なんかファンタジーだと目って意外とオークションかけられてるよね


私達4人だけでカモタサの街にまでフェイの転移で遊びに行き、新たなユニークスキルを手に入れた日から4日経過して、今日は4月6日。こちらの世界的に表現するならカウスの月の6日。新しくユニークスキルである『無窮の瞳』を手に入れたから何がある訳でも無く、いつもと変わらない日常を過ごしていた。強いて言うなら、無窮の瞳の効果が少しだけわかったくらいだ。箇条書きするならこんな感じ。


・目に水が入っても痛くないし視界良好

・瞬きを忘れても目が痛くないが涙は出た

・目に砂が入っても痛くない

・目をどれだけぐりぐりと動かしても痛くない

・目に風が吹いても痛くないけどうざい

・目に髪が入っても痛くない


って感じだ。なんか箇条書きにするとしょぼく感じるが、日常生活で目をどうこうする機会なぞそうそう無いので割とこんなものだ。水云々はお風呂に入っていて気が付いたし、瞬き云々は読書に集中し過ぎて気が付いた。砂と風云々は街中を歩いていたら突風が吹いてきたので気が付いたし、髪も偶然、ぐりぐり動かすのは暇だったから気が付いたものだ。恐らく魔法効果も無効化できるのだろうが、怖いので試していない。だって何かあったら怖いし。毒属性に盲目ブラインドという相手の視界を魔法的に遮断して一時的に盲目にさせる毒を侵食させる魔法があり、私も練習したので普通に使えるのだが、試そうと言う気が起きない。だって盲目だぜ?魔法的に遮断とはいえ一時的に視覚を封じられるってのは普通に怖い。だからやらない。どれだけ安全だからって言われてもやらない。何度も言うけど怖いので。


まぁ、何をしても目が痛くないってだけで、基本的には前までの私と同じように反射してしまっているが。そもそも何かしらの反応ならまだしも、脊椎反射はほぼ無意識下、それこそ脊椎によって行われているモノだ。命令系統の最上位であり私が任意で操作できる部位は脳味噌だが、別に常に命令を出し続けている訳では無い。そして命令系統の第二位は脊椎であり、反射は脊椎から行われるモノだ。そして、私は何をどうしようと人体の構造的に脊椎を任意で操作する事は出来ないので、反射はどうしようも無い。ので、水が目に入ったらすぐに拭うだろうし、瞬きだって集中してなきゃちゃんとするだろう。そもそも涙が出てきてるのは反射だろうし。砂と風が目に入ってもすぐに目を閉じたり目を細くしたりするし、髪も目に入って邪魔なら切ったり手で払ったりするだろう。目をぐりぐりと動かすのは私が暇潰しでやっているだけなので問題無い。


「無窮………」


無窮。その言葉の意味は、きわまり無いこと。無限。永遠。という事は、私の瞳を文字通りに受け取るならば、きっと。


「目だけ、か………」


多分私のこの瞳は、今後一切、例え私が死に至り朽ちゆく事になったとしても、この両目だけは永遠にこのままなのかもしれない。将来、私が死んで眼球を取り除かれたら、絶対に傷付かない瞳として闇オークションとかにかけられてしまうかもしれん。嫌だなぁそんなの。いやまぁ、死んだ後の私の身体なぞ誰がどう使おうと実にどうでもいいのだが、だとしてもそれは内臓を手術に使っていいよみたいな臓器提供云々の話であって、身体の部位をオークションにかけられるのはなんか嫌だよね。生理的に嫌。いやまぁ、死んだ後なら何されても文句は物理的にも言えないから、私が死んだ後なら別にどうでもいいんだけども。でもそれはそれとしてなんか嫌だよね。


「これ殺されないよね………」


でもそう考えると、私の瞳目当てで暗殺とかされそう。だって、あの泉周辺は絶対監視されてるでしょ。少なくとも悪い事を考えようとしている人は監視要員付けるでしょ。だって考えてもみてよ。あの泉、何でも出てくるんだよ?物から能力から果ては種族まで出てくるんだよ?珍しい物も、ユニークスキルも、種族だって、全部が全部悪人に狙われるでしょ。私知ってるよ。


物なら奪えばいい。奪った後で何を言われようと、あの泉で偶然にも手に入れた、なんて言われたら反論の余地がない。だって、本来の持ち主だって同じように泉から手に入れたのだから、所有物であるという明確な事実を事を示せないのだ。だから奪えるよね。泉から手に入れたって事もわかりやすいし、奪うだけなら簡単だ。ユニークスキルや才能や適性は奴隷にすればいい。奴隷にすれば命令出来る。有用なユニークスキルとか才能とか適性なら、そうして活用できる。種族は珍しいのを同じく奴隷にして売り払えば金になる。そうでなくても個人的に攫ってしまえと考える人だっているだろう。なんたって、人間の性癖は無限大だからな!愛玩奴隷にする為に攫って奴隷にして性的な事しまくるような奴も居るだろう。


そうして考えると、私は多分奴隷にはされない。目だけ抉り出される。それか殺されてから目だけ抉られる。だって奴隷にする意味が無い。いやまぁ、出来る限り拷問してから殺したいって奴なら奴隷にされる事もあるだろうけども。でも、正直言って、そこまで考慮してたらキリが無い。そう出来ないようアップデートは暇さえあればとにかく緻密に組み上げてはいるが、それすら越えられたらもう終わりだ。どうしようもない。


「まぁ、うん。なんとかなるでしょ」


まぁ、きっとなんとかなるでしょう。正直それ以外に言う事がない。いざと言う時の為の準備は前からしているし、私が寝泊まりするこの部屋には私以外にも3人の冒険者が眠りについているのだ。私だけではどうにもならずとも、レイカやフェイやアリスの3人もいれば、きっとなんとかなるでしょう。なってほしい。


そんな事より。


「なぁ紫悠、少し遊ばない?」


私は紫悠の部屋までやってきた。無論、言葉の通りに遊ぶ為だ。


「遊ぶ?何で?」


「や、この前見つけてきたとっておきで」


「おー、やるやる」


「うし」


今はこの私の買ってきたとっておきで、我が親友をぶちのめすのだ。ふっふっふ、ボードゲームやカードゲームとなどと思うなよ小童が………貴様のその油断に漬け込んでぶちのめしてやらぁ!まぁ私ゲーム系は紫悠より全然強いけどな!












場所を少し移動して、現在居るのは冒険者ギルドの地下施設の中の一つ。攻撃魔法のお試しで何度も破壊しており、割と仲良くなった冒険者ギルドの毒舌受付嬢であるリエルさんにも破壊する毎にちょっとした小言を言われている場所だが、今回は破壊目的ではない(元々いつも試射目的であり破壊目的ではないが)と伝えたので、リエルさんも地下施設の利用をある程度快く了承してくれた。いやまぁ、割と堅実に依頼をこなしている紫悠と一緒に来ているってのも要因の一つの可能性は否めないけど。けどまぁそんな細かいことを気にしても意味はないのでさっさと準備に取りかかる。


「ういしょ、っと」


「うおっ、何だそれ………卓球?」


「そ、卓球」


私がMICCミックから取り出したのは卓球台。そう、私の買っていたとっておきとは、この卓球台の事なのである。卓球のラケットとピンポン球もセット売りされていたものである。なんか露店を巡っていたら売っていたので、とりあえず買ってみた。なんか銀貨とかでめちゃくちゃ安かったので。しかも、何故かは知らぬが元の世界のものと遜色ない程度にはクオリティが高いので、おそらく元の世界の事を知っている存在が作っている可能性が高い。そんなものを購入したらこの卓球台経由で私が異世界出身である事がバレそうだと思ったのだが、その時はまぁ致し方なしというものだ。一応、異世界出身である事がバレないよう、なんかとりあえず物珍しいから買いますみたいな様子を醸し出すような演技はしてきたが、私の演技がどこまで通用するのかが分からんので過信はできない。でも欲しかったから仕方ないよね。


「どう?私と勝負しろ」


「しようとかいう提案じゃないのか」


「しない?」


「する」


やはり暴力(スポーツ)………暴力(スポーツ)は全てを解決する………!いや何にも解決はしてないけど、でも楽しいから仕方ないよね!


「じゃ、とりあえず先に5点取ったら勝ちって事で」


「了解」


ふはははは、私の本気を見せる時だ。器用貧乏の力見せたらぁ!という事で私が先攻である。紫悠も特に気にしていないっぽいのでやってやらぁ!


「いくよー」


「おう」


私は手に持っているピンポン球を手から落としつつ、ピンポン球にラケットを擦らせる事で後ろ回転をかけつつ、紫悠側のコートにピンポン球を打ち込む。紫悠はどうにか対応しようとラケットを伸ばしてピンポン球をラケットで触れるが、ネットに遮られて私側のコートには落ちない。私1点。


「なんか今凄い回転かかってなかった?」


「後ろ回転させただけやぞ」


「卓球部だったっけ?」


「中学の頃だけバスケ部ですね」


はい次。サーブ権は一回毎の交代という事にしているので今度は紫悠からだ。という事で、私はピンポン球が何処にきてもいいように腰を落としてラケットを構える。そうしていると紫悠が前回転、つまりドライブとかいうやつをしてきたので、普通に右回転をかけて球の方向を曲げる。紫悠はそれに対応できなくて私に追加でもう1点。


「何今のめっちゃ曲がるじゃん」


「でしょー?カーブはやってて楽しいから覚えたんだよね」


「やっぱ卓球部だろ」


「違いますね」


さっきも言ったぞこれ。まぁいいや、次のターン!今度は私のサーブから。今度は紫悠と同じように前回転をかけてサーブ、出来るだけ球が落ちるように手首を使って打つ。これは割と得意なやり方なので、ネットギリギリをピンポン球が通り過ぎ、紫悠は反応できたが私の打ち込んだ球の回転力に負けてピンポン球がどこかへ跳ね飛んで行った。ふっ、これで私に追加で1点。


「前回転速過ぎないか?めっちゃ球落ちるんだけど何それ」


「学校の授業で卓球やってたでしょ?そん時に頑張ったよね」


「もう割と前じゃね?」


こちらの時間だと尚更昔の事だしな。そもそも私は紫悠よりこっちの世界にいるからその分の時間があるので、多分感覚的には紫悠より前だとは思う。けど。


「そうだけど、私は先にちょっと練習したし」


「狡くないか?」


「私がこれ買ってきたから動作確認してたんだよなぁ」


「卓球部みたいな事してる」


「違いますね」


このやりとりも何度目だろうか。それはともかく次だ次!私後2点で勝ちだから!なんて思ってたら紫悠のサーブがやってきたので打ち返すが、若干すっぽ抜けてしまって前回転をかけられつつ良い角度で打ち返される。が、私も負けじと球に追いつき、そのまま前回転をかけて全力で球を落とす。紫悠はその球に強引に反応はしたが、球自体がコートに落ちなかったので私に1点。


「球、速くね?」


「そらそうだ。速く打ってるからな」


というか。


「でも、紫悠もなんか身体能力でゴリ押ししてなかった?経験云々とかじゃなくて、なんか反応が良かったというか。多分実績?」


「あぁ、そう。アリスさんに時々確認してもらってたけど、身体能力上昇系のスキルが増えてたらしくて。多分その効果」


「なるほどなぁ」


私、魔力量上昇系のスキルを内包してる実績は持ってるんだけど、身体能力上昇系のスキルを内包してる実績は無いからなぁ。


「じゃあ私魔法使って卓球するね」


「ずるっ」


「うるせぇ、私には身体能力上昇系のスキルないんじゃボケが。経験と技術だけで勝ってる状況じゃボコボコにできない」


「ボコボコにすんのかよ………」


「卓球部の力を見よ」


「卓球部だっけ?」


「違いますね」


最後(予定)は私のターン!ドロー!私は左回転のサーブをかますぜ!おぉーっとしかし紫悠が反応し、更には返してきた!だが球の威力が弱いなぁ!そこが隙になるのだ!くらえ!紫悠の腹狙いスマッシュ!説明しよう!腹狙いスマッシュとは、例え腕が反応しようが身体そのものを動かさなければ打ち返す事が非常に難しい小手先の技術である!相手の腹を狙い撃つ感覚でスパコンとぶちかますと割と高確率で上手く行くぞ!はーいこれで私5点、紫悠0点の完全勝利!私ちゃん大勝利ー!






結局、最後まで魔法は使わずに経験と技術だけでボコボコにしてやりました。私の圧勝といっても過言ではない結果なので文句なしです。はーい勝ち私の勝ち。もう圧勝よ圧勝。1回も負けずに紫悠をボコボコにしてやったわ。


「あー、楽しかった」


「楽しかったけど………俺1回も勝ててなくね?」


「そりゃ私も本気でやったし」


だって負けるの嫌いだし。いやまぁ、遊びのスポーツとかゲームとかの、勝とうが負けようが別にどうにもならないし何がある訳でもないって場面でやる遊びってのは、まぁ基本的に勝っても負けても楽しいけどね?でもそれはそれとして勝負ってものは勝ちたいじゃない?だって、そっちの方が楽しいじゃんね。………うーん、紫悠相手だとどうしても脊髄会話しちまうなぁ、これ。どうにもならない………頭で考える前に話してしまう………色んな意味で能無しかな?まぁいい。


「次はアリスとかも呼んで全員でやるか」


「あー、それなら勝てるかも」


「まぁ私が全員ボコボコに巻かしてやるがな!」


「レイカちゃんは?」


「………レイカに勝てるか………?」


レイカ相手に勝てるイメージが出来ないが、まぁ何とか勝ってやるぜ。この後は紫悠相手に手加減して良い勝負をやってみたりして、最終的には割と楽しんだ日でした、まる。








⬛︎◇⬛︎◇⬛︎◇⬛︎


山間にある何処かの村に、ある母子がいた。母子共々が黒檀の如き黒髪と瞳を有し、村の中でも美しいと謳われる程に美しい母子であった。


その子は、生まれついた時から二つの性を有していた。男であれば畑で鍬を手に取り、女であれば木屋の中で針を手に取る子であった。


子は母を愛し、母は子を愛した。子は母に頭を撫でられる事を目的として日々を生きる程、撫でられる事が好きであった。母も我が子の頭を撫でる事が好きであった。


ある時、その母子の平穏は崩れ去った。


母はその美しさから村中の男の慰み者として選ばれるようになり、気をやるまでその胎に精を注ぎ込まれ続けた。


子はそれを知った。毎夜姿を消す母の後を追い、その事実を知った。だからこそ、子も慰み者にしようと村の男達は企て、無知なる子の胎に精を注いだ。


貫通の苦痛、小さな胎を貫こうとせん男根により裂ける胎、大人の男性に襲われる恐怖と混乱と嫌悪。子は母と同じ、それでいて母よりも苦痛に満ちた毎夜を過ごす事になってしまった。


母子共々、胎に男共の精を注がれる日々。特に子の負担は重く、日中に外に出る事すら出来ぬ日々が続いた。しかし、子は母に頭を撫でられ、優しく話しかけられるだけで良かった。日々の苦しみすら、一時の間のみではあるが忘却する程に、子はそれが好きだった。母もその姿を見て、喜び、そして嘆いた。


その日々も突然に終わる。母は子を連れて村の外に出た。母は子にこう説いた。


「この森を真っ直ぐ進みなさい。その先には神様の祠がある。そこからは川が見える。その川で身を清め、神の祠の中にその身を捧げなさい。そうすれば、あなたは。苦しまずに、済む」


子は母の言葉を聞き、その通りにする事にした。そして、母に笑いかけ。


「私、頑張るね!」


母はその子の顔を見て泣き出した。子は何故母が泣くのか分からなかった。しかし子は、人は悲しいから泣くのを知っていた。それと同時に、嬉しいから泣くのも知っていた。子はきっと、嬉しいから泣くのだと思った。


子は歩き出した。村の外へ、森の先へ、神の下へ、母の為に歩き出した。


「お母さん、行ってきます!」


子は、決して振り返らなかった。


母は森を見つめたまま、村人に見つかるまで泣き崩れた。


──そして、その村は滅んだ。


⬛︎◇⬛︎◇⬛︎◇⬛︎








紫悠と一緒に卓球をして楽しんだ日の2日後、4月8日。つまりはカウスの月の8日。私は割と最悪の気分で目が覚めた。夢のせいだ。この前も似たような夢を見た記憶があるのだが、何か関係あるのだろうか。それはそれとして妙に鮮明な夢だったな………今でもこうして全てを明確に思い出せるのが、その異常性を物語っているくらいには。そして、何故この夢を見たのかも理解した。これは、私のユニークスキルに関連する夢だ。私の固有の力、その原点だ。何処かの世界の何処かの場所で、初めて『性転換』が生まれて、そして死ぬまでの物語だ。


多分、原因は【夢心の偶像】だろう。あの実績には、何故かフレーバーテキストのような文章があった。恐らくは、それが原因だ。確か、そう。『あなたが見た夢の証。いつか辿る道行と、最果てに座するまでの物語』、だったか。今なら、このテキストの意味も理解できる。


『あなたが見た夢の証』というのは、あの謎の始まりの夢を見た証であり、今朝見たような夢を見る権利を表しているようだ。『いつか辿る道行』というのは、いつか今朝見たような夢を見るぞと言う警告文というか、忠告文というか、お知らせのようなものらしい。遅いわ。そして『最果てに座するまでの物語』というのは、夢の内容だ。"最果て"というのは"死"を意味しており、"座する"という言葉と合わせると、"死に座る"という意味になる。終わりに座るまでの物語という事は、さっきも言った通り、私の能力の原点の生まれてから死ぬまでの物語の夢、という事だろう。


「………あ゛ー………」


しかし、そういう夢を見て、私がどう思うかを考えてほしい。朝から気分最悪だ。しかも、私の夢の中での視点は子供側だった。感じた痛みも苦しみも断片的にだが感じられる。最後に子供がどうなったかは私にもあまり分からないが、理解できたのは、子が神の下へ向かって死んだ事だけ。それだけだ。


「くそ………あー………」


心底嫌な気分だ。でも、それ以上に。


「………お母さん、ね………」


夢の中の母親に、の頭を撫でられるあの感覚。あの感覚は、確かに、あれを目的に生きる程には、心地良いものらしい。


「………うーん………」


お母さんと言えば、私って夢じゃない本物の家族云々を考えた事ってあんまりないな。興味が無いわけでも嫌いなわけでもないんだけど………なんとかなるかなぁ、って思っちゃってるのかもしれない。この世界に来て1年も経ったというのに、まだそんな甘い事考えてるんだろうな。まぁそんなもんか………うーん、でも多分、時空がおかしいから割となんとかなると思うんだけどなぁ。紫悠が来たタイミングが割と似たような時間だった筈だけどこの世界基準だとかなりの期間開いてたから、多分、こっちの世界と元の世界の時間の流れはこっちの世界の方がめちゃめちゃ早い事になるし。そうなると、まぁ、数年くらいなら家族に心配かけない程度の時間で帰れるんじゃないかなって。だから、そんなに心配はしていない、というか。まぁ、私の家族なら割と平気かなーってかなり甘ーく考えてる節はあるよね。


「はー………やだなぁ………」


にしても、本当に嫌な朝だ。そんな嫌な朝なのに元の世界の事を考えてしまうのもなんか嫌だし、今朝見た夢のせいで私の気分は割と最悪。私がされていた・・・・・訳でも無いのに腹の中の不快感が拭えないし、謎の弱い鈍痛が下半身全体に帯びている。それが気持ち悪いし、そのせいで気分が悪い。


でも。それ以上に。


「なんでこんなに満足・・してるのか………」


何故かは分からぬ。なのに、不快感や嫌悪感以上に、原因不明の満足感が私の心を満たしていた。そのせいで不快感も嫌悪感も等しく薄れ、腹の鈍痛すらも鎮まっていく。しかし、その満足感が新たな不快と嫌悪を生み、満足感に上塗りされる、という無限ループだ。落ち着けば、冷静になれば全て消えるとは思うのだが。人間、そう簡単に冷静になれるようなものではない。そういう訓練をしてきたのなら出来るのだろうが、少なくとも、私はそう簡単に感情の切り替えを行うことはできない。少なくとも、普段と違って明確に感情を認識している分には。


「………とりあえず、起きるか」


とりあえず、身体を起こす事にした。










今朝見た夢が最悪であったが、時間が経ったら不快感も嫌悪感も満足感も全て無くなってくれたのでもう問題ない。朝方にあったような鈍痛も既にない。精神的には万全とは言い難いが、それでもなんとかなるレベルのものでしかない。そもそも、人間というのは永続的に感情を持ち続ける事が難しいものである。感情を忘れるのではない。感情を抱いたモノへの興味が薄れるからこそ、感情もそれに付随して失うのだ。勿論、それらの感情を抱いた原因を思い出せば感情は再点火するだろう。昔よ悲しい出来事を思い出して泣いた事がある人間も居るだろうし、思い出し笑いで笑った事がある人間も居るだろうし、トラウマだって感情を抱くという点を考えれば感情の再点火ではあるだろう。


しかし人間とは、興味を失い、そして忘れる生き物だ。まず、初めから覚える気がなければそもそも覚えられない。覚える気があっても興味が無ければ覚えにくい。覚える気があって興味もあれば人は簡単に物事を忘れない。人間なんてそんなものだ。興味のある分野に関して多くのことを簡単に覚えるのなら、興味のない分野に関する多くのことは簡単に忘れるのだろう。それは興味が無いから、興味を失ったから忘れてしまうのだ。そして何より、人間は感情に意味を求めるモノだ。何故悲しいのか、何故楽しいのか、何故苦しいのか、何故喜ばしいのか、何故、何故、何故。その"何故"に対しての興味を失えば、当然、感情諸共"何故"を忘れるのが道理だろう。


ちなみに私は興味のある分野に関してはかなりの記憶力を持つが、それ以外に関しては人の名前と顔すら朧げなタイプだ。つまり、興味のある事以外に心底興味が無いタイプの愚か者である。だから何だって話ではあるが。


「ふーむ、それは災難だったね」


「でしょー?」


「でもぉ、確かにそういう夢の話は聞いたことあるわねぇん」


「そうなの?」


「あー、そういえば、一時期コルトちゃんが何かしらの呪いにかけられてるんじゃないかって疑って調べてたっけ」


「お姉ちゃんそれマジ?」


「マジマジ。結局コルトちゃんがめちゃくちゃ眠るタイプの人類って事がわかったけどー」


「まぁ、めちゃくちゃ眠ってはいるけど」


「すぅ………すぅ………」


「今も眠ってしまっているね、いつも通りだ」


「そうねぇん、いつも通りねぇん」


「そうだねー、いつも通りだね」


「まぁ確かにいつも通りではあるわな」


夜営業の最中。私は割と久々に集まっている私の友人4人組、ミゼル、リリーさん、アオナお姉ちゃん、そしてコルトさんと同じ席に座って、大人3人組とは違っていつも通りに牛乳を飲んでいた。コルトさんはこれまたいつも通りにスヤスヤしている。可愛い。


「あぁ、そうだ。聞いたよアオイ。カモタサの街の事件を解決したんだって?」


「事件?あれ?」


どれ?


「多分君が思い浮かべているのと同じ案件だね。領主直々の指名依頼のやつだ」


「あぁあれ」


狼とか適当に狩り殺したやつね。


「あれのおかげでカモタサの街の領主にはかなり感謝されてね、助かったよ」


「そりゃどうも?」


「あらぁん、アオイちゃん、指名依頼なんて受けてたのぉ?」


「や、私というより、レイカとフェイにじゃない?それとアリス」


「それでもぉ、アオイちゃんも頑張ったんでしょぉ?ならぁ、たぁくさん褒められるべきよねぇ!偉いわぁ!」


「えへへー」


リリーさんに褒められるのは素直に嬉しい。偉いだって!私は偉いって、最強かー?


「ほえー、アオイちゃんそんなのやってたの?凄いじゃない!私も褒めてあげる!偉い偉い!アオイちゃん最強!」


「えへへー!」


私やっぱり偉いっぽい!私最強!


「うぅん………すぅー………」


それはそれとしてコルトさんが可愛い。


「あぁ、ここに居ましたか、アオイ」


私が友人4人組と雑談しつつ実質仕事をサボっていると、背後から声をかけられたので後ろを向く。そこには綺麗な黒髪がちらっと見えた。アリスらしい。


「アリスじゃん。どうしたの?今日は仕事しないんじゃないの?」


アリスは基本的に冒険者の仕事をした日に宿屋のお手伝いをする事は無い。肉体的にも精神的にも疲れ過ぎてしまうからだ。休む事も冒険者には必要である。


「いえ、仕事ではなくて、ただアオイと一緒に飲みたいな、と思ってしまって。駄目ですか?」


「別にいいけど」


そう言って、アリスは私の隣に椅子を持ってきて、私と同じように牛乳を持って席に着く。そうしてアリスは持ち前のコミュニケーション能力でもって私の友人達と話し始めた。流石は私のアリスである。私はこの隙にコルトさんを愛でていよう。


「可愛い………可愛い………」


とても可愛い。ぴこぴこしているエルフ耳が可愛い。とっても綺麗な短めの金髪が可愛い。アメジストみたいな紫の瞳が可愛い。こうしてすやすや眠っている姿がもう可愛い。やはり美少女だ。美少女さえいれば世界は明るい!アリスも美少女だから、こう、上手い感じにコルトさんとアリスのツーショットを私の視覚に収めたいな。


「んー………」


コルトさんは机に突っ伏している。すやすや眠っているのだから当たり前だが。そしてアリスは私の席を挟んで反対側に座っている。美少女2人を視界に収められるアングルを見つけるには、上か下………上は無理だな。急に身長が伸びる訳でもないなら視界を上にする事は難しい。妖属性の魔法なら出来なくはないだろうが面倒なのでパス。となると下から、つまりローアングルからの激写になるな!私の視界に美少女2人を収めてやるぜ!覚悟しな!


「………ここか?」


ここで妥協してはならぬ。美少女2人のツーショットを完璧にこの目に収めるなら、最高のアングルを見つけ出さねばならぬのだから。………私、コミケのカメラマンの気持ちがちょっとでも分かったかもしれないよ。美少女を何かに収めるって行為、かなり良いね。スマホのカメラ機能で本当に激写してやろうと思ったが、肖像権で訴えられそうなのでやめておこう。この国にそんなのあるのかは知らないけど。


「うーむ………いやしかし………」


狙うのは主にアリスだ。何故ならば、アリスは今私の友人達と会話して動いているからである。アリスは会話の中で身振り手振りを使いこなす系の人間なので、会話中でも割と動く。ちなみに私も手振りくらいならやる。反対に、コルトさんはほぼ身じろぎすらしない。いやまぁそもそもから眠っているし、椅子に座って眠っているから身じろき取れないってのもあるんだろうけど、それはそれとしてあまり寝相は悪くないそうだ。………うちのアリスもだけど、美少女は寝相が良いとかあるんだろうか?


なんなら私の知り合いは話を聞く限り大抵が寝相良いまであるので………つまり私の知り合い達は全員美少女だった………?フォージュさんとか店長さんとか美少女にしたら面白そう。性転換のユニークスキルの影響もあるのか、何でか人の性別を変えるくらいなら私の妖属性の魔法でちょちょいのちょいなんだよね。私好みの美少女に作り替えてあげられるよ?キングプロテア・スカーレットはそうやって作り上げた美少女だしね。いやまぁ、あれは実の所私好みって訳ではないんだけど。私が特に好きな美少女は、白髪、長髪、低身長、無表情、寡黙、強者、愛情深い、天才………みたいな美少女だ。私の考えた最強の美少女はそういうタイプの子である。


「アオイちゃん、何してるの?」


私が1人楽しく記憶フィルムに素晴らしい光景を焼き付けていると、アオナお姉ちゃんが私の隣にしゃがんできた。


「お姉ちゃん。いやね、美少女2人のツーショットを記憶に焼き付けておこうと思って」


「なるほど、私もやる」


「うむ、やるといいぞ」


アオナお姉ちゃんも私と一緒にアリスとコルトさんを視界に収め始めた。やはり私の姉(偽)………血の繋がった者同士(繋がっていない)、この至高の楽しみが分かるか。流石は我が姉上(偽)………ちなみに、私は弟と妹はいるものの、姉と呼べる人間は従兄弟のお姉ちゃんくらいである。


「これは………もしかして天国かな?」


「楽園でしょ。パラダイスよパラダイス」


パラダイスってなんか知らないけど語感が良いよね。ドネルケバブとかトイレットペーパーとかとおんなじ感じがする。まぁこれ割と感覚的なものなので、多分私と私の従兄弟くらいしか分からないけど。


「パラダイス………なるほど確かに!」


「でしょー?」


さっすがお姉ちゃん、話がわかるぅ!


「アオイ、何してるんですか?」


なんてやってたらアリスがこっちに気が付いた、というより気になったらしい。割と最初の方から気が付いてはいたっぽいが、こうしてアオナお姉ちゃんと2人でこそこそしてるから気になってしまったのだろう。


「アリスとコルトさんのツーショットを脳内に焼き付けてたの。こっち向いてー」


「はい、はい?」


「そうそう、そんな感じ」


うむ。話の流れをよくわかっていない美少女とすやすや眠ってしまっている美少女が合わさって最強に見える。


「えーと、なんというか………ちょっと、恥ずかしいかもしれません」


………!!美少女の照れ顔!これは最高の1枚です!


「良いねアリス、その表情いいよ!もっとこっち向いて!」


段々とカメラマンの気持ちが分かってきている自分がいる。こりゃ楽しいわ。美少女を収めるのクソ楽しい。


「えー、えーと………その、ちょっと、恥ずかしい、です………あの、アオイ?」


「良いね良いねー!最高だよアリス!」


「アリスちゃん可愛いねー!良いね最高!」


アオナお姉ちゃんと2人係でアリスを褒めて照れさせる。その照れ顔がめちゃくちゃ可愛くてもっとして欲しくなってしまう。これはきっと最高の無限ループですね間違いない。


「あの、アオイ?そろそろ、あの………恥ずかしいです」


「やめてほしい?」


「あの………はい。恥ずかしいので、やめてくれたら………嬉しいです」


「じゃあやめるね」


「はい………ありがとうございます」


「アリス、そういう時はありがとうって言わなくて良いんだよ?悪いの私らの方だからね?」


アリスは真面目だからなぁ。悪いのは私らの方だってのにありがとうだなんて。こんなの普通に怒っても文句は言われない場面だよ?


「ふふっ………そうかもしれまんけど、つい」


は??可愛い過ぎか??うちの子可愛過ぎないか????


「ね、ねぇアオイちゃん!アオイちゃんの所の子が可愛過ぎるんですけど!ねぇ可愛い!私もアリスちゃんみたいな子が欲しい!!」


「アリスはあげませんよ!アリスは私のものなので!」


誰が私の美少女をやるかよ!アオナお姉ちゃんでもそれだけはさせないぞ!


「大丈夫!私にはコルトちゃんが居るから!」


「居るって事でいいのか?」


コルトさんは別にアオナお姉ちゃんの所有物って訳じゃないと思いますけど。


「いいのいいの!コルトちゃんとは長い付き合いだもん!実質私のものだよ!」


「お姉ちゃんがそれでいいならいいんだけども」


とりあえず、アオナお姉ちゃんは少しだけそーっとしておく事にしました。

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