昼寝のカッコいい言い方って何だっけ、シエスタ?


種族バレとかスキルゼロの対策をして、大人しく検問の列に並ぶ私達。一つ一つの検問は短めなのだが、それが積み重なるとなれば割と時間がかかる事になる。この世界基準で20分経過して、やあっと私達の番になったのである。ちなみにイ型世界基準だと30分だ。


「次の方!」


「はい!行きましょう2人共!」


「了解致しましたわ」


「妾はちょっぴり疲れてるのじゃ………」


「ソフィアのそれは精神疲労ですわよ。宿取ったらさっさと寝なさいな」


「うむ、そうさせてもらおうかの………」


「私はまだまだ元気です!」


「まぁ、はい」


ソフィアは惚け過ぎなんだよな。肉体疲労じゃなくて精神的な疲労のせいだよその疲れは。街に入って宿を取ったらさっさと家帰って寝ろ。そしてアリスは元気が良過ぎる。この世界に来てまだ数時間しか経ってないとはいえ、魔物蔓延る森の奥地をずんどこ歩いたり走ったりはしゃいだりしてまーだ体力に溢れてるなんて、マジでどんだけ元気なんだアリスは。


とりあえず兵士さんに呼ばれるままに部屋に入ると、人物鑑定を受けた………というか、世界の恩恵が私達に干渉するような気配がしてきたが、流石に安全そうなので特段回避せずに大人しく人物鑑定を受けておく。


「………はい、全員大丈夫そうですね。では、ようこそガルーダミスの街へ!」


大丈夫と兵士さんに言われたので、私達は街の中へ入っていく。その時、偽装用に用意した荷物の麻袋も忘れないように持っていく。流石に旅してる人の荷物が何も無いのは不自然に過ぎるので、急遽用意したモノだ。


また、スキルには《物品鑑定》というのもある。こちらは《人物鑑定》とは違ってアイテムの類しか鑑定出来ないスキルなので、いつもしてるようなうちの子を使ったアイテム偽装は普通に見破られてしまう。だってうちの子は物品じゃなくて生物、人物の類だからな。そもそも鑑定出来ないんだわ。


その対策として、うちの子がハ型世界で採取してきた素材をうちの子が加工して作ったアイテムの類を麻袋の中に入れてある。一応異世界の素材が加工されているモノなので、そういう記述があった場合は幻覚で見えないようにはするが、それ以外は普通のアイテムの筈………なので、まぁ、大丈夫だろう。多分。特に止められなかったって事は危ないモノが入ってる訳でも無さそうだし。


「わぁ………!凄い人です!かなり栄えていますね!露天を見て回りたいです!」


「本はあるかしら………」


「妾は何か食べたい気分じゃー」


全員やりたい事が見事にバラバラだが、まぁそんなもんだよな。でも、それより先にすべき事があるんだわ。まず宿取って、全員の集合地点を決めておきたい。そうしないと簡単に迷子になりそうな奴が居るんだよ。アリスって名前なんですけど。


「まぁ、最初は宿探しですわね。その辺の兵士さんに聞いてみましょう」


とりあえず兵士さんに嗾けるのはアリスにしとこう。この中でコミュニケーション能力が1番高いのはアリスだからな………


「へいアリス、Go」


「はい!宿の場所を聞いてくるついでに兵士さんのお仕事を聞いてきます!」


「宿の場所だけで良いですわ」


「じゃあ後で聞きに行きますね!」


「まぁそれなら………」


「それはそれでよいのか?」


良いんじゃないっすかね。私と一緒に居ない時の事は気にしないようにしてるし。ただ問題というか、アリスは私が居ない時に限って何処の主人公だよと思う程のトラブルに巻き込まれるらしいんだよな。分かりやすいのだと大規模犯罪組織とか数回くらい壊滅させたらしいし、世界を破滅に追い込む系のやべー秘密結社みたいなのも壊滅させたらしいよ。アリスはマジで何処の主人公なんだ。どうせなら小説風の物語にしてくれ。読むから。


私は内心でちょっと心配になりながら、しっかりと掴んでいた右手を離してアリスを放逐する。まるでアリスを猛獣みたいな扱いをしているが、ぶっちゃけ興味のある事柄にに対してアリスは猛獣みたいなもんなので間違ってはいない。むしろ怪獣みたいなレベルかもしれん。マジで自分の興味には貪欲だからなアリス………


んで、そのままアリスを放逐してソフィアと一緒に近くにあったベンチでまったりしていると、数分でアリスが帰ってきた。兵士さんに話を聞いた所によれば、少し門からは遠いが中々に良いサービスをしてくれるちょっと良い宿屋があるそうだ。しかも美人の受付さんがいるんだとか。その情報居るか?


まぁ、私達は全員自宅にはいつでも戻れる(私が異世界転移機能だけ貸し出している)ので、極端に劣悪な宿屋でないなら何でも良いのだ。私達が求めているのはこの世界での集合場所であって、寝る場所じゃない。強いて言うならこの世界での休憩場所、安全地帯だ。もしも寝るなら自分の部屋のベットで寝る。寝具は科学文明が発達した世界の方が寝心地が良いからな………


「あ、ここですね!宿屋『精霊の棲家』です!」


アリスの案内を受けて到着した場所は、大通りから一つ離れた道に建っていた一軒の建物。木材に色を塗るでもなく自然そのままの色を使っており、これは確かに精霊の棲家のようだと言いたくなるような宿である。この世界の精霊がどんなモノか私は知らないが。


「宿屋………良いのぉ………気分的には温泉宿に到着した気分じゃな………」


「ソフィア………貴女、疲れてるんですのよ………」


なんかもう御老人みたいな事を言い始めたソフィアを憐れんだ私は、ソフィアをおんぶしてあげる事にした。もう精神的に疲れて眠くなってきているらしいソフィアは、特に抵抗する事もなくすんなりと受け入れた。こういう素直な姿だけを見ていると、マジでただのロリなんだよなこいつ………まぁ私と同い年だから実年齢は高校生くらいなんだが。


「あら、『精霊の棲家』へようこそ」


宿屋の扉を開いて中に入ると、そこにあったのは私が働いている宿屋『バードン』みたいな広いフロアではなく、どちらかと言えば和風の宿屋にあるような長い廊下と階段、そして玄関側にある受付があった。


受付にはアリスが聞いてきた通り、美人の受付さんが座っていた。金色の長い髪を後ろで一つに纏め、服装は肌を晒さないものでありながらも軽装で、そこはかとなく扇状的な格好の女性だ。声からも妖艶さが滲み出ている。まぁ簡単に言うなら、ちょっぴりセクシーな美人の金髪お姉さんだ。


「こんにちは!部屋は空いてますか?」


「えぇ、部屋はまだ空いてるわ。何部屋かしら?」


「一部屋でお願いします!あ、でもベットは二つある所が良いです!」


「あぁ、それならあるわ。何日泊まるのかしら?」


「あ、決めてませんでしたね。テア、何日分が良いですか?」


「とりあえずは10日分が良いですわね。期限の延長は出来まして?」


「えぇ、幾らでもどうぞ」


「では10日分でお願いします!」


「そうなると、金貨20枚になるわね。払えるかしら?」


そういやこの世界の金銭については2人に教えてなかった気がする。このヘ型世界の金銭は全てが金貨だ。銅貨や銀貨は存在していない。何故ならこの世界における金銭とは、硬貨そのものに価値があるモノだからである。まぁ言ってしまえば、金貨はその大きさ分の"金"として価値がある訳だ。だから、どの国でもある程度似たようなレートになるのである。


ただ、使われている国によって製造される金貨の模様が違ってくるらしい。例えば今居るこの国、ハルバルス帝国で利用されているものは表面がドラゴンの頭で裏面がドラゴンの羽だが、そのお隣のミドレス神聖王国では、表面には太陽のデフォルメで裏面には三日月の模様が刻まれているそうだ。しかしこれらの違いは模様が違う程度で、それ以外はどの国でも同じように金貨として利用出来るのである。


電子通貨支払いなら他世界のだろうと問答無用で利用できるんだが、こうして現物を求められると他世界の金銭じゃあダメだ。私が『金銭』の権能持ちとかだったらいけたかもしれないが、生憎と私はそういう権能の持ち主ではない。


という事で用意したのは、うちの子が製造したこの国の金貨である。ちゃんと金の含有量も同じにしてあるし、仕込んでおいたうちの子のおかげで鑑定してもこの国の金貨って事しか分からないようにしてある。ふふ、金なんてハ型世界で無限に取れるからな………こんなん朝飯前ですわ。


「これでよろしいかしら?」


「確認させて貰うわね?」


「えぇ、どうぞ」


受付のお姉さんが1枚2枚と金貨を数えていき、しっかりと20枚ある事を確認する。


「…19、20、と。ちゃんとあるわね。それじゃ…はい、鍵よ。無くしたら金貨20枚貰う事になってるから、気を付けてね」


受付のお姉さんは横の棚から1本の鍵を取り出し、私に手渡してきた。私は丁寧に鍵を受け取ると、背中に背負ったソフィアが落ちないように抱え直す。こいつ寝てやがるな………身体がズリ落ちてやがる。まぁいい。後で自宅に送ってやろう。ついでにゲームするべ。


「ありがとうございますわ」


「ありがとうございます!」


「どういたしまして。あまり問題を起こさないでね。その部屋は階段を登って右にあるわ」


お姉さんにお礼を言ってから、私とアリスはお姉さんに言われた通りに階段を登り、右へ向かう。鍵に付いている木製のタグに刻まれているのは205。そのまま階段右の廊下を進んでいけば、そこには205号室があった。まぁどう考えてもこの部屋なのだろう。


「では開けますね!」


アリスが部屋の鍵を開けて中に入っていく。別に靴を脱ぐ場所は無いのでそのまま中に入るが、そこにあるのはシンプルな内装の部屋だ。柔らかそうなベットが二つと、小さな机と椅子だけがある。それ以外の部屋は無い。トイレもお風呂も何も無い。科学文明の発達した世界のホテルではそうそう見られないシンプルさである。


「おぉ!ベットが柔らかそうです!テアはどっちを使いますか?」


「アリスと同じに決まってるでしょう?もう片方はソフィアのベットですわ」


「ではこっちを使います!」


アリスは窓側のベットを選んだらしい。じゃあこっちがソフィアのベットだなと背負っていたソフィアをベットに置いて、私も一息を吐く。


「テア、寝ましょう!」


「まだ昼ですけれど………?」


「だからお昼寝です!ソフィアさんも寝てますし、良いと思いませんか?」


「………アリスは外に行かなくて良いんですの?」


どう考えても未知で満ち溢れてるのに。普段のアリスなら絶対外飛び出すでしょ?


「それより、今はテアとお昼寝したい気分なんです」


「まぁ、良いですけれど………」


もぞもぞとベットの上で寝転がるアリスの隣に、私も同じように寝転がる。いつものように向かい合って、そのままいつものようにアリスに軽く抱き付く。それだけでアリスの綺麗な顔が近いが、ぶっちゃけいつもの事なのでもう慣れた。毎日これで寝てるんだから慣れるに決まってるんだよなぁ。


「こうして、テアと眠りたい気分だったんです………」


「そう………」


「テアの温かさを感じられるのが、私は1番好きです………沢山安心します………流石に、今日は疲れちゃいましたから………」


「あんなにはしゃぐからですわよ………」


「楽しかったから仕方ないんです………それに、普段はもっと抑え気味なんですよ?」


「あれで………?」


全然はしゃいでましたが?手を離した瞬間に全てに噛み付く猛獣みたいな感じでしたが?


「テアと居る時は、テアが止めてくれるので………そのおかげで、抑えなくてもいいかなって思っちゃうんです………」


「それダメな傾向だと思うんですけれど………」


この人が居るから大丈夫!はダメでは?


「いいんですよぅ。テアは優しいですから………沢山甘えちゃいますよ………」


「まぁ良いですけれど………程々にしてくださいな」


「ふふ、分かってますよ………」


アリスはこうして私専用の抱き枕にすると、かなり早く眠りにつく。私の体温が感じられると睡魔に襲われるのだと言われたことがあるので、まぁそういうもんなんだろう。なので、次第にアリスの瞼が閉じていき、安らかな寝息が聞こえてくるまで、そこまで掛からなかった。


「………まぁ、わたくしも寝ましょうか………」


そして、私の方もずーっとこうしてアリスを抱き枕にして寝ているので、アリスと一緒に寝転がって横になるだけで睡魔に襲われるようになっている。何せ、既に大体3年くらいはずっとこれで寝てるのだ。身体も、そして精神もそういうもんなのだと覚えてしまっているのだろう。パブロフの犬現象だ。


なので。私もそのままアリスと共に眠りにつくのに、それほどの時間は掛からなかった………と、思う。








……


………目が覚めると、外はもう日が落ち切っていた。かなり眠ってしまったらしい。私も自覚していなかったが、精神的な疲労が蓄積していたんだろう。そのまま身体を起こすと、未だに眠っているアリスも私と一緒に起き上がる。まぁ抱き枕にしているのでそりゃ一緒に起きるが、しかしアリスの方はまだ目が覚めていないようなので、なるべく起こさないようにともう一度横になり、アリスがゆったり眠れるように体勢を調整した。


私はかなりの朝型だ。寝起きから3時間くらいが最も頭の性能が良いと自負している。しかしそれは100%を発揮した場合の話であって、やろうと思えば眠っている最中のような微睡を感じることも出来る。簡単に言えば、寝起きに強い私でも二度寝っぽい事はできるのだ。本当に二度寝する事は殆どないが。


そうしてアリスを抱き枕にしながら大人しく横になっていると、丁度横を向いた時にソフィアと目が合った。まぁ起きた時にはソフィアが目覚めている事は把握していたので驚きはなかったが………こっちを見ながらニヤニヤしてきた。


「くく………随分とその子に執着しとるんじゃの?」


「一度、わたくしが助けたんですもの………最後まで、ちゃんと助け切りますわ………」


「昔のアリスはどんなんじゃったんじゃ?」


「昔………まぁ、幽閉されてましたわね………」


「なんじゃ、王女みたいな奴じゃの………」


「まぁ多分王女ですし………」


「ん………ん?マジで王女なのかの?」


「いえ、よく知りませんわ………調べてもいませんし………重要なのは、この子は既にわたくしのモノ、という事実だけですもの………」


「お主に物語の主人公は似合わんのぅ………」


「自覚はありますわ………」


そのまま私とソフィアは、アリスが起きるまでまだ中身の無い話をして時間を潰した。具体的には、あのゲーム面白いよね、わかる………みたいな会話だった。マジで中身が無さ過ぎる。ゲームの感想言ってるだけなんだわ。

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