私は寝起きの方が頭回るのよね。ほら私朝型だし?


………目が覚めた。頭痛はしない。うん、なんだかスッキリしたな。さて、今何時かな………んん??


「なん、だと………?」


第五アップデートでスマホの画面を確認したら、次の日の四時になっていた。私、昨日のお昼過ぎ………大体15時くらいに、頭痛薬を飲んで、レイカと話して、それで、ゆったりしてたら眠くなってきたから、目を閉じて、寝て………………んで、今?


「12時間以上寝てるじゃん………?」


え、私、普段6時間(元の世界基準なので、この世界だと2時間弱程度)睡眠なのに………外、太陽が昇ってる………え、待って待って。現在時刻は………3時?朝の3時?何時間寝てた?え?もしかして13時間近くも寝てたの?


「そんなに疲れてたの………?」


えぇ………(困惑)


「………でも、身体はスッキリしてる………」


身体が怠くない。むしろ調子が良い。めちゃくちゃ身体が軽い。ベストコンディションと言っても過言では無いレベルで体調が良い。頭も寝起き直ぐなのにめちゃめちゃ働いてる。ストレスは………元からそんなにストレス感じる人間じゃないので、寝る前から割とゼロに近いけど、今はゼロだ。


そうだ、眼鏡………は、別に無くても見えるんだよな。アクだけは基本的に常に召喚し続けてるから、アクの権能の効果は常に発動してるので。維持に必要なのも、僅かな魔力と食事だけだし。食事の方はミナがあっちの街で用意してくれてるだろうし、魔力だけならどれだけ遠方でも供給は可能だ。ちなみにアクはあっちの街に居るが、召喚すれば直ぐにでも呼べるので特に置いてきた事について特に問題は無かったりする。そもそも、うちのアクはお姉ちゃんの所の鳥丸と沢山仲良くしたくて、自分から残ったのだ。私はそれを許可しただけである。そもそも、別にアクがいようがいまいが、大抵はバティンに任せておけばいいのだ。支払う対価は些か面倒だが、まぁ、特別何かの危険がある訳でもないからな。割と気軽に呼び出せる。


………というか、もう朝なのか。


「………お腹空いた………」


夕食の一食分を抜いてしまったからか、健全な男子高校生である私はお腹が空いてしまったらしい。お腹が空いてお腹が痛いというレベルではないが、そこはかとなく心地良いレベルでお腹が空いている。うーん、今日の私の身体の調子が絶好調&最高潮過ぎてヤバい。ちょっと怖いレベルだ。


「あ、お母さん!起きた!おはよう!ー


「?、!、!」


私が自分の身体の絶好調さと最高潮さを若干怖く感じていると、部屋の外、つまり宿の廊下の方からレイカとフェイが扉を開けて、その手の中に食事を乗せたお盆を持ってきていた。詳しい食事内容はわからないが、匂いだけでかなりヤバいレベルで美味しそうな食事なのはわかる。………じゅるり。


「え、うん。おはよう?」


というか、レイカとフェイはわざわざ私の為に食事を持ってきてくれたんだね。娘とペットが優し過ぎる………私、後で身体とか要求されないよね?物理的にぶちっとかされないよね?ちょっと心配になってきたよ?


「お母さんお母さん?考えてることはなんとなーく分かるけどね?とりあえず食べて!それから、手紙の人を助けに行くんでしょ?」


「………そういやそうだったな」


ド忘れしてた。………お腹空いたし、素直に食べるとしよう。


「もう、お母さんったら。はいこれ食べて!私とフェイは冒険者ギルドに行ってくるけど、お母さんはここに居るよね?」


「まぁ、うん。今日の20時くらいまでゆったりしてるつもり」


私が手紙の人物を救出するのは、夜の帳が完全に下り、世界が闇夜に包まれ、十分な暗黒に染められてからだ。カッコよく言ってみたが、つまり夕方を過ぎて夜になってから、という事である。真っ暗闇だとしても、私には『暗視遮光視界確保アップデート』、つまり第六アップデートがある。それさえあれば、暗闇だろうと視界だけは確保できるからな。真夜中の方が良いに決まっている。見える視界は影が一切ない世界だが、昼間のようにしっかりと見えるのだ。しかし、誰かさんの視界は真っ暗闇。そんな中で私が全身真っ黒の姿で居たら、私と同じように暗視を使っていない限りはバレないだろう。むしろ、暗視を使われても正体がバレたりしないように、わざわざ変装するのだけどね?


まぁともかく、出発時刻の20時までは、ある程度の仮眠を取ったり、道具類の準備だけはしておくつもりである。本番なのでかなりの緊張自体はするだろうが、やる事は別に単純だ。穴を掘って、地下空間で見つからないように移動し、手紙の人物を救出して、そしてここに戻ってくるだけ。余程のことがない限り、緊張しても平気だろう。………まぁ、でも。昨日みたいに焦ってるより、程よい緊張感を持って行った方が良いか。慢心したり、油断し切ってるよりかは、多分何十倍もマシだと思うし。


「そう?なら、私達は依頼、やってくるね!行ってきまーす!」


「!、!!」


「んー、いってらっしゃーい」


レイカとフェイは元気良く、この部屋の外に出て行った。さて、私もそろそら食べるなーっと………あ、美味しい。










時間は過ぎ、現在時刻は19時半。出発時刻まで残り50分である。元の世界換算だと割とあるのだが………まぁ、暇つぶし、は流石に駄目なので、まだ時間はあるが変装し始めるとしよう。


「あ、お母さん、もう変装するの?」


「まぁ、一応?」


「お母さん、予定の時間を決めるとその時間より前に色々し始めるよねー。待ち合わせとかも余裕を持って行くし、お母さんって何かしら時間が決められてるときっちりしだすよねー」


「よくわかってるじゃないか」


レイカの言う通りである。私、予定を決めると、その予定時刻を破る訳にいかないって、予定時刻より早く着いたり、出かけたりするんだよな………時間が決められていると、なんというかきっちりしなくちゃいけないって思ってしまって。だって私、割とSの方で他人の不幸で飯が美味くって割と自己中心的なタイプの人間だけど、森羅万象に褒められるくらいには良い子なので。私は良い子なので!基本的な良心はあるので。基本的な常識はあると思うので。基本的な社会性もあると思うので。だって私は良い子なので。


「とりあえず変装するかぁー」


「おー、パチパチ!」


ちなみにフェイはもう寝ている。18時くらいに眠ってから起きていないから、まぁ、疲れてるんだろう。妖精が疲れるのかは知らないけど、レイカが『疲れて眠ったのかな?』とか言ってたので、きっとそうなんだろう。レイカはフェイと会話できるみたいだし。まぁ未だに会話できる理屈は知らんのだが。


とりあえず、変装用の服をベッドの上に置いていこう。


私が取り出したのは、ドレス・・・。紛う事なき、ドレスだ。どちらかと言うと、ゴシック・アンド・ロリィタ、と言うのが合っているかもしれないが。とにかく、そう言われるような服である。黒を基調として、装飾として真紅と深紅を使われている装飾が華美で、スカート部分の裾には白が使われている、そんな服である。他にも付属品として、黒い装飾がなされている長手袋や、黒地のタイツとガーターベルト。複数の黒地に赤い線の入った髪留めのリボン、そして専用の下着すらあると言う、そんな上から下までのセット服である。肩から胸元までが開いているせいで少し恥ずかしい、というのを無視すれば、かなり可愛らしい服だと思う。


………なんで男である私がそんなの持ってるのかと言われても、私がミナの着せ替え人形にさせられていたからだ。そしてその勢いでそのゴスロリを買って、私が貰う事になったからでもある。要らないって言っても渡してくるから諦めてMICCミックの肥やしにしようと思って入れてたが………今回、それを使う事にしたのだ。………普通に一生着たく無かったが、今回ばかりは致し方ない。なんせ、こんな服、私は普段着たりしない。むしろ私が普段着ているのはメイド服、つまり奉仕服だ。ドレスとは対極にあると言っても過言ではない服だ。こういう服の方が私の正体がわからないものである。だから、わざわざ着るのだ。


それに、私がこのまま・・・・・・着る訳じゃない・・・・・・・


悪魔変転デーモン・トランス


悪魔変転デーモン・トランス。それは、私が作り上げた、妖属性、光属性、契約属性の3属性を使った、新たな複合魔法である。その効果は、非常に単純。名前通り。私自身が悪魔に変身するのである。しかし、変転の名の通り、私は悪魔になるのだ・・・・・・・・・


この魔法はまず、妖属性によって私の身体を人間から悪魔へと変身させる。そしてその後、契約属性と光属性によって、その状態を固定する。状態固定とは即ち、私が『初めから悪魔である』と、世界に誤認させるのである。契約属性による複雑な細々とした多種多様な契約を施し、光属性の倍増で補強する事で、私を元から悪魔だったのだ・・・・・・・・・・とするのである・・・・・・・。そうすると、どうなるか………それには、非常にわかりやすい例がある。


身体復旧フィジカルリカバリーという魔法がある。妖属性の魔法で、変形、変化させた身体を元に戻す魔法だ。人間なら人間に、獣人なら獣人の元々の身体構成へ戻る為の魔法で、妖属性の持ち主が最初に覚えるべき魔法でもある。そしてこの魔法は、相手にも自分にも使うことができるので、変な姿になってしまった哀れな人を元に戻すことも可能という、比較的使い易く、何より妖属性という属性の魔法を扱うにおいて、最重要な魔法でもある。


それに、戦闘中などで他者、つまり敵が何かに変身した場合に、その姿を強制的に元に戻す用途としても使用できるので、割と攻撃というか妨害に転用する事も可能な魔法なのである。妖属性の魔法であれば大抵は問答無用で元に戻す事が可能である為、妖属性を使った犯罪者というのは非常に少ないと言われているレベルである。なんせ、妖属性の魔法でどれだけの異形に変身しても、身体復旧フィジカルリカバリーの魔法一つで元に戻ってしまうから。


しかし、この状態固定という技術を使用して変身をしていたらどうなるか。それは、単純明快。今の私は悪魔なのだ・・・・・・・・・。元々悪魔である存在に身体復旧フィジカルリカバリーを使えば悪魔に戻るように、今の私もこの姿のまま、つまり変身後の悪魔の姿に・・・・・・・・・戻るのである・・・・・・。即ち私は、妖属性という属性を扱う上での弱点&欠点を、私は一つ潰したという訳である。勿論、状態固定を解除してから身体復旧フィジカルリカバリーを使えば、人間に戻る事は可能なので、別に人間を捨てる訳じゃない。というか、普通にもう一度悪魔変転デーモン・トランスを使えば元に戻れるようにしている。


「おぉー!お母さん、綺麗!」


そして何より、これは種族を変えるだけの魔法じゃない。私の姿と種族を変更する魔法だ。勿論、私の姿の面影は無いくらい、とことんまで変身している。


まず、元々の色素を変え、髪色を黒髪から金髪になる。そして、瞳の色は深紅の如き色に染まる。身長と体重に変化は無いが、髪の長さが極端に伸び、腰の辺りまで伸びている。肌の色もより全体的に白くなり、健康さより不健康さが増すレベルである。そして何より、めちゃくちゃ可愛くて美しい顔になる。普段の私が中の下、いや下の中くらいなら、今の私は上の上。最高級レベルの美しさと可愛らしさを兼ね備えた最強の顔になっている。街中を歩けば10人中12人が目で追うレベルだと思う。割と頑張って整形した。


「ん、ん」


勿論、声も顔に似合うような、可愛らしく美しい素晴らしい声に変えている。ちょっと歌うだけでも万人を惹きつけるような声だと思う。勿論私自身に才能は欠片も無いので分かる人には分かる程度のものしか歌えないが。しかし、これなら元の姿である私には絶対に辿り着けないだろう。その為に、顔も声も、種族も姿も変えたのだ。普段の私とは全く違わなければむしろ困るというものである。


「あー、あー、これでいい………かな?」


しかし、あれだな。私が作った魔法の結果とは言え、自分の声が普段と違い過ぎて違和感しか無い。というか、口調に違和感がある。もっとこう、この声にはテンプレお嬢様みたいな口調なら似合うだろうか?まぁ、ロールプレイする感じなら元の世界でやってたTRPGで慣れてるからな。まぁ多分、いけるだろう。


わたくし………あぁ、こういう口調の方が似合いますわね?」


「おぉ!口調がそれっぽい!」


もういいやこの口調でいこう。口調も変えればもっとバレにくくなるだろうしな!それにこういう、所謂典型的なお嬢様口調というのは、アニメのインパクトが強くて割と覚えているので、演技するのも割と簡単だ。割とスラスラと真似できている。もしかして私には演技の才能が………?


「………そんな訳ありませんわね」


この口調、割とそれっぽく適当言ってるだけだし。現実に居るかどうかもわからない雑な口調だ。しかし、演技がし易い、というのは紛れもない事実である。普段の私と全く違うような口調でもあるから、変装には良いとは思うし。それに、例え咄嗟の事態のせいでお嬢様風の喋り方じゃなくなったとしても、普段は気を付けて喋っているが、素の口調は荒い………みたいなギャップが生まれるだろう。私がアニメのヒロインなら割と売れそうだ。というかもう似たようなのがいそう。


「身体能力も上がっておりますし………とりあえず、軽い準備運動といたしましょうか」


私の悪魔状態の身体能力は、事前の確認だとレイカよりちょい低いレベルの身体能力だと判明している。しかも、私は全力であって本気ではなかった(本気を出すのが面倒で手を抜いたとも言うが、それ以前に本気を出すとどれだけの影響が出るか分からない………という建前と理屈の元、少しサボった)のだから、今の私の素の身体能力はかなり高いのだろう。ちなみにレイカがどうして身体能力がここまで向上したのかを予想するには、私の持つ悪魔へと適性が非常に高いからこうなっているらしい。まぁその分、総合魔力量が半分になっているが、たったそれだけで身体能力がとことん上がったなら良いだろう。


「やっぱり、こっちのお母さんの方がきれ〜」


「まぁ、そうなるように作りましたもの。普段のわたくしと大きく乖離するよう、姿にはかなり凝りましたのよ?」


スマホを使って色んなイラストや色んなコスプレ、とにかく美人や美少女を見まくって、可愛らしさと美しさを兼ね備えるような素晴らしい姿を作り上げたのだ。言わば、何でも出来る整形みたいなものだ。まぁ身長とかは変更すると上手く動けなさそうなので変更しなかったが、しかしだからと言って綺麗ではない訳がない。レイカだって私とは違って割と可愛いが、美しさは今の私の姿の方が勝っているだろう。いやまぁ、この辺の感想は私の主観的な話であって、数万人が全く同じように美しいと言うのかは知らないが。


「でも、これだけの身体能力向上はかなり予想外だったんですのよ?本来、そんな機能付けるつもりは無かったんですのに、悪魔に変転したらいつの間にか身体能力が上がっていて」


それは割と驚いた。勿論、種族を人間から悪魔に変更するのだから、身体能力はある程度上がるだろうと思っていた。しかし、元の身体能力がクソ雑魚なのだから、せいぜい2倍かそこらだと思っていたのだが………今の私は、確実に人外レベルの身体能力になっている。だって岩とか金属とか殴っても痛く無かったし、そこまで力を込めてなかったのに岩も金属も普通に砕けたし。垂直に軽くジャンプしたら10mくらい跳んだし。1秒で300m近く走れたし。なんかもう怖いくらいに身体能力が強化されてて、私は本当に驚いた。恐らくは、私の悪魔との相性が良いから、悪魔に変転した事で本来強化されない所が強化されたんだと思われる。


ちなみに、バティンにこの姿の事は一言も言っていない。だって、こんな姿してたらバティンは確実に暴走するだろうから。それは些かというか非常に面倒なので、教える気は今のところ一切無い。いやまぁ、緊急事態には普通に呼ぶが。


「まぁ………とりあえず、着替えますわ」


私は多少の葛藤がありつつも、仕方がないと諦めて、下着から全てセットになっているこのゴスロリ風のドレスを、全て着込んでいく。下着、タイツ、ガーターベルト。ドレスに長手袋、そしてリボン。上から下まで、普段の私が着る事が絶対にないような服である。胸元が肩まで大きく開いている為、少しばかり恥ずかしい。まぁ肌を晒している羞恥よりも、男がこのような服を着ていると言う事実の方が私にダメージがあるのだが。なんというか、誰かから何かしらの精神攻撃を受けている気分だ。


「お母さん、すっごい綺麗!」


「ありがとうございますわ」


しかし、褒められる事自体は素直に嬉しいので、とことん褒め尽くしてくれるレイカに対してのありがとうだけは言っておく。本音を言えば精神攻撃を受けている気分ではあるのだが、まぁ、レイカに一切の悪意は無いし。これは私の問題だし。兎に角、気にしないでおこう。気にしてたら羞恥心で顔が真っ赤になってくるから。


………しかし、やはりというか………種族を悪魔に変更したデメリット・・・・・は、流石に消えたりしないか。抑制されるかなーって思ったけど………無理だなこれ。諦めよ。


「………はぁ、仕方ありませんわ。我慢いたしましょう」


種族を悪魔に変更したデメリット。それは"欲望"と言われる、悪魔特有の精神構造の事である。


悪魔とは、その身に一つの根源的な欲望を宿しているらしい。バティンなら、他者を自分に惚れさせる『恋慕欲』と言うべきものがあり、何故か・・・レイカにも、他者の姿になりたい『変身欲』と言うべきものがある。悪魔は基本的に人間よりも強いが、その欲望と言われるものだけは、決して強固な理性があっても逆らう事が出来ないんだとか。勿論我慢は出来る。がしかし、我慢は出来ても無くなりはしない。そういう根源的な欲求が、悪魔には備わっているのだ。


そしてそれは、魔法によって根本から種族を悪魔に変更した私にもある。当たり前だ。そういう風になるよう、私自ら作ったのだから。


私の欲望はわかりやすかった。私の欲望は、自分と同等の力と持ち主と全力の本気で戦う、『戦闘欲』とも言うべきものである。圧倒的な力でもって行う弱者相手の蹂躙ではなく、圧倒的な力の持ち主を相手にして勝ってみせる挑戦でもなく、自分と同等の力の相手と、一対一で、正々堂々と、何をしてでも戦う。勝ち負けには関係無く、とにかく戦う事。それが、私の欲望。戦闘欲である。誰かと戦うと言うだけで心の底から喜びが溢れ、実際に戦っている間は思考が非常にクリアになり、そして戦闘後の余韻で溢れんばかりの幸福感に満たされるのである。側から見れば"戦闘"で興奮するヤバい人変態なのだが、これだけはどうにも抑えられないのだ。なんせ、街の外でレイカ監修の元、初めてゴブリンと正面切って戦っただけで感情が昂る昂る。勿論、悪魔の状態でゴブリンを相手にしても一方的な蹂躙にしかならないが、それでも戦いは戦い。それだけでも、かなりの幸福感に包まれたのだ。正直言って、側から見たらヤバい人である。側から見なくてもヤバい人の自覚はあるが。


でもまぁ、戦闘が関わらなければ普通の人間とそこまで変わりは無いので、気にするようなものでもないだろう。いざとなっても深呼吸した落ち着けば、割となんとかなる。そもそも戦わなければ興奮もしないし昂りもしないのだから。というか、私に徒手空拳の技術は一切無いので、例え戦う事になったとしよう。そこで、私の身体能力が圧倒的に高くとも、相手によっては普通に負けるだろう。戦うための技術が無いのだから。一応、レイカから基礎みたいなものは教わったが、素人に毛が生えた程度の実力しかないのだ。決して油断をしてはいけない。


そもそも、この魔法にだって他の妖属性の魔法と同じデメリットは普通にある。長い時間悪魔でいれば、その欲望だって人間に戻った時にそのままになってしまうかもしれないし、総合魔力量も半減したままかもしれないし、身体能力も中途半端に高くなってしまうかもしれない。変身系のユニークスキルで無い限り、変身中と変身後のデメリットは付いて回るのだ。ちなみに、私のユニークスキルである性転換も一応は変身系のユニークスキルに分類されるが、変身中と変身後のデメリットは皆無である。そもそものデメリットもそこまで無いが。あぁ後、ユニークスキルによる変身なら身体復旧フィジカルリカバリーを使われても問題無いってのもあるっけ。


「それでは………いってきますわ、レイカ」


「うん、頑張って行ってきて!」


現在時刻は19時70分。まだ20時ではないけれど、もう面倒なので出発しよう。私は部屋の窓に足を掛けて、そのまま地上に降りる。身体能力が非常に高くなっている今、ちょっと飛び降りるくらいじゃ痛くも痒くもないのである。


勿論、20時前だからって人が全く居ない訳じゃ無い。むしろ、賑わっている所は賑わっている。しかし、今は夜だ。明るい場所は明るいが、反対に暗い場所は十分暗い。人は暗闇より光に目が行くもの。まぁ暗闇の中の黒も割と目立つのだが、しかしわざわざ視認する事が出来ない暗闇を覗き見る人間が一体どれだけ居るというのか。私はそのまま、暗闇の中に潜みつつ、こそこそと王都を囲う壁辺りまで来ると、人の出入りが多い門から離れた場所を選び、普通に跳び越えて街の外に出る。その際、決して誰にも見つからないように最新の注意を払いつつ跳び越えたので、多分大丈夫だと思いたい。まぁ見つかっても悪魔の姿を見られただけなので問題は無いが。城壁を飛び越え、着地後はすぐにでも走り出し、最高速度で駆け抜けて誰にも見つからないよう駆け抜けて、そして御目当ての場所で停止する。停止する際に急停止だと足跡というか跡が残るので、なるべく徐々に減速する感じでゆっくりと止まりつつだが。


「っと、この辺ですわね」


ここから目的地にまで向けて掘り抜いて行けば、傾斜はかなりあるだろうけど一応の道ができる。歩いて帰れるのだ。悪魔になって身体能力が非常に高くなったが、基礎体力は所詮元の数倍。元がクソ雑魚体力なので、そこまでの差異は無い。が、今の身体能力が非常に高い分、少ない体力でかなりの距離を移動したりする事は可能だ。だからなんとか………なるかなぁ。まぁなんとかなるでしょ。


「それじゃ、行きましょうか」


闇夜に潜む悪魔さんの救出劇の始まり、ってとこかな?












地面に対してMICCミックを使うと、一気に10mくらいの穴が出来上がる。私はその穴の中に入り、行き止まりまでやってきたら、再度MICCミックを使用して背後の穴を塞いでから、下方の斜め前に向けて次々と穴を掘って行く。その際、呼吸に必要となる空気を同時に放出するのも忘れない。それを何度も何度も、稀に落盤というか天井が落ちてきそうになるが、生き埋めにされる前にMICCミックで前方に向かうか、落ちてくる天井を収納する事で対処する。そうやって掘り続けて、現在は目的地から100mも離れていない地点までやって来ている。やろうと思えば普通に1500mを一気に掘り抜く事も出来るのだが、それをすると確実に確実に穴は落盤するだろうし、何より大きな音が出る。いくら地盤が硬いとはいえ、自重で落ちてこない保証はないのだから慎重にせねばなるまい。というか、こちとら隠密行動をしているだ。わざわざ自分から大きな音を出す必要も無いだろう。だからわざわざ音を立てぬように10m毎で穴を掘っているのだし。


「………」


とりあえず、声には何も出さなくていい。地下空間と100mもの距離があるとは言え、聞こえる人には壁越しでも音が聞こえる可能性は十分にある。穴を掘り抜いて油断したまま地下空間に入った瞬間に刺される可能性だってゼロじゃない。もう私は、決して油断出来ない場所まで来ているのだ。それくらい想定しなくてどうする。ここからの私が常に想定するのは、最悪。しかしそれは理不尽な最悪ではなく、私が全力を出せば対処ができる最悪である。突然この惑星が爆発して死ぬ、なんて事を想定しても意味が無い。それは、ただの無駄な行為でしか無い。私が想像できる最悪を常に想定する。こんなの、ゲームの基本だ。


例えば、FPSゲームなら『この遮蔽物から飛び出たら撃たれそう』だとか想像するし、RPGゲームなら『この先にボスがいそうだから一旦街に戻ろう』だとか想像するだろう?これだよ。この想像こそが、今の私に必要なものなんだ。しかも、この二つは回避、もしくは打開可能だ。FPSゲームなら飛び出さなければいいし、その道を通らないという選択肢もある。RPGゲームなら、街に戻るまでにアイテムを使うのか使わないのかも選択できる。どうすれば最悪を回避し、どうすれば最悪を打開できるのか。それは、どのゲームにだって求められる事だろう。なら、私でも出来る。


「………」


できるだけ静かに、10m毎ではなく数十cm毎にMICCミックを使って行く。魔力の余裕は、割とある。総合魔力量が半分になっているので駄目そうかもしれないと思っていたが、まだ3分の2程度は残っている。燃費が予想よりも良かったみたいだ。改良に改良を加え、擬似時間属性の技術も応用して消費魔力をできる限り削減したからだろう。やっぱり私天才なのでは………?


「………」


とは言え、魔力の無駄使いは出来ない。私の戦闘能力や索敵能力の大半は、魔法に頼り切っているモノだからな。今は悪魔になっているから身体能力だけで割とどうにでもなるかもしれないが、私はどちらかと言えば魔法使いに分類される人種だ。身体能力でどうこうするような状態に陥ってしまったら、割と詰みだろう。魔力は無限に使用できる無限エネルギーじゃないのだ。使わない方向での節約はしたら私の方が死ぬのでやらないが、使うべきところ以外で使う浪費は絶対に駄目だ。そんなもの、ただの愚か者でしかない。


「っ………」


開けた。地下空間に到着した、らしい。取り敢えず、見える範囲に人は居ないみたいだ。真っ暗かと思ったが、一応の明かりはあるらしく、暗視が無くても普通に歩く分には歩けそうだ。まぁ、暗視はあるから視界は良好だな。あぁ後、暗闇の部分は地上より何倍も暗いので、この黒を基調としたゴスロリ服も相まって、暗闇の中に居ればそう簡単にはバレないだろう。感知スキルとか、感知魔法とかが無けりゃ、の話だけどね?まぁとにかく、暗視越しにここから見えるのは、無骨な石の建物が幾つかだけである。私は素早く背後の穴を完全に塞ぎ、暗闇且つ物陰に隠れる。また、UWASウワスを発動して視界の右上辺りに表示し、周囲の生物反応を常に把握できるようにしておく。セットは完了。とりあえず、UWASウワスで周辺の様子見っと………ふむ。


まず、生物の反応は石の建物内にしかいないらしい。がしかし、私の目当ては手紙の人物ただ1人だけである。なので、他の生物の反応に注意はしながらだが、それでいて他の建物は全て無視して、その人並外れた文字通り人外の身体能力を駆使して、常に周囲と周辺に対して最大限の警戒しながら、この地下空間内を静かに、しかし素早く駆けていく。


そうして辿り着いたのは、一つの建物。と言っても、更に地下へ進む為の階段が設置されているだけの建物だ。監視の人間も居ないし、手紙の人物の周囲にも人の反応が無い。警備があまりにもザルだ。こんな地下にあるから侵入者なぞ来るわけない、と鷹を括っているのだろうか?それなら私としては好都合だ。そういう油断を誘う罠の可能性は否めないが、だとしてもここまでザルな警備な訳が無いだろう。そもそも、私の悪魔としての欲望、つまり本能的な部分として、この地下空間内に強者の気配を感じないのだ。戦える者が居ない。蹂躙にしかならない相手しか居ないのだ。これは本能的な部分の話なので確証は無いが、しかし、私の勘のようなモノと考えれば、割と信用に値するだろう。勘が当たっているかは別として、だが。そもそも、私は先に進まねばならない。ここで止まっている余裕は、無い。


「………」


とにかく静かに、そして最大限に警戒しつつ、更に地下へと向かう階段を進んで行く。大きめの螺旋階段らしく、中央部分に5m程度の大穴が空いている。設置されている明かりも少なめ且つ小さめで、これ足を滑らせて落ちないのだろうかと思ったが、まぁ私が気にすることではない。例え今私が落ちてしまっても、螺旋階段の高さは精々が10m程度。今の私の身体能力なら余裕で着地できるレベルの高さである。それに、これくらいの高さなら例え頭から落ちてしまっても平気だ。そもそも、岩を素手で砕いても痛みどころかダメージすら無い身体だ。10mの距離を下手に落ちたとしても、恐らく痛くも痒くも無いだろう。多分。恐らく。きっと。maybe。


そして。


「………」


その螺旋階段を降り切ったその先にあったのは、天井も大理石、壁も大理石、床も大理石で出来ている、とても広く、そして荘厳な地下空間だった。側から見れば体育館のような広さの部屋だ。しかし、部屋のあちこちに巨大な柱が何本も立っており、それらの柱の中でも特に巨大な一本の柱が、部屋の中央部にどっしり建っている。そして、その柱の根本にだけ唯一、小さな光が灯っていた。あれは恐らく、魔法道具の明かりだ。


「ぁ………」


そして、その中心の柱から幾本もの鎖が生えており、その鎖の先は、ある一箇所に向かっていた。


「………」


その、数多の鎖の先端。それらの鎖は全て、手枷や足枷、そして首輪などの拘束具に繋がっていた。しかも、どれだって一つだけじゃない。首輪一つに複数本の鎖が繋がれているし、手枷と足枷もそれは同様だ。更には、そもそもの手枷や足枷などが複数個、同じものへと繋がっている。更には、物理的拘束だけではなく、普段の人間である私なら気が付きすらしないようなレベルの魔力的な拘束も複数個なされているようで………拘束した者を決して逃さないという執念というか、呪いのようなモノまで感じるレベルの拘束だ。今の私が悪魔だから分かったものの、人間ならば魔力的拘束は分からなかっただろう。


そして。その拘束は全て、私の目的の人に繋がっていた。


「………あら、どなたですか?」


黒檀の如き髪は流れる川のように長く、瞳は炎に燃える紅葉のような真紅に染まっており、その肌は白いとしか言い表せない程に白い。また、女性的な部分も神々しく美しい。胸は小さめだがしかし、彼女が女性だとわかる程度に膨らんでおり、腰も適度にくびれているのが拘束具の上からだけの様子で見て取れる。服装は簡素で質素なものだが、その服を纏う彼女は、正に美少女。今の悪魔の私の姿である作り物とは違う、真実の美しさというものがある。私の美しさや可愛さは人形の如きモノだが、手紙の人物の美しさや可愛さは非常に人間味がある。こういうのは、作り物の身体では表す事が非常に難しいモノだ。


「………わたくし、は………」


………さて、なんて名乗るとしよう。この人が手紙の人物なのは確定なのだけど………盗聴されている可能性は十二分にあるのだ。ここで本名を名乗ってバレるというのは、それはただのマヌケだからな。偽名………としても、今の私に似合う名前でないと。んー………まぁ、今思いついた、適当に名乗りやすい名前でいいかな。


「………えぇ。わたくしは、キングプロテア・スカーレット。ただの、悪魔ですわ」


キングプロテア・スカーレット。キングプロテアの花言葉は確か、『王者の風格』だった筈。即ち、今の私の姿、口調に相応しい花言葉である。なんせ、何処ぞの女王様みたいな姿と格好と口調だからな。そして、スカーレットはそのまま深紅の瞳から取ったモノだ。正に、今の私を冠する名だと思う。今の私のネーミングセンスはかなり光ってるぜ。ピカピカよピカピカ。LEDよりピカピカってもんよ。


「………悪魔さん、ですか?」


手紙の人物が身体を動かす度、何かを話す度に、繋がれている枷の鎖がジャラジャラと地下空間の中に響く。それまでも美しい音色のように聞こえるのだから、なんというか、凄い。私の語彙力が死ぬくらい凄い。


「………ええ、そうですわ。わたくしは、貴女に聞きたい事があってわざわざここまで来ましたの。まさか、地下に居るなんて思ってもみませんでしたけれど………」


「それは………すいません。私は産まれてすぐ、この地下に押し込められたものですから」


「………あら、そうでしたの。それは、些か失礼でしたかしら?」


「………いいえ、こればかりは私の環境が悪いだけですから。失礼、というものでも無いでしょう。強いて言うなら、私が悪いんでしょう。私が生まれつき持っているモノのせいですから」


「あら、そう」


まぁ、その辺は割とどうでもいい。


「………随分と。淡白ですね?」


「ええ。………だって、どうでもいいですもの。わたくしは貴女に聞きたい事があって来たのですわ。わたくし、それ以外に構ってる暇はありませんの」


私はMICCミックから、あの蝶を取り出す。すると、私の腕の動きに呼応するように、彼女はその瞳を見開いた。


「これ、貴女のゴーレムなのでしょう?」


「それ、は………!」


「中の手紙………小さなメモも見ましたわ」


「え………?!」


手紙の人物の言葉が止まった。あり得ないものを見るように、こちらを見てくる。


「貴女、書きましたわよね?"助けて"と。その事について、貴女は肯定しますの?それとも否定しますの?貴女の事情なんてどうでもよいので、できるだけ早く、わたくしの質問に答えてくださいまし」


私は、それだけを聞きに来た。言語として、文章として私の目に留まりはしたが、私はまだ、本人から『助けて』の言葉を聞いていない。これがただのポエムで、これがただの嘘ならば、私はこのまま帰るだけだ。彼女のその言葉が嘘だろうと本当だろうと。


だって、私には他人の嘘を見抜くような技術も、他人の心を読み取るような特殊能力も魔法も無い。相手が発する言葉が全てでしかない。だから今、私は彼女に向けて問いている。私は、文章だけじゃ、助けてやれない。しっかりと、本人の口からその言葉を聞かせてくれないと、私は彼女を助けてやりたくない。私は、そういう人間なのだ。


ただ今回は、手紙越しでないと私に『助けて』の意思を伝えられないだろうと、私が判断したから、わざわざやって来たのだ。救出作戦と称してはいたが、その実、私は彼女の真意を判断しに来たのだ。本当に助けて欲しいと願うなら、このまま救出作戦を決行するだけだし、そうでないなら、私は普通に帰る。彼女にチャンスは与えたのだ。どんな選択肢を取るのかは、彼女次第である。………なんせ、私は割と薄情だからな。こうでもしないと助けたくないのだ。だから、チャンスだって一度切り。私は、そういう人間なんだ。


「私、は………」


ジャラジャラと、繋がれた無数の鎖が鳴る。………物語の主人公とかなら、この人を真っ先に助けてあげよう、とか考えるんだろうな。きっと、無責任に助けて、その後で苦労するんだろう。でも、その後には全てを解決して、最後にはみんな笑ってハッピーエンド。そんな、素敵で綺麗で、それでいて夢幻のような、幻想のようなエンディングを迎えるのだろう。


でも私は、私に向けて『助けて』って直に言われるまで絶対に助けないけどな。だって、私は誰かに無駄な恩を売りたく無いから。例えば、私が小さな手助けをしても、大抵は相手に忘れられて恩を売っても帰ってこない。私が大きな手助けをしても、相手方から帰ってくる恩に対しての苦労が釣り合わない。人を助けるってのは、そんな事ばっかりなのだと私は思う。情けは人の為ならずとは言うけれど、自分が行った善行が巡り巡って私に帰ってくるなど、そんなのわかる訳ないではないか。私は私の主観でしか世界を知る事が出来ないのだから。因果が巡り巡って応報されようが知るかよ。善行も悪行も、全て巡り巡って帰ってこようが、そんなもの私が知るかよ。私は、神でも超人でも聖人でも無い。私はただの一般人だ。


だから私は、本人から直接『助けて』って言われないと、誰一人として助けたくない。


「………私は、世界が見たいんです」


鎖の音が鳴る。この場所中に響き渡る。彼女がこちらを向いた。正面から、真っ直ぐに、こちらを向いた。その瞳は、真っ直ぐに私の事を見ていた。優しく、柔らかく、まるで私に向けて慈愛を向けるように。


「私は、世界を………直接、見たいんです。広大で雄大で、どこまでも広がる世界を。世界の果てを、天空の先を、地底の底を………私のこの両の眼で、私のこの瞳で。………でも。でも、全てが見たい、とは言いません。少しだけでいいんです。こんな地下じゃなくて………一度だけでいいから………この目で直接、綺麗な空が見たいんです」


彼女は鎖の音を鳴らしながら、天井を見上げた。その先に見るのは、何の変哲もない石の天井だ。ここでは、彼女の望む空なんて、雄大で広大な世界の上に広がる青空なんて、手を伸ばしても手の中に無くて、果てしなく遠いモノなのだろう。


「………貴女はきっと。私が望めば、世界の全てを見せてくれるんだと思います。………でも、いいです。私は、貴女に言うべき言葉を言うだけです。………ええ、私は………これだけを、貴女に望みます。たった、たった一つだけです。他に欲しいモノは、私が掴まなくちゃいけないから。だから──」


彼女は、私を見る。真っ直ぐに、私だけを。その、両の瞳で。


「──私を、助けて」


そう、彼女は口にした。私を見続けて。


「助けてください。ここから出してください。この楽園から、私を地獄に連れて行ってください。私は、それを望みます」



……


………くくっ………あはっ………あは、あははっ!あはははははははっ!!


「良い目ね。気に入ったわ!貴女はわたくしが助けてあげる。その代わり、今後一生わたくしに感謝し続けなさい?今後、貴女に何があろうとも、わたくしに感謝し続け、わたくしの為になりなさい。それでも良いと言うのなら、もう一度、わたくしに助けてと乞いなさい?」


それが嫌なら助けてやらないだけだ。………私は基本的に良い子だけど、意地が悪い自覚がある。それに、助けて欲しいんでしょう?プライドを捨ててでも、意地を捨ててでも、私に乞うというのなら、私は助けてあげよう。それだけの覚悟があるのなら、それだけの信念があるのなら、助けてあげよう。


………もし、たったそれだけを出来ないと言うならば、中途半端な想いで助けて欲しいのなら、私じゃなくて白馬の王子様とか、異世界の勇者とかに助けてもらった方が断然良い。私は覚悟のある人間は好きだが、覚悟の無い人間は嫌いだ。なんせ、私には大した覚悟なんて無いからな。自分には無いものがある人というのは、どこまでも眩しく見えるものものだしな。


少なくとも、私は。私が中学校とか高校とかで考えついたってか思いついた結婚したい相手の条件に、『自分と正反対の人』って言うくらい、私は、私に無いモノを持っている人が素敵に見えるのだ。だからかは知らないけど、他人への嫉妬は今まで一度もした事が無い………とまではいかないけど、嫉妬するくらい素敵に見える事は割とある。そして、彼女に相応の覚悟があるなら、私は彼女をもっと気に入ってしまうだろう。何がなんでも助けるだろう。私は、基本的にチョロいからな。チョロチョロのチョロだからな。私の事を一生養ってくれる人が居たら、そっちにふらーって歩いて行くくらいにはチョロいからな。クソ雑魚よクソ雑魚。


「………貴女は、とても優しいのですね」


「………はぁ?」


はぁ?


「きっと………きっと、貴女以外の人は、私の事を、今すぐにでも助けてくれるんでしょう。私の意思を、無視して」


「………えぇ。そうですわね」


白馬の王子様なら、異世界の勇者なら、この世界という物語の主人公なら、きっと、有無を言わせずに助けるだろう。きっと、助けられる側が嫌だと言っても、助けられる側が忌避しても、なんとしても。外に行こうと、彼女の手を引っ張るだろう。やらない奴もいるだろうが、少なくとも、私はそんな事をしているタイプの皆に好かれるようなヒーローを知らない。


「でも、貴女は。………どこまでも、私の事を考えてくれている。私の想いを、私の覚悟を、見極めようとしてくださっている。………ですから、言います。もう一度と言わず、何度でも言います。………言わせてください」


こちらを見つめたままの瞳が、一度閉じられ、その言葉と共に開かれる。


「──私を、助けて。助けて、ください。私は、空を、世界を、この両の瞳で見たいのです。安寧の地であるこの楽園から、過酷な地である外界の地獄へと、私を連れて行ってください。………お願い、します………!」


そう言って彼女は、頭を地面へ押し付けた。それは紛れもなく、土下座だ。私の知る中で、最上級の謝罪の姿。そして、何かを乞う者の姿だ。


「………あはっ」


思わず、声が漏れた。


「あははははははははははっ!!」


笑う、呵う。


「あはははっ!!ええ、ええ!!助けてあげましょう!貴女をこの詰まらない楽園から、楽しい楽しい地獄へ連れて行って差し上げましょう!貴女が望んだんですもの!貴女自身が!外へ出たいと望んだんですもの!あははははははっ!!」


私は、彼女の側まで歩き、そしてその鎖の全てを殴り砕く。手枷や足枷、首輪のその全ての拘束具を、腕力のみで破壊してゆく。魔法的な拘束は全ての鎖が破壊されると同時に崩壊したので、恐らく鎖を起点とした拘束魔法だったのだろう。今はもう、物理的な拘束も、魔法的な拘束も、彼女には何一つ存在していない。


「貴女、名前は何ですの?教えなさい」


「私は………アリス。ただの、アリスです」


「アリス………ええ、覚えましたわ」


忘れるわけがない。忘れられるはずもない。これだけ劇的な出会いなのだ。何より、これからアリスは私と共にある。決して逃がさない。決して逃しはしない。


決して、彼女を忘れはしない。忘れられる、ものかよ。


「そう、アリス。一つだけ聞きたいことがありますの」


「はい、なんでしょうか?」


「貴女の拘束を解いたこと、誰かに伝わったりしますの?」


拘束が解かれた事がバレてしまう=アリスが逃げたもしくは何かしら侵入者が居る、という事だからな。こんなん馬鹿でもわかる。


「はい。だから、すぐに逃げた方がいいです」


「なるほど。ならば、今すぐにでも逃げた方がよろしいですわね」


「そうですね。あまり時間は──」


「──っ!」


咄嗟にアリスの前に立ち、悪魔の身体能力と動体視力に物を言わせ、飛んできた短剣を横から殴って弾き飛ばす。UWASウワスをちらっと見たら近場に生物反応がしたから警戒したが、まさか短剣が飛んでくるとは思わなかった。あぶね。しかも、短剣はかなりの速度が出ていた。普段の私なら、身体能力も動体視力も足りずに、みすみすアリスを殺される所だった。本当に危ない。


「………ほう、今のを弾くか。Bランク冒険者程度なら、今の一撃を対処する事は不可能なのだが………」


階段方向から現れたのは、白銀の鎧を着た騎士だ。老齢ながら、かなり重厚な鎧を着込んでいる。にも関わらず、あれだけの速度の短剣を投げられるのだ。相当、強いのだろう。私の本能的な強者レーダーが唸りを上げるくらいには、強い。しかし挑戦するような圧倒的格上という感じもしない。多分、技術が無く身体能力が高い私と、対等に渡り合える技術の持ち主なのだと思う。しかし、今はそんな事どうでもいい。


「誰、と聞かずともわかりますわ。わたくしの敵ですわね?」


「………突然に拘束が解け、一体何があったと来てみれば………貴様は何処のお嬢様だ?見知らぬ顔………いや、そもそも貴様、人間か?」


「あら、そこまで分かりますの?」


「当たり前だ。気配が人間のそれとは違う。………なるほど、悪魔だな?」


「………えぇ、そうですわ。わたくしは悪魔、今日はこの、とーっても可愛らしい娘を攫いに来ましたの。こんな所に閉じ込めていると言うことは、この子は要らない子なのでしょう?なら、わたくしが貰いますわ」


「ははは、要らない訳じゃないだろうよ。ただ、どうやって使うか・・・決めかねているだけだ。なんせ、そいつは狂う運命にあるからな。世界を見せないようにしてんだよ」


なるほどわからん。………しかし、この子が碌に使われていない・・・・・・・事がわかった。なら、この子はもう、私のモノだ・・・・・。私が有効活用してやるよ。この子の命尽きるまで、私が使い尽くしてやる。私が使い果たしてやる。私は出来るだけモノを長持ちさせる主義だ。大切に、大切に………いくら擦り切れたって、決して捨ててやるものかよ。


「あら、そうでしたの?ですが、わたくしは何と言われようとも、この子を貰いますわ。邪魔、しないでくださる?」


「それは出来ねぇ相談だ。俺は一応、そいつの護衛って事になってるからな。悪魔如きに奪わせるわけにゃいかねぇよ」


「あら、そう」


その辺は割とどうでもいい。


「悪魔、テメェの名前はあんのか?」


「………良いですわ。折角ですし、わたくしの名を教えて差し上げましょう」


「あっえっ………?」


私は側で声も出せないくらい怖がっている、というより固まっている?ように見えるアリスの頭を撫でつつ、お姫様抱っこをする。すると、非常に気の抜けた声が耳元で聞こえてきたので、ちょっと面白い。そして可愛らしい。あははっ、かーわいっ!ってか、私今最っ高にテンション上がってるんだけど!楽しくて仕方がないんですけど!!あはははははっ!!


わたくしの名はキングプロテア・スカーレット!名に相応しく、真紅に染まる王者の風格が如し存在ですわ。その散りかけな魂魄の隅々までにわたくしの名を刻みなさい?そして何より、この星に巣食いこの星を無自覚に破壊し続ける害悪にして雑種風情が、このわたくしの前に立てる事、光栄に思うといいですわ!」


相手を盛大に煽りつつ、今の私の名前を大きく刻み込んであげよう。もう既にアドリブ入ってるが、こうすれば普段の私とは更に結び付けづらくなった筈!それ以上に普段の何倍も口が回るってのもあるだろうけどなぁ!語彙力全開だ!


「ほう………俺は、アークだ。アーク・リパルス。この国の極秘騎士団の団長ってのをやってる。悪魔如きに教えるのは些か不満だが、その魂がぶっ壊れるくらい俺の名前を刻み込む権利をやろう。そしたら一撃死で許してやるよ」


極秘騎士団って何だろうなぁ。極秘って付いてるし普通の騎士団じゃないんだろうなぁ。嫌だなぁ何でそんなのペラペラ言っちゃうかなぁ。阿呆なの馬鹿なの死ぬの?私みたいな敵に極秘って付いてる所属を言うんじゃないよ!私の方が危ないでしょうが!!


「あら、怖いですわね。ですけど、安心してくださいまし、今回、わたくしは戦いに来たのではありませんのよ?戦いたいとは思いますけれど………それは今度出会った時ですわね。それでは、ごめんあそばせ?」


「なにっ──」


私はMICCミックを展開して地上まで続く直線上の穴を刹那の時間で作り上げ、そして身体能力の暴力によってアリスを抱き上げ、結界バリアによりアリスを守りつつ、落盤寸前の1500mの穴を約5秒で駆け抜け、落盤する前に土を元に戻し、そのまま直ぐにUWASウワスで追っ手がいない事を確認してから、王都の宿まで帰るのだった。つまり、あれだけ色々と言っておきながら、潔く逃走したのである。アーク?とか言う老齢の騎士の意表は、十分に突けただろう。でなければ、わざわざあんな声は上げない。ふははは、私の勝ちである!


ちなみに、宿に帰ってきたのは朝の3時だった。クソ眠かったので、そのままアリスと一緒に同じベッドで寝た。

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