薬物って単語だけ聞くとヤバいよな。普通に薬なのに


我が親友である紫悠も私と同じようにこの宿で働くようになってから1週間。紫悠はある程度仕事に慣れたらしい。仕事は専ら食器洗いか私が居ない時の荷物持ちとかがメインらしいが、とにかく仕事らしい仕事はしているようだ。仕事が無い時は元の世界と同じく趣味をしていたり、この前登録したらしい冒険者ギルドの簡単な依頼をこなしたりしているらしい。ちょっとした魔法も覚えたらしいし、まぁ安心だろ。私だって最初の危険は初級魔法だけでどうにかしたしな。いやアレは大分運が良かったとは思うけど、でもまぁ、死んだとしてもそれは自業自得だしな。私関係ないし。


あ、そうそう。なんかあいつ、『魔獣創造』のユニークスキル使ってみたそうだ。その辺に落ちてた虫の死骸で、魔力紙を使わずにイメージだけで、とりあえず適当に作ってみようってなって──即座に気絶したらしい。魔力が足りなかったんだろうな。んで、気絶して起きたら、創り出した魔獣が弱い力で噛み付いていたそうで、デコピンしたら簡単に戦闘不能に出来たらしい。んで、私がすぐに1番簡単な契約属性の魔法を教えてあげて、そこで直ぐに契約したそうだ。ちなみに、我が親友の適性属性は火、風、毒、影、妖、契約、血液、深淵、空間の9属性らしい。丁度良く契約属性があって良かったな。多分無くても魔法道具使えばどうにかなったけども。


話を戻すが、そうして創造した魔獣のステータスを確認する事になり、我が親友から名付けられた名前は『弱虫』。正直言うなら酷い名前だ。適性属性は毒、風だそうだ。元の世界のゴキブリのような見た目の雑食の昆虫で、所持能力は生命力が強いのと飛行能力、食事の時に使う腐食効果がある毒のみだそう。これでも一応魔獣なのだが、しかし生物的な強さは弱く、この魔獣を創ってぶっ倒れた紫悠に襲いかかっていたそうだがその噛む力は非常に弱く、人間にちょっとした傷を作るくらい。毒の方は紫悠には実績の効果により効かなかったが、実際の効果はせいぜい肉や葉っぱの細胞を少し分解して柔らかくする程度らしい。人も殺せない魔物とか逆に凄いなって私は思ったよ。


ま、その虫は紫悠のペットだから、必要な食費関連は我が親友が追加で払う事になりますね………紫悠の借金というか出費がどんどん増えていくじゃん草。ま、今の紫悠はこの宿の従業員として働く事になったので宿代は払わなくてもよくなったのだけどね?でもそれはそれとして友人のお金が減っていくのを見るのは楽しいよねって。ほら、他人の不幸は蜜の味って言うじゃん?私ってば薄情な人間だからさぁ、他人に降りかかる不幸を見てるだけで割と楽しいんだよねぇ。


「あー、マジほんと牛乳美味いわー」


「アオイの嬢ちゃんは酒みてぇに牛乳を飲むよなぁ」


「そんな事言ったら、私からしてみればフォージュさんは牛乳みたいに酒を飲むよねって感想になるんだけど」


「そうなるなぁ」


現在時刻は夜営業の半ば。注文の量が若干落ち着いてくる気がする頃でもある。給仕の仕事も相談サービスの仕事も今はどちらも無いので、私は休憩と称してフォージュさんと同じ机でいつものように牛乳を飲んでサボってるのである。ま、店長さんもミナも仕事が落ち着いてきたから軽く夕食を食べてるみたいだし、ちょっとした休憩時間ってのもあながち間違っちゃいないんだけどね。アリスとレイカとフェイ?2人と1匹は今日は冒険者として働いたのでお休みです。冒険者としての仕事が無い日はお手伝いしてくれるからいいんだけどね。ま、今は紫悠って名前の新しい従業員が追加されたから、1人あたりの仕事量も減るんですけど。


「ん、そういや、ミナが言ってたが、新しい従業員が入ったんだって?アオイの嬢ちゃんの知り合いらしいじゃねぇか。どんなやつだ?」


「ん、紫悠の事?えーと、紫悠はなー………えー………なんて言えばいいんだろう」


説明が難しい。えーと、ね。


「あー、そう。あいつは確か、描いた絵を気持ち悪いって言われるのが好き、とは違うけど、なんかそんな感じのニュアンスで捉えてる変人かな?後は、朝に弱くて寝坊する事が多くてー………割と動物好きで人間嫌い?あーあと、物語なら悪役が好きなタイプだった筈」


友人の事を説明しろ、とか言われても説明が難しい。私の語彙力が無いとかじゃなくて、純粋にそんな事言われるまで考えた事とかないから。だって親友は親友だもの。私が信頼してりゃそれでいい。誰かにどうこう言われる筋合いは欠片も無い。


「そいつは絵描きなのか?」


「絵描き、というか、趣味で描いてる感じ?私も模写くらいなら出来るけど、あいつは普通に油絵とか描けた筈」


紫悠は高校で美術部だからな。私はアニメ部とか言う名前の、自分の作りたい物をなんでも作る雑な名前の文化部だけど。大抵は絵を描く方が多かったけど、私は小説も書いたし絵も描いた。小説ってか好きな文章を書きたかっただけで物語としてはどうかと思うし、絵の方も他人が描いた絵を模写してるだけだったけど。でも、紫悠はアニメ部と美術部を兼部してて、絵をめっちゃ、では無いけど描いてた。学校の廊下に飾られてたしな、描いてた油絵。なんか絶妙に気持ち悪かったから気持ち悪って罵倒したら喜んでたけど。やっぱあいつドMなのかもしれん。今度出会い頭で罵っとこ。………それは割といつもの事か。


「ちなみに、名前はなんてんだ?」


「岩井紫悠。私と同じ故郷出身だからね。似たような名前でしょ?」


「なるほどな、アオイの嬢ちゃんと同じ故郷の奴なのか」


「そそ。ま、故郷とこの街って場所的にはかなり遠いから、ここに来たって知った時は割とびっくりしたけど」


「そら驚きもするだろうよ」


ホントだよ。なんで私の親友も異世界に来てるの?不思議で堪らないし割と訳が分からんのだけど。いやまぁ、うん。別にいいんだよ?私のような一般人に異世界への転移現象が起こったのなら、しかもそれが学校への登校中なら、まぁ紫悠も同じ道は通る訳で。なんかこう、時空の揺らぎ?みたいなタイプの、こう、次元門みたいなタイプのやつを通って異世界に来たってら仮定するなら、私と紫悠が同じ世界に居るってのも、なんとなく理解できるのよ。


でもさぁ、それでさぁ!ピンポイントで私の親友が来るってのがびっくりなんだよ!驚きポイントはそこなんだよ!だってあの登校してた道って私と紫悠以外も沢山通ってだじゃん!なんで他の人は来てないわけ?いやまぁ来てないって決まった訳じゃないけど、少なくともこの数ヶ月で見てないって事は居ないって事として判断するしかなくない?


いやまぁ、私と紫悠が出会うのに結構時間経ってるから、他の人も時間が経ってから来る可能性もあるけど………うん、あれだな。ここまで考えておいてなんだけど、深く考えるのはやめておこうかな。私如きがこんな世界の秘密みたいなの考えても絶対に何も思いつかないんだからな。無駄な思考をする必要も無いし。それより仕事………はサボってるから牛乳飲も。


「ま、親友に出会えた事自体は割と嬉しいからいいんだけどね。頼りにはならないけど、まぁある程度使える男だし」


「………男?」


「ん、そうだよ?性別知らなかったん?」


「あぁ、初耳だな。にしても、そうか。男だったか。てっきり女かと思っちまってた」


「あー、まー………うん、うん」


今の私の身体は女性のもの。普通、友人は同性である事が多いもの。そりゃ、勘違いもするわな。それは私でも勘違いするわ。どっかの小説か漫画で男女の友人関係は生まれないとか書いてあった気がするし。


「って事は、なんだ?アオイの嬢ちゃんとミナ、それからレイカの嬢ちゃんとアリスの嬢ちゃん。4人の女が居る宿に、若い男が1人ってか?不味くねぇか?それ」


「あーはん?」


なるほど?それは確かに、変な噂が立ちそうである。


「でもあいつ雑魚だしなぁ」


それに加えて人間嫌いらしいしなぁ。動物の方が好きなんじゃ?むしろヤバめなケモナーなのでは?


「なんだ、弱っちいのか?」


「私が素手で勝てるくらいには弱いよ」


「そりゃ弱っちいな」


そりゃ雑魚だからな!………それに、素手とは言ったが魔法を使わないとは言っていないしな!そもそも魔法を使う時に私は杖とかの補助道具を使わないタイプだから基本が素手だし。つまり、素手の勝負でも魔法を使って勝つから問題無し!つまり紫悠は雑魚!っし私の勝ちぃ!


「ま、それ以上に人間嫌いらしいからなぁ、あいつ。人間以外の動物の方が好きなんじゃないかなぁ。それか獣人族ビーストの人とか?」


「なるほどな………それならある程度の安心は出来るか。知り合いの女子供が男共に襲われたってのは、いつ聞いても心底嫌なもんだからな」


「………なるほど」


それは確かに嫌な話だ。男が女子供を襲うってのは、その先に待っているのがどう考えても悪い未来しかないものな。性的に襲われるならまだマシな方、襲った側の男が犯罪者で捕縛されて違法奴隷として売られてしまえば未来は無い。それから、純粋に女子供は肉体的にか弱いのが種族としての正当な進化である為に戦闘能力が無いものも多いので、女子供は簡単に傷付けられて殺されるか捕まる。なので、快楽殺人を行う者にとっては普通に女子供は良い的だろうし、世界にはバラバラになった肉体に欲情する変態もいるのだ。私のような一般人ですらこれほどの酷い結末を想像できるのだから、現実は私の数千倍、いや数万倍は恐ろしく悍ましいのだろうな。だからこそ、フォージュさんの言っている事も分かる。確かに、私もそれは心底嫌だな。流石の私もってか普通に生理的に相容れない。いくら私の心が広くともそれは無理だ。私の中のお釈迦様が全力疾走しつつ立体的な軌道を描いて巨大なパイルバンカーをぶっ放すレベルで嫌だ。即ち無理だ。


「ま、アオイの嬢ちゃんなら大丈夫だろ。割と強かだしな」


「割と強かって何?」


割と心外なんだけど?


「まぁ、紫悠は悪いやつじゃない………いつも悪ぶろうとしてるけど似合ってないから、優しく接したげてね。罵倒くらいなら許す」


「許すな許すな。アオイの嬢ちゃんの知り合いだろう。よっぽどじゃなけりゃんな事しないぞ」


「じゃあよっぽどの時は本気で罵ってあげてね」


「アオイの嬢ちゃんなぁ………」


「でもさ──」


「アオイちゃん!!」


なんて、フォージュさんとサボりつつの会話をしていると、私の事を呼ぶ声が1人。その方を向くと、そこにいたのは金髪で青眼の弓使いのブレイブさんだった。私の事が好きで色々なアプローチを相談サービスを通じて提案してくる人だ。たまーに一緒に買い物をしたりする。いやだって、ただ私と一緒に買い物するだけで嬉しそうなんだもん。人を喜ばせるってのは、まぁちょっと楽しいよね。だから何回もやっちゃうんだけど。別に好かれてるってのは悪い気しないし。


「この宿に新しい男の店員が来たって聞いたんだ………本当なのかい?」


死極真剣な顔で私に問いかけるブレイブさん。なんだ、いつもはもっとふわっとした顔なのに。いやその顔も男の時の私より普通にカッコいいけどね?でもどうしたのさ、急に。


「本当だけど………どうしたのさ、急に。というかブレイブさん、今って確かダンジョン行ってるんじゃなかったっけ?」


「あぁ、アオイちゃんに男がどうこうみたいな話を聞いてすぐに戻ってきたよ」


戻ってきちゃったかー。まぁ、好きな人に男の影が、なんて話聞いたら飛んで帰るよね。私の知ってるブレイブさんなら尚更。だってそういう人だし。なんというか、優しい人だよ。自分の事を考えずに好きな人に一途、というか。私の事を思って自分を蔑ろにしている、というか。だからこそ、私はさん付けして呼んでるんだけど。


「そっか。でも大丈夫。紫悠は私の故郷の知り合いだから。それに、ブレイブさんが心配するような事も無いよ。杞憂ってやつ。なんなら、お詫びに今度また一緒にお出かけしようか?私が何も言わなかったのが悪いんだし」


いやまぁ厳密に言うなら私は悪くないんだけど、私に優しくしてくれる人を蔑ろにするのはあんまりやりたくないので。後ブレイブさんの事は普通に尊敬しているので。


「………そうか。杞憂なのか。しかし、いくらアオイちゃんの言葉とはいえ鵜呑みには出来ない。まずは自分で調べてみるよ。それはそれとしてお出かけはしたいです」


「あーうん、今週ならというか大抵暇だから、またお出かけしよーね」


ブレイブさんが私の事が好きって言ってくれるのは、まぁ割と嬉しいよ。私は人の純粋な好意を嫌がるような人間じゃないので。流石の私もそこまでの外道じゃない。まぁとにかく、私を好意的に思っているブレイブさんは、私との時間をとても楽しそうに過ごしてくれるから、そういうところは好意的ではある。しかし、それが恋愛感情かと問われればなんか違うんだよねぇ。どっちかってーと歳の離れた友人なんだよなぁ。まぁ、ブレイブさんとのお出かけ自体は楽しいから、出かける事自体は別に全然おっけーなんだけど。


「明日とか、どうだい?」


「せめて1日くらい休んでからにしなよ。ダンジョン帰りすぐでしょ?明後日ね」


「そうか………そうだな、そうしよう。休憩日は必要だからね。ありがとう、アオイちゃん。俺の事も考えてくれて」


ふっふっふ。ブレイブさんは私に惚れてるからな。こうして言ってしまえば主導権を握れるのだ!私のお願いは断れないからな、この人!後は普通にブレイブさんに休んで欲しいって気持ちもあるよね。疲れてるのに休めないって辛いだろうから。


「いーって事よ。冒険者は身体が資本、休める時に休んどかないと続かない、って誰かが言ってたよ?」


確か、お客さんの誰かだったような。けど誰が言った言葉か覚えてねぇ。誰だっけな。


「あぁ、明日は存分に休ませてもらうよ。そして明後日にはアオイちゃんとお出かけだ!元気出てきた!」


「そりゃよかった」


その日はブレイブさんと同じ机を囲んで、割と楽しんだのだった。………仕事?したよ、一応。











2日後。私は宿の前で1人、共に出かける予定のブレイブさんを待っていた。今日はちょっとした冒険者の仕事も兼ねているらしいが、一体何をするのだろうか。街の外には出ないと言われているので、一応安心はしているのだが。


「あ、おーい!」


なんて若干の不安を抱えつつ宿の前で待機していると、視界の端にブレイブさんが見えた。年齢的には全盛期から少し後くらいの年齢らしいのだが、かなり元気なんだよなぁ。なんでだろ。彼女でも出来た………って、ブレイブさんが好きなの私か。私と出かけるのがそこまで楽しかったとか?うーん、それが一番ある気がする。人間、好きなモノの為なら幾らでも元気になれるだろうし。


「やぁ、おはよう!今日はいい天気だね、アオイちゃん」


おっなんだ天気デッキか?それは話が続かないからやめた方がいいぞ。でもまぁ、確かに快晴一歩手前って感じの天気だけど、気温はちょっと涼しげなんだよな。


「ん、まぁ、天気は良いし気温も涼しげで良い。いつもより快適な気候だとは思うよ」


「そうだね、俺もこれくらいの気温が丁度良いと思う」


「そうだねぇ」


まぁここで嫌って言われても、天気なんて魔法を使ってもそう簡単には操作出来ないから、あんまり文句は言えないけど。天気って魔法で再現するとかなり複雑は複合魔法になるから、沢山の適性属性が無いと使えないと思う。というか文句は言えないって、そもそも天気のことなぞ一体誰に文句を言うというのか。天気の神様とか?その辺は居ようが居まいがはどうでもいいのだが、性別なんてモノの神様が居るんだから、まぁ天気の神様も普通に居そうではあるよね。お天気キャスターさんに加護とか与えてそう。この世界お天気キャスター居ないけど。そもそもテレビとかニュースが無いけど。新聞っぽいのならあるんだけど、露店で売ってる感じで定期購入するタイプじゃないんだよね。平民でもかなり安価で購入できる程度の値段(その時の紙の値段によって値段が変動するので正確な値段が存在しない)だから、アリスがたまーに買ってるらしいけど。でも気になった事とかないし読んだこと無いんだよね。そんなの読んでるくらいならスマホで元の世界のニュース記事読んでる方が楽しいし。


まぁ、あっちとこっちの世界の時間差の影響なのか、閲覧できる内容の日数が、例えばある日には元の世界の1月1日の元日のニュースを見れたと思ったら、次の日には元の世界の同じ年の7月のニュースが見れたり、またその次の日には同じ年の2月のニュースしか見れなくなったりと、なんかおかしいのだ。時空が歪んでいると言うか、数年先のニュースが見れたと思ったら、次の日には数年前のニュースまでしか見えなくなったりするんだよね。そのくせ動画配信アプリとかは全く過去に戻ったりしないで、異世界換算でかなりの日数を空けているのに元の世界換算で数時間前に投稿されてるとかなんだよ。なんか、使うアプリによって時間差が違うんだよね。しかもそれでいてオンラインゲームは時間差なく出来たりするし………なんかもう意味わからないよね。それなのに直接連絡できるような機能は全部時間が停止してるからか、いくら連絡しても繋がらないし。メールも送られてはくるけど返信出来ないし。チャットは送信も受信もしないし。なんかね、もう訳分からん。誰か解明してくれ。


「とりあえず、今日は何処に行くの?私まだ聞いてないんですけど」


「あぁ、今日は市場に行こうと思ってるんだ。食材が売ってる方じゃなくて、装飾品とか装備品とか、掘り出し物がある方のにね」


「あー、あっちのやつか」


この街には複数の市場がある。私が良く図書館に向かう際に通過するのは、多くの種類の食材が売っている店や露天だらけの食料市場だ。今回行くのはそことはまた別の場所にある市場で、装飾品や装備品、果ては魔法道具などの露天や店が並んでおり、多くの掘り出し物などが売られている、別名、骨董市場である。そんな骨董市場の特徴は、露天で売られている品質や値段、品物の種類などがその日その日によって変動する為、その日は何が売っているのかわからないという、言わばガチャのような市場なのである。私も何回か行ったことがあるが、あの場所で御目当ての物を見つけられた試しがない。こんな所でも物欲センサーが働いているのかよと悔しがった記憶がある。幸運をもたらす魔法の品なんて無かったんや………


「行ったことはあるかい?」


「まぁあるよ。目当ての品が見つかったことはないけど」


「ははは、まぁあそこは運が悪いと目当ての品は見つからないからね。あの市場には良く行くんだけど、そう簡単には見つからなくて、結局探してない時に見つかる事が多いんだよ。でも、良い物は本当に良い時もあるから、探して損は無いと思うな。俺が今使ってる弓だってあの市場で見つけたし」


「弓もあるのかあそこ………」


「食材は殆ど無いけど、それ以外なら割となんでもあるね。武具は勿論、薬とか家具とか、果ては家なんてのが売られている時もあるよ」


「家?マジか………」


「しかも豪邸だったらしいよ?」


「マジか………」


家売ってるとか凄くね?むしろそんなのよく売られてたな?


「あの市場は面白いからね。アオイちゃんにも楽しんで貰えるかなって思ったんだよ」


「うん、うん。流石の私も面白いのは知ってる。だから早よ行こう」


私がてくてく歩き出すと、ブレイブさんは私に手を差し伸べてくる。一瞬疑問符を頭の上に浮かべてしまったが、なるほどと天才的な超速理解をした私はその手を握ってみせる。すると、ブレイブさんは非常に嬉しそうな顔をしているので、うん、まぁこれが正解なのだろう。私はどこまで行っても何をしても男だけれど、だからって他人の好意を無下にする必要は無い訳で。そして、他人を喜ばせる事がどれだけ難しく、それでいて簡単なのかは、世間を知らぬ高校生である私でもなんとなーく理解できる事であって。


「うむ。行くぞブレイブさん。掘り出し物が私を待っている!」


まぁ、うん。手を差し伸べられたらどうするか?そんなのは簡単だ。恋を知らない小学生でも理解できる。差し伸べられた手を握ってやればいい。そんなの、昔っからの常識だからな。………若干恥ずかしいけれど、まぁ、手を引かれるのは歩くのが凄い楽なので、割と無視できるけども。










若干お父さんと手を繋ぐ子供のような気持ちを覚えつつ、私とブレイブさんは無事に骨董市場に到着したのだった。現在時刻は朝の8時。本来なら10時から仕事なのであまり長居は出来ないが、今日は店長さんとミナに昼営業は来なくていいからブレイブさんを喜ばせろと言われているので、昼仕事は無い。まぁ休めるなら喜んで休むけど。私には罪悪感とか微塵も無い。いや、本音を言うならミナと店長さんの休日無くね?ってちょっと心配になってるんだけど、まぁ本人達が休まないなら大丈夫なんだろうよ。倒れたらそこまでって事だろうし。


「んー………おばあさーん、これ何ー?」


そんな私とブレイブさんは今、適当な露天を見つけていた。いくつもの薬を売る、元の世界からしてみれば普通に怪しい店なのだが、そんな薬を売っているのはどこにでもいそうなお婆さんなので若干調子が狂う。ローブとか着ていない普通の服装の人だ。魔女って服装でもないその辺のおばあちゃんだ。ま、誰が売ってようと、私は売り物が面白そうだから露天を見てるんだけど。


「それかい?そりゃ媚薬だよ。んなもん手に取るなんて、お嬢ちゃんはよっぽど欲求不満なのかい?」


「あー、どうなんだろ。でもこれ本当に効果あるの?」


「ちょ、アオイちゃん」


「あるに決まってるよ。なんせ、あたしが旦那の料理に混ぜて飲ませて、2人子供をこさえた時のと同じやつだからね。少なくとも一瓶全部飲ませたら7日は治らなかったものさ」


「うへー、ヤバそう」


「アオイちゃん?」


「そりゃ大変だったよ。途中からあたしは腰が砕けちまってね、最後の方は旦那の性欲を発散するためのただの穴っぽこさ。そっからあたしは3日は立てもしなかったよ。しかも薬の効果が残ってるのか3日目に追加でやられちまってね。最終的に立てるようになったのは5日後だったよ」


「うへー。ちなみに男女関係なく効果はあるよね?」


「アオイちゃん?」


「そりゃあるよ。子供をこさえた後に旦那があたしにも飲ませてきやがってね。今度は旦那の腰が砕けちまって、後は最後まであたしの玩具さ。そのせいでもう1人こさえる事になっちまったけどねぇ」


「あら。子供3人もいるの?」


「あっアオイちゃん?」


「4人だよ。なんせ旦那もあたしももう一回ずつ使って楽しんじまったからねぇ。あんまりにも気持ちよくて、薬が無いと楽しめない身体になっちまったもんだよ」


「えー、ヤバいじゃん。ちなみにいくら?」


「アオイちゃん?!」


「金貨1枚だよ。買うのかい?そっちの歳が離れた旦那にでも使うのかい?」


「旦那て。ブレイブさんは旦那じゃないよ」


「あ、ああアオイちゃ、アオイちゃん」


「おや、そうなのかい?なんだい、面白くないねぇ」


なんて会話をしている間、ブレイブさんは非常に気まずそうにしている。ついでに恥ずかしそうにしている。そしてかなり動揺している。まぁ好きな子が媚薬についてお婆さんに聞いて、しかもお婆さんからかなり直接的な具体例を聞いてたら、まぁ気まずいし恥ずかしいし動揺もするよね。見ていて面白いからフォローしないけど。


「まぁ買うけど」


「なんだい?良い男でもいるのかい?」


「アオイちゃん?!」


「いや居ないけど。でもさ、媚薬とか面白そうだから。これ一滴だけでも効果あるよね?」


「一滴だけでも十分効果はあるよ。ま、せいぜい数時間治りがつかなくなるくらいさね」


「それは十分にヤバいのでは?」


そしてそのレベルの媚薬がこんな小瓶いっぱいに入ってるよもヤバいのでは?一滴ずつ使ってもかなり量あるけど。


「まぁ買うよ。ほい」


MICCミックから取り出した金貨をお婆さんに手渡す。まぁ、うん。これは多分本物だろう。なんせ、私の第三アップデート、即ち自動有害物質検知アップデートが反応してるからな。媚薬は私の中で有害物質に含まれるのだ。だってさ。興奮してる訳でもないのに勝手に身体が発情するとか、まぁ普通にヤバいもんね。でも買う。なんか面白いから。別に持ってて死ぬ訳でもない、だろうし、大丈夫でしょう。


「じゃ、もう行くねおばあさん」


「そうかい?ま、他にも入り用だったらまた来るといいさ。死なない限り、いつでもここにいるからね。売り物は違うかもしれんが」


「うん、じゃーね」


私はさっきから私の名前を呼んでるだけの置き物と化した、顔を真っ赤にして恥ずかしそう且つ気まずそうなブレイブさんの手をがしっと男らしく(ここ重要)握って、骨董市場を一緒に市場を回るのだった。

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