遠足は帰るまでが遠足、つまり旅行も同じことってね
時間は経ち、アリスも私もしっかりと起きて外に出ている。朝風呂はみんなで言ったけど普通に最高でした。なんか朝風呂はあんまり良くないって聞いた事あるけど、まぁ偶にならいいでしょう。気持ちよかったし。
「アオイ、アオイ、今度はあっちに行きましょう?」
「ん、了解」
今日のアリスは昨日ほど興奮していない。自制しているのだろうか。それとも単に見知らぬものがないだけ?うーん………まぁ、よくわからんがヨシ。
「この街もある程度は見慣れたので、もう勝手に走るなんて事はしません。私は出来る女の子なのです」
別に走ってもらっても良いんだけどね?ただ私を引っ張ってほしくないだけで。別に鎖で繋がれてる訳でもないんだからさ。
「あ。あれはなんでしょう」
ズンドコ走らないだけでふらふらと彷徨うのは変わりないのね。いやまぁ、別に私は困らないからいいけど。アリスが向かう視線の先にあるのは………あれ、あの子。
「………?アオイ、アオイ。あの子、迷子じゃないですか?」
「確かに」
アリスが向かった場所の更に視線の先。そこに居るのは、周囲を不規則に見回し、お母さんと呟いて少なくない涙を流しながら、とぼとぼと歩く女の子。周囲の大人は気が付いていないのか、それとも気が付いていて無視しているのかはわからんが………あれは流石に無視できない。マリンちゃんの時もそうだったけど、私は子供に甘いらしい。大人なら絶対に助けての乞われるまで助けないのに、子供は困ってたら助けてしまう。やはり、私はどこまでも曖昧で楽観し過ぎだ。
「………アオイ。あの子を助けましょう。このまま無視して帰ったら、きっと、後で嫌な気持ちになります」
「いいよ。私も大概子供には甘いから。そもそも子供に助けてって乞わせる趣味はないので」
「私には言わせたのにですか?」
「や、あれは先に助けてって書かれてたから。というか、別に助けてって言われなくても助ける時は助けるよ?まぁ私の信条には反してるけど、でも別に絶対って訳でもないし。自分のルールくらい守らないと私がすっごく嫌なだけ。でも嫌なだけで死ぬ訳じゃ無いし、別に破った所で何がある訳でも無いから」
そう。確かに私は、誰かに助けを乞われなければ誰かを助けたくない。それこそ、泣き喚くだけの子供は助けたくない。私が私である為に、それは嫌だと断言できる。ええ、いつでも断言できる。
………けど、別にそれで後味がいいかと言われれば、そうじゃないだろう。私はただ、一方的なのが嫌なのだ。私が助けて、それで嫌な事を言われるのが嫌なのだ。助けてもらいたくなんて無かったとか、助けてなんて言って無いとか、助けられるのが当たり前だと思ってるとか、一度目があったから2回目もなんて良いように使われてるのとか、私がわざわざ助けたのに感謝すらしない愚かな存在が一定数居るから、自分から助けたくないのだ。私の好意に対して否定的だったり打算的なのが嫌なのだ。ただただ私の自分勝手な理由である。
だからまぁ、うん。助けたら私に感謝してくれそうな存在………例えば、迷子の子供とかなら。それくらいなら、私は別に助けてもいい。私としては非常に嫌なのだが、助けたら後で感謝してくれそうなら、別にいい。私が私である為に助けてと乞われるまで待つのであって、別に絶対のルールでも無いんだから。ま、自分の定めたルールすら守れない自分に対してすっごく嫌な気持ちにはなるけどね。
「とりあえず、声をかけようか」
そう、別に"これ"は絶対のルールじゃない。別に破った所で私が死ぬ訳でも無いし、別にこれと言った不利益も被らない。私が嫌なだけだ。私が感情的に嫌なだけだ。だからこそ、私の言動が最終的に得になるならそれでいい。その過程でどれだけ嫌な思いをしても、それは損じゃない。だって、私がどれだけ嫌な思いをしたところで、別にそれは損にならない。怪我をした訳でもお金が無くなるわけでもない。
私はただ、常に受け身でいたいだけ。自分から積極的に何かをすると言うのが怖いから、相手任せで常に受け身でいたいだけ。だって、そうすれば怖くない。干渉せず関係せず関連せず。それだけで何も怖くない。他人を知らなければ怖くない。他人が居なければ怖くない。当然だ。だから助けてと乞われるまで助けたくないだけ。積極的に何かをするのが嫌なだけ。
でも、私にも気紛れってものがある。偶に、稀に。きっと同じような状況に陥った子供が泣いて居ても、別にこんな事しない。でも、今回は特別に助けてあげる。そういう気分だったから。助けてもいいかなーって気分だったから。それだけ。私の人生なんてそんなもの。その時その時の気分で良い。別に私は困らない。
「ねぇ、そこのお嬢さん。大丈夫?」
泣いている女の子に声をかける。女の子の前にしゃがみ込んで、なるべく視線を同じ高さにするように。上から見下ろすのは威圧してしまう原因だから。アリスの位置も私の半歩後ろの隣に、私と同じようにしゃがみ込ませる。そして待機。一度に複数人が話しかけると混乱するからダメだ。そしてそれから、私だけしゃがみ込んだまま半歩前に。他人というより、ちょっとした知り合いのように。パーソナルスペースにほんのちょっと触れるくらいの距離感で。まるで知り合いのような距離感で。ほんの少しの親しさを演出する。そして両手は膝の上。決して目の前の女の子の方に手は伸ばさない。私は手に何も持っていない事の証明と、私が相手を傷付けない人という印象付けをする為に。だって、見知らぬ手を伸ばされるのは怖いから。声もなるべく高めで。低い声は基本的に威圧感が乗る。でもあまりに高いとそれはそれで気分が悪いので、あくまでも中程度。そして語気、話す勢いは非常にゆったりと。まるで幼年児に絵本を読み聞かせるように、ゆったり、ゆっくり、そして優しく。そして表情は笑顔。微笑みのような軽い笑顔。知らない人が突然満面の笑みだったら怖いから。軽く、それでいて優しそうな印象を付ける為に。そして話し掛け方。出来る限り嫌な言い方はしない。ちょっと軽く声をかけただけ、みたいに話しかける。この時、決して不安そうな声色ではいけない。こちらが不安だと相手も不安になるから、まるで不安が無いような、自信があり、それでいて強い心を持っているような声色を出す。声を震わせなければそれでいい。そして最後。迷子?なんて直接聞かないようにする。違う時が怖いから。でもこれはちょっとした賭けだ。自分の今の状況を話している間に段々と不安になる可能性は大いにあるから、普通にするなら迷子かどうか直接聞いた方がいいかもしれない。でももう会話した後だ。後からなんて変えられないので別にこれでいい。
「ぐすっ、ひぐっ………お姉ちゃん、だれ………?」
「私はアオイ。こっちのお姉さんはアリス。あなたは?」
決して強くない言葉で。決して弱くない言葉で。気軽に話し掛けているのだと理解出来るように。
「ぐすっ………わたし、は………私は、アンナ………ぐすっ………アンナ、です」
「アンナちゃんか。名前を教えてくれてありがとう」
名前を教えてくれた事に対してありがとうと伝える。これだけでいい。これだけで、少しだけ、ほんのちょっぴりだけ、ごく僅かだけでも、目の前の女の子──アンナちゃんは、安心出来る筈だから。褒められたら嬉しいし安心する。そうでしょう?
「アンナちゃん、アンナちゃん。アンナちゃんはたくさん泣いているけど、どうしてそんなに悲しいのかな」
「ぐすっ………ひぐっ………えっと、えっとね………ぐすっ………うぅ………ぐすっ………あの、あのね、う………わ、わたし………お母さんと、はぐ………うぅ………はぐれちゃった、の………う、ひぐっ………」
「はぐれちゃったの?」
微笑みは決して絶やさない。決して不安にはさせない。ほんの少しでもいい、ちょっぴりだけでもいい、ごく僅かだけでもいい。安心を与えてあげなくちゃ。それだけで大分違うんだから。
「うん………ぐすっ、はぐれちゃった………お母さん………どこ………?ひぐっ、ぐすっ………う、うぅ………お母さん………」
「そっか。………それじゃ、アンナちゃん。私と、こっちのアリスお姉ちゃんと一緒に、アンナちゃんのお母さんを探そう?きっとアンナちゃんのお母さんも、アンナちゃんの事を探してる筈だから。きっとたくさん心配してるから。だから、一緒に探そう?」
言葉の前後がめちゃくちゃでもいい。そんなのは今要らない。ただ、目の前の女の子を安心させる言葉をかけるだけでいい。あんまりにも無茶苦茶だとそれはそれで不安にさせるから、あんまりやり過ぎるのはダメだけど。でも、今はこれでいい。これがいい。
「うん………うんっ………ぐすっ………私も一緒に探す………ひぐっ………お母さん、探す………ひぐっ………」
「………うん。それじゃあ、アンナちゃんと手を繋いでもいい?またはぐれちゃったら、今度は私が怖いから」
私もはぐれるのが怖いのだとアピール。同じ気持ち、似たような気持ちの人が近くにいると安心するから。そしてさりげなく手を繋ぎたいと宣言。手を繋ぐだけで安心感が段違いだから、手は繋ぎたい。でも頭は撫でちゃいけない。見知らぬ人に無許可で身体に触れられるというのは意外と不快だ。見知った人で親しい人ならそんな事はない。むしろ安心する要因になるだろう。でも見知らぬ人じゃダメだ。それは、この場合ならお母さんにしてもらうのが1番だ。お母さんを見つけられて、最高に安心した瞬間に、頭を撫でてあげるだけで、きっと嬉しくて堪らなくなる。だから、それは今じゃない。
「うん………アオイ………アオイお姉ちゃんと………ぐすっ、アリスお姉ちゃんと、手、繋ぐ………」
段々と泣き止んできた。けど、だからって泣き止んだ訳じゃない。私とアリスはアンナちゃんが伸ばしてくれた手にゆっくりと手を伸ばし、そしてゆっくりと包み込むようにして手を繋ぐ。握る力は弱くていい。今のアンナちゃんに必要なのは、誰かと繋がっているという認識。ちょっとだけ待って、アンナちゃんが私の手を握り返してくれたら、普通に手を握る。今度は弱めず、離さないという意思が伝わるようにする。これだけで、きっと安心感は増す。
「それじゃあ、まずは衛兵さんの居るところに行ってみようか。もしかしたら、衛兵さんはアンナちゃんのお母さんを見かけたかもしれないから。一緒に、アンナちゃんのお母さんを探そう?」
行動指針は簡素に簡潔に、それでいてしっかりと。何をするか、どうするかが不明瞭だと、それを聴く側はとても不安になる。だから明確にどこに行こうかと提案する。それだけで不安はちょっと、ちょっぴり、ごく僅かでも晴れるだろう。そして、一緒に探そう?と言葉にする事により、自分でやるのだと覚悟を持たせて、一緒に出来るのだと認識を持たせて、それにより不安を軽減する。
「うん………うん。私も、お母さん、一緒に探す………うん………うん………!」
そうすればきっと、アンナちゃんも元気になれる。不安は晴れる。これだけでいい。それだけでいい。相手が何を望んでいるか、相手がどう思っているか、相手の状況はどうか。こんなの、ちょっと頭を使って考えて、そして行動に移せば、これくらい誰でも出来る。別に凄い事でもない。子供のいる親なら経験でこれくらい出来るし、別に経験が無くてもイメージすればこれくらい出来る。でも出来るだけだ。普段からこんなのやりたくない。私は自己中心的なのだ。なんで私が他人に配慮しなくちゃならんのだ。マリンちゃんの時はここまでしなかった。だってマリンちゃんはこんなに不安そうじゃなかったもの。普段からお母さんであるフェリスさんが度々家に居ないからか、雰囲気も不安そうなだけで泣いてなかったし。だから大丈夫だと判断して抱っこしたり配慮もあんまりしなかった。まぁ、どちらかと言えば、少しばかり構ってあげた方がいいかなとも思ったからというのもあるけれど。対応の仕方が違うのはそういう意味だ。安心は人によって違う。だから、相手を安心させるなら、相手によって対応は変えないといけない。マリンちゃんの時は普段の私そのまんまでも良いと思ったからそのままだっただけだ。
「そうだ、アンナちゃんのお母さんの名前ってわかる?」
「うん、うん。お母さんはね、マリナって名前なの」
「マリナさんか。それじゃあ、アンナちゃんのお母さん、マリナさんを一緒に探そうね。アリスも一緒に」
「うん………うん!」
アリスにアイコンタクト。私はもう疲れたのでこっからは美少女且つ清楚で優しなアリスお姉さんに会話を交代してもらおう。頭を使って他人と話すの久しぶりだから疲れた………ふー。
「アンナちゃんは何か、好きなものはありますか?」
「私はね、お母さんが好き!それに、お花とか、お洋服とかも好きだよ」
「そうなのですか?私も、新しいお洋服とか、新しいお菓子とか、新しいお花とか、大好きです」
「それじゃ、お揃い!」
「ええ、ふふっ。そうですね、お揃いです」
うーん、アリスの滲み出る清楚さと優しさが凄まじいな。正直私がこんなに頭使って不安を取り除いてあげたのが子供騙しみたいにアンナちゃん笑顔になるじゃん。いやまぁ、不安じゃなくなったならいいけども。とりあえず万が一の事を考えて、アリスとかレイカの身内にしてるように
「ね、ね!アオイお姉ちゃんは何が好き?」
「え、私?私はね、読書が好きだよ。ご本を読むのが好き。いろんなお話があって面白いからね」
口調と言葉選びと優しげな雰囲気はとりあえず維持しつつ、3人横並びになって、特別な会話はせず、交友を深めるような会話をしながらてくてく歩く。アンナちゃんはすっかり泣き止んで、元気いっぱいだ。うんうん、子供は元気いっぱいの方が見てて良いね。私もなんとなく良い気分だよ。私の信条には完璧に反してるけど、別にもう良いかなって気分になる。
ま、とりあえず衛兵の詰所まで向かうとしましょうか。
私達はそのまま衛兵の詰所まで向かい、そこでアンナちゃんのお母さんであるマリナさんと逸れてしまったらしい事を報告。すぐに探してくれるとの事なので詰所の端で待機していると、マリナさんらしき人が詰所にやってきて、それに合わせてアンナちゃんもすっごく嬉しそうな顔をして飛び込んでって抱きしめられて頭を撫でられてた。うんうん、素晴らしいね。良い気分なのでそろそろひそひそと退散しようとしたが、アンナちゃんに止められてしまった。んで、目一杯の笑顔と一緒にありがとうの一言を貰いました。感謝されたから私の気分は最高ですよ。あはははいやー参っちゃいますね。まぁありがとうって言われたすぐ後にお別れして、とりあえずまたねって言っておいたけど。そんな事を素早く考えていると、衛兵の詰所からアリスが出てくる。
「アオイ、良かったですね」
「まぁ感謝されたしね」
「ふふっ。別に恥ずかしいからって逃げ帰らなくてもいいんですよ?」
「別に逃げてないが??」
逃げてないが??
「耳、ちょっとだけ赤いですよ?」
「そんな訳ないやんけ」
そんな訳ないやんけ。
「ちょっとだけ赤いですよ。なんなら鏡でも見せましょうか?」
「この話やめない?」
………素直に感謝されるの、あんまり機会が無くて慣れてないだけです。別に恥ずかしい訳じゃありません。そもそも他人を助ける事が稀だから………
「ふふふっ………そうですね。では、私の行きたい所に寄っても良いですか?先程見つけたお店にですね──」
そのまま夕方まで、この街を楽しんだのでした。まる。
3日後。今日はなんと、ルナートの街に帰ってきた日だ。往復で6日、滞在で3日弱。合計9日の旅行だった。思い返すと、私はアリスと街に出かけただけだな。紫悠ともミナともレイカともフェイとも店長さんとも何もしてない。まぁ楽しかったからいいし、そもそも今回の旅行はミナと店長さんの休暇として計画してたからいいんだけどね。
「帰ってきたー………」
「帰ってきましたねー………」
「あー、楽しかった!」
「!!、!!」
私達4人、私、アリス、レイカ、フェイの4人は。全員同じベッドに横になり、ごろごろぐてぐでとしていた。旅の疲れが一気に来たのかもしれない。あ゛ー、疲れた。いやまぁ、レイカとフェイはあんまり疲れてなさそうだけども。とりあえず今日はもう動きたくない………
「あ、そうだ!冒険者ギルドに行ってくるね!」
「今から行くの………?」
レイカが元気いっぱい過ぎてお母さん着いてけないよ………
「うん!あの温泉街にある大規模な非合法組織が違法薬物売買をしてたんだけどね?私とフェイはそれを潰してきたの!あっちの冒険者ギルドで報告しようとしてたけど忘れてたから今からしてくる!行ってきまーす!」
「!!、!!」
と、言いながらレイカとフェイが部屋から出て行きました。………しかし、あれだな。私そんな話一言も聞いてなかったんだけど。何?あの温泉街って非合法組織が違法薬物の売買してたの?初耳だが??なんでそんなに危険なの??
「………まぁいいか………」
別に私にこれといった影響出てないし。それに今肉体的にも精神的にも割と疲れてるから休みたいし。もう夕ご飯までここで休んでるから………ゆっくりさせて………
「ね、アリス………」
「はーい………なんでしょうかー………?」
「今回の旅行は楽しかったー………?」
「えぇ………とっても楽しかったです………!!」
「………そりゃあよかった」
私がやろうと言った訳でもない。私が何かをした訳でもない。ただ、私は旅行に付いて行っただけだ。
でも、まぁ。
「また、今度は別の場所に行きましょう?」
うん。アリスが楽しかったなら、よかった。
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