以来、ユアはこの世界が大好きになった。この世界で生きてこれたことが、何よりも嬉しいものとなった。
ユアは今もなお、このアルトス村で懸命に生きている。誰よりも真面目に、誰よりも熱心に、この村で、この世界で働き、生きている。
「うーん、やっぱり本数減ってますね」
さて、そんなユアであるが、現在絶賛仕事中だ。『実績記録簿』と題された冊子を見つめながら、彼女はうんうんとうなっている。横には、ゴブリンのジュギも居た。
「この前のダイヤウルフの一件からこっち、お客さんも慎重になっちまってるからなぁ」
「そういえば、ティダレさんも言ってました。ジーイ林にいるダイヤウルフの数が明らかに増えてるって」
ジュギとユアは腕を組みお互いに難しい顔をしている。あまり景気のよい話ではないからだ。どうやら、先日のダイヤウルフ襲撃から、2人の仕事にケチがついてしまったようであった。
ここは、アルトス村における運び屋の事業所である。主な業務内容としては、村で生産、製造した様々な物品を集め、各地にいる顧客に配送するといったものだ。
ジュギはこの村における運び屋のベテランであり、ユアは彼の元で色々と仕事を学んでいる最中であった。
「いい加減、国も対応して欲しいですよね、明らかにダンジョンの管理が行き届いてないからだろうし」
「全くだ、税金分は働けってんだよ」
2人はため息をつきながらひたすらに愚痴る。こういう、お国に対しての不平不満は、異世界であっても普通にあるものらしい。
「まぁ、これ以上愚痴っても仕方ねぇわな。おう、ユア」
「なんですか?」
「そろそろ上がっていいぞ」
「……あれ、まだ早いですよね?」
腕時計を確認して、ユアが首を傾げる。なお、この腕時計も当然のように
「タケル、そろそろ帰ってくる頃だろ? 迎えに行ってやんな」
「え、でも流石にそれで早退するのは……」
「俺がいいって言ってんだよ。どうせ緊急の用事なんてそうそうないんだからよ」
ジュギが、半ば強引に言う。
「今日はタケルが初めて魔物討伐に行ってんだろ? 男がデケェ仕事やったんなら、それを1番に迎えてやるのが良い嫁さんの条件さ」
「嫁さんとか……そういうのじゃないのに」
ユアは、頬を赤らめながら口を尖らせる。ジュギはその様子をみてカラカラと笑うだけだ。
「まぁ、とにかく行った行った。後はやっとくからよ」
「……分かりました。お言葉に甘えますね」
ちょっとの申し訳なさを言葉に滲ませ、いそいそとユアが帰り支度を始める。そんなユアの様子を愉快そうに見つめながら、さっさと行けと言わんばかりに手を振った。ユアという少女が、どれだけ愛されているのか分かろうものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます