幕間 side岩井紫悠
異世界に初めて訪れた時、私こと岩井 紫悠はただただ呆然としていた。多分10秒くらいはその場に固まっていた。高校への登校中に、突然にして景色が変わり、気づけば平原と森が視界に広がっていた。こんな超常的なことが起これば、誰だってこうなるだろう。むしろならない人間を見てみたい。
「もうすぐ欲しいゲーム出るんだけど………」
私が異世界に来て初めて言ったセリフは、そんなしょうもないことだった。
その後、適当な方角に自転車でしばらく進んでいると、一つの大きな街が見えてきた。行く当てもない私は、そこに向かうことにした。街に着き、検問で出身地と街に来た目的を聞かれたが、特に上手い嘘も思いつかなかったため全部正直に答えたら、何事もなく普通に通して貰えた。私が言うのも何だが、少しも異世界の格好に疑いをかけないのは大丈夫なのか?(こっちにもこのような格好があるだけかもしれんが)と心の中で思った。
街に入り、中を探索していると、一軒の宿屋らしき店の前にいる一人の女性従業員が目に入った。ただの従業員に目に入った理由としては、その格好のせいだろう。ウェイトレスというよりはメイドに近い格好をしていた。日本じゃメイドなんてほぼほぼ見かけないので、物珍しさでつい目が行ってしまった。別にメイドが特別好きなわけではないし、むしろメイド喫茶にいるようなあざとい口調のメイドは苦手だ。なのですぐに目を離そうとしたが、その従業員の顔が見えた瞬間、私は数秒固まった。だってその顔が、私がよく見たことある親友にそっくりだったからだ。
私は声を掛けるか逡巡していた。確かに顔も身長も彼にそっくりだが、髪は長いしメイド服を着ていてどう見ても女性なのだ。他人の空似かもしれない。そもそもここは異世界なのだから、別人の可能性の方が高い。それに私は他人と話すことがあまり得意ではない。もし別人だったら、私は多分ぎこちない話し方しかできないだろう。どう見てもリスクの方が高い。でも私は話しかけずにはいられなかった。冷や汗をかきながら、一縷の望みに賭けて、その女性に声を掛けた。
「あのー、すみません」
女性従業員がこちらを振り向く。
「もしかして葵………松浦 葵ですか………?」
心臓の音を感じながら、返事を待っていると──
「そうですけど………え………」
この返事で私は確信した。この従業員が、中学生の頃からの付き合いであり、私の親友である松浦 葵であるということを。その瞬間、一気におかしさがこみ上げてきて、つい、大きな声で笑ってしまった。
「………ア、アハハハハハッッッ!!どうしたその格好!!そんな趣味が………!これじゃあ本当に聖女様じゃ痛ぇ!!」
笑ってたら普通に腹パンされた。体なんて全然鍛えてないので普通に痛い。どうやら「聖女様」と呼ばれたことに怒ったようだ。後は爆笑したのが原因だろうか。ちなみに「聖女様」とは、中学生時代に我々の友達グループで彼に付けられていたあだ名の一つだ。まぁ彼はこのあだ名で呼ぶと十中八九怒るので、私も彼をたまにからかう時くらいにしか呼ばないが、さすがに今言わない手はない。そしてその後も彼?の格好に爆笑し、案の定彼?にめっちゃ叩かれた。
その後、葵の説明により、私は葵の事情とこの世界のことを知った。葵も登校中に異世界転移したこと、この世界には魔法があるということ(ここでめちゃくちゃテンション上がった)、葵が性転換したのは性別神とやらから貰ったユニークスキルだということだ。後ついでに彼?の
私が生まれた時、私は全身の神経が麻痺して動けなくなる病気に罹っていたらしい。最悪死にも至る可能性のある病気だったが、私は病気が悪化する前に治ったらしい。親曰く、医者も驚いていたそうだ。考えてみれば私は病気等に滅多に罹らないし、罹ったとしてもそこまで悪化はしないような人間だった。前にインフルエンザに罹った時なんて熱はあったが普通に歩いたりできるくらいには元気だったし。確かに健康には自信があったが、まさかこんな実績を獲得している程とは思わなかった。
色々あった異世界生活1日目の次の日、突然生命神アニマと名乗る存在から加護を貰い、それのお陰でユニークスキル『魔獣創造』というスキルを獲得した。なんでも自分のイメージした、もしくは自分のイメージを細かく書き記した紙を元に、自分の魔力を注ぐことで全く新しい自分だけの魔獣を生み出せるらしい。メリットだけ見るととんだチート能力だが、勿論デメリットも存在し、大きく分けると二つある。一つ目は、消費する魔力量である。この『魔獣創造』の使用を自分の魔力だけで賄おうとすると、途轍もない量の魔力を消費する。なので私はもう一つの創造方法である自分の魔力+生き物の死骸や魔石などの「魔力を持つ物」を贄にして、私の消費魔力を減らせる。二つ目は、創造した魔獣達が生みの親である私に襲い掛かってくることである。私から生まれた魔獣たちは、私の体を喰らうと更に強くなることができるらしい。創造主の肉体は至上の餌なんだとか。
そんな魔獣たちを私に服従させるには、一度私と私の使役する物たちだけで魔獣を殺さずに倒さなければならない。つまり私は、私が勝てる範囲の魔獣しか創造できないということだ。葵はこのユニークスキルを羨んでいたが、結構ハイリスクハイリターンな能力の為、かなり注意が必要だろう。しかし動物好きとはいえ、こんな何の変哲も無い高校生にそんな易々と加護あげちゃって良いんですかね生命神さん?まぁ、私としてはめちゃくちゃありがたいので喜んで使わせて頂きますけども。
そして、異世界に来て数ヶ月が経過した。
「ふぁ~~、ねっむい」
ベッドで横たわりながら、私は欠伸をする。現在、私は葵が働いている宿屋『バードン』で雇って貰い、部屋の一室を借りて生活している(少し借金出来たけど)。仕事は皿洗いや宿の掃除などをしている。多分店長さんが人間嫌いな私のことを気遣ってくれたのだろう。まぁ、私としても料理や接客は得意じゃないし、料理運びもこんなパッとしない男より可愛い女子メンツがやった方が客も喜ぶだろうと思ってたので願ったり叶ったりである。あと毎日ではないが、一応冒険者の活動もしていて、主に魔物の討伐系の仕事をしている。と言っても私自身は戦闘には参加しない。だって身体能力や体力がクソザコな私が前に出た所でやられるだけだし。なので前線での戦いは私の魔獣たちに殆ど丸投げし、私は後方で援護や指揮に徹している。
討伐系ばかりしているのは、魔獣の餌や創造用の贄の確保のためだ。ギルドの依頼に含まれる部位以外の魔物の死体は、原則好きにしていいことになっている。基本的には換金所で換金して貰うのが普通だが、私はそれを肉食の魔獣たちの餌にしたり、新しく創造する魔獣の贄に使ったりしている。それに魔獣の生息しているような自然豊かな場所には多くの動植物たちがいる。雑食の魔獣たちには落ちている葉っぱや障害物となる草木を与え、討伐対象ではない魔物に遭遇した場合は肉食の魔獣たちの餌にできるのでかなり食費が浮くのだ。いやマジで。最近魔獣達も増えてきて食費が嵩んでいるのだ。節約できるところは節約せんとマジで金無くなる。
「なんか楽に稼げる方法ねぇかなー………」
そんなこんなで私はこの異世界で、そこまで不自由無く生活出来ている。むしろ元の世界よりも若干充実してる感じも否めない。だって私、人間嫌いだから学校行くの部活くらいしか楽しみが無いのよね。家だと兄貴がウザいし。でもやっぱり家は恋しい。私の一年中愛用してるふわふわ毛布もゲーム機も元の世界に置きっぱだし。………あれ?私の元の世界への未練、物ばっかじゃね?
「両親と友達には会いたいけど………友達に関しては葵がこっちいるしなぁ………まぁよく罵倒されるけど」
そんなこと考えてると、街の時計が冒険者の仕事をしに行く時間に近づいてることに気が付いた。
「そろそろ準備して行くか」
私は冒険者の時に着てる動きやすい服装に着替え、ローブを羽織る。身支度を整えぐっと背伸びをして。
「さて行くか」
部屋の扉を開け、部屋から出る。階段を降りて店を出ると、いつも着けている眼鏡を外して空間属性で収納して、自分のローブの影に手を入れる。
「出てこい、仮面蟲」
魔獣達用の収納空間であるシャドースペースという複合魔法内から仮面蟲を呼び出し、影から出てきた所を手で掴み、顔に張り付かせる。感覚を共有し、さっきまでとは比べ物にもならないほど広大で鮮明な光景が視界に広がる。
「私と可愛い作品たちのため、今日も頑張りますか」
軽く意気込みながら、私は歩き出した。
※土曜日に投稿するのを忘れていたので、本日は2話連続投稿となります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます