テレパシーって実際に使えたら便利そう………使いたい


ビリーさん相手に腕相撲で勝利した次の日の7月28日。私は昨日と同じく、悪魔変転デーモン・トランスを使い、キングプロテア・スカーレットの姿で街中を歩いていた。


「テア、今度はあっちに行きましょう?」


「えぇ、分かりましたわ」


何故この姿でいるのかと問われれば、答えは単純。昨日、うっかりキングプロテアとして店に帰還してしまったのである。ミナや店長さん、宿屋に宿泊するお客さんなどには見られなかったが、部屋の中に居たアリスには見つかってしまったのである。そうしてアリスに『明日テアの姿で街を回りませんか?』とか言われてしまったので、普通にOK出して一緒にお出かけ中なのだ。


「それにしても、びっくりです。テアはあまりその姿にならないので、てっきり何か、なりたく無い理由があると思っていたんですけど………」


「特に理由とかありませんわね。なる機会も必要も無かっただけですわ」


じゃあ腕相撲はいいのかって?いやまぁ、あれは単純に思い付きだったというか、なんというか………許して欲しい。誰に謝ってる訳でもないけど。


「でも、大丈夫なんですか?指名手配とか」


「アリスが捕まっていないなら、きっと平気ですわ」


アリスと共に過ごすようになってから、既におよそ7〜8ヶ月程。これだけ長い期間、アリス1人を自由にやらせていたのに、攫われたり拉致されたりも特に無かった。冤罪で捕まるような事もなければ何がある訳でもなかった。少なくとも、『松浦葵』という一個人に対してそのようなコンタクトは一切無かった。アリスがレイカとフェイと居る時には色々とトラブルがあるらしいけど、私はそんなの遭遇した事無い。ならなんかもう別に良くない?こっちがこんなに慎重に隠れてるの馬鹿みたいじゃん。思考誘導されてる気もしなくもないけどなんかもう良くない?我慢いくない!ストレスフリー万歳!


「でも私、ちょくちょく襲われますよ?」


「………まぁ、わたくしは襲われていませんもの。それだけ分かれば充分。それに今回のお出かけだって、思考を割く必要のあった事柄が、本当に思考を割く必要が無いのかの確認作業でもありますの」


「なるほど、試金石みたいなものですか」


「そうですわね」


「………うーん、なんか悔しいですね。私とのお出かけが仕事みたいで………」


………これ言ったらアリス、興奮しそうだなぁ。それで私はまた強制的に走らされるんだろうなぁ。でもま、今の身体なら走っても平気か。言っちまおう。


「………それなら、わたくしが仕事だと思わないくらい楽しませてくださいまし」


「!なるほど!了解です!」


「あぁアリス、速、くはないですけれど落ち着いてくださ──まぁ聞こえてないですわよね、知ってますわ」


私の放った一言でアリスが走り始めてしまった。うーん、予測可能回避不可能とはこの事か。まぁ今の私の身体なら何も問題無いからいいけどさぁ。体力だけは人間の時の同じくらいだから許してくれない?あ、くれない。うーん、あんまりにも興奮し始めたら鎮静レストの魔法が火を吹く(吹かない)けど、まぁこれくらいの勢いならいつもの事だし………とか思ってるとさ、あれだね、アリスに毒されてきてるなーって感じるね。これが"慣れ"か………今思い返すと、私の元の世界の友人共は割と濃い面子だったなぁ。いやまぁ異世界で知り合った友人達も随分と濃い面子だけども………類は友を呼ぶとすると、もしかして私も濃い………?いやいや、そんなまさか。………無いよね?


「アリスー、手加減してくださいましー」


「テア!まずはあそこからです!行きましょう行きます!」


「あーれーですわー」


なんかアリスの興奮度合いに拍車がかかってる気がする。というかなんだ行きましょう行きますって。話し方私かよ。それにしてもなんて強引な誘い方、私でなきゃ見逃しちゃうね。見逃したところで死にやしないし割とどうでもいいけど。


「すいませんマチルダお姉さん!これとこれください!」


「お、アリスちゃんじゃないか!今日はその美人さんとデートかい?それとそれなら銀貨2枚だ!」


「了解です!テアは何か欲しいものありますか?!」


「えっ?えーと………それ、かしら?」


「ではこれも!」


「そんなら銀貨3枚だ!」


「はい、どうぞ!ありがとうございましたマチルダお姉さん!また今度来ますから!」


「良いってことよ!次来た時は安くしてやるからな!」


みたいなやり取りを何度もやりつつ、私はアリスに連れられたまま街中を走っていた。あっちに行ったらこっちに行く、それが終わったらそっちに行って………みたいなのをずっと繰り返して、最終的に辿り着いたのは公園みたいな所。子供達の遊び場と遊具のある憩いの場みたいなのがある所だ。宿屋からはちょっと遠いので利用した事は無いし、そもそも利用する気も無かったので初めて来たかもしれん。


「テア、テア!」


「はいはい、わかったから一度落ち着いてくださいまし」


アリスとは手を繋ぎっぱなしなので、一旦鎮静レストを起動して使用する。するとアリスは徐々にテンションが下がり、いつも通りの穏やかなアリスに戻った。


「………すいません、テア。久しぶりにテアと一緒にお出かけ出来るって思ったら、興奮してしまって………」


一度アリスから手を離し、頭を撫でてから会話を続ける。


「別にそれくらいなら良いですわ。それより、何故公園に来たんですの?」


腕組み、といってもがっつり組むようなやつじゃなくて、こう、クールな女生徒会長とかがやってそうな、両手で反対の肘を持つみたいな組み方の腕組みをする。昔アニメでそれを見てクール系の黒髪美少女生徒会長のキャラクターがやってたのがカッコ良過ぎて真似してたらなんか癖になっちゃって、普通の腕組みだと物凄い違和感あるんだよね。そもそも腕組み自体ほぼしないけど、元々クール系の美少女がやってた腕組みだし、キングプロテアとしての姿でやったら映えそうだからちょっと意識してやってみる。うむ、やはりこちらの方がしっくりくる。腕の収まりが良い。もしかしてこの特殊な腕組みは将来こうしてキングプロテアになる啓示だった………?ありえる(ありえない)。


「あぁ、それはですね。最近公園でアイスクリームを販売している露店があるんですけど、そこのアイスクリームがとっても美味しかったんです。だから、テアにも体験してほしいなぁ、って思って」


「なるほど、それは楽しみですわね」


食欲自体は皆無だ。それすらも戦闘欲と勝利欲に変換されているのだから当たり前だ。更に言うなら、今の私に食事など必要無い。悪魔は基本的に己の欲望を満たす事によってのみ活動可能なので。まぁつまり、自分の欲望を満たすことが本当に生きることに繋がるわけだ。私の場合、適当に戦って勝っているだけである程度生命維持が可能なのである。悪魔はどちらかといえば精神生命体に近い存在らしく、肉体は付随するものに過ぎないらしいからな。身体より心を満たす事が必要なのだろう。いやまぁ、アイスクリームは食べるけどね?食べる欲が無いだけで何も食べられない訳ではないから。


「私、ちょっとアイスクリーム買ってきます!テアはこのベンチに座って待っていて下さい!」


と言って、アリスはスタタタと素早くアイスクリームを買うために走り去って行った。一度鎮静レストを使用したと言うのにもう興奮しているらしいな。アリスらしいと言ってしまえばそこまでなのだが、なんか今日はいつもより2割り増しくらい興奮してるんだよなぁ。何でだろう。………私が原因とかだったりするのかな?これで違かったら私、自己評価高いただのマヌケなんだけど。


「………」


待ってる間、特にやる事も無し。大人しくベンチに座って空でも見上げてようかな………なんか今、唐突にダイソン球が作りたくなってきたな………私の攻撃魔法のイメージにダイソン球みたいなの使ってるだけに、こう、なんか………本物が欲しくない?流石にこの星を照らしてるやつにはやらないけど、どっか遠くの恒星使って作りたいなぁ。そうして手に入れた莫大なエネルギーを使って何がしたい訳でも無いんだけど………強いて言うなら、私が身一つで扱える魔力量以上のエネルギーを使ってみたいなー、くらいの欲望くらいはあるけども。でもなぁ、もう既に『悪魔炉心』のせいで馬鹿みたいなエネルギー溜まってるんだよなぁ。


そういやウロボロスメタル精製機構の話だけど、ちょっと確認したら後もう少し時間はかかりそうだけど、ちゃんと溜まりそうだった。よかったよかった。欠陥品で魔力が漏れ出てるとかだったらぶっ壊してたかもしれない。………まぁ、ちょっと自分の魔力回復量が怖いけど。いやまぁ、私の魔力量が現在1000を越えてるのも原因の一つではあるんだろうけどね。魔力マジで即座に全回復し続けるから、1秒につき500の魔力量がウロボロスメタル用にされていると考えると、この世界の時間では凡そ1日で1億2500万、10日では12億5000万も貯められることになる。そうなると、目標の50億まで必要な日数は40日となる訳だ。つまり1ヶ月とちょっとは大人しく待ちやがれ、と言う事である。普通に貯めていたらどれだけの時間がかかっていたことやら………考えたくもないな。悪魔炉心には感謝しておこう。まぁ実質私の心臓だけどな。


──死に、たくない…


そういや………って、え?


「………念話?」


なんか、脳内に直接声が聞こえてきたけど。一体何?誰かコンビニのチキンでも求めてるのかな………それにしては随分とおかしな念話だったけど。『死にたくない』って、何?


「テアー!アイスクリーム買ってきましたー!勿論ベーシックなバニラですよー!」


「えぇ、ありがとう………アリス、一つだけ聞いてもよろしいかしら?」


「?何ですか?」


「いえ………先程、わたくしの頭の中に声が響いてきたんですの。恐らくは念話に近いものですわ。アリスには聞こえました?」


「念話、ですか?ちなみにどんな言葉だったんですか?」


「死にたくない、ですわ」


「………私は聞いていませんね。ですが、どうしてでしょう?念話だったんですよね?それにその言葉………何か切羽詰まっている状況にある人からのメッセージ、と言う事でしょうか?」


「恐らく、そんな感じだとは思いますけれど………」


では何故念話を?しかも、私には聞こえてアリスに聞こえない理由は何?いや、いや。もしかしたら理由なんて無いのかもしれない。無意識的にやっただけの事かもしれない。そもそもの話、『死にたくない』なんて言葉が出てくる環境とはなんだ?一体どうしたらそんな単語が出てくる?


──悪魔、でも…いい…


まただ。今度は何だ。悪魔でもいい?今度は2回目だからある程度しっかりと声を聞けたけど、あれは確実に幼い子供の声だった。念話の声はその肉体で実際に発声できる筈の声がそのまま反映されるから、例え喉を潰されていようが声は出せる。だからこの声の主の身体がどうなっているかは分からない。


「テア、また聞こえたんですか?ぼーっとしていますけど」


「………えぇ。今度は、悪魔でもいい、でしたわ」


「悪魔でもいい、ですか………テアが悪魔だから念話が通じたんですかね?」


「まぁ、可能性としてはあるかもしれませんが………あくまでも可能性の範疇ですわね」


──何、で、も…する、から…


「それで、どうするんですか?」


「………特に、何もしませんわ」


「助けを求められてないから、ですか?」


「えぇ、えぇ。そうですわ。アリスが1番分かっているでしょうけど、わたくしは助けを求めらなければ特に何もしませんわ。だって、もし助けられたくないのなら、わたくしが悪者になってしまいますもの」


そうだ。私が助けを求められなければ誰も助けないのは、助けられたくないと思っている存在を助けたくないからだ。こちらにとって善意の行動であっても、相手にとっては悪意そのものでした、なんて事は世界ではきっとザラだ。誰かにとっての善意が誰かの助けになる訳じゃない。助けたからって絶対に救われる訳でもない。


──死にたく、ない…


………そう、そうだ。この声の主だって、まだ助けを求めていない。少なくとも、私は助けてほしいの声を聞いていない。


「………テアは、やっはり優しいです。でもそれ以上に、怖がりですね」


「そうですわね」


何も間違っていない。優しいかどうかは兎も角、私は怖がりだ。死にたくないから戦いたくないのが、人間の私だ。………今は悪魔だから人間の私何馬鹿言ってんだろうなって思うけど、その思考を理解出来ずとも納得は出来る。だって私の事だ。私自身の事だ。私は決してブレない。私は決して曲がらない。私は、私だ。心の底から変わっても、きっと………いや、いや。私は絶対に、変わらない。


──誰、かぁ…誰でも、いいから…


だから。


──私を…わた、し…を…この子、を…


私は。


──助けて・・・、よ…


「──アリス、助けに行きますわよ」


この声の主を、助ける。


「あれ。助け、求められましたか?」


「えぇ、ばっちり」


「何か手助けできる事は?」


「逆探知先の探索、お願いしますわ」


私は第五アップデートで得られた情報を手元に表示する。UWASウワスという超広域を把握可能な魔法を応用して、特定の魔力反応を逆探知した。魔法を使い続ければこれくらい、機能として組み込まなくても使える。少なくとも私を目標にした念話の魔力反応を知るくらい余裕だ。そうして逆探知した先にあったのは、この街の中でも貴族や金持ちなどが連ねる、所謂貴族街と呼ばれる所にある豪邸の一つの、地下室。具体的な地形を見るに、そこは牢屋のような場所らしい。鉄格子の小部屋が幾つも連なっている。そして、その鉄格子の小部屋の中に、相手は居た。


それは、1人の白髪の少女。美しかったであろう髪は血に染められて赤くなった、誰か。しかし私に助けを求めた誰か。私はそれだけでいい。私にはそれだけでいい。


「何がありますの?」


「んー………堅牢な守りというより、中にいる者を逃がさない作りですね。この白髪の少女が着けている首輪はこの部屋から出ると効果を発揮し、即座に電流を浴びせて装着者を気絶に追い込む魔法道具らしいです。その部屋から出た判定を行うのがこの地下室全体の魔法道具のようですよ?参考になりましたか?」


「後一つだけ。この首輪は破壊してよろしくて?」


「えぇ、破壊しても平気です。そもそも破壊される事を前提とされていませんし、テアならMICCミックで収納してしまえば終わりかと」


「そう………ありがとうございますわ」


しかし彼女は、絶望の淵で助けを求めた。死にたくないと、誰でもいいと、悪魔でもいいからと、この私に、助けを、求めた。そう、そうだ。私は求められた。私は助けを乞われた。それだけだ。理由なんてそれだけでいい。私はそれだけで助けられる。私はそれがなければ助けられない。


「もう行くんですか?」


「えぇ」


「私は待っていればいいですか?」


「アリス?着いてくるのはダメですわよ?」


「分かってます。でも、何かお手伝いできる事はありませんか?」


「………なら。アリスは今すぐ宿屋に戻って、大きなタオルと風呂の準備、暖かくて優しい食事の用意と、安心して眠れるようなベッドメイキングをお願いしますわ。ベッドはわたくしのものでよろしい。良いですわね?」


「ふふっ、はい。了解しました。すぐに帰って、ぜーんぶ準備してきますね」


………頼み事は、もう無いな。


「………アリス。では、わたくしはもう行きます。今日のお出かけ、とっても楽しかったですわ」


「ふふっ、私も楽しかったですよ!待ってますからね!」


「えぇ、えぇ。わたくしも直ぐに帰りますわ」


勿論、白髪の少女を助けてからだけど。


「それじゃ………行ってらっしゃいませ、キングプロテア様。怪我にお気をつけてくださいませ。ね?」


わたくしを誰だと思ってまして?………絶対に助けてきますわ。ついでに言うならその口調やめなさい」


「わかってますよ?それじゃ、また後で」


「えぇ、また後で」


私はそう言って、少女の元へと向かうのだった。

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