蛇は冬眠するっけ?熊はしてるイメージあるんだけど
ブレイブさんとのお出かけをした2日後。私は──
「ほら、アオイ。逃げないで。こっちを見て………?」
「いや、あの、ミナ………?」
──ミナに、壁ドンされていた。壁際に追い込まれ、逃げられないように押さえつけられている。
「貴女が言ったのよ、貴女が………」
「えっ、ちょ」
ミナの顔が私に近付いてくる。あまりにも近い。ほんの少し動いただけでミナと唇が触れてしまうくらいには、身体が近い。
「貴女が………そう、貴女が言ったものね………?」
「ミナ、ちょ、待っ」
「待たないわ………貴女が言ったんじゃだもの………大丈夫でしょ………?」
「あ、ちょっ、ミナ」
そう言って、ミナは私の両腕を掴む。やべ、本当に逃げられない。私は思わず目を瞑ってしまう。
「貴女の弱点………これ、なんでしょう………?」
「ちょっ、ミナ、待って待っ」
「待たないわ………!」
ミナは私の腕を経由して、私の両肩を掴み、そして──
「食らえ、頭突き!」
「とても痛い!」
──ミナの頭突きを喰らわせられた。とても痛い。
「痛てて………」
おでこをすりすりとわざとらしく、それでいて普通に痛いのでゆっくりさすりながら、私はこの痛みの元凶に目線を向けていた。痛い。
「何よ。貴女がやってって言ったんじゃない、頭突き………」
「それはそうなんだけど………いってー………」
「私だって痛いわよ、もう………」
何故、私がミナから頭突きを喰らわされているのか。それは単純、でもないけど、理解できる事である。
私には、自動認識外攻撃防御アップデート、略して(略してない)第二アップデートという魔法がある。常に発動し続けるという特性を持つ、私の完全オリジナル魔法〈だといいな)だ。魔法の効果はその文字通り、私の認識外の攻撃に対して自動的に防御、具体的には物理干渉も魔法干渉も遮断する
しかし、しかしだ。この魔法はその効果が非常に高い分、発動するか否かがかなり不安定である。例えば、超遠距離から放たれた音速越えの、私が目視も出来ず認識すらできないような速度と威力の弾丸なんかは、私が全く認識できないから完全自動的に防御される。何度放たれたとしても、撃たれる場所が分かっていても、弾丸そのものを認識出来ないのだから完全自動で確実に防御される。しかし、私が目で追える速度のパンチとかは普通に当たる。それなのにパンチされる前に目を閉じていれば、つまり攻撃が一体いつくるかを正確に認識していなければ自動で防御されるのである。今回ミナにしてもらったのは、まぁつまり、私の自動防御の穴を探す為の、所謂ゲームで言うならバク探し、つまりデバッグのようなものだ。今回のデバッグで行った手順は、大まかには四つある。
①基本的に痛いのが嫌いな私が逃げないように壁際(左右にも逃げないように隅っこの方)に追い込み逃げられないように私の腕をしっかりと掴みます。
②攻撃前に声かけを行う事で人がいるという事実を私に認識させ続けると共に、なるべく近くに寄ります。
③私は攻撃前に目を瞑ります(怖いので)。
④頭突きのインパクトの瞬間の僅か前に一言声をかけ、私に視覚ではなく聴覚で認識させ続けておきます。この時、攻撃の種類も言っておきます。
この四つ。これを行うと、私の自動防御が機能しないのだ。特に重要なのは②と④。相手が私に対して常に位置を教え、そこにいるのを認識させるのが特に重要なのだ。相手の位置と放たれる攻撃が、どうやって来てどんな事をされるのか、それがわかっていると"認識している"と判断されてしまうのである。厳密には他にもファクターはあるのだが、まぁ私が認識しているからダメージが私に通るだけなので、こればっかりは仕方ない。
「にしても、貴女のそれ、抜け穴あったのね」
「まぁね。私が認識していない攻撃は絶対にどんな攻撃だろうと防御出来るはずだけど、さっきみたいに逃げられなくして、声をかけて位置を知らせて、近づいて視覚以外で認識させて、どんな攻撃を、どんなタイミングで喰らわされるかを知らされてたら、それは私が認識してる攻撃だからちゃんとダメージが通るんだよ」
基本的にはこの魔法、視覚を閉じれば大抵の攻撃は防げるのだ。なんせ、人間の認識の大半は視覚によるもの。勿論聴覚や嗅覚、触覚に味覚も外界を認識しているだろうが、その情報量は視覚に大きく劣る。最も情報量の多い視覚を遮断する事で認識できなくなるというのは、極めて単純でわかりやすい結果だと思う。目が閉じるとほぼ何も出来なくなるのが分かりやすいだろうか。しかし逆に言うと、聴覚、嗅覚、触覚、味覚だけでも外界の認識は可能なのだ。さっきミナにやられたのは、視覚以外の3つの感覚をフル活用して──否、フル活用させられたから、私にダメージが通ったのだ。
私に触れたり近づいたりして触覚によって対象を認識、接近される事で嗅覚によって僅かながらも対象を認識、声かけや相手の息遣いや衣ずれの音などにより聴覚によって対象を認識。たったそれだけ、たったそれだけで、私の防御は上手く無視できる。視覚を除いた他の一つの感覚だけで外界を認識するのが難しいというか普通に不可能ならば、複数の感覚を掛け合わせればこの通り、私は外界を十分に認識できるのである。
「良いこと聞いたわ。今度から何かイラついたら、あぁやってやればいいのね」
「やめてね?」
それは本当にダメージ通るからやめてね?
「まぁ、こっちも痛いから、たまにしかやらないけれど」
「やめてね?」
頻度が少ないなら良いわけじゃないからね?やめてね?
「まぁいいわ。………あ、そうだアオイ。紫悠はさっき街の外に冒険者の仕事に行ったらしいわよ?冒険者の仕事を殆どしない貴女とは大違いね」
「私は店員だし、冒険者の仕事は副業なんだけど」
「………それもそうね。私も似たようなものだし」
でしょ?ミナも私と変わらないじゃん。
「ちなみに今日のお昼って何?」
「勿論、余り物よ?」
「ですよね」
つまりお昼ご飯の内容はいつも通りに選べないと。ま、この店の料理にゲテモノ料理がある訳でも無いし、野菜も食感が嫌いなだけで食べられない訳じゃないからいいんだけど。そもそも私が野菜嫌いなの知ってるから、ミナも店長さんもあんまり私の食事に野菜出てこないし。だって食べるのに時間かかるからね。
「にしても、冒険者………ねぇ」
冒険者という職業は基本的に、万屋のような役割を持っている為、あまりに多種多様な依頼が集まる傾向にある。そして、特に多いのは外敵の排除──魔物の討伐依頼である。当たり前だ。なんせ、この国で一番死に近いのが戦う術を持たぬ人々で、彼ら彼女らが特に恐怖するのが魔物の襲撃なのだから。魔物は人語を介さない。つまり言葉でどうにかできない。そして言葉を交わせない相手は怖い。それに自分と違う存在は怖い。そんな幾つもの"怖い"の折り重ねから、魔物の討伐は急務なのである。何より、戦う術を持つ人達だって永遠に戦い続けられる訳じゃ無い。休息の地は必要だし、そんな場所にこそ大切な物や大切な者が待っている人が多いのだから、そりゃあ積極的に討伐しに行くだろう。それから、魔物に捨てる部位がないというのも依頼が多い理由の一つだろう。つまり、冒険者で特に期待されているのは戦力。即ち戦う術だ。
ちなみに、私1人で戦おうとするとどうなるか。………まぁ、うん。敵は姿形が残ってればいいし、地形も原型を留めてたら良い方かな。近くどころか遠くの人里も完全無事だと嬉しいかも。人的被害は、まぁ、出てないと私はとても嬉しいなぁ………みたいなレベルだものね。………防御は平気なんだ、防御は。自動防御もあるし毒物検知もある。ついでに言うなら便利系の地図もあるしゲーム的に言うならアイテムボックスみたいなのもある、それに時間表示も遮光と暗視の機能もある。更に言うならスマホの容量を増やす魔法もスマホ充電用の魔法もある。そして、いざと言う時の一手を行う為の最終手段(
だって、直接的に攻撃すると威力が過剰になるんだもん。
例を挙げよう。私はある日、思いつきで攻撃魔法を作ってみようと画作していたのだ。一応、
まぁつまり、私が何を言いたいかと言うと、私の扱う攻撃魔法は全てが過剰威力になるのだろうという結論を私は出した。だってもう無理じゃん。威力を極限に抑えて光線放つ魔法を作ろうとしても、最初はあらゆるものを破壊していく極太レーザーで、最後の方に予定通りの人体にダメージすら与えられない雑魚威力になるんだよ?無理じゃんそんなの。私は一体どうしろと?最初に即死させてたら最後に人を殺せなくなってもダメじゃん。逆ならまだしも最初に消し炭にしたらダメじゃん。どうにもならないじゃん。というか普通に考えたら逆だろ!どんだけイメージしても逆にならないけどな!
とにかく、私はここまで攻撃魔法を作った事がないのだ。どれだけ安全に安心に威力を極限にまで落としても作っても無駄だからな。だから、私1人では戦えないのだ。私1人で戦ったら地形も生物もとにかく悲惨だもの。正直に言うと、何も消し炭にならなかったらかなりの御の字くらいだしな、私。しかも、空に向けて撃っても魔法の具体的な飛距離が分からないから危険っていうね。彼方の先の惑星のど真ん中とかぶち抜いてたらどうしよう。宇宙人の侵略より恐ろしい極太レーザー惑星貫通事故とかヤバいよね。一撃死だよそんなの。
「ま、いいや」
「何が?」
「いや、別に何でもないよ。ありがとね、ミナ」
「どういたしまして。今度から何かあったら頭突きしてあげるわね」
「やめれ」
だからやめれ。
次の日。朝から常にミナからの頭突きを警戒しつつ過ごしていたが、とりあえず朝から今までは特に何も無かったのでそろそろ警戒を解こうと思う。警戒して損したかもしれない。いや別に損はしてないか。精々私の体力が削られたくらいだし。
さて、さて、さて。実は、今日の私は非常に最高の気分だったりする。当たり前だ。なんせ、今の私は勝者なのだから!!
「………(無言で右手の拳をぐっと挙げている)」
私は勝ったのだ。そう、物欲センサーという名の悪しき運命に。私は勝ったのだ。そう、ガチャという名の悪い文明に。私は今日この日、完璧に勝利したのである!!我が方の勝利なり!!今日は私の勝ち!なんでお前が負けたか明日までに考えといてな!
「………(無言で両手を挙げている)」
今回のガチャで出てきたキャラクターは鬼や悪魔じゃ無かったよ?でも私、最近ガチャやってて気が付いたんだよね。………多分これ、太陽に関連するキャラクターも優先して出できてるわ。太陽云々みたいなキャラクターが多い。炎系も心なしか多いんだよね。私、なんか太陽と関連あったかなぁ?んな事言ったら鬼と悪魔もよく知らないけど。でもさ?私が性転換して日属性を扱える身体になって日属性魔法を使ったら、もしかして契約属性みたいなレベルで才能に溢れてたりしない?条件属性の適性がどれ程のものかって、確か使ってみないと調べられなかった記憶があるし。私実際、月属性魔法はあんまり得意じゃ無いし。そもそもその特性上あんまり練習した事が無いってのもあるけど。
………まぁ、今はそんな事はどうでもいい。私は運命に勝ったのだからな!!ふはははははは!!はー最高!私の勝ち!私の勝ちですわー!!
「あ、ここに居ましたか、アオイ。?何をしているんですか?」
私が自分の部屋で両手を挙げてベッドの上に立っていると、部屋の中にアリスが入ってきた。扉に背を向けている私は扉の方向を向いて、ついでに両手も下げてアリスの側まで駆け寄った。今日のアリスは、いつも通りの無地でシンプルな黒いワンピースを着ているらしい。アリスの服装は基本的にシンプルな無地が多い。なんでも、ファッションというモノが未だにいまいちよくわからないんだそうで、なら変なのを選ばないように黒か白の無地でシンプルな服装を選ぶ傾向にあるらしい。ちなみに、靴は私とお揃いのブーツだそうだ。あのブーツ頑丈だし便利だしね。
「あぁ、アリスか。私、自分の運命に勝ったんだよ。褒めて?」
「褒めればいいんですか?分かりました」
アリスの手が私の頭に伸びて来る。えっマジ?頭撫でてくれるん?最高か??
「よしよし、アオイは優しくて素晴らしい人ですね。いつものアオイはゆったりしてて力も抜けていますし、あんまりやる気も無いんですけど、でも、やらないといけないって時には全力全開で頑張ってくれるし、何より本気で頑張っている時には相手に何も強制しないのが素晴らしいですよ。それからそれから、いつも自分で決めた事は絶対に破らないようにしているのも凄いです。よしよーし。アオイは頑張ってますよー」
「んー、最高の気分」
控えめに言って最高。控えめに言わなかったらもう私死んでもいいかもって感じ。いやいや、だって、ねぇ?美少女に頭を撫でられて褒めてもらえるとか。マジで本当に最高なんだけど。ほんっとうに、心の底から最高なんだが?並大抵の人間なら味わえないぞこれ。はー、マジ最高。人生って感じするわ。
「どうですか?突然褒めてって言われたちゃったので、あんまり沢山は言えなかったんですけど。これでよかったですか?」
「うん、良いよ。最高。アリス最高」
「最高ですか?それならよかったです」
うーん。………何してもらってるんだろうって気分になってきたわ。こんな美少女に私なんかの頭を撫でで貰ってるの、なんだか申し訳なくなってくる。私が妖属性で今すぐにでもイケメンになりゃいいだろうか?………いや、一からイケメンに変身する魔法を作るより、
「あ、そうですそうです。………コホン。実はですね、今度、ミナちゃんと店長さんにはちょっとした旅行に行ってもらう事になりました!」
「おー、おー?」
旅行とはどう言う事だろうか。あの2人が休むって事?やっと休暇を作れたのかなぁ。まぁあの2人働き過ぎだし、休みくらい取ってくれないと過労で倒れそうだもんね。
「最近あの2人は働き過ぎです。私やレイカちゃん、それからフェイちゃん、それにアオイは、ちょくちょくお休みしてます。ですが、あのお二人はお休みが全くありません!年がら年中お仕事なのです!ですから今回、あの2人には旅行に行ってもらう事になりました!拍手です!」
「おー!」
ぱちぱちと、手を合わせて叩くインパクトの瞬間に少しだけ空洞になるようにしつつ手を叩く。確か、この拍手の仕方をすれば音が良く響くだとかなんとか、中学校の授業とかで言われた記憶がある。あいや、卒業式練習の時かな?まぁその辺はどうでも良いか。
「しかしそうなると、誰がお仕事をする事になるのか?という事になってしまいます」
「確かに」
「更に言うなら、お二人の護衛だって必要になると思うんです。
「それはそうだ」
この世界は物騒だからな。街と街の間を移動するのも、死の危険との隣り合わせである事に変わりはないし。まぁ道なりに進むなら確率はめっちゃ少ないけど、危険という事に関しては特に変わらないだろう。人を襲う化け物である魔物の脅威は、今も昔も変わらないのだから。図書館の歴史書に色々書いてあったもん、魔物被害の話。まぁあんまり覚えてないけど、スマホにメモってるからなんとかなる。何がなんとかなるか知らないけど。
「ですので、私達。つまり、私とアオイとレイカちゃんとフェイちゃんも一緒に旅行に行きます!紫悠さんも一緒ですよ?」
「なるほど?」
………それ、アリスが旅行したいだけでは?でも自分達だけで行くのは罪悪感があるから、ミナと店長さんにも休んで貰って皆んなで行けばいい!みたいな建前の元、本音としては旅行行きたい!みたいな考えで動いてたりしない?
「それとそれと、別に私が旅行に行きたい訳じゃ無いんですよ?でも、ほら、あれです。レイカちゃんとフェイちゃんだけで旅行に行くとなると、今度は私とアオイが危険になるじゃないですか。なら、そう、一緒に行けばみんな安全です!あと、それから、紫悠さんはアオイの親友なんですよね?なら一緒に行ったほうが楽しいです!ですよね?」
うーん、これやっぱりアリスが旅行に行きたいだけでは?
「まぁ、了解。ちょっとの間だけ宿屋『バードン』はお休みって事ね?」
「はい、そうなります。ちなみに、旅行の予定は私が考えました!実際に旅行に行くのは来週の最初からですから、他の予定で埋めないようにしてくださいね?」
「それは大丈夫」
私の予定は基本的に無いも同然なので。あいや、やらないといけない事はいくつかあるんだけど、別に今すぐにやらないといけない訳じゃないからいいんだよ。少なくとも半年の間に行かないきゃいけない所と、後一個やらないといけないなーって思ってる事があるだけで。まぁ、期限ギリギリになるまでやらないかもしれないけど。
「あ、そういえば。なんでも、紫悠さんが新しい魔獣を創造するらしいです。アオイに伝えてって言われましたけど、何かするんですか?」
「あー?あー、あれね、あれ。いや、魔獣って純粋にどんな風に作るんだろうなって思ってさ。確認しに行きたかっただけ。アリスも一緒に行く?紫悠がどこ行くのか知らないけど」
「この街の近くにある、弱い魔物ばかりの湿地帯があるそうで、そこに行くんだそうです。今ならまだ一緒に行けると思いますよ?あ、私は行きたいです」
「んー、じゃあ、一緒に行こっか。いざとなったら紫悠を救出する係も必要でしょ」
「それってアオイが助けるんですか?」
「いんや?バティンにやらせるつもり」
私がやろうとしたら、多分創造した魔獣を紫悠ごと消滅させる事になりそうだから………
「うし、とりあえず忘れ物は無い。行こっか?」
私がそのままベッドから立ち上がって、適当に寝癖が無いか頭を大雑把に触れてから、まぁよく分からんと放置して部屋の外に行こうとすると、アリスの左手が私の右手を握ってきて、私の手を私の進行方向、つまり引き止めるように引っ張ってきた。おおう、びっくりするじゃないか。
「もう、寝癖か治ってないですよ?」
アリスは私の目の前に立って、私の頭に手を伸ばす。寝癖を直してくれるらしい。別に直さなくても私は困らないんだけど………
「別にいいかなーって。私は困らないし」
「もう。アオイはちょっとくらい、身嗜みに気を使って下さいね?よい、しょ。
「んー、ありがと」
「ふふ。どういたしまして?」
今、アリスが私に対して使った魔法は
私はアリスに手を繋がれたまま、まぁわざわざ手を離す必要も無いしこのままで良いかと、このまま紫悠の部屋まで歩く。まぁ部屋の距離自体は近場なので、何かを喋る訳でも無いが。別にアリスも私も喋らない時は喋らないしな。
「おーい、紫悠ー」
私が紫悠の部屋の前に立って、部屋の中に声をかける。と、部屋の扉が開いた。そこに居たのは勿論ながら紫悠だ。しかしその格好は、私の思ってたんと違った。いや、思っていたのと違った。
「あ、アオイ。一緒に行くか?」
「………何それ」
紫悠の服装は非常に簡素なモノだ。上下とも安物な黒のシャツとズボンに、その上からフード付きの黒色のローブを着ているという、黒ずくめで、お前は一体どこの犯罪者集団の一員なのかと言いたくなるくらい黒一色の服装だ。元の世界で昼間にこんな人見かけたら普通に通報するかもしれない。不審者とかの怪しい人だ。しかし、私の視線が釘付けになったのは服装ではない。
「どれのこと?」
「その、仮面?みたいなやつ」
何故か、仮面を着けていた事だ。黒い服とローブだけならまぁ、居なくは無い。けど、何その謎の仮面。怖っ。というかヤバい人なんですけど。お前と知り合いって事にしたく無いくらいなんですけど。何?高校になってから厨二病再発でもしたの?怖い。いや元から厨二病発症してたとは思うけど、なにそれ怖い。
「これ?これは仮面虫って言う名前の、俺の魔獣の一体」
「魔獣?それが?」
今から新しいのを作るのではなかったのか?と思ったが、紫悠は具体的な説明をしてくれた。
まず、その謎の仮面の名前は仮面蟲(かめんちゅう)。適性属性は毒、妖、契約。頭部を守るために創った仮面のような見た目の蟲の魔獣らしい。それが魔獣でいいのかとは思ったが、まぁ本人がそう言うならそうなのだろう。キモいけど。仮面虫はあまり魔法は得意ではないが、その代わりに外骨格が硬く、赤い六つの眼球は高い視力と暗視能力を持つらしい。紫悠は仮面蟲を着用するときに感覚共有することで周りを見ているんだそうだ。なんだその無駄な高等技術。確かに契約属性の魔法があれば出来るけども。私だって面倒だからあんまりやった事無いってのにこいつ凄いな。ある意味。
話を戻す。仮面虫は六本の脚と腹で顔に張り付いているが、少し顔との間にスペースを確保しているから、紫悠は呼吸を普通に出来るようになっているらしい。妖属性で多少なら仮面の模様を変えたりもできるそうだ。普段は金曜日の方が着けてるタイプのアイスホッケーマスクみたいな模様だけど、白色部分が青色になってたり、左目みたいな部位の模様が吊り目っぽいのに右目の方は丸目だったり、なんか、言葉では言い表せない絶妙なキモさがある。また、一応牙とお尻の針に毒があって、緊急時は顔から離れて相手に飛びついたりもする、らしい。そして、別に臭くはないらしい。最後のやつは重要だそうだ。いまいち意味がわからなかったが、この魔獣は紫悠の2体目の魔獣なのは理解した。なんでよりによって仮面何だよとか、厨二病でも再発したのとか、割りかしツッコミたかったけど、頑張って抑えた。面倒になったからな。
「………はー、なるほど。で?今から3体目?3匹目?の魔獣を創造しに行くんだっけ?」
「そうだな。ちなみに予定してるのは焔蛇って魔獣だ」
「なる、ほど?」
焔蛇とか言われても分からないが??
「焔蛇は──」
「話が長くなるからパス。行くぞー、テッテッテテテテー、カーン」
私はアリスの手を引きつつ、説明キャンセルをして外に向かうのだった。まぁ途中で何処に行けばいいのか分からなくて、結局は紫悠が先頭になったんですけど。
さぁやってきましたルナートの街付近の湿地帯。紫悠の案内で、紫悠が言うならかなり安全なルートを通ってきたらしく、実際に1匹も魔物と遭遇しなかった。いざとなったらアリスは魔法と武術で戦ってあげますと言っているし、紫悠だって魔法での戦闘はできるらしい。ふーむ。これもしかして、私だけ個人で戦えないな?まぁまぁまぁ?私は契約魔術師ですので?戦闘方法のベクトルが違うのだよベクトルが。別に悔しくなんか無いし。
「──そうなんです。そうして、アオイが私を助けてくれたんですよ?とーっても、頑張ってくれました。レイカちゃんが言うには頑張り過ぎだったとか」
「へー、んな事してたのか、アオイ」
「まぁ、したけども」
湿地帯に向かう道中。アリスは紫悠と仲良くなりたいようで、どちらにも伝わる話題である私の事を話して、紫悠と仲良くしようとしているらしい。大分暈して話してるっぽいから、詳しい事は何にも伝わってないとは思うけど。まぁ、私が便利なコミュニケーションツールになっている事に若干遺憾の意を覚えなくも無いが、まぁ私が死ぬ訳でも無いので良いだろう。でもその話を私を挟んでするのはやめて?確かに私は直接攻撃が出来ないし魔法もそう簡単に撃てないけど、だから両端に魔法が普通に使える2人を置くのは何も間違いじゃないけど、でも私の話を私を挟んでするのはやめない?せめて別の話題にしない?とは思うが、まぁ何を話そうがそれは個人の自由なので無視する。
「それから、アオイは私をルナートの街にまで連れてきてくれたんです。だから、今はこうして一緒の場所で働けている、という事です」
「なるほどなぁ。アオイがそんな事してるなんて初耳だった」
「そりゃ言う必要も意味も理由も何も無いからな」
わざわざ自分から人助けをした事を話す訳がないだろう。誰かを助けたという事は、誰かは助けられたという事だ。この場合、話に出てくるのは私だけじゃない。私が助けた相手──アリスも出てくるのだ。それはつまり助けてもらった相手からしてみれば、誰かに助けられた過去があると言うことである。人によってはあまり好ましい過去ではないだろう。何せ、自分が助けられなければならない状況に陥っていた、という証拠なのだから。助けられた側が話す分には良いだろうが、助けた側が話すのは普通に考えて駄目だろう。少なくとも私はそう考えたから話していない。例え話していても、誰を助けたとかの部分は暈して話していた、筈だ。私は基本的に私自身の発言を信用も信頼もしていない。だってわざわざ自分の言った言葉を細かく覚えてる訳なくない?私は覚えてない!だから信用も信頼もしないのだ。前と矛盾したこと言ってる可能性があるからな。だからこそ、筈、なのだ。
「っと、この辺でいいか。水場の側で、湿度がかなり高い。地面には薄く水が貼られてるし………うん、ここにしよう」
なんて言いつつ、紫悠は背中に背負っていた荷物を地面に下ろす。中に入っているのは、なんと、魔物の素材だ。あぁそういや、魔獣を創造する時に魔物の素材を使うと魔力消費が抑えられるんだっけ?なんかそんな文を書いた記憶あるな………あぁ、まぁ、そっか。今から戦うのは自分自身だものな。私らが介入したら変な事起こりそうだし、離れてみてるとしようか。
「紫悠、私とアリスは遠目から見てるから。死ぬなよー」
「おう、なんとかするさ」
「ならいい」
なんとかするならいいや。本人があぁ言ってるならどうとでもなるのだろう。死んだらそこまでだが。
さて。実は私、今回創造する魔獣の内容を既に聞いている。魔獣創造は脳内イメージだけで創造するか、魔力紙に設定を書いて触媒として使用してから魔力を消費する事で創造が出来るのだが、今回は後者の魔力紙を使うタイプの創造方法を行うらしかったので、先に新しい魔獣のステータスの確認が出来たのだ。道中で見せてもらった。
今回創造する魔獣は焔蛇。適性属性は火、毒、風だそうだ。主に、蛇型魔物の素材と火属性の魔石を贄にして創造するつもりらしい。その全長は約90cm。体の表面が硬く赤黒い石のような鱗で覆われており、威嚇や戦闘時は体の鱗の隙間や口から炎が吹き出るんだとか。高い瞬発力と熱感知能力を持ち、牙は火傷するほど熱く、毒は体に回るのが早く、内側から焼かれているような痛みに襲われるそうだ。恐ろしい。また、体から気化した毒を放つことも出来るらしい。締め付ける力自体も強く、並の人間ならば首を締め付けるだけで窒息させられるほど何だとか。こうして総合的に見ると、普通に強い。
ただし、水に濡れたり、湿気の多い場所、寒い場所だと動きが目に見えて鈍ってしまうらしい。何せ、焔蛇はその名の通りに焔の蛇。主な属性が炎である以上、対となる水には弱くなる。更に、元々蛇や蛇型の魔物は基本的に変温動物であり、その特性を引き継いでいるので寒さにも弱い、らしい。自分で炎を吐いたり隙間から炎が吹き出るじゃないかと思ったが、それでも駄目らしい。
つまり、だ。
「準備完了、っと」
足先から膝下までの水位で適度に水に溢れており、周囲に高い木々が多い為に気温が必然的に低い、この湿地帯のような場所では。まぁ、私の親友がいくら現代の子供で、今まで戦闘をした事が無いような雑魚で、かけだしもかけだしな冒険者で、未だに創造した魔獣はクソ雑魚偵察用の弱虫と今顔に着けている仮面虫という直接戦闘能力が無い魔獣だけだとしても。まぁ、負けはしないだろうよ。負けは。立地条件で勝っているのだから、そう簡単に負けはしないだろう。なんせ、いざとなったら私がバティンを召喚して助けてやるからな。それでも駄目だったら、紫悠はそこまでだったってだけだろう。
「この贄を糧とし、今ここに誕生せよ──焔蛇」
紫悠が詠唱を終えると、贄として持ってきた魔物の材料が魔力へ分解されていき、焔蛇の設定を書いた魔力紙にどんどん魔力が吸収されていく。勿論、紫悠の魔力も吸収されていくが、精々が2割くらいだろうか?まぁそのくらいだ。そして、全ての贄を吸収し終えた魔力紙も一度分解されてゆき、蛇の形へと再構築されていく。
そして、完全に魔力の変化が止まった瞬間。
「KISYAAAAAAAAAAA!!」
と、焔蛇の雄叫び?が上がると同時に、焔蛇がその姿を表した。うーむ、正しく紫悠の描いた焔蛇の設定画と同じだな。
お、紫悠を襲い出した。確か、魔獣創造で作り出した魔物は創造主を殺しにくるんだっけか。創造主の魔力によって構成されているから、創造主は言わば最上の餌みたいなものらしいし。後、創造主が自分より強い存在である事を証明しないといけないんだとか、なんとか。私ら人間的には神様が創造主だけど、神様って絶対の存在でしょ?だから攻撃しようとか逆らおうとか、そういう考えは一切無い訳。いや人によるか。まぁでも、焔蛇にとって紫悠は最上の餌であり、何より自分より弱いかもしれない創造主なのだから………まぁ襲うよねって。ま、そんな感じで、紫悠は襲われてるって訳。弱虫にも襲われてたしね?
紫悠は懐からナイフを取り出しつつ、焔蛇に相対してるみたい。焔蛇の方は立地と環境が邪魔をして本来の力を出せてないらしく、なーんか、カタログスペックよりも性能が落ちている気がする。いやまぁ、設定資料を確認しただけなんだけどね?
「っ!」
紫悠は、上手い具合に性能の落ちた焔蛇と対峙している。技術でどうにかしてるって感じではないけど、ナイフを使って対峙してるのは間違いない。でもまぁ、うん。見る限り、焔蛇が自爆でもしない限り平気じゃね?
1日後。まぁうん、普通に紫悠が勝ったし、もう契約も済ませて、焔蛇が紫悠の仲間になりました。まぁ私のやる事も無かったですね。暇でした。
「シュー、シュー」
「おぉーよしよし………焔蛇は可愛いなぁ」
「シュー!」
「あっちい」
だけどね?焔蛇は名前通り焔の蛇。いつでもどこでも問答無用で炎を吹き出す訳ですよ。
「紫悠」
「ん?何?」
「宿は木造だから焔蛇宿の中に入れるの禁止ね」
「ええっ?………そりゃそうか」
って事になったので、紫悠は複合魔法、まぁつまりオリジナルの魔法を3日で作ってどうにかしたらしい。3日って凄って思ったけど、私も思いついてから3日で複合魔法作ってなーって思い出したのでツッコまなかった。
魔法の名前は『シャドウスペース』。使用する属性は毒、影、妖、契約、空間、深淵らしい。自分の影に空間を創る魔法だそうだ。契約属性で「紫悠の創った魔獣と魔獣の餌以外の物は入れられない」という条件を付与する事で、かなりの広さと空間を継続するのに必要な魔力の削減をしており、契約条件に含まれない物が入ると毒属性で腐食し分解するようになっているらしい。まぁつまり、紫悠の創造した魔獣達だけの特殊空間だそうだ。ま、その魔法のおかげで宿は燃えずに済んだのでヨシ!
「あ、マリンちゃん。久しぶり?」
「えっ、えっと、そのっ………おっ、お久し、ぶり………ですっ………!」
「久しぶりー。ごめんね?ここ最近色々と立て込んでてさ。まぁ、うん。今日はアリスも居るけど、ゆっくりしてって?」
「こんにちは、マリンちゃん。私はアリスです。どうぞよろしくお願いしますね」
「はひっ?!ひゃ、ひゃいっ………!わっ、私は、マリン、ですっ………!よっよろしく、おね、がいしましゅ………!!」
この日。私はアリスと一緒に、割と久しぶりに一緒に遊ぶ事になったマリンちゃんと一緒に居た。何故久しぶりになったのかと言えば、王都への旅行に行ってたでしょ?アリス攫ってきて色々とアリスの為にしてたでしょ?そして紫悠が来たんだよ?うん。時間的には空いててんだけど、こうして遊ぶって事はあんまり出来なかった。普通に話しては居たんだけどね。レイカと楽しそうに遊んでる姿を度々見かけるから。というか、アリスとマリンちゃんは初対面だったのか。私はてっきり、もう顔合わせくらいしたことあるのかと。
「マリンちゃん。久しぶりだけど、何かしたい事とかある?」
「えっ?!あ、え、えっと………ですねっ………!わ私っ………アオイお姉ちゃんの、お勉強がしたい………ですっ………!」
「おぉう、勉強熱心だ。ちょっと待っててねぇ」
確か複合魔法の組み合わせ勉強の紙は、
「はい、どうぞ。わからない所があったら聞いてね?」
「はっはい!あ、ありがとございますっ………!」
マリンちゃんはそれだけ言うと、若干アリスから距離を取って私の方に寄りつつ、勉強をし始めた。勉強と言っても、問題自体は私の作った雑なやつだし、あんまり将来の参考にはならないんだけども。
「アオイ、アオイ」
「ん、アリス、どうかした?」
私は今からゆったりと本でも読んでいようかと思っていたのだが。なんか服の裾をちょいちょいってアリスに引っ張られてしまった。
「私もやりたいです、それ」
「………これ?」
「はい。それです」
アリスが指差しているのは、私の作った問題集。………えぇ?それやるの?
「まぁ………いいけど………」
これ、私が作ったゴミみたいな出来のやつなんだが………まぁ、いいけど。
そうして。2人は黙々と、時々私に質問しつつ、私の作った問題集を解いていくのだった。
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