序章【2】


 尊が目を覚ますと、雲ひとつない快晴の空から注ぐ日光が目を刺してしきた。彼は、反射的に目を手のひらで覆う。そうして、手で光をさえぎりつつ、体を起こし立ち上がった。


 尊は、改めて自身の体を見直してみる。服装は通学途中のブレザーをそのままに、電車の横転によって負った怪我はすべてなくなっていた。それどころか、怪我を負う以前よりも身体が軽いとさえ感じている。


(なんだこれは? どういうことだ?)


 夢でも見ているのだろうか、と尊は逡巡しゅんじゅんする。だが、何をどう確認してみたところで、この感覚は生きているとしか感じられず、それがまた彼を困惑させる。


 あのアンシュリトという人はどうしたのだろう? 


 尊は、一旦、辺りを見回してあの色んな意味でゾッとする美女を探してみる。周りの景色は、あのあやふやでなにもない空間から、草花が生い茂る緑豊かな平原に変わっていた。


 見渡してもアンシュリトは居ない、あの人は本当に一体何者だったのだろうか? 尊は彼女の優しさと愛情と底の知れない恐ろしさが同居した笑顔を思い出す。背筋に冷や汗をかいた。ぬめりとした嫌な気分がわき出てくる。


(いけない、心が浮ついている、落ち着こう)


 尊は、目を閉じ、あぐらをかいて地べたに座る。視覚、聴覚、嗅覚、ありとあらゆる感覚を極力意識から外し、自分の精神状態に向き合うことだけに集中した。


 彼は、【尊き人】となるために仏教を自分なりに学んできた。今、彼が行おうとしている『座禅ざぜん』もその内の1つだ。もっとも、彼自身が仏門を叩いてる訳でもないので、あくまでそれは自身が学んできたことを元にした我流ではあるのだが。


 まあ、とにかく、尊は心が平静を欠いた時、あるいは欠きそうな時、こうやって自分なりの座禅を組んで心の状態を整理しようとする癖があった。


(身体の調子はどうだ?)


 ――悪くない、それどころか良好。


(持ち物はあるか?)


 ――制服以外はない、携帯電話もないみたいだ


(空腹は? 喉の渇きは?)


 ――今のところ感じない


 疑問を問いかけ、それに答える、この作業を尊は幾度いくども繰り返す。そうしていく内に、彼の思考は徐々にクリアになっていった。


 そうして、一通りの問いかけが終わったと同時に目を開き、ゆっくりと尊は立ち上がった。そして、誰に対してでもなく、己に聞かせるようにひとりごちる。


「ほぼ確実なのは、ここは俺が知っている場所ではないということだ」


 『異世界転生』なるものがあったことを尊は思い出した。以前友人から借りた小説で見た覚えがある。状況としてはそれに似ているのだろうか。自分が置かれた状況の奇っ怪さに、改めて尊は苦笑する。


「こんなことなら、もっと『異世界転生』モノにもっと触れ合っておくべきだったな」


 そこまで笑ったところで、尊は一呼吸置いてから、意識を周りの光景に集中させた。


 のどかな景色だった、現代日本の都心部で育った尊にはほとんど見た事がない、緑豊かな平原だ。


「……まぁ、まずは歩こう、状況を打開する何かが見つかるかもしれない」


 そうして、尊は一歩を踏み出した。何も見つからなかったらどうする? 危険なものを見つけたらどうする? 命の危機にさらされたら? などといった考えも、彼の中に思い浮かばない訳ではない。しかし、それは余分なことだと思って、今はただ、ひたすら歩くことに専念した。


 不思議と、不安はなかった。こんなことが自分の身に起こったなら、不安で押しつぶさせれても仕方ないのにだ。それだけは尊にとって不可解だった。


 さて。


 そんな訳で、しばらく尊が歩いていると、子じゃりで舗装された道と出会った。それなりに広く、整備された様子から察するに街道ではないかと推測できる、よく見たらわだちのようなものも見えた。


 ここを行った先に街があるかもしれない、そっちの方があてもなく歩くよりはよほど建設的だ、尊はすぐさまそう判断して道に沿って歩き始めた。


 と、そんな時だった、彼の前方になにやら人混みらしきものが見えたのは。ようやく自分以外の人に出会える機会だ、出来れば近寄って話を聞いてみたいと尊は思った。だが、そんな考えは即座に消えてしまう。耳へ入ったきた情報が、あまりに物々しかったのだ。


(何か様子がおかしいぞ?)


 怒鳴り声、かなきり声、うめき声。それら不穏な音は、そこそこに離れた場所にいる尊の耳にある程度届くほどである。目前に見えた集団がなにやら剣呑けんのんな状況にいることが想像出来た。


 尊は、たまたまそばにあった立木たちきに身を寄せ、体を隠し、それらを注意深く観察する。


(あ、あれは?! 襲われているのか?!)


 襲われているのは、大きな荷車を中心にした人の集団だ。積荷を守るために、武装している何名かが、戦闘状態に入っている様子が見える。


 その集団を襲いかかっているのは、尊が知る大型犬よりも更に一回りは大きいであろう狼のような獣だ。遠目に見ても大きさがある程度把握出来てしまう、間近で見たのならその迫力はいかほどなのだろうか。


(どうする?! 襲われているなら助けないと?! でもどうやって?!)


 落ち着け、落ち着け、と尊は自分に言い聞かせながら逡巡しゅんじゅんする。


 当然、尊はこの世界の警察組織なんて知らない。そもそも、周りに頼りに出来そうな人も居ない。そんな状況で他の誰かを助けるなんて普通に考えれば不可能だ、彼もそれは重々承知していた。


 尊自身が飛び出したところで、それこそタカが知れている。彼は、ここに来る前まではただの高校生だったのだ、格闘技なんて習ってないし、喧嘩もほとんどしたことない、ましてや、大型の野生動物と闘うすべなど知るはずもない。


(本当に……本当に? 本当に俺が出ても仕方ない、のか?)


 心臓が早鐘を打っているのを、尊は感じた。恐れ以上に、興奮と、自分ならできるという、謎の自負が己を駆り立てている。彼にある冷静な部分が、それを必死で否定する。だが、体はエンジンがかかった車のように、今にも飛び出そうとしている。


 ――くっそぉ! このままじゃやべえ!!


 ふと、尊の耳に、そんな悲痛な声がハッキリと届いた。おかしい、気のせいだ、だってここからむこうまで距離はそれなりにある、こんなに声が明瞭めいりょうに聞こえるはずがない。尊は、必死に自分に言い聞かせた。


 自分に何が出来るわけもないんだぞ、と、彼は、何度も何度も、冷静な部分を自分に押し付けようとした。


(ああ、だが、ここで、それを聞いて、俺は俺でいられるのだろうか? だって俺は、俺は!)


 尊はいつの間にか、自分が駆け出しているのが分かった。


『そう、そうなのね! それがあなたなのね! 尊!』


 突如、尊の頭蓋ずがいに、歓喜にあふれたような声がこだまする。アンシュリトだ、彼はなぜか確信できた。


『ああ! 尊! 尊ぅ! そのままのあなたでいいのよ!! 大丈夫! あなたは死なない!! 私の愛があるもの!!!』


 その言葉の意味を問いかける余裕は今の尊にはなく、彼女の要領を得ない言葉を、ただ聞き流すしか無かった。



△△△



 結論から言うと、尊が見つけた道は街道ということで正解であった。彼が見つけた集団の1つは、都市部への交易を済ませ、街道に沿って自分たちの村へ戻ろうとしていたところだった。


 さて、ではこのオグト=レアクトゥスにおける街道、安全は絶対に確保されたものなのだろうか?



 答えは、否、である。



 とてもではないが現代日本のような道と比肩ひけんできるほど安全とは言えない。


 理由は様々であるが、とにもかくにも、この世界では、街道を行き来するだけである程度の自衛できる力が必要なのである。ましてや、あれやこれやの物資を運ぶことになる交易なら尚更である。


「《空砲エアロー・シャッツ》!」


 荷物を守っていると見られる一人の青年が、シングルショットピストルのようなものを手に持ち叫んだ。青年が叫ぶと、銃身とみられる部分が淡く光り出し、紋様を浮かび上がらせる。


 ほどなくして、銃口から空気のかたまりのようなものが発射される。それが、銃口を向けた相手である、銀の毛皮に覆われた狼のような魔物、《ダイヤウルフ》の群れの一匹に当たる。


 なんとか1匹怯ませることはできたが、残念ながら群れとしての勢いを殺すには至らなかった。


「だああ! クソ厄介だぞこいつら!」


「無駄口叩くなパッツ! 《土壁ロッカオール》!」


「愚痴くらいこぼさせろゴネーア!」


 パッツと呼ばれた青年が、ゴネーアと呼ばれる女性の背に回る。女性は持っていた大盾を、豪胆ごうたんな叫びとともに地面に突き立てる。すると、周りの石が集まって盾に張り付き、その防御範囲を大きくした。


 彼らが相対する、このダイヤウルフの群れ。これは、オグト=レアクトゥスにおける公共の敵の1つ、魔物まもの達だ。


「すまねぇ……俺が甘かった。ここいらでダイヤウルの群れが確認されたって情報は仕入れてたのによ……遭遇はないだろうと、油断してた」


「ティダレさんのせいじゃないですよ」


 ティダレと呼ばれる青年が、横にいた少女に口惜しげに呻く。どうやら、道中における護衛は彼が中心になっていたようだ。



 ――ウルルルオオオオオ!!



 ダイヤウルフ達が口々に雄叫びを上げる。その勢いは激しく、今にも目の前の獲物達を全てのみ込もうとしていた。


「畜生! このままじゃ押し切られる!」


 ティダレが悲痛な叫びを上げる。彼は得物えものである槍をもって懸命けんめいに応戦するが、少しずつ悪くなる形勢にあせりを隠せなくなっているようだ。


「うわあああああああああああぁぁぁ!!!」


 このままでは、魔物達は全てを喰いちぎってしまうだろう。絶体絶命だ。そんな時だった、突如横合いから1人の男――亘尊わたりたけるが現れて、この鉄火場てっかばに突っ込んできたのは。



△△△




「ああああああああああああああああ!!!」


 尊の人生において、初めて、腹の底からひり出した蛮声ばんせいを上げながら殴りかかって行く。


 殴り方なんて知らなかった尊のパンチは、素人感丸出しの、いわゆるテレフォンパンチというやつだった。本来なら、成人男性以上の体重を持ち、半端な武具は容易に防いでしまう硬さの毛皮をもつダイヤウルフに効くものでは無い。


 だが、実際に起きた事実は、そんな素人の拳を受けて、風に吹き飛ばされた紙のように宙を舞う、1匹のダイヤウルフがいるというものだった。


「な??!」


「はあ?!?!」


 突如現れた乱入者に、周りの者達は口々に混乱の言葉を発する。尊は、それに気づいてはいたが、気にする余裕はなかった。


(この狼みたいなのから守ればよいんだ!!)


 極度の興奮状態にある尊。そんな時、今自分が相対するべき者達が、人の形をしていないのはありがたかった。いちいち見分ける必要がない。


 混乱から立ち直り切っていないダイヤウルフ達に、尊は体からぶつかっていく。体重もそこまで重くない尊のタックルは、なぜか、一瞬にして複数匹を一気に吹き飛ばしてしまった。


「い、今だ!! 畳みかけるぞ!!」


 真っ先に混乱から立ち上がったのは、先ほどまで襲われていた側の方であった。尊は、槍をもった青年の号令で、一瞬にして形勢は逆転したのだと、肌で感じることができた。


 そこから先のことを、尊は覚えていない。気づいた時には、唯一の持ち物だった学校の制服がボロボロになって、ところどころ破れていたことが分かった。


 見回すと、あの狼達は全て居なくなっていた。



△△△




 ――それはそれとしてだ。


「た、助かったでいいんだよな?」


「油断するんじゃないよパッツ、あの男がまだ味方だと分かった訳じゃないだろ」


 突然の乱入者によって、魔物達はなんとか退けられた。だが、パッツやゴネーア達、いわば襲われていた側の者達は警戒を緩められる訳ではない。


 くだんの男である尊は、今はただ呆然と立ち尽くしている。現状、敵対する様子は見せていない。だが、彼等にとって、尊が自分達の味方であるという確証はどこにもない、警戒するのは正しい判断と言える。


「……私が行きます。話を、してみます」


 そんな時、荷車の側にいた少女が前に出てきた。


 可愛いらしい少女であった。亜麻色の髪がショートヘアで切り揃えられ、しとやかな美しさよりは、活発な可憐さが目立つ。顔全体に、くりくりした丸さがあり、まるで小動物を想像させる。


 しかし、その瞳の奥には、強い光がある。可愛いらしい見たながら、芯には強い意志がある少女なのだろう。


「馬鹿! 何が起こるか分からないんだぞ! お前のような年端としはもいかない娘に任せられるか!!」


「何が起こるか分からないから、私が行くんじゃないですか。ティダレさん、私があの人と話している間に、すぐ逃げられる準備をして下さい」


 ティダレがしかりとばしても、少女は自分の申し出を曲げなかった。


「この中で1番の足手まといは私です。それに、幸か不幸か分かりませんが、村に戻っても悲しんでくれる両親はもうとっくに亡くなってますから、そう意味でも私がよいです。叔父さんには……申し訳ないですけどね」


 確かに、少女は周りにいる他の人物に比べれば、体格が良いわけでもなく、武装も最低限の自衛しか考えられていない程度の貧弱さだ。元々、戦闘要員ではなかったのだろうか。


「ティダレさん、お願いです。行かせてください」


「つっ……」


 少女の言葉を受けて、ティダレは唇を噛み締める。彼女の言うことは筋が通っていた。


「危険と感じたらすぐにお前も逃げろ」


「努力してみますね!」


「努力するじゃねぇ! 絶対にやれ!」


 ティダレが少女の肩に手を乗せて、力強く念押しする。少女は、ティダレという男の力強い優しさを受けて、口を綻ばせた。


「分かりました……やってみます!」


「絶対だぞ! 俺はお前を死なせる気はねぇからな! ユア!」



△△△



 徐々に冷静な自分を取り戻すにつれ、尊の脳内は情報の洪水が起こっていた。


 自分にこんな力が?


 なぜあの状況を乗り切れた?


 あの狼はなんなんだ?


 どうして突っ込んでいけた?


 アンシュリトさんなら何か知っているのか?


 だが、脳のうちが荒れれば荒れるほど、体はどんどん静かになって動かなくなる。疲れが一気に噴き出してしまったのだろうか、こういう時の癖である『座禅』を行う余裕もなく、尊は、ただその場に立ち尽くすだけだった。


「あなたは、何者なのですか?」


 ふと、自分にかけられる声を、尊は感じた。その声が、ただひたすら自分の中に向けられていた彼の意識を、強引に外の世界に連れていってくれた。


 彼が振り向くと、近くに1人の少女が立っていた。


「……優愛?」


 少女を一目見た尊が、無意識にこぼしてしまう。自分でも分からぬまま、一瞬、その少女を妹に重ねてしまった。


「驚きました、私の名前をご存知なのですね」


「え、あ?」


「ただ、大変申し訳ないのですが、私はあなたの名前を知りません、教えて頂けませんか?」


 「ああ、うん」と、尊は気のない返事をしてしまった。その少女は確かに妹の優愛に似てないこともないが、うり二つという訳でもない。見ず知らずの他人を妹と重ねてしまった。まずは理性を取り戻さないといけない、そんな風に尊は自分に念じた。


わたり……たけるです」


「タケルさんですか? ワタリさんですか?」


「へ?」


「あ、すいません。姓はどちらですか? 初対面の方に対し、不躾ぶしつけに名前呼びはどうかと思ったので」


 ここまでのやり取りは、少女の真面目さからくるものも無くはないのかもしれないが、それ以上に彼女がこちらの出方を伺っているのだと、尊は感じた。よく見たら、彼女の握った拳が震えているのが見える、怯えているのだろうか。


「えと、ユアさん。で、いいんですよね?」


 尊は、先に交わした会話から彼女の名前を察する。


「はい、ユアです。ユア=カノナと言います」


「では、ユアさん。改めて、私の名前は亘尊わたりたける。姓がワタリで、名がタケルです。呼び方は、タケルでも構いませんよ」


 尊は、努めて、静かに、柔らかに、笑顔で返答することを意識する。冷静に振り返ってみても、確かに自分の行動は異常だ、警戒されるのも当然と言えば当然だ。


 だからこそ、その警戒心を解いて、彼女と、ユアと理性的な話をしなければらならないと、尊は思った。なぜなら、彼にとっては、この世界で初めてまともに出会い、会話できた人なのだ。言葉も通じている。ここを逃すと、いつこんな機会が訪れるか分からない。


「信じてもらえるかは分からないのですが、あなた達に危害を加えるつもりは無いのです。私自身も、色々混乱して、なにがなんだか色々分かってなくて」


「そうなんですか?」


「はい、これもまた信じてもらえないかとも思うのですが……私は、なんていうかその、遠い国から来たものでして」


 尊の声は冷静を装おうとしているが、多少焦りが見えるのが分かる。いくら理性的であろうとしても、元はただの男子高校生だった男だ。こんな状況に放り込まれて、常にクールでいろという方が無茶ではある。


「あなた達を助けたのも、特に見返りを求めたとかではなくて、なんて言いますか、義憤ぎふんからと言いますか」


「義憤?」


「はい、ただ――あなた達を助けようと思っただけなのです」


 尊は、ユアに、しっかりと視線を合わせて言う。せめて、この言葉だけでも彼女の心にしっかりと届けようと、そう思ったからだ。


 ユアは、尊の顔をじっと見つめる。尊も、彼女から決して視線をそらさなかった。ほどなくして、ユアの口がゆっくりと開く。


「分かりました、その言葉を信じます――私達を助けてくれて、ありがとうございました!」


 そして、そんな尊の思いは、ユアという少女に確かに届いたようだ。彼女は、一瞬、花のような笑顔を見せた後、元気よく、感謝の言葉を尊に向けた。


 尊は、またしても、そんな姿を実の妹たる優愛に重ねてしまった。目頭が熱くなるのを感じる。


(いけない、ここで泣いてしまっては色々と気を使わせてしまう)


 指で目尻を拭き、涙を消す。そんな尊の様子を知ってか知らずか、ユアは尊に質問を1つ投げかける。


「そういえば、タケルさん。先ほど、遠い国から来たって言ってましたよね? もしかして……別の世界とかから来たってことないですか?」


 それは、尊にとって全く予測出来なかった質問だった。


「分かるのですか?!」


「ええ、なんとなく、服装がみたことないものなので」


 確かに、ユアという少女が着ている服は、尊が過ごしてきた日常ではあまり見かけないものだった。ヨーロッパの国にありそうな、色鮮やかな民族衣装に近い。逆を言えば、尊の着ている服、要するに学校指定の制服は、ユアの日常では珍しい服装なのだろう。


「そっか……タケルさんは《転生者てんせいしゃ》さんだったんですね!」


「転生者?」


「はい! 私達の世界では、別の世界から来た人達のことをそう言うんです!」


 ユアが、やや興奮して尊に教えてくれる。もうユアの中で、尊は完全に信頼に足る人物と判断してくれたのかもしれない。彼女は、尊の手を握ってきた。


「タケルさん! タケルさんがよければ、是非私達の村に来てください!」


「村?」


「はい! 絶対に悪いようにしないですから!」


 尊は、握られた手の暖かい感触を、ユアの明るい言葉から伝わってくる優しさを、拒否することなど出来るはずもなく、彼女の提案に、静かに頷いて答えた。

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