煩悩が108とか言ってるけど絶対それ以上あるよねあれ。悪魔が言うんだから間違ってる訳がない


イモータルに成長の呪いグロウ・カースを使ってみせた日から12日後の朝。イモータルはあれから毎日大人の姿で特区内を練り歩いているらしく、その為に私がわざわざ昨日の朝一番に魔法を使うのが面倒過ぎた。


そこで私は、中学生スタイル、高校生スタイル、大人スタイルという出力が別な三つの成長の呪いグロウ・カースだけを、事前に契約したイモータルにだけ行使可能なうちの子を派遣する事でなんとかした。これなら、イモータルは好きな時に好きなだけ、自分の望むスタイルになれる訳だ。


ただ、この魔法の仕様上、肉体的に成長していても実際の能力値が変わる訳ではないので、どれだけ大人の姿になってもイモータルは小学生並の筋力のままのようだ。なんなら、大人スタイルだと手足のリーチが長過ぎて慣れないとも言っていた。普通はリーチが長い方が有利なんだけどね………イモータルはあの小学生みたいな身体で数十年も戦ってる訳だから………そりゃ慣れないわな。


「………ん」


お試しとばかりに自分にも成長の呪いグロウ・カースを使ってみたが、ぶっちゃけ要らない子だった。いやだって、悪魔の肉体とか、元から自分で好きなように改造出来るし………やろうと思えば千手とか、何なら巨人にだってなれるし………まぁやらないけど。


まぁ一応、人間の姿の時なら使えない事はないけど………ほら、今の私もイモータルと同じ不老じゃない?だから、肉体的な成長はもう私には訪れないんだよ。私が無限の魔力を生成し続けない限りは。でもそこを無視して肉体だけを成長させる事は出来るけれど………それはもう悪魔の権能でも、何なら妖属性の魔法で出来るんだよな。ぶっちゃけ使う機会はゼロだろう。


それに一応というか、仕様上仕方ないのだけれど、成長の呪いグロウ・カースは対象が自然な成長をした場合の想定で外見を変更するから、対象が心の底から望む成長みたいなのは出来ないんだよね。イモータルの場合は割と成長してくれたからあんなに喜んでたけれど、もしもイモータルが今後一切成長せずに小学生スタイルが一生のデフォルトだったら、多分こんなに上手くいって無かっただろう。


まぁ、望むように成長した姿を見たいんだったら、それこそ妖属性でどうにかなるんですけどね!


「ソフィア、起きてくださいまし」


「う、ぬぅ………?なんじゃ、テア………一体全体、何事じゃ………?まだ、朝の5時ではないか………妾はまだ眠いのじゃが………」


「貴女、吸血鬼でしょうに………早く起きないと、この後のイベントが辛いですわよー?」


「む、ぅ………そうじゃったな………ふわぁ………」


予定した時刻になったので、ソフィアを叩き起こしておく。吸血鬼なのに普通に眠るから、割と普通に寝坊とかするんだよな、ソフィアってば。私?私は睡眠時間が常に6時間固定で調整完璧だから………何なら悪魔の姿なら睡眠も不必要に出来るし………


「確か………なんじゃったっけ………?」


「あら、一昨日の夜にちゃんと言ったでしょう?今日はわたくし達の入隊式ですわよ」


「そうじゃった………しかしのぉ………妾、まだ眠いのじゃ………後5時間………」


「そしたら10時ですけれど………」


私とソフィアがさっきから"イベント"と言っているのは、毎年4月の頭に一度だけ行われる、魔法少女の入隊式である。昨年見つかった魔法少女達は、この入隊式を経る事で魔法少女は正式な職員として認められ、同じ入隊式に参加した魔法少女同士は所謂"同期"として扱われるのである。


今年はこの入隊式が行われて40年目という、ある程度の節目の年の式だ。何なら、魔物という脅威から逃れる為の国防の要でもある魔法少女達の入隊なので、普通に全世界へ放映される割と凄い式典である。


そして今回、私達はそんな入隊式に参加することになっている。何故そんなことになっているのかと言われたら、私とソフィアの今の扱いが、"昨年に見つかった魔法少女"だからである。まぁ、昨年にやって来たからそりゃそうなんだけども。


「もう。出掛ける準備だけしておきますから、せめて6時までに起きてくださいましね」


「後2時間………」


「減ったけど7時ですわよー」


集合時間が6時半なので、7時だと遅刻ですね………


その後、ソフィアをなんとか6時までに起こし、先週イモータル経由で言われた通り変身後の服装………つまり、私やソフィアがこの世界にやって来た時の悪魔や吸血鬼らしい(諸説あり)服装に着替えて本部へ向かい、そこから入隊式を行う魔法少女達の待機部屋へとやって来ていた。


「ほぅ、新しい魔法少女は30人近くはおるんじゃのぉ。毎年平均で10〜20人と言っておったから、今年は豊作じゃのぉ」


「んー………しかし、やはりと言うか何と言うか…平均年齢、低めですわね………」


「そりゃそうじゃろうのぉ」


部屋の中を見渡す限り、居るのは小学校高学年や中学1年生くらいの身長の少女ばかりだ。中には高校生で魔法少女になるという子も居ると聞いていたのだが、やはり珍しいようだ。


そしてそうなると、元からちっこいソフィアは兎も角、高校生くらいの少女のような身長の私は割と目立ってしまうらしく、割と他の魔法少女達から見られているような気がする。別に見られたから何があるって訳でもないし、これと言って視線は気にもならないけど。


「今だけでもソフィアと同じ身長になっておくべきだったかしら………?」


「それはそれで面白そうじゃのぉ」


私の肉体は権能によって生まれた悪魔の肉体であるし、何より元は妖属性による変身魔法が由来の姿だ。身長体重の変更は勿論、第3の目とか六椀とか人魚形態とか、自分の肉体を好き勝手に改造可能なのである。なので、事前に身長を低めにしておけばよかったかなぁ………などと、少々思ったり。


私やソフィアは、何処まで行っても所詮は異世界の存在なのだ、あまり目立ってしまうべきではない。どうせいつかは消えてなくなる存在なのだから、目立ったとしても良い事は無いだろう。一応、入隊式をテレビ越しで見る大衆の人々には私とソフィアの存在を認識され辛くなるようにするつもりだが、あくまでもされ辛くだ。完全に認識されないとなると、色々とおかしな事になるのが目に見えているからな………


例えば、水玉コラという奴がある。水着の女の子の写真の水着部分を、水玉とは言うものの水玉の部分で隠さず、玉をくりぬいた枠の部分で隠すというコラージュの一種なのだが………これをすると、人間の脳は隠された部分に水着が存在している事を認識出来ない為なのか何なのか、その写真の女の子が全裸に見えるのである。


これを『プレグナンツの法則』という。これは、自分の先入観に合わせて、見えていない部分を無意識的に脳内補完してしまう現象の事だ。先程紹介した水玉コラは、水玉の枠で隠されていない部分が素肌のみである事だけを情報として、勝手に隠されている部分を裸だろうと脳内で補完する事で生まれた、目の錯覚に近いモノだ。


この"勝手な脳内補完"、こいつが厄介なのだ。大衆に私やソフィアが一切認識されなくすると、人間の脳はその穴を埋める為に勝手に記憶を捏造し出す。そうなると、その隙間をどう埋めるのかは、当人にしか分からない。


だからこそ、認識され辛くしているのだ。完全に隠蔽すると、人間は勝手に補完する。なら、認識されているが、注目され辛くすればいいのだ。あれだ、路傍の石のようなものだ。確実に存在している路傍の石は、周囲の風景に溶け込んでいるわけでもないのに目に留まらない。私の認識妨害は、そういうイメージで行使されているのである。


何でこんなのを知ってるのかと言えば、それは当然、こうでもしないとアリスさんの真実の瞳のチェックを抜けないからだよ。あの瞳反則過ぎない?隠す目的のモノなら何でも無視してくるんだもん。まず初めっからアリスに注目されないような工夫をしないと隠蔽すら出来ないんだが??真っ向から受けて立つと確実に吹き飛ばされるから、わざわざ受け流してる感じなんですけど………何なら、最近だと隠蔽目的の認識阻害は通用しなくなって来たし。あれ絶対概念的な隠蔽を無視して来てるだろ。隠す関連の概念を用いた瞬間に破られる確定演出が始まるとか一体どうすれば良いんですか??そもそもの話、当のアリスさんが阻害してるモノを注意して見てれば、こんな認識阻害はマジで無意味だし………


いや、まぁ………味方なら頼もしいんだけどね?隠された遺跡とかも存在してるなら確実に見つけられるみたいだし、投入するだけで相手の隠密とか隠蔽とか全部無視してくれるし、真実を見通すという方向性で見るならこの子以上の逸材は神ですら居ないし。まぁそれはそれとしてアリスに負けるのがあり得ないくらいに悔しいから、アリスの瞳にも通用するような認識阻害能力は常に開発し続けるけど。


「ま、もう遅いの。諦めてその姿で行くんじゃな」


「いえまぁ、このまま行きますけれど………」


この部屋に来る前だったら幾らでも弄れたのに………くそぅ、ソフィアが朝に寝坊しかけたのが悪いんだよな。


「みなさーん、そろそろ時間ですよー!緊張せず、にっこり笑顔で、楽しんで行きますよー!着いてきてくださーい!」


そんな風にソフィアと話したりしていると、部屋の扉が勢いよく開かれ、1人の魔法少女が楽しそうにやって来た。その魔法少女は私やソフィアでも名前を知っているくらいに有名な、魔法少女ソプラノである。


魔法少女ソプラノは、ピンクと水色が綺麗に混ざり合った珍しい色の髪と可愛いらしい金色の瞳を持ち、何処ぞの清楚なアイドルのような服装の魔法少女である。その歌声を攻撃や補助に用いる姿は派手ながらも可憐で、そんな当人がアイドルのように振る舞って魔法少女の広報を行うものだから、本部の方から公式の広報担当魔法少女とされた子である。まぁイモータルによれば、本人もアイドル兼魔法少女というのに非常にノリノリらしいが。


そんなアイドル魔法少女が引率としてやって来たのだから、入隊間近の新人魔法少女達は先程以上にざわめき始める。


「ふぉー!魔法少女ソプラノじゃ!あのソプラノじゃぞ!のぉテア凄いぞサイン貰えるかの?!」


「まず入隊式でしょうがお馬鹿さん。行きますわよー」


うんまぁ、吸血鬼も騒いでるけど入隊式があるから、まずはそっち優先ね?


「サインなら終わった後でしてあげますからねー!まずは入隊式です!沢山の人に可愛いみんなの姿を見せてあげますよー!」


「よし行くぞテア!サインを貰うんじゃ!」


「め、目立たないでくださいましね?」


「ふぉー!行くのじゃー!!」


テンション高過ぎて不安なんですけど………!


………と、割と不安になっていたものの、入隊式自体はどちらかと言えば学校の入学式のような雰囲気で、厳格ながらも魔法少女としての開始を歓迎されるようなモノだった。ちょっと特殊だったのは、入学式の雰囲気の中、新人魔法少女一人一人のアピールタイムというか、自己紹介のターンがあった事だろうか。


緊張でガチガチな子も居たり、特に緊張せずに自分がどんな魔法少女かを話す子も居たりと、側から見ている分には中々に微笑ましい光景だった。自分もやるんじゃ無かったら微笑ましかったんだけどね………流石に、私1人に注目されているタイミングで認識阻害しても無駄だからなぁ。どんな路傍の石でも注視されたら気が付かれるんだわ。


私の自己紹介はまぁ、一言二言。自分の名前を言って、あまり表には出ませんよ、的な事を言って終わった。ソフィアの自己紹介も似たような感じだった。









入隊式から3日後の夕方頃。いつもと同じようにニ型世界の自室でゆったりしている時、私はうちの子達からとある報告を受け、少々困惑していた。


その報告をしてくれたのは、ニ型世界における異界の探索及び精査を目的としていた子達の中でも、負の感情エネルギーを元にして生まれ出でる魔物達が住まう異界、地獄の調査を行っている子達であった。


「はい………?異界に人間が………?」


その報告内容とは、『地獄に人間の反応あり』というモノであった。そしてそれは、私を困惑させるのに充分な報告だ。


まず前提として、人間は感情エネルギーと呼ばれる力を放出している。別に人間だけでなく、知的生命体且つ感情を保有する生命体ならどんな姿形であろうと感情エネルギーは放出しているが、私が今まで見てきた中で最も感情エネルギーの放出率が高かったのは人間なので、ここでは人間特有の能力として扱う事にする。


このニ型世界ではその感情エネルギーが変換されたモノを魔力と呼び、それを用いて魔法を行使する少女らを魔法少女と呼んでいる。魔法を扱う資格を持つのが少女のみなのは、思春期の少女の精神や感情が不安定であるからだ。プラスであろうとマイナスであろうと、感情が大きく揺れ動けば動く程に、感情エネルギーは発生するのである。


また、感情エネルギーには二つの種類が存在しており、マイナスからプラスへと向かう感情から生まれる『正の感情エネルギー』と、プラスからマイナスへと向かう感情から生まれる『負の感情エネルギー』の二つが確かに存在している。端的に言うなら、正の感情エネルギーは楽しさや喜びで、負の感情エネルギーは怒りや悲しみのようなもんである。


そして大半の人間は、この"感情エネルギー"とやらをあまり溜め込むことが出来ない体質である。無駄にエネルギーを生成して溜め込まずに放出している訳だ。しかしこれは、決して感情エネルギーを"溜め込めない"のではなく、どちらかと言えば"溜め込まない"為の仕組みであるらしいのだ。


人間があまりにも感情エネルギーを溜め込むと、精神を病みやすくなる。これは、正気が削られて精神力が減少するというより、精神力の最大値が削られるイメージだ。精神力の最大値が減ることで、正気を失い易くなるのである。


だと言うのに、負の感情エネルギーによって構成された異界の中に、魔物が巣食う地獄の中に人間が居る?そんなもの、精神を全て削られてもおかしくないぞ。そもそもの話、魔物が蔓延る地獄に行っても、人間なんか生態ピラミッドの最下層だぞ。生き残れる訳が無い。


「ふむ………」


もしかして、以前襲われた魔人の関係者だろうか。魔物と無理矢理融合する事で力を得るあの力は、確かこの惑星に存在する悪の秘密結社みたいな奴らの関係者だったが………そういえば、融合元となる魔物をどうやって工面しているのかを調べた記憶が無いな………


いやまぁ、負の感情エネルギー由来の生物と融合する技術の方に目を向けていて、その材料は気にしていなかったからなぁ。そもそもの話、この惑星で暗躍しようがしまいが私は異世界の住人なので、そこまで関係ないし………何か影響があるなら殲滅するけど。


「まずそもそも………あの時、どうして超人部隊が狙われたのかしら?」


私としてはそこも気になる。確か、1人だけ捕縛した魔人は尋問の前に自死していた………というか、活動限界を向かえて細胞が自壊していたから、何かしらの情報とかを抜き出した記憶が無い。あの時は割とどうでも良い相手だったから、尚更調べる事もしていない。


………ふむ、魔法少女としての仕事は基本的に回されないと本部の人に言われているが、どうせだから悪の秘密結社についての情報でも本部の人に教えてあげよう。そして詳細な内容を教える為にも、ついでに言うなら最近割と暇だし、地獄に居た人間を追いかけることにしようではないか。


「………あ、これ美味しい」


食べていたミルクソフトクリームがしゃりしゃりで美味しい。これはアリスにも分けてあげよ。

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