序章【3】


「すげえな、ユア。まさかこんな簡単に手なずけるなんてよ」


 とりあえずユアについていくことを決めた尊。そんな訳で、まず彼女が紹介したい人物がいるとのことで、面通しされた青年から感心(?)の言葉が飛び出す。


「手なずけるとか、タケルさんを獣みたいに言わないで!」


「大丈夫ですよユアさん。そんな気にしていないので」


「はは、ありがとなあんちゃん」


「もう!」


 取りとめのない会話であるが、緊張感をほぐすには充分だった。青年は、改めて尊に向き直る。


「俺の名はティダレだ。今回、このキャラバンの護衛を請け負った冒険者チーム『アトチュール』のリーダーを務めている」


 キャラバン、冒険者……尊の世界である現代日本では創作でしか聞こえがない単語だ。いざ耳に入ってくると、否応なくここが異世界だということを感じさせる。


「私はゴネーア、よろしくな。一応、サブリーダーだ」


「俺はパッツ! よろしく! 助けてくれてありがとな!」


 ティダレの横で様子をうかがっていた2人の男女も、やり取りをみて警戒を解いても良いと判断したのか、改めて尊に自己紹介する。


「どうも、ええと、ワタリタケルと申します。タケルで大丈夫です」


「じゃあ遠慮なくタケルって呼ばせてもらうよ!!」


 親指を立てて、ゴネーアが快活な笑顔を見せてくれる。この世界でも、いわゆるサムズアップがポジティブな意味をもつのだなと、元いた世界との小さな共通点に尊は感心してしまった。


 そんな時、ふと、ゴネーアの肌に人間であれば見慣れないものが見えた。


うろこ?」


「あ、もしかしてリザードマン初めてか?」


 尊の言葉を受けて、ゴネーアが自身の腕に光る、緑色の鱗を彼に見せてくれる。


「てことは、これも?」


 そう言って間に入ったパッツの頭から、犬の耳のようなものが一対、ピョコっと飛び出してくる。


「おお……」


「その反応、コボルトも初めてなんだ」


「タケルさん、転生者らしいです。転生者の世界に亜人さんは居ないって聞いたことがありますよ」


「うお、まじかよ。そりゃ珍しい」


 とまどう尊の様子にフォローを入れてくれたユアの言葉を聞いて、ティダレが珍獣をみるかのような視線を尊に向ける。


「珍しいのですか?」


 尊がティダレに問う。


「珍しいよ、転生者は。居ないわけなじゃないらしいんだが、会うのはタケルが初めてだ」


「凄いじゃないかユア! 幸運だよ!」


「思わぬ拾いもんだな!」


「タケルさんはものじゃありません!」


 やいのやいのと尊を置いて話を弾ませる。それ自体は微笑ましいし、どこか安心もする。だが、話があまり進んでくれないので、色々と整理するには改めて場所を変える必要はありそうだと尊は内心苦笑する。


「あの、お楽しみのところ申し訳ないのですが、立ち話もなんですし……」


「おっと、そうだな、すまん。とりあえず、まず《アルトス村》に戻るか」


「そうだね、叔父さんと話をした方が早いや」


 尊の控えめな提案を受けて、ティダレとユアが思い思いに考えをまとめる。


「ゴネーア、パッツ、とりあえず他のチームメンバーとキャラバンの様子を改めて確認してくれ。問題なければそのまま出発する」


「「了解」」


「タケルは俺とユアに着いてきてくれ」


「わかりました」


 そうして、タケルはユアとティダレに着く。3台ほどある荷車のうち、先頭の荷車のグループに案内される。


(……あれ?)


 ふと、尊は違和感に気づく、このキャラバンというか、荷車、何かが足りない。


「おう! 無事だったか! ユア!」


 尊の違和感をかき消すように、大きな声が飛び出してくる。


「うん、私は大丈夫だよ、ジュギおじさん。車の方は大丈夫?」


「確認したが、皆が守ってくれたおかげで、傷一つ付いてねぇぜ」


 ジュギおじさんと呼ばれた人の姿は、緑色の肌に、尖った耳、わし鼻、小学生くらいの体格と、これまた分かりやすく、尊の元いた世界で言えば普通の人間ではなかった。思わず、尊はマジマジと見てしまう。


「あん? なんだお前さん、ジロジロみおってからに」


「あ、失礼致しました」


「そういうなよジュギのおっさん。タケルは転生者なんだ。おっさんみたいなゴブリンもきっと初めてだぜ」


「お、そういうことか、そりゃ俺の態度が悪かったな」


 ティダレのフォローにジュギと呼ばれたゴブリンの男性は、にまっと表情を崩す。気の良い人なんだろうな、と尊は感じた。


「紹介するね、ジュギおじさん。この人はタケルさん。転生者だよ」


「よろしくお願い致します」


「おう、ゴブリンのジュギだ、よろしくな!」


 闊達かったつな笑みを見せて、ジュギは尊に手を差し出してくる。無意識に、尊はその手を握った。ジュギは、嬉しそうに顔の皺を寄せて、その手を強く握り返してくれた。


(この世界でも、握手は親愛の証なんだな……)


 尊は握手をほどきながらそんな分析をしてしまう。たとえ、世界を渡ったとしても、こういう彼の理性的な性格は変わることがないようだ。


「ま、つもる話は後にしてさ、村に行こうよ!」


 ユアが尊の手を取り、荷車の方に向かう。その時、彼は先ほど感じた違和感の正体に気づいた。


「これ……どうやって動かすんですか?」


 それは、大きなカゴに車輪が4つついており、積荷もあるため、間違いなく荷車であるはずだった。


 だが、一見しても、リアカーのように手で押すためのとってもなく、これを引っ張ってくれるような馬もいない。これでは、後ろからうんとこしょと、手で押して進めるしかない。そんな非効率な事をしているのだろうか? 尊は不思議でならなかった。


「ああ、《自走車オートマカー》見たことないのか」


「マジか、どんな世界から来たんだよ」


 ジュギとティダレが口々にそんなことを言う。


「まぁ、そういうことなら、見た方が早いですね」


 「よっ」と言って、ユアが勢いよく荷車――自走車オートマカーに飛び移る。そして、少しだけ目をつむり、タメを作った後。


「《動力アクト》」


 静かに、そう言い放った。


 すると、車体が淡く光だし、複雑に絡み合うように刻まれた、紋様を浮かび上がらせた。


 ほどなくして、車輪がひとりでに回り始め、車体をゆっくりと走らせた。


「す、凄い」


 尊は、素直に驚嘆した。


「まあ、こういう風に動く訳ですよ」


 一旦、自走車オートマカーの動きを止め、どこか誇らしげにユアが胸を張る。


「なんというか、こういうのを見てしまうと……ほんとに、異世界に来てしまったんだなぁ、って思ってしまいます」


 尊は、心に冷めやらぬものを感じる。それが、どんな感情なのかは、彼自身まだ分かっていない。


「色々教えてあげますね、私たちの世界のことを、《オグト=レアクトゥス》のことを」


「オグト=レアクトゥス……」


「はい、これから、タケルさんが生きていく世界の名前です」


 そう言って、ユアは自走車オートマカーの上から尊に手を伸ばす。尊は静かにその手を取り、ゆっくりと上って、ユアの隣りに座る。


 そのようを微笑ましく感じたのか、にやにやしながらジュギとティダレは見つめ、お互いに顔を見合わせた後、尊に続いて自走車オートマカーに乗った。


「出発!」


 ティダレの合図とともに、ジュギが車を走らせる。それを見た後続のグループも次々と同じように車を走らせた。


(これから、生きていく世界、か)


 動き出した車の上で、尊はこれからのことに思いを巡らせる。ユアは、隣で、そんな尊の表情をじっと見つめていた。



△△△



「昔は、魔術って、一部の選ばれた人にしか使えない術だったらしいんです」


 この世界における車こと自走車オートマカーの上で揺られながら、道中、ユアは積極的に尊へ自分達の世界のことをレクチャーしていた。


「昔は、ということは今は違うということですか?」


「はい、私達が住んでいる国、イドナティーユ帝国が《魔術刻印マギアサイン》を開発してからは、魔術って本当に簡単に使えるようになったんです」


「刻印……もしかして、浮かびあがった紋様みたいなのって」


「はい、あの紋様が魔術刻印マギアサインです。色んなところに使われているんですよ!」


 ユアの話を一つ一つ、しっかりと聞いた上で、尊は彼女と会話を紡ぐ。そのようは、仲の良い兄妹のようであり、尊とユアは短時間の間に確かな信頼関係を結んでいた。


(やっぱり、どうしても重ねてしまうな)


 尊は目の前にいる少女、ユアの姿から、実妹である優愛を幻視してまう。


 注意深く観察しなくても、ユアの姿は、彼の妹とそこまで似てる訳ではない。


 尊の妹である優愛は、都会の雰囲気によって洗練された、あか抜けた印象が目立つ少女だった。


 対して、今彼の目の前に居る少女は、どこか純朴な印象が最初に来る。草と土の色が似合う、美しい田舎の光景で映えるであろう少女だ。



 だが、それでも、重なってしまう。



 尊のことを気にかけてくれる優しさであったり、尊のことを一番最初に信じてくれた純粋さであったり……そんなところが、彼の妹たる優愛の美点と似ていたからなのだろうか。


(それとも、別の何かがあるのかな……)


 ここではない遠くを見ている。そんな視線を尊はユアに向けてしまった。


「あの……タケルさん、あなたは」


「おう、そろそろ到着だぜ!」


 ユアが尊に何かを問おうとする前に、ジュギの声が響く。目の前には、木の杭で作られた壁と、同じく木で作られた門が見える。


「あっと、積もる話は後にしてとりあえず……ようこそ! アルトス村へ!」


 ユアが花のような笑顔で尊に言う。尊は、その笑顔に連られて、静かに笑った。




△△△




「ユア!! 大丈夫だったかい!?」


「大丈夫だよ、クアルン叔父さん」


 村に入った一同を、いの一番に迎えてくれたのはどうやらユアの親族であるらしい。


 クアルンと呼ばれたその人は、どことなく他の人達と雰囲気が違っていた。特に目立つのはその着ているローブ。シミひとつない真白色に、複数本走る金のラインで飾られたそれは、どこか神秘的なものを感じる。


 クアルンという人自体も、第一の印象がとても明敏めいびんで、頼りになりそうな感じがある。実際、彼をとても信頼しているユアの様子が見て取れた。


「心配したんだよ……本当に、でも無事に帰ってきてくれて良かった」


「うん、ただいま。叔父さん、私、立派にやれたでしょ?」


「ああ、独り立ちももうすぐだね」


 会話の一つ一つに、家族としての親愛がこもっていることを感じる。尊はその様子が、愛おしくも、どこか胸がしめつけられるような感覚を覚える。


「おい、ユア。感動の再会は良いけどよ」


「あ、そうだった。叔父さん、この人がね」


 ティダレの割り込みで、ユアが意識を尊に向ける。


「タケル君だね。転生者で、みんなの恩人だ」


「うん! そうなんだよ!」


「……あれ? その話伝わっているんですか?」


 尊は疑問を投げかける。ここに来るまでに、話すタイミングなどあっただろうか?


「事前に俺が連絡してたのさ、こいつでな」


 ティダレが、手のひらに収まるくらいな大きさの石の石板を尊に見せてくれる。よく見たら、そこに紋様が刻まれていた。


「《風声板ムシエンボード》つってな、離れた相手に声を届けることが出来るんだ」


 「携帯電話もあるのか」、尊は小さく呟く。この世界は本当に発展している。恐らく、元いた世界で言う産業革命みたいなものが、魔術刻印マギアサインによって起こっているのだろうな、と彼はうっすらと分析した。


「ふむ、疑っていた訳じゃないが、本当に別の世界から来た人なんだね、君は」


 クアルンが尊をじっと見つめる。


「僕はクアルン=カノナ。ユアの叔父で、保護者を務めているんだ」


「ワタリタケルです。タケルで構いません」


「では、タケル君と呼ばせてもらうよ」


 クアルンから差し出された手を握り、握手を交わす。物腰柔らかな人であるのが見え、尊も既に好印象を抱いている。


「さて、早速だがタケル君に作って貰いたいものがある」


「はい? 構いませんが、この世界に来て間もない僕に出来るものなのでしょうか?」


「ああ、いや、君自身から何かを直接作ってもらうわけじゃなくてね」


 尊の疑問をよそに、クアルンは話を続ける。


「確か、君の世界の人間にはウンテンメンキョショや、マイナンバと呼ばれる身分証明書を持っている者がいるという話しを聞いたことがあるんだが」


「はい。マイナンバーは持ってました。ただ、すいません、今は持ってないんですが……」


「ああ、いや、持ってなくて構わないよ、個人的興味では見てみたかった思いがあるがね。と、話しを戻そう」


 クアルンは、懐に手を突っ込んだかと思うと、1枚のカードを尊に見せてきた。


「君の世界にも身分証明書があるように、この世界にも身分証明書があるんだ。それがこの《スキルカード》。《神の座》におわします秩序の神々から頂く物でね、これによって、自分達が何者かを証明してくれるんだ」


「クアルン叔父さんは、スキルカードの管理をする教会の神官さんなんだよ!」


 神、と来たか。尊は内心で静かに驚嘆する。この世界における神は明確に交流が出来る存在なのか、それがまるで当たり前のように語る2人がその時は若干遠い存在のように感じた。


 ふと、尊の脳内に、アンシュリトの笑顔が浮かび上がる。なぜかは、分からなかった。


「転生者は、君のように、何もない状態でこの世界に放り込まれたような人がほとんどらしい。そんな転生者を保護するための制度も整っているんだが、それにはスキルカードの所持が前提になっていることが多いんだ」


「この世界、転生者のこと抜きにしてもさ、本当にスキルカードがないとやってけないからねー」


 クアルンの話からユアが腕を組み、うんうんと頷く。確かに、神などという途方もない存在が自分が何者かを証明してくれるのなら、これ以上ない身分証明書だろう。生活に密着するのもうなずける。


「そんな訳で、早速なんだが、この村の教会に着いて来てもらっても良いかい?」


「それは勿論。むしろこちらからお願いしたいくらいです」


「タケルさん、どんなスキル持ってるんだろう。楽しみだね!!」


 スキル?、と尊が小さく疑問の言葉を言う。ユアに詳細を聞こうとしたところで、今まで様子を見守っていたティダレが間に入ってきた。


「話はまとまったっぽいな、じゃ、あと任せて良いかい? クアルンさん」


「勿論、色々とありがとう、ティダレ」


「ティダレさんありがとね!」


「おうよ! タケルもまた後で話をしようや!」


「あ、はい!」


 そうして各人が、思い思いに話を巡らせ、それぞれ行動を始める。尊は、ユアとクアルンの後ろに着いて歩いた。


 2人が並んで歩く姿は、家族としての暖かな情愛があるのが感じられて、それを見た尊は、反射的に視線を下に逸らしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る