三人寄れば文殊の知恵の文殊って何?なんかの道具?
私ととても似ているアオナさん──お姉ちゃんと出会った2日後、私はお姉ちゃんの住んでいる家の前までやって来ていた。
………まず、弁明させてほしい。私がアオナさんの事をお姉ちゃんと呼称しているのには、ちゃんとした理由があるのだ。昨日、私はお姉ちゃん──アオナさんと夜営業ギリギリまで話し合ったのだが、その話の最中、私はアオナさんにこう言ったのだ。
『アオナさんと私、双子みたいですね!』
と。事実、話し合っていくうちに、性格は勿論、考え方も才能も、その大半が似通っているもしくは同じモノばかりで、まるで双子のようだと言ったのだ。そしたら、アオナさんは私にこう言った。
『なら、アオイちゃんは私の妹ね!』
って。年齢的にアオナさんは私より二つ歳上なので、私としてもそれは構わなかった。むしろ妹と言われ、喜んでと返答したくらいだ。そしたらこう言われた。
『なら、私の事はお姉ちゃんって呼んで!』
と。最初は少しばかり困惑したが、あの時の私はどうかしていた。所謂深夜テンションに近い状態であった当時の私はそれを了承。そして今に至るわけだ。
「………やっちまった………」
実は私、アオナさん──お姉ちゃんには、ユニークスキルと加護の事を話してあるのだ。お姉ちゃんが先にユニークスキルと加護を話したから、お返しにという意味もあって、私も加護とユニークスキルを話したのだが………なんとなく、共有したかったから、してしまったのだ。
が、これが今の事態を急速に
まぁ、その分お姉ちゃんのユニークスキルだったり、加護だったり、秘密だったりを知ったので、いざとなったらなんとかなるとは思う。情報戦的な意味でだが………いや、あんまり意味が無いかな。
ちなみに、お姉ちゃんのユニークスキルは『仙術』というらしい。あらゆる存在の身体に流れる《気》という、魔力にも似たエネルギーを扱う事ができるようになるスキルらしい。そのエネルギーを活用すれば、不老になったり、魔法より燃費良く空を飛んだり、身体能力を強化したりと、割と色々と魔法に似たような事が沢山できるらしい。が、デメリットなのか、魔力が殆ど使えなくなってしまっているらしく、魔法道具の多い場所だと困るんだそうだ。魔力を流す事すら出来ないんだとか。
また、お姉ちゃんの加護は『占術神の加護』というらしく、占いの精度をあり得ないくらい高めてくれる加護らしい。普段、占い師という稼業によって収入を得ているお姉ちゃんにとっては、とても大事なモノなんだとか。まぁ、商売に必要って意味らしいが。でも確かに、昨日はお姉ちゃんの占いと殆ど同じ事が起きたので、占いの精度が凄いのはわかった。実質的には未来視のようだとは思ったが、使うのにはかなりの制限があるらしく、別に未来視でもなんでも無いそうだ。
閑話休題。
とにかく、私は2日前にお姉ちゃんの家に来るように誘われてしまい、それを了承したので、お姉ちゃんの住んでいる木造の一軒家までやって来たのだが………
「私が行くのは………」
私は男性だ。それも、歴とした男性だ。お姉ちゃんはその事を理解してくれているし、その原因のユニークスキルの事も知っているし、その事を秘密にもしてくれている。しかも、契約属性の魔法である
この
ただ、この魔法は契約属性の魔法でもかなり難しい魔法であるので、使える人はかなり少ない。が、私は契約属性への適性だけなら高いので、割と簡単に使用できたのだ。私の才能が怖いぜ………
再度、閑話休題。
とにかく、私は迷っているのだ。男の私が、独り身の女性の家に上がっていいものかと。私はいつでもどこでも自分の性別を変えられるので、例え女性の身体で家の中に入っても、お姉ちゃんは安心できないだろう。なんせ、普段性別を偽って生活している男性が家の中に入ってきて、そして性別を変えて襲われでもしたら、お姉ちゃん以外にはそれがわからないのだ。なんせ、性別はいつでもどこでもどんな時でも、私の意思が思うがままに変えられるのだから。家の外では女でも、家の中で男になったら証拠として残ったりしない。
しかも私の場合、何故か【性別神の加護】の中にユニークスキルと加護の存在を隠蔽するスキルが内包されているので、ユニークスキルを知っているお姉ちゃん以外は証拠を得ることができないのだ。裁判官も真っ青な完全犯罪が行えてしまう。更には契約属性の魔法による
「………どうするべきか………」
だから、私は迷っているのだ。入るのか、入らないのかを。お姉ちゃんと話すのは、そりゃあめちゃくちゃ楽しい。更に言えば、私は別にお姉ちゃんを襲う気は無い。そんな事をするくらいなら、普通に話した方が楽しいだろう。そもそも私は初対面に近い女性を襲うような屑ではないし、私の欲の大半は知識欲か怠惰欲求である為、性欲は皆無に等しい。つまりは、何かを知ることと、ぐーたらする事以外に興味は無いのだ。ちなみにだが、この事を前の世界の友人達に話した所、軽く引かれた記憶がある。なんでや。
「………まぁ、ここで迷っててもな………」
ええい、松浦葵。男は度胸、女は愛嬌だ。男なら覚悟を決めて突貫して砕け散るくらいの覚悟を見せろよ私!あいや、砕け散ったら駄目だから、そこは慎重に行くけどね?
「………えーと………こほん。お姉ちゃーん?いますかー?」
私は覚悟を決めて、お姉ちゃんの住んでいる一軒家の扉をノックしつつ、私が来た事が明確に分かるよう、声も同時にあげておく。
『あっ、はーい!ちょーっと待っててくださいねー』
少しばかり怯えながら家の外で待っていると、家の中からお姉ちゃんのそんな声が聞こえてきて、少しばかり安堵した。声色的に、多分、怯えているとか、怒っているとか、そういう感じじゃなさそうだ。いやまぁ、声色はそのまま、表情だけとか、内心だけとかで怒ってる可能性も十分あるけど………まぁ、声色よりマシかな。
「あっ、やっと来ましたね。さぁどうぞアオイちゃん」
「えっあっはい」
そのまま数分後、非常に軽やかな足音が扉越しに聞こえてきて、そしてお姉ちゃんの家の扉が開かれた。そして、そのままお姉ちゃんの言うがままされるがままに、家の中に入る事になった。私はお姉ちゃんの下着姿の上にTシャツという、私の朝の格好かよとツッコミたくなる姿に少々驚きつつも、まぁ私も同じことするしなと1人で納得しながら、お姉ちゃんに手を引かれるがまま、お姉ちゃんの家の中を移動していく。
「アオイちゃん、ちょっと遅いなーって思ってたんですよね。何かありましたか?」
「あ、いえ、お姉ちゃんの家の前で葛藤してたくらいです」
「?葛藤?まぁいいです。さぁさ、とりあえず居間にどうぞ?」
お姉ちゃんに案内されるがまま移動していくと、辿り着いたのは、少々お姉ちゃん1人で使うには大きく感じるような机と、ソファのような長椅子が二つ、申し訳程度の植物のある、割と簡素な居間だった。ただし、部屋の隅に水晶の入った木箱があったり、なんかその机の上に小鳥みたいな生物っぽいのが寝転がってたり、ソファの上に角と尻尾の生えた男の子が寝てたりと、なんか、そこはかとなく私と似た感性を感じる部屋だ。
『おう、アオナか。お帰り。早速だが、追加の飯を頼む。ついでに魔石もくれ』
「ちょっと鳥丸、机の上をこんなに散らかして………後で掃除しますから、ご飯と魔石は後でですよ」
『しょうがねぇ。残りを食べて待ってるとするか………』
「ほら、龍之介も寝るなら寝室で寝てください。何の為に私が個室を用意したと思ってるんですか………」
「うむ………我は眠いのだ………連れて行ってくれ………」
「あぁもう………ごめんなさいアオイちゃん、少しこの部屋で待っていてください。龍之介を個室に連れて行きますから」
「えぇ、まぁ、わかりました」
とりあえず、頭に入ってくる情報量が多いので、お姉ちゃんのでお言葉に甘えて、この部屋で待つとしよう。ちなみにだが、お姉ちゃんはその龍之介と呼ばれた男の子を軽々と持ち上げて、そのまま部屋の外に行ってしまった。私は鳥丸と呼ばれた小鳥っぽい生物と一緒に、居間に残されてしまった。………ちょっと、情報が一気に来すぎて混乱してるな、私。少し落ち着こう。………………まぁ、いいか、そういうものって事で納得すれば頭使わなくていいな。特に興味を惹かれるようなモノは何処にも無いし、これでいいでしょ。ふぅ、スッキリしたぜ。
私が諦めにも近い答えを出して数分後、お姉ちゃんが居間に戻って来た。
「すいませんアオイちゃん。龍之介を連れていくのに時間がかかってしまって………」
「いえ、別にいいですよ。私は気にしません」
「あはは、ありがとうございます。とりあえず、お茶でも用意しますね」
「あ、お手伝いします。それくらいできますから」
「そうですか?なら、お願いしますね」
私はお姉ちゃんの後について、居間と同じ部屋内にあるキッチンでお茶の用意をする。紅茶だなこれ。2人分、かと思いきや、お姉ちゃんが準備したのは3人分。あの小鳥の鳥丸?の分だろうか?
「あ、アオイちゃん、そっちの戸棚に入ってる魔石も取ってください」
「あ、わかりました」
私はお姉ちゃんの指示通り戸棚を開き、そこから風属性の魔石を取り出して、そのまま居間の机の所まで持っていく。
「アオイちゃん、その魔石は鳥丸、そこで寝ている小鳥にあげてください。ついでにお茶菓子も」
「あ、はい」
私はお姉ちゃんに言われるがまま、鳥丸という名前の小鳥?の前に魔石を置く。
『お、ありがとな嬢ちゃん』
「いえ、それほどでも………」
いやまぁ、私は魔石を戸棚から取ってきて鳥丸?の前に置いただけだし、お礼を言われるような事ではないような………まぁ、お礼はお礼だし、ありがたく受け取っておこう。例え人間以外の存在にお礼を言われようとも、お礼には変わりないし。それにお礼は貰って損になるようなモノでもないしね。
「さ、一緒に飲みましょう?あぁそれと、口調、崩していいよ。私も崩すから」
「え、まぁ、はい………わかった」
唐突に口調を崩したダラーンとし始めたお姉ちゃんを見て、実に私と似ているなと思ってしまった私は何も間違ってないと思う。多分私もこうする。
「ね、ね。お姉ちゃん、アオイちゃんに一個聞きたいんだけどさ、アオイちゃんも鳥飼ってたりする?」
「まぁ、鳥?というか、悪魔フクロウって悪魔の仲間なら飼ってる、というか契約してますね。呼びますか?」
「見せて見せてー。うちの鳥丸はぐーたらしてる駄鳥だからさ。アオイちゃんのとこの鳥はどうなんだろーって思ってね」
そういやアクの話は一昨日にしたっけ。まぁ、アクの召喚の対価はそこまで重くないし、別にいいでしょ。私はいつもの同じように、右手の甲の隷属印に魔力を流し込むと、隷属印が白から青に変色していく。お姉ちゃんが興味津々で見てくるのでちょっぴり恥ずかしいが、まぁ気にせずにやるとしよう。
「
そして、私が魔法を使うと同時に、隷属印が青から緑に染まる。そして、申し訳程度のそよ風が隷属印から流れてきて、そのそよ風と同時に私の目の間にアクが召喚された。
「おぉー!この子が悪魔フクロウ?普通のフクロウと変わらないなー」
「ちょっと待ってねお姉ちゃんちょっと待って。
『は、はい、聞こえてはいますが………あの、これはどういう状況なのでしょうか………?』
「えーっと、お姉ちゃんがアクを見たいって言うから召喚したんだけど………とりあえず、何があるまで大人しくしといてくれると助かるかな」
『わ、わかりました。頑張りまっちょっとそこは駄目くすぐったいですぅ!』
「うへへー、うちの鳥丸じゃできないふわふわ感だー」
アクはお姉ちゃんに抱きつかれ、そのまま身体の隅々をモフられ始めたらしい。
「とりあえずあと1時間くらいこのままでおねがーい」
『あっ主様!た、助けてー!』
その日、私は適当に店の話だったり、お姉ちゃんからは占い稼業の話を聞いたりして、そのまま店にまで帰った。ちなみに、アクは私と店に帰るまでお姉ちゃんモフられ続け、そのせいでちょっとお姉ちゃんがトラウマになったそうな………
お姉ちゃん家に行った3日後、私が夜営業の仕事のピークを過ぎて、適当な机でぐーたら牛乳を飲みつつ適当にしていると。
「アオイちゃーん」
「うえっ?あれ、お姉ちゃんじゃん。どうしたのさ」
いつの間にか私の目の前にお姉ちゃんが座っていた。ちょっとびっくりしたけど、まぁお姉ちゃん透明とかにもなれるらしいし、特に表情に出して驚いたりはしない。
「いやぁ、今日はすこーしばかり気前のいいお客さんが来てくれてさー。お金に余裕が出来たから、アオイちゃんが働いてる所に行ってみたいなーって思って、来ちゃった」
「なるほど」
まぁ、お金に余裕があるなら来てもらって構わないけども。にしても、ここ最近で急に知り合いが増えた気がするなぁ。私ってこんなにコミュ力あったっけって疑問に思うくらい増えてるんだよ。だってさ、ここ1ヶ月で3人も増えたんだぜ?リリーさんでしょ、ミゼルでしょ、最後にお姉ちゃんで合計3人。ほら、3人も増えてるじゃん。私にしては凄いなぁって我ながら思ってしまうねこれは。
「アオイちゃーん、お酒ちょーだーいなー?」
「あーはいはい、わかったからお姉ちゃんはそこで待っててね?」
「はーい」
今日は疲れているのか、どことなく言動がふわふわしているお姉ちゃんを傍目に見つつ、私はお酒を慣れた手つきで注ぐ。フッ、既に4ヶ月近くやってるからな。もう慣れたものよ………しかも、私の場合はフォージュさんが大量に飲むから、大量に注ぐから慣れるのも早いってもんよ。あ、そうだ。ついでに私の牛乳も注いで持ってこう。
「あ、アオイちゃーん、ありがとー」
「アオイちゃん、こんばんわぁ。来ちゃったわぁん」
「や、僕も仕事終わらせて来てあげたよ」
「んー………アオイちゃん………」
なーんて、私がウキウキしながら席にまで戻ってくると、なんか私の居た席に人が増えていた。お姉ちゃん以外に3人も人数が増えていた。何故かは知らないが、ミゼルとリリーさんとコルトさんが、お姉ちゃんと同じ席、つまり、私のさっきまで寛いでいた席に座っていた。なんで?
「え、戻って来たら人数が突然増えたんですけど………」
「いやー、全員お姉ちゃんの知り合いだったからさー。しかも同タイミングで入って来たからおんなじ席に呼んだってわけー」
「全員知り合いなのか………」
いやまぁ、街中で神出鬼没な占い師をやってたら知り合いは増えていくだろうけども。けど、そんな都合よく私の知り合いと知り合うようなもんなのか?偶然だったとしたら世間は狭いな………というか、コルトさんはどうしたのさ。もう夜だから寝てると思っててんだけど………
「まぁね。僕ら、ちょっと昔まで同じ冒険者パーティーだったから」
えっそれマジ?
「えっそれマジ?」
「マジマジ。今はもう解散してるけどね」
おいおいマジかよ。私が知り合った人達が同じパーティーだったとか初耳なんだがー?というか、ミゼルとリリーさんはまだしも、お姉ちゃんとコルトさんって戦えたんだ………驚き。
「全員この街でやりたい事を見つけたからぁ、解散したのよぉん?」
「………なるほど?」
お姉ちゃんは占い師、リリーさんは魔法道具屋、コルトさんは図書館司書というか自由に眠れる職業と………ミゼルだけなのか、未だに冒険者を続けてるの。
「ま、偶に冒険者稼業のお手伝いをしてもらったりするけどね。みーんな一応Aランクだから」
「Aランクだったんだ」
それも初耳なんだが?何?みんなAランクなの?というかさっきからコルトさんはなんか喋ってるっぽいけどそれ多分寝言だよね?お家帰って寝よ?
「それにしてもコルトちゃんはいつも通り寝てるねー、えへへーかわいー」
あ、お姉ちゃんがコルトさんの頭撫でてる。いいなぁ。
「お、アオイちゃんもやる?お姉ちゃんと一緒に撫でる?」
「撫でる」
私は即答し、お姉ちゃんの隣までしゅばっと移動する。そして、恐る恐るコルトさんの頭に手を伸ばし、そして、撫でる。これは………これは………
「「えへへー」」
「あらぁん、なんだか姉妹みたいねぇん」
「そうだね、そういや似てるなーって思ってたけど、まさかここまで似てるとは。髪色も目の色も大まかな性格も、ついでに言うと容姿と背丈と体格も割と似てるね。姉妹というより双子かな?」
「そうねぇん」
えへへーコルトさんかわいー。ニッコリしちゃうなーかわいー。えへー、かーわーいーいーなー。
「「かーわーいーいー」」
「あらぁん、またおんなじ事言ってるわねぇ」
「うーん、2人とも心底嬉しそうだねぇ。ま、頭を撫でられてる当人のコルトが寝てるから、止める人も居ないし………まぁいいか、止めなくて。迷惑でもないし。そもそもそここ、アオイの働いてる店だしね」
コルトさんの寝顔かわいー。いつも遠くから見てるだけだけどー、こーやって近場でゆったり見るのもいいなー。あー、とってもかわいーなー。うへへー。
………ふぅ、そろそろやめるとするか。
「「ふぅ」」
「うわっ、2人同時に急に真顔になったよリリー。ちょっと怖いよ君ら」
「ほんとねぇん。私もびっくりしちゃったわぁ」
うーん、正気に戻っても可愛いなぁコルトさん。
その後、私は営業時間ギリギリまでお姉ちゃん達と話し合い、お姉ちゃん達ともっと仲良くなれたような気がした。ちなみに中でも私が関心を持った話は、うちの悪魔フクロウのアクがお姉ちゃんのとこの鳥丸と仲良くなったらしい事だ。お姉ちゃんから話を聞くところによると、今では度々話し相手になったりするような関係だそうだ。実に仲が良いこって。羨ましいぜ。
お姉ちゃん達とお店で話したりした日の次の日である今日は、なんとお店の営業がどちらも無い、1日中ずっと休みの日である。なんでも、宿やフロアに新しく導入した魔法道具(リリーさんのお店のやつ)を取り付ける作業があるので、今日1日は店を開けられないらしい。だから今日は一日中休みだ。ミナと店長さんはその取り付けをするらしいが、私は休みでいいそうだ。ま、ミナは事前に聞かされてるから動けると思うけど、私は事前に何も教えてもらってないから私が居ても邪魔だろうし、こんなもんだろう。ただ、今日は最低でも夕方くらいまで店の外に居なければならないので、どうせなら街中のたんさくでもするとしよう。暇だしね、今日。
そう思った私は、いつものように普段の制服を着て──ではなく、私が毎朝来ている少しキツめのワンピースの丁度良くなったサイズ版を着て、足には黒い靴下とブーツを履いて、完璧だ。私の荷物は
「とりあえず、どこに行こうかなぁ」
図書館はまぁよく行ってるし行かなくてもいいよね。冒険者ギルドもここ最近ミゼルと話し過ぎて怒られてるし、そもそも今日行くつもりも無いからパス。リリーさんの魔法道具店は………あ、今日はうちの店で魔法道具取り付けてるんだっけ。お姉ちゃんも日中は占い師の仕事をしてて何処にいるかわからないし………そだ、私まだマリンちゃんの家に行ったことないな。最近もちょくちょくマリンちゃんと遊んだりするけど、マリンちゃんって友達とかちゃんと居るのだろうか。というか純粋にマリンちゃんの家がどんなもんなのか知りたいし、今日はマリンちゃんの家に行くとしよう。場所は確かー………あー、スマホにメモは取ったんだけどな。いまいち思い出せない………
とりあえず、その辺の喫茶店でも入ってスマホ確認する………のは危険か。スマホをそんな人の目のある場所で取り出すのはかなりリスキーだ。こう、個室が用意できるような場所は無いかな………うーん、喫茶店にそんなのある訳ないし、食事処とかも無いよね………宿?いやいや、わざわざスマホを取り出すために宿を取るってのはかなり馬鹿らしい。そうなると………うーん………屋外は危険だよな………だから、室内且つ、個室を確保できる場所………他人の家なんて論外だし、こう、お店として個室があるような場所………
うん、無いな。少なくとも私はそんな場所知らん。となると私、マリンちゃんの家まで行けないな?しょうがない、今度誘われた時にでも承諾するとしよう。流石に誘われてるのに行かないのもちょっと人としてどうかと思うしね私。素直に他の何かをやるとするか………………あ、そうだ。私、冒険者登録も一応してるじゃん。どうせ今日一日は暇だし、なんか依頼でも受けてみよう。勿論、街中でやるやつ且つ、比較的簡単なやつで。できれば初心者用の依頼とかがいい。そんなものがあるのかどうかは知らんけど、とりあえずやっておこう。確か、1年間何も仕事をしていないと警告、2年間何も仕事をしていないと除名されるんだっけか。一応私は身分証明の為に冒険者ギルドに所属してるんだから、除名されると困る事になると思われる。多分ね。
「冒険者ギルドってどっちだっけ………」
んー………と、確かあっちだっけ。うむ、あっちだな。私の記憶は興味の無い事柄に対しては何も覚えようともしない欠陥品だが、ちょっとでも興味のある事柄なら完璧に覚えるからな。ちなみに、興味がなくても道のりくらいなら3回歩けば覚えるので日常生活には何も問題無い。そも、道というのはどんな場所であっても必ず始めての場所なのだ。地図で上から見える景色と直接一人称視点で見るのでは違うのだから、どんな場所であっても始めての場所なら少しは興味が湧くものなのだ。なので、一度覚えた道を間違えた記憶は今のところ無い。少なくとも、今までの人生で3回は通った事のある道を忘れた事がない。2回だと少しあやふやで、1回はもう欠片も覚えていないので、やはり私は3回は同じ道を通らないと覚えないのだろう。私が向ける興味が薄いものは何回か体験して身体で覚える必要がある、という事だろうか?………多分そんなもんだろう。正直頭を使うのが面倒になってきたので、ここらでやめよう。丁度冒険者ギルドまで着いたし。
「んー………」
やはりというかなんというか、朝と昼の間くらいの微妙な時間には、ギルドにいる人数が激減していた。どうしてかと言うと、依頼掲示板、つまりクエストボードに貼られている依頼の受付は毎朝決まった時刻に始まるらしい。つまり、冒険者はみな早起きなのだ。依頼は一枚毎に内容が微妙に違ったりするので、内容の良い依頼をいち早く取り、そして受付にまで持っていく争奪戦がギルド内で毎朝行われているらしい。そもそも、冒険者は基本的に日雇いのアルバイトのようなものである為、よっぽど高い冒険者ランクで無い限り、その日の生活の為に冒険者は働く事になる。例えば、マリンちゃんのお母さんであるフェリスさんはCランクだが、Cランク辺りになると数日依頼をこなさなくても済むような依頼が増えるらしい。だから、Cランクというのは、一人前と素人を別ける境界線らしい。
ちなみに私もCランクだが、私の場合はミゼル曰く割と特殊な事例らしいので、一人前だとか素人だとかを気にする必要は無いそうだ。むしろそんな事を気にしろと言われても私は素人側なので、どうに気にすればいいのかわからない。むしろ素人側でどうやって気にすればいいのだろうか?そもそも、別にランクの高い素人が居ても誰かが気にするような事では無かろう。ミゼルが言うには、ランクは不正でGからCにまで上げることもできなくはないらしいが、不正でランクを上げた人物は、何故かランクが上がっただけで自分が強くなったのだと勘違いを起こして自滅して死ぬ、もしくは大怪我を負う事がよくある為、そこまで不正を気にしなくてもいいらしい。勿論ながら、不正をしているとわかれば犯罪者として扱う事ができるらしい。稀に不正をしてランクを上げてそのままランクをBとかにするやつも居るらしいが、そういう時は放置するらしい。余程の極悪人でない限り、らしいが。
閑話休題。
まぁとにかく、今の時間の冒険者ギルドは空いているのだ。いるとしても、ゆったりとしている女性パーティーがいくつかと、何やら作戦会議っぽい事をしている10人程度のパーティーとかと、後はなんかパーティーでも無さそうな人達が立ったり座ったりしているくらいだ、何してるんだろう。もしや穀潰しなのだろうか?………心を読むユニークスキルとがで今の私の心を見られてたら、普通に失礼だな………
「って」
別に私はこんな事をしに来たわけじゃなかったな、そういや。とりあえず依頼掲示板でも見て何があるか見てみるか………人も少ないし、私のガラスメンタルでも堂々と掲示板見てられそう。集中すればそうでもないんだけどな………
「んー………?」
私はミゼルとお茶を飲んだり、フォージュさんに連れられたりで度々冒険者ギルドに来てはいるのだが、実のところ私は今まで依頼掲示板どころか依頼を見たことすらない。この前ミナにやらされた薬草採取の依頼は全部ミナに任せっきりだったし、そもそもあれはミナの方から強制されてやった事だからノーカンだと思う。まぁとにかく、私はちゃんと依頼を受けた記憶がない為、こうして依頼掲示板を直接見て、吟味し、受諾するという一連の行為自体が中々に面白い。今は吟味している最中だが。
ふむ、薬草採取の依頼は恒常依頼なのか。まぁ薬の材料だし、常に欲しいんだろうな。確か薬草から治療薬が作れるんだっけ?ゲームのポーションみたいなやつって聞いたことあるな。確か、ポーションの材料によってランク付けされてて、モノによっては飲めばどんな傷でも治療できるような効果があるんだっけか。最初聞いた時すげーって思ったなぁ。前の世界の現代医療より凄いってやばいよね。流石は剣と魔法のファンタジー世界。
あ、狼の群れの討伐依頼も恒常なんだ。でも、流石にこれ受けるのはやめておこうかな。私の場合は魔法をぶっ放せば殲滅どころか消滅させられるけど、近づかれたら1人で対処できないし。そもそも街の近くであんな魔法使ったらやばいって。冒険者ギルドの地下は防護専用のめちゃめちゃ凄い魔法道具で覆ってるのにも関わらず私の魔法の一撃で半壊したってこの前ミゼルから聞いたしな。正直ヤバ過ぎる。後、二度とやらないでとも言われたな。
他にあるのは………街中のお手伝いみたいな依頼ばっかりだな。Gランクから受ける事のできる依頼だし、手間はかかるし、あまり賃金も良くないものばかりだ。所謂お使いクエストみたいなものだろうか?街中から街中への荷物運びくらいなら、私の
「あの、すいません。この依頼を受けたいんですが、いいでしょうか?」
「へっ?あ、はい!それではギルドカードの提出をお願い致します!」
私は
「えっ?!Cランクの方ですか?!」
「え?あぁはい、まぁそうですね」
そういやGランクじゃなくってCランクなんだっけ私。まぁ今受けようとしているのはGランクの依頼だから問題は無いはず………無いよね?今どうせ他の冒険者はほぼ居ないし、競合するような依頼でも無いから余ってるんだろうし………うん、多分大丈夫だろう。
「と、とりあえず許可出しますね!ういしょっと、は、はい!どうぞ!」
「あ、ありがとうございますね」
「あっ!………いえ、あの………えーとあの、もし、よろしければ、なんですけど………もしかして、ここ最近、ギルドマスターのお部屋によくいる人、ですか………?」
何故唐突にそんな事を聞くのだろうか。もしかして、ギルドマスターであるミゼルが、私とお茶飲んでサボってるのを知りたいのだろうか。まぁ私は特に困るような事ではないし、言ってもいいか。別に言ってもデメリットにはならんだろう。
「?そうですね。ミゼルとお茶飲んでゆったりしてますよ」
「!そ、そうなんですね!教えてくださってありがとうございます!依頼頑張ってきてくださいね!!」
「は、はぁ。頑張りはしますけど………」
なんか知らんが激励されたな。まぁいいや。依頼も受け取っておいて、と。とりあえず、依頼の場所まで行くとしよう。勿論調べる必要性の無いように私の知ってる道のりの依頼を選んだのだから何も問題はないはずだ。さっさと言ってさっさと終わらせよう。
「ここで合ってるよね?」
私がやって来たのは普通の民家。なんでも、この家はわかりやすく言えば人のいないゴミ屋敷らしく、そのゴミを全て、指定された場所にまで持っていって欲しいらしい。家そのものを壊そうにもゴミがあって難しいし、魔法でどうにかしようにも周囲の家に影響がある可能性があるので、中のゴミだけをどうにかしてほしいんだそうだ。ちなみに依頼達成で銀貨1枚の依頼らしい。私なりの円換算なら5千円くらいなのだが、これは安いのだろうか?まぁなんでもいいけど。
「うわ、ほんとにゴミ屋敷だ」
そんな家の中に入ると、本当にゴミ?というか壊れた道具類が山のように積まれているようだ。幸い?なのは、人の通れるような道がある事と、腐敗臭のようなものがしない事だろうか。変な臭いなのは本当にヤバイからな。ついでに言えば、第三アップデートに何も反応がない事から、何かの毒物や、私に危害を加えるような激臭も無いのだろう。少なくとも、私から10m以内には、だが。
「とりあえず全部収納するか………」
私はなるべくゴミ?に触れないよう、
そのおかげか、本来ならかなりの時間をかけて行うだろうゴミの撤去にかかった時間は約30分。現在、ゴミは全て私の
「えーっと?後はこれを指定の場所に持っていくと………あれ?でもこれゴミだよな?指定場所も集合焼却炉だし………そもそも、今のゴミは情報………」
あれ?これ普通にスマホの機能を
「とりあえず、依頼達成って事で、ギルドに戻るとしようかな………」
ゴミは後で全部捨てるから問題無いし、多分いけるやろ。後でギルドの職員さんが確認に来るらしいし………うん、とりあえず冒険者ギルド戻ってみるかなー。
あれで大丈夫だったらしい。ゴミをあの家の中から無くすのが依頼内容であって、ゴミ自体の捨て方はどうでもよかったそうだ。焼却炉の指定は一番近い場所なだけだったらしいしな。よかったよかった。とりあえず、ギルドに戻ってきた私はさっきと同じ受付さんに達成した事を告げて、今さっき丁度よく職員さんがゴミ屋敷の状態を確認してきてくれたそうだ。これで私も依頼達成、らしい。
「ふぅ」
なんか、一仕事したって感じだ。いや、私がやったのは
「………とりあえず、図書館にでも行くかな………」
暇つぶしってやつである。
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