まぁこれ、一時帰宅みたいなもんですけどね


異世界転移の準備を着々と進めたりした日から1週間後の2月9日。私はこの日、遂に異世界へ帰還する事になったのである。勿論、私と同じように異世界転移してきた紫悠ともしっかりと話し合い、一度元の世界に帰って学生生活を送れるような準備も整えた。主に制服とか荷物とかだ。いや、ねぇ?私はもう2年もこの世界で過ごしてるし、紫悠だって1年はこっちで過ごしてるんだぜ?まぁ当然その間は制服とか一切着てない訳で。


「くっそ慣れねぇ………」


「私も慣れねぇよこんなん」


私と紫悠は同じブレザータイプの学校指定の制服を身に纏い、互いに襲われる違和感に唸っていた。いやね?ほぼ2年ぶりに着る制服なんだよ?慣れてる訳なくない?この2年もの間、私はずーっとメイド服っぽいカラーリングと形の動きやすくて締め付けられないゆるーい服を着てたから、きっちりとした制服は尚更慣れない。まぁそれは紫悠も同じらしいけれど。


ちなみに。


「くそ………下着に慣れ過ぎてて違和感がエグい………」


ここはまだ異世界なので、私は男性用のブレザーを女性の身体のまま着ていたりする。それに加え、元の世界に戻ったら即座に男へ戻る為、女性用の下着ではなく男性用の下着を着けている為、ブラジャーをしていない。2年も着ていたらそりゃあ慣れる。しかしその慣れが今仇となっている。あまりにもブラジャーに慣れ過ぎて、着けていないだけで違和感がエグい。普段は靴履いてるのに靴履かずに外歩いてるみたいな違和感だ。耐えられなくはないが、何というかくるちい。


「仕方ない………権能展開………」


もう違和感ありまくりなので、無駄使いなのは百も承知で権能を使って悪魔を創造する。ブラジャーの形をしている悪魔だ。バリバリに生きている。これがえっちなトラップダンジョンにあったら触手服とかそういうジャンルのアレだが、生憎とこれは私が作ったブラジャーなのでそういう展開にはならない。男に戻ったら魔力に還元されるようにしておいたので、女性用下着を付けた変態みたいな事は言われないだろう。多分。


「そういやアリスさん達は?」


「あー………まぁ、今回は元の世界に戻って学校行くだけだし」


「あそこでめっちゃ羽交締めされてるアリスさん連れてかないのか………」


「よし、ナイスだマイドーター。そのままアリスの確保を頼んだぞー」


ちなみに今の私と紫悠が居るのは、冒険者ギルドの地下室(私専用の部屋)だ。そんでアリスは部屋の入り口でレイカに羽交締めされている。ま、ここは元から私の貸し切りみたいな部屋なので存分に活用させてもらおう。いやまぁ、貸し切りみたいになったのは私の魔法のせいだけども………それにまぁ、異世界転移は未だに使ったことのない魔法だ。もしかしたら使った瞬間に物凄い爆発を起こしたりするかもしれないので、防衛機能が無駄に高いこの地下室を使っているのである。まぁそんな事にはならんと思うが………流石に、万が一ってのがあるのでね。


何度も言うが、私は所詮一般人だ。こうして権能を扱えるようになったとしても、それは決して変わらない。世界にその名を残した天才達のように、全てを一から作り出すなんて事は不可能だ。あくまでも、私の異世界転移術式は、この世界における空間転移の特性の『転移先との縁』『転移能力と時間同期能力』『魔法発動に必要な魔力』と同じじゃないのか?という推測の元、成り立っている理論なのである。


もしかしたら見当違いの理論かもしれないし、根本的に間違えているかもしれない。過去の人々が研究してきた成果のデータを趣味で集めて、偶然にも出来そうだと思ったからしているだけだ。無論、成功して欲しいとは思っているし、失敗するとは思っていないが………だからと言って、転移に際して何も起きない保証は無い。転移先が爆発する事もあり得るだろうし、転移前の場所が爆発するかもしれないのだ。


何が起こるか分からないからこそ、こうして防御面で私が一番安全だと思える空間に来ている訳である。なんかもう改良に改良を重ね続けた結果、世界的な防御の中でもトップクラスを争える程の防御能力になったこの地下室。ここは私が一番信頼している場所であり、何よりその防御能力の詳細な内容を一から百まで理解している場所でもある。故にこうして信頼し、信用しているのだ。例え何が起こっても被害は広がらずにいられるだろう、と。


いやね?だって今のこの地下室、私が全力の魔法ぶっ放してももう壊れもしないからね?ビーム系の連射できるタイプの魔法を数時間撃ち続けてもビクともしないからね?ちょっとくらい表面は焦げてたけどさぁ。むしろそれだけなんすよ。しかもまーだ強化されやがる。最近だと外側からの攻撃にだって対応できるようになったらしい。いやまぁ、私の魔法だと威力が高過ぎるし魔法破壊効果があるから防ぎきれないらしいけれど、でも普通の魔法なら完璧に防げるらしいし。自動修復機能とかも、なんか修復に必要な重要機構の8割以上を破壊されない限り無制限に修復し続けるとかいう訳わからん性能発揮してるし。なんかもうここなら大丈夫でしょという信頼しか無いよね。


「観測悪魔アップデートは正常稼働中………で、転移用空間悪魔融合体は………準備OK。魔力の方も………うん。世界を塗り替えるのだって大丈夫な程度にはある………縁も、多分、ある………ヨシ、準備完了」


「よく分かんないけど行けそうなん?」


「まぁ、多分?」


ちなみに、紫悠に対して権能云々の話は別にしていない。わざわざそんな話する必要も無いからだし………何よりこいつ、なんか普通に権能を使えそうで怖いんだよな………まぁそもそもの話、権能の技術は私絶対教えないけどね。て言うか私、権能関係の記憶だけは読心とかに類する思考盗聴系の能力とか、とにかく私の記憶を読み取るタイプの干渉で内容を読み取れないように細工してるし。権能についての記憶を他者が覗くと『悪魔』と『器用』って文字の羅列しか見えないようにしてるんでね。私と同じ『悪魔』と『器用』の権能の持ち主じゃないと理解など出来ないだろう。


これは私の権能が二つあり、且つその二つの権能がさして関係の無い概念同士である事を利用した、一種のカギのようなモノだ。恐らくというか、多分確実に他の神様も使える手法である。自身の権能を用いて………あぁ、『封印』という言葉が一番分かりやすいだろうか?私と同じ権能を持つ者以外には解放できない封印を、私は記憶にかけている訳である。そうすれば、権能を扱えない存在に記憶は決して覗けないし、例え権能を扱えても私と全く同じ権能を持たなければ覗けもしないのだ。


「んー………よし」


時間同期、観測悪魔アップデートは………良好。空間悪魔融合体の調子も、OK。エネルギーも………うん、権能の全力行使一回分で計算してるのに、桁数が既におかしいくらいには魔力がある。そして、要の縁もバッチリだ。不足は無く、無駄は少ない。流石に初めて使う魔法の魔力を削減するのは難しいとかじゃなくて無理なので、多分魔力消費はかなり激しいだろうが………大丈夫だろう。多分。


「んじゃ、特にイベントとかもないし………うん、帰ろっか」


「おう、任せた」


「ういー、任されましたよ、っと」


そうして私はこれと言った覇気も無く、壮大な演出も無く、大層な詠唱など無く、普通に異世界転移を行使したのだった。


















……


………



「っ、と」


「おわっ、とと」


私が世界間の転移を行使した次の瞬間、特に何事もなく、私と紫悠は元の世界に帰還していた。私が転移先に指定していたのは、私の家の近くの空き地。一応人に見られても大丈夫な魔法を使ってはいたが、だとしても物理的な接触は避けられないからな。その辺りに配慮して、人の居ない場所を指定させてもらった。


「戻ってきた、かな?」


久々に亜空間の中から取り出したスマホで時刻を確認すれば、それは私と紫悠が異世界転移したのとそう変わらない程度の時間。高校のホームルームが始まる数十分前。日付も第四アップデートで確認したが、私達が転移したその日のまま。つまり私の時間の流れが違う理論は間違っていなかった、という事だろう。よかったよかった。この推測が外れて同じ時間が流れてたら、私と紫悠は高校2年間近くを失った訳だからな。危ない危ない。


「とりあえず………あー、もしもし?」


私は、とりあえず事前に決めていた手筈通り、手に持っているスマホから電話をかける。


『あ、もしもーし。そっち着いた?』


「うん、何事もなかった。レイカの方は?」


『こっちも特に無し!普通の転移と変わらないねー。あ、でもちゃんと戻って来てねー?アリスお姉ちゃんが拗ねちゃうから』


「分かってるって」


電話と言ったが、これは実際の所魔力線マジックラインの上位互換である異界アナザーワールド魔線・マジックラインである。本来の使い方としては魔界という異界に存在している契約悪魔との連絡で用いる魔法だが、効果としては"異界とパスを繋ぎ念話を行う"という効果の魔法なのだ。なら異世界でも繋がるだろうという事で、異界アナザーワールド魔線・マジックラインを通じてレイカと話しているのである。世界間念話の魔力消費はかなりのものだが、今の私にしてみれば微量も微量。念話をしているだけなら回復量の方が上回っているくらいである。


ちなみに、スマホを使っているのはただの見せかけである。側から見れば誰かと話してるのかなーとしか思われないし、結構良い案だと思うのだが。


『んじゃ、また後でねー!』


「うーい」


その辺で、通話というか異界アナザーワールド魔線・マジックラインを切る。これで世界間でも連絡は出来たし、何より観測悪魔アップデートの時間同期システムが正常に作動しているのが把握出来た。なんせ、時間が同期していないと念話なんて出来ないし。研究資料の中でそういう、時間停止中の念話とか、時間加速中の念話とかみたいな、時間属性で時間を弄りながらの念話みたいな実験の結果があったから分かっていた。


まぁつまり、ああやってレイカと念話が出来るという事は、時間の流れが同期しているのを示すのだ。念話の最中だけ同期している可能性もあるが、それは多分無いだろう。こっちの数分があっちの数年の流れだったのだから、数秒だとしても数ヶ月にはなるだろうしな。レイカが特に言及してなかったから恐らくは大丈夫だろう。後、忘れないうちに男に戻っておく。これから即座に学校行くしな。


「うし。とりあえず懸念事項は何とかなった………」


「こっちも確認したい事は終わったぞー」


「じゃ………学校行くかぁ」


「あっこれ、時間ヤバいんじゃないか?」


「まぁ任せておけよジョニー………こちとら異世界転移を済ませた男。テレポートなぞ朝飯前よ!学校近辺に転移してやろう!」


「見られたりしねぇの?」


「安心するといい………死角というのは多く存在するモノ………私達の姿を透明化するのは勿論、音も完全遮断………そしてっ、転移先候補に存在する視線及び視界をゲームのように可視化!転移先候補の視線と視界が切れた瞬間に転移する!自転車の用意はいいか?!」


「今日の葵はテンション高い」


「まぁ色々と成功したんでね!異世界転移とか!」


ちなみに音属性の魔法で防音してるので近隣の迷惑にはならないぞ!うるさくないぞ!ついでに私と紫悠の転移の瞬間を見られないように既に光属性で光学迷彩もしてるぞ!


「っ、今!」


そうしてタイミングよく転移した先は、高校手前の道路の端。可視化した視線と視界の中、こちらを誰も見ていない瞬間に光学迷彩と防音をやめ(元から人の居ない場所を選んでいるので見られる視界も視線もゼロに近かったが)、私と紫悠は何食わぬ顔で高校への道を進み始めた。勿論、2人とも自転車に乗って。


「あっこれ、自転車乗るの久しぶりだから、慣れねぇ」


「えー、紫悠君はこんなのも出来ないんですかー?(←『器用』の権能を使って忘れかけてた自転車に乗る時のバランス感覚を補正している)」


「お前許さんかんな」


「魔獣に乗ってたからー、感覚が鈍っちゃってるんですねー。ぷぷぷー(←自転車を自分で漕ぐのが面倒だから『悪魔』の権能を使ってペダルを動かすモーターみたいな悪魔を作って漕いでるように見せかけてる)」


「くっそ………あーもー慣れない………」


「やーい。ざーこざーこ(←ついに操縦も生み出した悪魔が自動でするようにし始めた)」


「聖女のくせに」


「聖女じゃないんだが??」


むしろ悪魔なんですけど。正反対も正反対なんですけど。まぁ改めて実績確認したら【器用貧乏】の方が先にあったっぽくて、本来は『器用』の権能の方が私の主な権能になる予定だったのでは?とか、悪魔を召喚したりレイカが生まれたり悪魔になったりしたから『悪魔』の権能の方が主な権能になったのでは?とか色々あるけれど、兎に角私の性質的には悪魔なんですけど。


まぁ、そんな感じに。


「あっやべ、弁当忘れた」


「あっ………後でミナにパンとか貰うかぁ」


私と紫悠は、帰ってきて日常を味わうのであった。

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