執事の服は燕尾服なのにメイドさんの服はメイド服なのは何故?
倉庫に辿り着いた私は、右手の甲に刻まれている隷属印に魔力を込める。悪魔の羽と契約を意味する鎖の形で構成された隷属印に魔力が注がれていき、これで召喚の準備は完了する。
「バティン、召喚」
炎と共に現れるのは勿論ながらバティン。普段ならこいつの戯言も聞く所だが、今そんな余裕は無い。
「我が主よ………ふむ、その姿はなんだ?悪魔、か?」
「えぇ、
バティンは私を見る。上から下まで、頭の天辺から足の指先までを舐め回すように見る。どうでもいいがそれは私以外にやったら普通に犯罪だからやめた方がいいと私は思う。まぁ特に言わないけど。
「ふむ、ふむ………素晴らしいな。我の伴侶となる覚悟が出来た、という事か?」
「んな訳無いでしょう。とりあえずさっさと設定を覚えてもらいますわ」
「ふむ、設定とは?」
「貴方は
これも前から考えていたものだ。本音を言うなら目の前の青白い肌をしているコイツにこの姿を見せる気は欠片も無かった。だって見せたら、暴走はしないかもしれないが対処に疲れるのが目に見えているから。でも今はそんな事関係無い。今はこの設定が1番合っている。その為にはこいつが必要だ。後で何されるか分かったもんじゃないが、別にそれくらい許容範囲内だ。
「なるほど、変装の為の演技、という訳か。………いいだろう。このバティン………お嬢様の執事として、全力を尽くさせて頂きます」
バティンは丁寧に、まるで本物の執事のように礼をする。しかも何処から持ってきたのか分からないが燕尾服を着用している。なんだこいつ執事の演技完璧かよ。
「それでいいですわ。設定としては、
「その前に一つだけよろしいでしょうか?」
「良いですわ」
「お嬢様のお名前を教えてはくださいませんか?」
「あぁ、言い忘れてましたわ。
「ありがとうございます、お嬢様」
「貴方、随分執事が板についてるわね。何か経験が?」
「以前、と言っても数百年前ではありますが、契約していた主が執事でしたので。覚えました」
「それは頼もしいですわね。執事の演技は貴方に全て任せますわ」
素人演技じゃ駄目なんだよな。本物を知らないと演技は成り立たない。その点、私の『お嬢様』って役にはこれ、っていう正解が無い。地域や時代によって変化するし、種族や人種にもよる。性格だって成長してきた環境によって大きく変化するもの。当たり前だ。『執事』は職業だけれど、『お嬢様』はそうじゃない。役職でも職業でもない、言うなれば概念のようなものだ。だからこそ私の素人演技でも出来るのである。
「あぁ、それと。貴方は欲望を抑えなくてよろしい。
「………それは、本当によろしいのですね?」
「えぇ。だって、その方が悪魔の主従らしいでしょう?悪魔とは己の欲望を貪って生きる種族。なら、欲望垂れ流しの主従の方がそれらしいではありませんか?」
「なんと………お嬢様は心の底から悪魔へと転じたと?」
「えぇ、全て。まぁ元には戻せますけれど」
「ちなみにお伺いしたいのですが、お嬢様の欲望は?」
「戦いと勝利ですわ。ですから、あまり誘うような言動はよしてくださいませ。………正直。貴方は強そうで、抑えが効かなくなってしまいそうですの」
そう、そうなのだ。さっきから、私の全てが目の前のこいつと戦いたいと叫んでいる。私と同等の強者、自身の肉体や精神を把握し切った今だから湧き上がるモノ。でも今はそんな暇、無い。
「それは、それは。お嬢様、あまり無理をなさらぬよう。欲望を抑え続けると暴走してしまいますので、ご注意ください」
「分かってますわよ、それくらい。適度に身体を動かして発散しますわ。戦いは満たせずとも、勝利くらいなら簡単に満たせますもの」
「いざとなったら私めと」
「………貴方、そうやって
「ふふ、失礼をば。ですがお嬢様が抑えずともよいと言っておりましたので………」
「えぇ、えぇ。分かってるから自分に呆れてるんですのよ。………本当に駄目そうなら、その時はお願いしますわ」
「えぇ、承知しております。私めはお嬢様にお仕えする従者。ならば主の欲を満たすのも私めの役目。お嬢様が満足する戦いをご提供致しましょう。勝利は………ご自分で掴み取ってくだされば」
「………もう!あー、もう………!あぁ………抑えなさい、キングプロテア・スカーレット………今は駄目よ、駄目………きひっ、駄目、だめですわ………ふふっ」
落ち着かなければ。戦いたいと叫ぶ心を、勝利を貪りたいと嘆く心を、落ち着かせなければ………
「ふー、はー………バティン、今はちょっと自重してくださいまし。とりあえず、一回戻しますわ。それでもう一度後で召喚いたしますから………貴方の演技、期待してますわよ?」
「ご安心ください、お嬢様。これだけならば朝飯前、というものでございますとも」
「貴方、割とそういうの覚えましたわよね………」
「お嬢様がご連絡なさる時に使っておりましたし、お嬢様自身がご説明なさるではありませんか。そんなの覚えてしまいます」
「まぁそりゃそうですわよね………」
暇つぶしにバティンと会話してる時に覚えたのか………解説も、したなぁ。バティンが質問してくるから良い気分になって解説しちゃってたかも………私、ちょろいなぁ。
「ちなみにお嬢様、対価の方は」
「あー………後で、悪魔の姿のまま自由にさせてあげますわよ。それでよくて?」
「えぇ、恐悦至極の極みと言えるでしょう」
「まぁそれはともかく、後でまた呼びますわね。任せますわよ?」
「お任せください、お嬢様。完璧にやり通してみせますとも」
私はその言葉を聞いてから、一旦バティンを帰還させ、そのまま誰にも見つからないタイミングを見計らって自室へ戻る。かかった時間は10分くらいだから、余程の事がない限り変化は無いはず。
「戻りましたわ」
「テア、お帰りなさい。用事は?」
「終わりましたわ。アリスはもう休んでもらって構いませんわよ?」
「ふふ、まだまだいけますよ」
「そう?」
まぁ、アリスがそう言うなら別に良いけれど。無理だけはしないでほしい。それで損をするのは私だから。
「それでマスター、は………」
マスターの方を見ると、妹様の隣でぐっすり眠っていた。
「スープを飲み干したら安心したのか、糸が切れるように眠りについちゃいましたよ」
まぁ………仕方ないか。私は2人の事情をあまり知らないというか殆ど知りもしないで助けたけど、きっと2人にとって今日は濃い1日だっただろうし。そもそもマスターの方なんか死にかけてるからな。肉体疲労は治療の時に無くなっていたとしても精神疲労まで治せる訳じゃ無いから、むしろこうして眠ってくれた方が良かったかもしれない。
「………2人にはお風呂に入ってもらうつもりだったのですけれど」
「あぁ、2人ともかなり血塗れですもんね。髪に着いてるのは割と固まってしまってましたが」
「………
お風呂に入った方が精神疲労の回復効果は圧倒的に高いのだけれど、汚れを落とすならこの魔法が1番早い。あのベッド一応私とアリスが普段から使ってるやつだからあんまり汚してほしくないってのもあるけど、血塗れの状態で眠って良い夢が見れる訳がないんだよな。………普通に眠っても悪夢とか余裕で見そうだけど。生憎と夢属性なんてのは無いからどうにもならない。いやまぁ放射線属性みたいに誰も発見してないだけなのかもしれんけど、今この瞬間に見つかっていないなら意味無いんだよ。
「まぁ、いいです。
「ベッドはちょっと狭いですけどね」
「仕方ないと割り切りましょう。
そのまま私達はお昼寝をしたのでした。まる。
次の日の7月29日。元の世界だと七福神の日とかなんとかいう日らしいが、この世界だと全員居そうだよなぁとは思った。恵比寿は商売と豊穣の神で、大黒天は食物と財福の神。毘沙門天は福徳と戦いの神、弁財天は音楽と弁才と財福と知恵の神で、福禄寿は長寿と福禄の神、寿老人も長寿の神、布袋は財の神。なんか割と居そうじゃない?少なくとも性別と生命の神様は確認出来てるんだから居そう。というか性別の女神様が居るなら大抵の神様居そうだけど。
「おはようございますわ、マスター、妹様」
「ん、ん………あれ………?」
「おね、ちゃん………」
マスターは私が身体を揺らすと目を覚ます。が、その状況に困惑しているようで。まぁスープ飲み終わったら爆睡キメるとは誰も思わないよね。そして妹様はまだ夢の世界に居られるようで、寝言を言ってるっぽい。夢の中でもお姉ちゃんって言ってる妹様可愛いなぁ。
「あか、るい………?あれ………私、スープ、飲んでた………よね………?」
「マスターは寝落ちしましたわ」
「寝………落ち………?何………それ………」
「何かしらの物事の途中にいつの間にか眠ってしまう事ですわ。昨日の昼頃、スープ飲んでからぐっすり爆睡しましたわ」
「うそ………」
「嘘なんて付きませんわ」
付いたところでアリスにバレるので私は基本的に嘘は付きません。だからって本当を言うとも限りませんが。
「恐らく、マスターが思っていたより疲労が身体に蓄積していたのでしょう。安心したら気が抜けた、ってやつですわ」
「そ、っか………夢じゃ………ないんだよ、ね?」
「これが夢ならマスターは随分と素晴らしい夢でも見ているのでしょうね。具体的に言うなら
「しないよ………夢じゃないんだ………」
「そう言ってるでしょうに」
私がそう言うと。
「うっ、ぐす………」
マスターが泣き始めた。やべ、言い過ぎたかな。………もし私のせいだったら土下座して謝ろう。
「ま、マスター?どうしたんですの?」
「ぐずっ………私、生きでる………マリーも無事………うぐっ………死んでない………怖かった………」
………あぁ、そういう感じの涙だったか。確かにまぁ、マスターが死にかけた経緯とかは良く分からないが、マスターが死にかけたという事は事実。私相手にテレパシーを無意識的に送信するくらいには必死に生きようとして、それでも自分より幼い妹を助けようとして、悪魔である私に助けられて、そのまま勢いで妹と一緒に助けられて、スープ飲んで、それで寝て起きて………この一連の流れが夢じゃないって気が付いたら………そりゃ泣くわ。しかもマスター14歳だぞ?元の世界基準なら大体中学生くらいの子だろう?高校生な私がいう事じゃ無いんだけど。でも、何?そんな小さな子が、小さな腹に大怪我して?そのまま出血多量で死にかけて?自分の大切な家族を置いてけぼりにしかけて?その大切な家族すら失いそうになる?
「怖かっだ………全部無くなっちゃうのが………マリーを一人ぼっちにずるのが………死んでない………生きてだ………ぐすっ………」
まぁ、そんなの。普通に泣いちゃうよね。
「………マスター、マスター」
私はマスターの側にまで近寄って、そのまま頭を撫でる。ベッドの側から手を伸ばして、触り心地の良いマスターの白髪に触れて、そのまま優しく頭を撫でる。
「貴女は頑張りましたわ。妹様の為に全力で、生き残る為に全開で。その結果は、きっと良いものになりますわ」
「ぐずっ。良くなる、がなぁ………?」
「なりますわ………なりますわよ。マスターの努力は報われます。命を賭けてでも守ろうとしたのだから、きっと。報われなかったら、それは世界の方が悪いですわ」
「ふふっ………そう、かなぁ………?」
マスターは少しだけ笑う。その顔が綺麗で、その瞳が美しくて、私は言葉を続けてしまう。マスターは泣いているより笑っている方がそれっぽいから。まぁ白髪美少女の泣き顔なら割と誰だって可愛いけれど、私の好きな泣き顔は悔し涙であって、悲しみの涙は別に好きでもなんでもない。
「えぇ、えぇ。世界は正しくなんかありませんもの。正しいか正しくないかを決めるのは知性あるモノであって、世界なんていう会話すら出来ない存在如きではありませんの」
マスターの頭を撫でる。優しく、まるで慈しむように。
「ですからきっと、マスターは報われる。………いえ、いえ。
「えへへ………ありがとね、キングプロテアさん………」
「テアでいいですわ。貴女は
「そっか………テア………」
「なんですの?」
「ありがと………」
「ふふ。どういたしまして、ですわ」
そうしてその状態のまま、妹様が起きるまで私はマスターの頭を撫で続けたのでした。
マスターと妹様を連れ帰ってきてから既に1週間が経過した8月6日の日の夜営業。私は新しく店員になった2人を見ながらちょっとだけサボっていた。
「アオイさん働いてください!!」
「アオイお姉ちゃん働いて!!」
「えー………」
新しく店員になったのは、私のマスターであるシャルティナちゃんと、その妹様なマリエットちゃん。14歳と10歳の白髪と銀髪の美少女姉妹は既にお仕事に慣れたらしく、仕事の合間に私に仕事をしろと催促してくる。2人がこうしてこの宿屋で働けるのも、全てこの街の衛兵が実に有能だからだ。なんと次の日、つまりマスターの頭を撫でたりしている日の昼頃には既に事件を解決したのだという。TRPGとかRPGの警察とか衛兵とかより圧倒的に有能過ぎて私は泣きそうだよ。
事件の真相と顛末はアリスが仲の良い衛兵さんに全て聞いてきた。まずはマスターと妹様を監禁していた貴族だが、邪神とか言われてるやべーやつを召喚する為に、なんとびっくり20年以上掛けて地道に生贄を捧げてきていたらしく、事件当日の時点で残り1人から2人程度の命が失われていたら邪神とかいうのが召喚されていた可能性すらあるらしい。即ち私があそこでマスターを助けていなければヤバかったかもしれないと言う事だ。何でマスターはそんなギリギリを生きてたの?
その邪神召喚の儀式をしていた貴族は長年に渡って無辜の人々の命を奪い、邪神召喚の儀式なるものの為に命を弄んだという事から、斬首刑が決定して既に死んでいる。しかも屋敷の人々も大半が邪神を崇拝する人々だったらしく、あの屋敷は半ば狂信者達の集いだったとか。怖っ。
「アオイさん働いて!手が足りないんです!」
「アオイお姉ちゃん!サボらないで!」
ま、そういう事なので2人は既に安全なのである。状況が安全になったら私のものよ、という事で。どうせだから一緒の所で働かない?って勧誘したらちょっと躊躇しつつ肯定してくれたのでミナと店長さんに良い子達拾ってきたよーって教えて働かせられない?って言ったら普通にOK出されたので、マスターと妹様は孤児院からこの宿屋で働くことになった。っぱこういうのはノリと勢いっすよ。
まぁ、うん。
「「早く働いて!」」
なんかもう既に馴染んできてるよね。うーん、私が2人を助けたんだけどなぁ。アリスみたいに優しくない………いやまぁ、私の仕事量自体は減ったから良いんだけど。
マスターと妹様にはこの1週間、執事verのバティンを紹介してお世話係兼護衛として側に居てもらった状態でお仕事をしてもらっていた。貴族は既に死んだものの、その関係者とかが2人を襲わない可能性が無いとは言えないので、一応守ってもらっていたのだ。マスターにはいざとなったら私を召喚してくれて構わないと言っていたが、特に何事も無く1週間過ぎたので既にバティンは帰還させてある。ただし2人には、マスターとの契約で作られた魔力パスを通じて私の第二アップデートである自動防御が遠隔発動するようにしてあるので、バティンが居ない今でも2人は守られている。まぁその事実を本人達は知らないのだが。
ちなみに、これも悪魔炉心のおかげだ。正直2人分追加して魔力を供給するのは以前の私なら無理だった。遠隔発動って時点で魔力消費が上がっているのでね。しかし今の私なら余裕も余裕よ。マスターと契約してるのも合わさって私が使うのと同程度の魔力消費で済むんで。
「あー、はい、分かりましたー」
ちなみに2人にはこの人間の姿を既に見せている。というか目の前で変身してやった。なので2人は、悪魔の私が本当の姿で、人間の私が偽物の姿だと思っているらしい。まぁどっちが本物でどっちが偽物だろうが私は私なので別にどう思われていてもいいのだが。
そうして新しい従業員であるマスターと妹様に色々と言われながらも、その日はやるべき仕事をテキパキと終わらせてから眠りについたのだった。
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