強さの測り方?馬鹿野郎戦うに決まってんだろ!
リリーさんがうちのお店に来てくれた日から1週間が経ったある日、私はいつものように朝早く起きて、いつも着ている真っ白ワンピースを着込み、今日はどんな朝ご飯なのだろうと期待しながらフロアで待っていようと思い、珍しくミナに呼ばれる前に階下まで降りてきた。
「んぁー………」
些か早く起き過ぎただろうか?時間的には普段朝食を食べる時刻の1時間前なのだが、もう少し上に居た方がよかっただろうか。………まぁいいか。今更階段を上って廊下を歩いて部屋に戻るのも面倒では無いけど手間だし、それならここで腹を空かせて待機していた方が実に頭が良いと思う。いや、こんな事をこの場所で考えている時点で私の頭は相当悪いけど。まぁそれは普段から自覚してるので無問題。
とりあえず、お腹空いたな。まぁ、そんな事を言っても私の目の前に突然朝食が出てくるわけでもないので、今私の味わっている空腹を紛らわせる為に、何か口に入れるとしよう。私はぐでーっとしていた自分の身体を起こしてキッチンに向かう。それから、キッチンに併設されている冷蔵室の扉の側にある冷蔵庫(魔法道具製)を開いて、中から牛乳とハムの切れ端を取り出す。これまた冷蔵庫の側に保管されている木製のコップと木製のお皿を適当に取り出して、牛乳をコップに、お皿にハムの切れ端を乗っけて、一通り片付けてから、そのままフロアまで戻ってくる。そのままさっき座っていた席に座り込み、ちまちまとつまむようにハムの切れ端と牛乳を飲食をし始めた。
「んー、うまっ」
ハムの切れ端は適度に美味しい。物凄い良いところのハムではないがある程度良いところのハムなので、普通に美味しい。というか、私のような庶民舌には高級料理よりもお手軽フードの方が合うのだ。確かこの前、本物のうなぎの蒲焼きよりも、サバで作った偽物のうなぎの蒲焼きの方が美味しかった記憶が割と鮮明に残っているので、多分というか確実に間違っちゃいないと思う。そも、高級だから美味しい訳ではない。確かに牛乳だって良いものの方が美味しいかもしれないが、私はそんな事を気にした覚えはない。
「あー、うめー」
私が飲みたいのは牛乳であって、牛乳であれば腐っていたりしなければ正直なんだっていいのだ。つまり、私は万人が飲むことができ、尚且つ信用に値する牛乳であればなんだっていいのだ。どれだけ値段が高かろうが安かろうが、それが牛乳なら飲み干す。それが私の宿命なのだ。つまり何が言いたいのかというと、私は沢山の牛乳が飲みたい。ただそれだけだ。
「………お腹空いた………」
最近気が付いたというか教えられた事だが、私の口癖は"お腹空いた"なんだとか。この前ミナに指摘された。なんでも、私は事ある毎にお腹空いたと連呼しているらしく、ミナに『アオイ、貴女どれだけお腹空いてるのよ』と、言われた程だ。ただ、ちゃんと弁明もしてある。私の"お腹空いた"という口癖は、別に常に空腹の時に連呼している訳ではなく、どことなく口寂しい時に言っているのだ。なので、別に空腹なわけでは無い。私が本気で空腹の時はお腹空いたなんて言わない。早く食べようとか、早く食わせろとか、そういう事を連呼するのだ。私は空腹時、何がなんでも早く食べたいらしいからな。
うーん、今日の午後はどうしようかな。予定も無いし、図書館にでも行ってコルトさんの事を少しばかり構いつつ調べ物でもするか………うむ。そうと決まれば出かける準備………あぁいや、今の時間は朝か。流石にこんな時間に図書館に行っても開いてないだろうし、そもそもコルトさんも流石に図書館で寝泊まりしている訳ではないのだから、お昼営業の後にでも行くとしよう。そうと決まれば、読み終えていない本を読むとするか。返却しなきゃだし。さぁ、そうと決まれば、直ぐにでも読書を始めようじゃないか。
時間は経って大体30分後くらい。私が
「ふわぁ………おはよう…………今日は早いのね………」
「まーなー」
「とりあえず、朝ご飯食っちゃうから………待ってて………」
「うーい」
私はそれだけを聴くと、本に集中する事にした。集中すれば周囲の音なんて気にならなくなる。いやまぁ、気にならないってだけで、バッチリ聞こえる音は聞こえてくるから、気休めにしかならないけど。けど、集中して本を読んでいる間にどんどん深く集中していくと、本当に周りの音が聞こえなくなってくる事が年に数回くらいあった気がするんだよな。そう考えると、ゲームとか漫画とか小説とかで良くあるゾーンみたいなああいうのも、あながち嘘でもないのかもしれんな。ゾーンとまではいかなくても、こう、極限にまで集中した極地みたいな感じのやつ。
そうなると、私は読書の極地にいるということに………?あいや、私はその極地を自由に使えないじゃん。達人とかは自由に使うようなイメージあるし、私はまだまだ読書素人ということか………まず読書素人ってなんだろう?どこからどこまでを素人とするのだろうか。達人は読書の極地をいつでもどこでも自由自在に使える事だとして………うーん、わかりやすいのは量とか、数値に出せるものだよな。やるとしたら1日の本の読破数とか?それとも1日で読んだページの枚数とか?いや、文字数でもいいかもしれん。ふむ、そうなると私以外に本を読んでいる人物且つこの話を理解できそうな人物がいれば、軽くお試しくらい出来そうなものなのだが………私の交友関係の中じゃ、強いて出すならマリンちゃんくらいしか読書仲間いないな。
マリンちゃんは最近もちょくちょく私が仕事してない時間狙って遊びに来てるんだよな。人見知り過ぎて私の他に友達いないんだっけ?マリンちゃん可愛いし、そろそろ友人の1人や2人くらいはいそうなものなのだが………私が言えた立場じゃねぇな。前の世界の友人の人数が6人の私に立場なんてありはしないだろう。別に友達居なくても困ってなかったからいいんだけど。だって私、話しかけるようなタイプじゃ無くて聞き続けるようなタイプだぜ?そんなポンポンと友達が出来る訳ねぇんだよなぁ。
「お、今日もクロワッサンか。やったぜ」
「アオイ、ほんとクロワッサン好きよねぇ」
私が色々と無駄なことを考えて暇を潰していると、ミナの朝食の準備が終わったらしく、クロワッサンの入った籠とコップ片手、それから牛乳も持って戻ってきていた。私は目の前に置かれた籠からクロワッサンを取り出して、適当にパクつく。うむ、やはりこのクロワッサンは美味いな。外側は何処もパリパリサクサクなのに、中身は全てふわふわもちもち。これこそ私の中の理想のクロワッサンと言っても過言ではないだろう。ホテルで出てくるようなクロワッサンだ。うめっうめ。
「アオイったら、ほんと美味しそうにガッついてるわね………パン屋のおばさんに伝えたら喜んでくれそうだわ」
「今度パン買いに行く時に私が直接言うから伝えんでもいい」
とりあえずそれだけ返答したが、その後はその美味しいクロワッサンをお腹いっぱい食べ尽くしたのだった。
3日後、私はフォージュさんに連れられて、何故か冒険者ギルドの地下訓練場までやってきていた。しかも、フォージュさんの同僚も沢山連れて、だ。フォージュさんを合わせた30人くらいが、明らかに完全武装している。近接武器を持っていたり、遠距離武器を持っていたり、魔法を補助する杖を持っていたり、皆を守るような大盾を持っていたりと、多種多様な装備をしている人達しかいないのだ。ちなみに、私は店の制服のまま、靴だけはこの前ミナに貰ったブーツでやってきている。なんだこの状況。
「えーっと、フォージュさん?この状況はどういうこと?」
「………アオイの嬢ちゃん、お前さんは悪魔と契約したらしいな?………しかも、人型のヤツとだ」
「え、バティンの事?そりゃしたけど………今のこの状況と一体なんの関係が?」
私がそう言うと、その場の全員が呆れ顔になった。なんだこいつら。
「はぁ………お前さん、この前言っただろう?その悪魔の強さを確認するために、俺らと戦うって。覚えてねぇのか?」
「………………あぁ、確かにそんな事も言ってたような………完全に忘れてたや」
それに、フォージュさんって普段からかなりの量のお酒を飲んでるからさ、全部冗談に聞こえてくるんだよね。こう、お酒の勢いである事ない事言ってそうでさ。だから基本的にフォージュさんがお酒飲んでる時の発言は適当に聞き流しているというか………何というか………はい。話を良く聞いてなくて忘れてましたハイ。まぁフォージュさん達に言ったりはしないけども。
「えっと、じゃあ、私はバティンを召喚すればいいの?」
「いや、その前に聞きたいんだが………その悪魔との契約の、条件と対価は、何だ?」
フォージュさんが、とても深刻そうな顔でそう聞いてきた。その場の全員が、とてもシリアスな顔をしている。なので、私は──
「え、教えないけど」
──正論をぶちかましてやった。
「だって契約内容を教えても私に何の得も無いよね?わざわざ自分の欠点を教えるようなものじゃん。そんなん教えるわけなくない?」
だってそうだろう。悪魔との契約というのは、人間相手に仕事の契約をするのとは訳が違う。悪魔との契約をするのは、戦えない私が、戦う力を得る為のモノだ。召使いにして働かせる為じゃない。それなのに、召喚に必要な契約内のを教えろ?それはフォージュさんであっても教える道理も義理も必要も無い。フォージュさんが味方だろうが敵だろうが、私の行った契約内容の全てを話す事は絶対に無い。
「あのね?フォージュさんが私の事を思って言ってくれてるのはわかるんだよ。悪魔によっては、召喚するた度に寿命とか命とかを欲しがるやつもいるらしいから。きっと心配なんでしょ?でもさ、例えそうであっても私がわざわざ教える必要は欠片も無いよね?フォージュさんは私のお店のお客さん。それ以上でもそれ以下でも無いんだから。だから、私の契約の内容を知る権利も必要も無い。違う?」
フォージュさんのさっきの発言は、かなり私に失礼なものだった。戦う術の少ない私に、切れる手札の少ない私に、その手札を自分達へ開示しろと言っているようなものだ。例えるならば、カードゲーム初心者の私が、カードゲームの大会出場者に自分のカードの手札を見せながら戦っているようなものだ。それは、控えめに言ってあり得ないだろう。オブラートに包まないなら馬鹿で間抜けでアホだろう。私に情報を開示する何のメリットも無い、というかわたしにはデメリットしか無く、ただただ私の手札を開示しろだなんて………虫がいいにも程がある。いくらフォージュさんであろうと、それは許されない事だ。それに、例えフォージュさんが私の手札を見る対価として、フォージュさんの持っている何かしらの手札を見せてくれても、私とフォージュさんの手札は対等じゃないのだから、交渉の意味が無い。だって、フォージュさんは今まで沢山戦ってきているのだ。手札の数も、何もかもが違い過ぎる。私の手札一つと、フォージュさんの手札一つは、その重要さが段違いだ。
「………そうだな、これは俺が悪かった。すまねぇ」
「いいけど、今度からやめてね?」
とりあえずそこで一区切りとして、私はフォージュさんにバティンの強さを調べる方法を具体的に教えてもらった。ちなみに空気はすこーしだけ重かったが、特に気にするような事ではないので無視しておいた。
とりあえず、今回の試合では、決して相手を殺さず、重傷を負わせなきゃ、魔法を使おうが何だっていいらしい。ただし、バティンは私と契約を結んでいるので死んでも死なない。なので、フォージュさん達は殺す気でやるらしかった。マジかよって思ったよね。
「とりあえず説明はこんくらいだ。準備ができたら言ってくれ」
「了解。もうバティンを呼んじゃっていいの?」
「あぁ、呼んだらちゃんと説明してくれよ」
「了解了解」
私はフォージュさんにそう聞いてから、自分の右手の甲にある隷属印に魔力を流し込む。すると、私の手の甲に刻まれた隷属印が白から青に変色し、隷属印が熱を失い始める。これは、召喚準備が完了した合図だ。
「………ふぅ………
そして、私が魔法を使うと同時に、隷属印が青から真っ赤に染まる。そして、隷属印から真っ赤な炎が吹き出し、そして同時に、私の目の間にバティンが召喚された。
「ふん?召喚されてやったぞ主。して、今回はどのような要件だろうか?」
「ふぅ………んーとな、私の知り合いがお前さんの強さを測りたいらしいんだ。だから、模擬戦?みたいなのをやってほしい。できるな?」
バティンはいつも通り、青ざめたウマに乗り込んだままで私を見下している。別に私としては見下そうが見上げようが割とどうでもいいのでそのままにしているが、側からみれば私の方が召使いみたいに見えているのだろうか?まぁ私は欠片も気にしないが。
「ふむ、模擬戦と言ったか。して、模擬戦のルールは?」
「んと、相手は殺さない、後に残るような怪我もしくは重傷を負わせない………だけだったかな?それが守れるなら魔法も権能も使っていいって」
「なるほど。そのルールを適用されるのは我だけか?」
「そうだったかなぁ。あ、他に何か質問ある?」
「いや、特に無い。我はそのルールに従って勝てばいいのだろう?何、余裕だ。主よ、我の勇姿を見て惚れるといい」
「おう、そうか。頑張れ」
私としては、バティンが30人に勝とうが負けようが、特に気にしたりはしない。別に私はバティンに戦闘力だけを求めているわけではない。その知識や耐性、権能の全てを求めているのだから。けど別にバティンには惚れたりしない。むしろこんな奴に誰が惚れるわけねーだろ。こいつとはまだ数回話しただけだけど、こいつめっちゃ自分勝手で上から目線だよ?確かにアイドルみたいに綺麗な顔立ちだけど、綺麗過ぎてなんか人間味を感じないんだよこいつの顔。いや、バティンは純然たる悪魔なんだけどさ。
なんて私が無駄な事を考えていると、フォージュさん達もバティンの方も、両者の準備が整ったのか、戦うわけでも無い私が試合開始の合図をする事になっているので、私もその準備にかかる。両者が位置に着いてから、私は右手を上げて──
「はい、よーいスタート」
──直後、フォージュさん陣営の2人が吹き飛ばされ、壁に激突した。
「うおっびっくりした」
バティンはその韋駄天の如き素早さを利用して、既にフォージュさん陣営の陣形の中に入り込んでおり、1人2人とどんどんフォージュさん陣営が無効化されていく。そのバティンの動きは私が全く見えないくらい素早いものだった。というか、大量の残像が見えるレベルの動きをしている。あれは一体マッハ何十くらいの速度を出してるんだろうか。いや、多分マッハくらい出てると思うんだよねあれ。稀に飛んでるのを見たりすることのあるジェット機とかより速いぞあれ。というかバティン速すぎ。権能の中に『韋駄天』ってのがあったから、そりゃめちゃめちゃ速いってのはわかってたけど………なんと、まだ1分も経過していない筈なのだが、既に残り人数が1人になっているようだった。
「くっ、このっ!」
「遅い、遅いぞ。そんな攻撃では我に当たる訳がないだろう!もっと、もっとだ!もっと私を楽しませろ、人間!!」
最後に残っているのはフォージュさんただ1人。両手に特徴的な赤いラインの入っている槍を持ち、全身に紅と金の混じった色の全身鎧を着ている。確かあれらの装備は、フォージュさんの本気装備だとか言っていた様な気がする。正直、普段そんな事わざわざ聞いたりしないから、フォージュさんがボソッと言っていたやつのうろ覚えだ。
えーと、確かあの槍は『太陽神槍アラドヴァル』とか言う、魔力を込めると莫大な熱を持つ太陽の如き炎を吹き出し、周囲一帯を吹き飛ばす事のできる槍だったような気がする。使用者にも槍の熱の影響があるらしいが、フォージュさんは着込んでいる鎧で防いでいるらしいので無問題。まぁ、今はその槍の炎を使ってバティンを捉えようとしているが、全て避けられているようだ。そもそも、バティンには炎熱無効の権能がある。例え当たっても無傷だろう。その権能を使える私もバティンと同じく無傷だろう。が、私が無傷でも服は確実に燃えるので、決して近づかないでおこう。制服が燃えたらミナに怒られる未来が見えるし。
次にあの鎧。あれは確か、特殊な魔法的な効果は重量軽減くらいで、後は材料のゴリ押し防御力だったような気がする。私も聞いたことのあるファンタジー金属、ヒヒイロカネを使用した鎧、『緋金鎧アイギス』とか言うらしい。とにかく硬く、攻撃を通さないような作りになっているらしい。関節部分もバッチリ守られているので、斬撃、打撃、刺突など、大半の物理攻撃は勿論、炎熱、寒冷、電撃、腐食、毒物、装備破壊などの魔法攻撃や罠なども完璧に防ぐことのできる防具らしい。正直防具強くねと思ったが、フォージュさんの鎧はかなり重いらしく、フォージュさんの持っているユニークスキルが無いと使えないくらいに重いらしい。
そんなフォージュさんの所持しているユニークスキルは『重量無視』というスキルらしい。装備している、所持している物質の重量を完全に無視して活動できるスキルらしい。無視しているだけで重量はあるらしいので、めちゃくちゃ重いハンマーで敵を殴れば重さ分のダメージが追加されているハンマーを、まるで普通に素手を振るうように繰り出せるらしい。正直、私の持っている『性転換』のユニークスキルより何倍も有用性の高いスキルだと思う。割とズルイ。
「あ」
なんて、フォージュさんの装備やスキルの事を思い出していると、バティンの強力な土属性魔法が完璧に決まり、フォージュさんは地面に頭だけを残して埋まってしまったようだ。いくら防御力の高い防具を着ていようと、絶対に動けなくしてしまえば勝ちだと思うので、私は再度右手を上げて、宣言することにした。
「んじゃ、バティンの勝ち」
それは、圧倒的な勝利だ。フォージュさん以外の人物は全て壁に投げ飛ばされ、絶妙な力加減によって気絶している。決して相手を怪我させることなく、それなのにバッチリとその意識だけは刈り取っている。一切の外傷を負わせずに、意識だけを失わせている。物凄い技量だと、素人目の私でもわかるくらい、素晴らしいモノだった。
「どうだ我が主、我の勇姿を目に焼き付け、そして惚れるといい。我はいつでも待っているぞ」
「いや無理だわ。速すぎなんだよお前」
だって速すぎて見てねぇんだよバティンの事。むしろどうやって目に焼き付ければいいのさ。何?虚空でも目に焼き付ければいいの?それはかなり無駄な頭の使い方じゃない?
「むぅ、確かに主が目視できるような速度では無かったな………失敬、これは我の失態だ。主に我が力の一部を見定めてもらいたく力を使ったのだが………すまないな、主。気が昂ったせいで見てもらう為の速度、という事が頭から抜けていたらしい。このお詫びとして、我の勇姿をもう一度見てもらいた──」
「見ない」
「………むぅ………そうか………」
どうせ目視できるスピードでもバティンなんか殆ど見てなかったと思うし、特に問題は無い。そう言うと、バティンは少しシュンとした。うーん、なんか、前々から思ってるんだけど、バティンってそこはかとなく構って欲しそうにしている大型犬みたいだよなぁ。毎回事あるごとに自分に惚れたかどうか聞いてくるのも、なんというか、私に構って欲しくて言ってるようにしか聞こえてこないんだよなぁ。いやまぁ、バティンが私の事を本気で好きなのはわかるんだよ。私と他人との会話の圧とか、扱い方が半端なく違うから。
私と話す時は時は構って欲しそうにしてる大型犬のように私の言うことも聞いてくれるし、私がバティンと呼び捨てにしても、私がバティンの事を辛辣にしても、別に本気で怒ることもない。けど、私以外の人間に構って欲しそうにしたことは今まで一度も無いし、バティンと名前で呼ばれるのを極端に嫌うし、辛辣にしたら殺気みたいなの飛ばしてる。どう考えても私の事を特別視してるだろう。なんせ、私には【悪魔の婚約者】という実績があるのだ。ゲーム的に言えば、バティンは私に対して常に魅了状態にあるようなものだ。私への対価だって私が本気で嫌がるような事は命令しない………と思いたい。
バティンが私に求める対価は、デートをする男女がするような事ばかりだ。雑談をしたり、一緒に何かを食べたり、私が沢山の服に着替える姿をバティンが見て楽しんだり………今まで、バティンがデート以外の要求した事は一度もない。それに、バティンも明言してくれている。私が望まない事はしないと、私が望まない事は命令しないと、言葉として私に伝えてくれている。私はその言葉を鵜呑みにして、いっつもバティンの対価を支払っている。私としては、それくらいならお安い御用だ。ちょっくらバティンに付き合うだけで対価を支払えるんだから。いやまぁ、今まで片手の指の数しか召喚してないけど。だってバティンの力とかそこまで必要じゃないし。
「とりあえず、フォージュさんを掘り出したりとか、他の人達とかを上に運んだりとか、そういう後始末を手伝ってくれ、バティン。その後にきっちり対価を支払ってやる」
「そうか?ならば我も手伝おう。むしろ我1人でやってやろう。今度こそ、我の勇姿を見ているがいい。そして目に焼き付けるといい。そして後始末の終わったあと、我に対して惚れるのだ………!!」
「あ、1人でやるならよろしく。私はここで座って待ってるから」
「ふむ、仕方ないな。主の側を離れるのは心苦しいので、あの人間共は部屋の隅に寝かせといてやるとするか………ふっ、光栄に思うがいいぞ人間共。我が主の慈悲深き御言葉に感謝して崇めるがいい」
バティンは私を崇めろとか感謝しろとか割と聞いていて私が少なめの羞恥心を覚える言葉を気絶している人達に告げながら、部屋の隅の方に規則正しく寝かせているようだった。今度は、私が視認できる速度でありながら、私が速いと実感できるような速度で、だ。こういう速度の調整はバティンにとってお手の物らしい。ドヤ顔をめちゃくちゃこっちに向けながら作業をしている。しかも私がわかりやすく見えるように、速度や角度を調整して見せてきている。………本当にわかりやすいな。………うーん、顔面に拳を叩き込みたくなってくる顔だ。命令したら殴らせてくれるだろうか………いや、対価を支払う時に限りない羞恥をもってやり返される未来しか見えないな。………思い出したら恥ずかしくなってきた。くそぅ、この前は私の事をお人形みたいに着せ替えしやがってちくしょう………
「我が主、人間共を全て部屋の隅に寝かせてやったぞ。ついでに全員
「おまっ、今何つった?
「あぁ、眠らせてきた」
「………まぁいいか。見られるよりマシだ………それで?今日の対価は、なんだ?」
私がバティンにそう問いかけると、私の右手の甲の隷属印が赤く光りだし、そして、じんわりと発熱し始める。契約を行った相手が、私に対価の要求をする時の合図のような現象だ。アクの場合は右手の甲の隷属印がバイブレーションのように震え、バティンの時は右手の甲の隷属印がカイロのように発熱し始める。今は発熱しているので、バティンの対価を支払う時なのだ。
「ふむ、そうだな………そうだ、先日の対価の続きというのはどうだ?」
「………一応聞くけど、先日の対価って言うのは………私を着せ替え人形にした対価の話?」
「うむ、そうだな」
………うぼぁ。
「あー………マジで?マジでそれ対価にするの?」
「あぁ、あの時の主は可愛らしかったのでな。もう一度見てみたいと思ったまでよ。さぁ、対価を支払ってもらおう。まぁ拒否権はないがな」
バティンが右手の指を鳴らすと、私の服装が瞬時に制服から違う服装に変更された。バティンの所持している複合魔法の一つらしいが、一体こんなもの何処で覚えたのだろうか。
「あっちょっ………!」
変更された私の服装は、一言で言うなれば、バニーガールだ。頭にウサギの耳を着け、下半身には黒いタイツを履き、水着のような素材と形ながら胸が強調されている服を着て、首元には赤いリボンを着けて、腰の後ろ辺りにはウサギの尻尾のアクセサリーを着けている………紛れもない、バニーガールの服装だった。更に、こういうのは本当にバティンの性格の悪いところで、私の服装を変更すると共に私の目の前に大きな鏡を設置するのだ。そのせいで私は半強制的に自分の姿を見ることになり、羞恥心が更に増すのだ。しかも、私を首を回せば私の視線の先に目にも止まらぬ速さで鏡を再設置するので、本当にバティンは性格が悪い。
「あーもうあーもう!!めっっっっっちゃはずいんですけど?!?!」
「くくく、それは良かった。とても愛らしい姿をしているぞ、主」
「性格悪いぞ!!!!」
私は咄嗟にしゃがみ込み、少しでも素肌を外気に晒さぬように、少しでも自分の姿を見ないように、地面を見ながら現実逃避をする。地面には鏡を設置してこないからだ。あーもう、恥ずかしいったらありゃしない。誰かがこういう服装をしてる分には何も思わないのに、自分が着せられていると考えるとかなり恥ずかしいものがある。なんというか、男の私が、女性用の扇情的な服を着ているというのが、かなり恥ずかしい。なんというか、強制的にバティンから謎の罰ゲームを受けている気分だ。バティン以外に見られていないのが幸いだよちくしょう。
「あーもう今日は何?!このまま1時間ですか?!」
「くくく、いや、まだ序の口だぞ?安心しろ、我以外に主の姿は欠片も見せたりせぬからな。存分に楽しむがいい。そして最終的には我に惚れるといいぞ」
「これで私を惚れさせられると思ってるならお前は紛れもないアホだよ馬鹿野郎!!」
むしろこれで惚れる奴がいるのか?!一握りくらいはいそうなものだが少なくとも私は惚れねぇよ!!というか男のバティンに誰が惚れるかよ!!そもそも私は男なんだよぉ!!
「あーくそ………マジ恥ずかしいんですけど………なぁバティン、もうこの服はいいから次にいかないか?次は露出の出来るだけ少ないやつがいい………」
「そうか?ならばそうしよう。ではそうだな、次は………ふむ、これにしよう」
バティンがもう一度右手の指をパチンと鳴らすと、私の服装がバニーガールからがらりと変更される。見たくないなぁと両の目を閉じながらも思いつつ、肌に感じる感触的に露出は比較的というか割と少ない服装なのではと予想して、私は覚悟を決めて目を開ける。
「おぉ………」
目の前に設置されて鏡に写る私の服装は、紛れもないシスター服だった。全身が基本的に黒で構成されており、身体が露出しているのは手先と顔のみという、さっきまで着ていたバニーガールの服装とは180度くらい違う服装だ。バニーガールの服装より何千倍も気持ちが楽だし恥ずかしくも無いので、私は鏡を使って自分の姿を確認し始める。
「おや、気に入っただろうか?」
「さっきのより何千倍もマシだからな。むしろこっちがいい」
ふむ、本当に手先と顔以外の素肌は僅かも出ていたりしていないな。ファンタジー系の小説やゲームで割とよくある、所々に露出があるようなシスター服ではないらしい。もう、こういう露出が少ない服装なら幾らでも着るのに………むしろ率先して着るのに。別にね?女性物の服でも私は着るのに問題ないんだよ。だって服は服だもの。その服装にそれ相応の機能性が備わってるならなんだって着るよ。水着でもスカートでもなんだって。着る必要のある服装なら、例え私が羞恥心で押し潰されようとも着てやるとも、ええ。
けどさ、バニーガールは駄目でしょ。水着は水に入る時に割と使うし、スカートは私の身体が女である事を強調して男である事を隠すのに必要だし、まぁまだいい。どちらも割と風とか波とかで外れるくらいに防御力が低いって点を無視すれば着れなくはない。機能性バッチリだ。特にスカートの方。スカート履いてれば女っぽく見えるから、わざわざ口調や性格を女らしくする必要がない。いやまぁ、胸でも見せつけてりゃ私の身体が歴とした女なのは一目瞭然になるだろうが、それだと前から見ないとわからないしな。それなら、周囲の何処から見てもパッと見で女らしくだとわかるスカートの方が、何十倍も機能性に秀でている。
そう考えると、シスター服も同じだな。パッと見で女性だと、まぁわからない人にはわからないかもしれないが、ある程度の人間に女性であると誇示できて、尚且つスカートよりも防御力が高いシスター服は、正直スカートを着込むより何倍もいい気がする。ただ、この世界のシスター服って明確に協会関係者である事を示すような服なので、前の世界のコスプレのように気軽に着れないんだよなぁ。いやまぁ、私が協会関係者になればいいのだが、別に私に神様とか信仰してないからなぁ………いやね?確かに【性別神の加護】なんて実績を持ってるから、協会関係者になる資格はめちゃくちゃあるんですよ。けど、別に信じてるわけじゃないしなぁーって。
ちなみに、この世界の『加護』というモノは、賜った神様に少なからず認められた証、とされているらしい。というか実際神様に認められないと、加護は貰えないらしい。そして、神様から加護を貰った存在は、人類ならば『聖人』として、動物ならば『聖獣』として、植物ならば『聖樹』として、あらゆる協会関係者から軽く崇め奉られるらしい。それを酔っ払った常連のお客さんに聞いた時、私は軽く恐怖を覚えた記憶がある。他人に崇め奉られるとか嫌過ぎる。
あぁそれと、加護持ちの人は協会関係者だとしてもごく少数らしく、加護持ちの人は協会関係者に見つかるとしつこく勧誘されるらしい。それも、かなりしつこく。毎朝家の前で聖書を音読されたり、無断で家の中に押し入って神の素晴らしさを説いてきたり、毎日毎日捧げ物として色んな物品を貰うらしい。これは確か、加護持ちの相談に来たお客さんに聞いた話だ。マジで大変らしい。しかも、月一くらいで、仕事から帰ってくると寝床に裸の女性が無断で居る事があるらしい。なんでも、加護持ちの人の子供が欲しくてやっている事らしいが、その加護持ちの人はちゃんと愛し合っている妻と溺愛している娘がいるので、かなりの迷惑なんだそうだ。
勿論、私はその事にかなり絶句したし、私も自分自身がそうなるのではないかと心底恐ろしくなったものだ。流石に私もそんな相談には初めてのケース過ぎて予測とか予想なんてものが出来なかったので、その場でそのお客さんと解決策を話し合ったくらい恐ろしかった。怖いというかマジでヤバ過ぎる。幸い、私の加護は神様の力に隠蔽されているらしいし、私は自分の実績の事を全て他人に話した事はない。だからまぁ、神様の力を貫通するくらいの魔法が無ければ平気な筈だ。………平気だよね?
「ふーむ………だが、やはり………このような服装は主には似合わんな………」
「似合わんな、とか言われてもな………私に似合う女性用の服なんてある訳無いだろ。少なくとも私は知らん」
少なくとも、私は私に似合う女性用の服装は見たことが無い。私に似合うのは、多分大きめで通気性の良いTシャツと動きやすくて通気性の良いズボンだと思う。いや、これは私に似合うというか、私が着ていて楽な服装だな。動きやすい、ある程度涼しい、着やすい。うむ、完璧ではないか?
「あぁそうだバティン、服を変えるのはいいが、せめて露出の少ない服装にしてくれ。それなら私も嬉々として着るからそれで手を打ってくれないか?」
「ふむ?なるほど、わかった。露出の少ない服装を優先的に選ぶとしよう。それでは次はだな──」
そのまま、フォージュさん達の起きる4時間後まで、私は対価の前払いということで、バティンのお人形になったのだった。
バティンの強さを確認する為にフォージュさん達と戦った2日後、私はその審査結果を教えてもらいに冒険者ギルドまで来たところ、ギルドに辿り着くのと同時にリエルさんに連れられてギルドの中の一室に連れてこられた。一応リエルさんに理由を聞いてみたが、とりあえずこの部屋で待っていてほしいとしか言われなかった。まぁ、特段何かする用事も無いので、この部屋でゆっくり待っているとしよう。そこはかとなく会議室っぽい部屋だが、まぁ、気にしないでおこう。
そんな事より、今のこの暇な時間を使ってここ2日で考えていた複合魔法の続きを考えるとしよう。そっちの方が多分何もしないより何千倍も有意義で有効だ。今回の私が考えている複合魔法は二つ。どちらもスマホのアップデートとして落とし込むつもりでいる、常時発動型の魔法である。ただし、完全に防御用の魔法である為に攻撃能力は欠片も無く、単純に自分の身を守る為だけの魔法である。身を守る事以外に使えない、ただの防御用の魔法。それを今回、私は二つも思いついたのだ。
どうして急にそんな魔法を作っているのかと問われれば、純粋に言えば怖いからだ。
私は元々痛いのが嫌いである。些細な痛みで直ぐに根を上げるような普通の軟弱者である。筋肉痛や疲労痛のような痛みならまぁまだ平気だが、刺されるとか切れるとかいう鋭い痛みは本気で嫌いだし無理である。多分拷問をされるとか言われたら直ぐにでも機密情報でもなんでもペラペラと喋ると思う。私はそれほどに痛みに弱い。弱いというか嫌いだし怖い。そのくせ自分の身体をそこまで大事にしていないのは自分でもどうかと思うが、まぁこれは性分なので仕方ないとしか言いようが無い。とにかく、私は痛いのが嫌だし怖い。無論苦しむのも嫌いだし怖い。だから、その痛みや苦しみを防ぐ為の魔法を常に使えるよう、複合魔法としてスマホに落とし込んで使うのだ。
ちなみに、私が急に嫌いとか怖いとか思っているのは、この前やったバティンとフォージュさん達の戦いを直接見たからだ。あんなに人外みたいな動きをされたら怖いだろ普通。人型の生物が音速を超えて移動してたら怖いだろ?!少なくとも私は怖かったしやべぇって思った。だってさ、私が普段通りに毎日を過ごしてて、急に死んだらどうする?バティン程の速度で急に襲われて死んだらどうする?私はバティンを見てそう思ったのだ。だからこそ、私が認識していない攻撃だろうがなんだろうが、それが私に対する、物理や魔法を問わずに何かしらの干渉ならば、問答無用で防御する魔法を、二種類作る事にしたのだ。だって怖いから。
それが、今回構想を練っている二つの魔法、『自動認識外攻撃防御アップデート』、通称第二アップデート。そして、『自動有害物質検知アップデート』、通称第三アップデートだ。
『自動認識外攻撃防御アップデート』は、文字通り、 私の認識の外、つまり不意打ちや狙撃、自然災害などを、私が認識するまで攻撃又は干渉を完全に防ぐ魔法である。どういう事かと言うと、私の認識できない、つまり目の追いつかない速度の攻撃や干渉の全てを防ぐ魔法だ。例えば、銃弾の弾丸は私の目には追いつかないから防御できるし、振るう剣の速度が私の反射神経を越える速度ならば防御する。つまり、私が見てから対応できるような攻撃でないと私に通用しないようにする魔法なのだ。しかも、常に展開する形で、だ。
この複合魔法は光、深淵、契約の複合魔法にする予定で、 私の認識の外から放たれた攻撃かどうかを深淵、契約によって瞬時に判断し、光属性の
ただ、この魔法は、私がしっかりと認識している攻撃、つまり私の目が追える速度且つ私が対応できるような速度の攻撃に対してはこの魔法の効果は即座に無くなるので、注意が必要だ。あくまでも、私が完全に認識できない攻撃を物理的に防ぐものであって、そうでなければ効果は発揮されないという事だ。無論、寝ている間も常に展開され続けるので、暗殺や夜襲にも対応できる優れものになるだろう。しかも、寝ている時は契約属性の条件付けを深く設定する事で、通常の数万倍は硬い
ちなみに、この魔法は常に展開しているとは言っても魔法なので、私の魔力が無くなれば効果は無くなるだろう。魔力消費は出来るだけ減らすつもりだが、それでもゼロには出来ないだろうし。
次に『自動有害物質検知アップデート』だが、こちらも文字通り、私を中心とした半径10mにある、毒物などの有害物質などの、私に対して僅かでも害をなすような存在を検知する魔法である。つまり、私が触れる、私が食べる、私が吸い込む、などをした場合に私に悪影響を与える物質全てを検知する魔法なのだ。ちなみに、攻撃の場合は第二アップデートの方がどうにかするからいいのだが、毒物に対しては対策方法が無いなと思って作ったのがこの魔法だったりする。
この複合魔法は毒、光、音、深淵、契約の複合魔法にする予定である。深淵属性と音属性の複合識別範囲結界で周囲を確認し、その中に存在している毒物などの有害物質を毒属性による検知フィルターで検知。光属性でそれら全ての効力を底上げし、契約属性の効果で私が飲食、接触、吸引などと、感染経路をある程度制限するというだけの条件付けをしたことで効果は倍増も倍増。例え無味無臭の毒薬であろうとなんだろうと、即座に検知してしまうのだ。我ながら凄いと思う。
ただこの魔法、毒物をただ検知するだけなので、毒に対してどうにか出来るってわけでもないのだ。例え毒を見つけられても、毒の対処はできないのだ。ちなみに、検知した毒を摂取、接触する事でどんな状態になるのかも、深淵属性の解析によってわかったりするようにしてあったりする。まぁ、私が一度毒を直接視認しないとできないけど。一応、第二アップデートも第三アップデートも設定画面で使用するか否かのオンオフを切り替えられるようにしてあるが、切り替えるたびに厳重な警告文が三回とか四回とか繰り返し表示されるようにしてあるので、間違えてオフにしていたなんて事は無いだろう。そもそもオフにする気が欠片も無いので問題無い。
この第三アップデートも第二アップデートも、どちらも魔力消費はかなり少ないと予想されており、毎日維持していても殆ど問題ないレベルになると考えられている。というか多分大丈夫だろう。私が2日も考えに考え抜いた魔法なのだ。今の私が詰め込める全てを詰め込むつもりでいる。
ただまぁ、今のところこの二つの複合魔法の設定と構築が死ぬほど面倒でまだやっていないので、今日帰ったら時間があるし、今日中にやるつもりでいたりする。やらないと死ぬと思えば安いものだ。いや、そう思って既に1日経過しているが、これはまぁ、別にいいというかなんというか………面倒だもん仕方ないよね?
「お、この子かぁ」
なんて、私が頭の中で無駄に理論を捏ねくり回していると、普通に見たことのない、金髪で赤い目の10代くらいの男の子?がやってきた。その後ろにはしっかりとリエルさんがいる辺り、多分この人もギルド関係者なのだろう。いやまぁ、リエルさんはこの男の子?を案内したらどっかに行ってしまったが。
「こんにちは、アオイ。僕はミゼル。このギルドのギルドマスターってやつだよ」
「なるほど」
ギルドマスターっていう職業がなんだかよく知らないけど、まぁ多分この冒険者ギルドの中間管理職的なやつでしょ?ギルドは世界中にあるって聞くし、多分どっかに本部的な場所と社長みたいなのが居て、ここみたいなのは支部なんだよきっと。だから中間管理職で合ってるよね?そんな感じのイメージだよね?………どっちかってーと雇われ店長か?いやまぁそこら辺詳しくないし適当でいいか。別にそんな事を考える為にここに居るわけじゃないし………
「あ、今、僕の事子供だと思ったでしょ?」
「いえ、別に思ってませんが」
「ありゃ、そうなの?大抵の人は僕を見ると子供扱いするんだけど………」
「別に子供だろうが大人だろうが、ギルドマスターって自分から名乗るならそうなんでしょう?これが嘘でもへーって感じに非常にどうでもいい事ですから、特に問題ありません」
けどまぁ、私が嘘をつくのはいいけど、私が誰かに嘘をつかれるのはあまり好きではないので、その場合は精神的なダメージを喰らわせてやるつもりだったりするつもりだ。私の師匠から教わった毒舌術をくらいなっ!って思いながら頭の中に出てきた毒舌単語を銃弾のように連射してやるよ。相手の心に響くように、じっくりねっとりと、まるで本物の毒のようにな!………もしかしなくても、私、緊張しててテンションおかしいなこれ。
「ちぇー、僕の渾身のツッコミができなかったや………まぁいいか。とりあえず、アオイに審査結果を渡す事にしよう。ほい、どーぞ?」
「あぁ、ありがとうございます」
私はミゼルさんから受け取った紙を確認する。
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『対象ランク審査結果』
対象:人型悪魔バティン
審査結果:Sランク以上。
理由:Aランク5名、Bランク18名、Cランク7名の様々な種類の冒険者達を無傷且つ1分未満で無力化したからである。この事から、圧倒的な速度、究極に近い技術、強靭過ぎる肉体であると推測。よって、Sランクの悪魔だと推定される。
追記:人型悪魔バティンは現在Gランク冒険者アオイと契約している為、討伐の必要性は無い。また、人型悪魔バティンと契約しているGランク冒険者アオイを、早急にCランクにまで格上げする事を提案する。
回答:Gランク冒険者アオイをCランク冒険者に格上げする事を許可。本人の許諾を貰って早急に昇格するべし。
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うーん?なんかバティンのせい?おかげ?で、私の冒険者ランクが上がるらしい。にしてもバティンってSランクなのか。強いなぁ。確かSランクってドラゴンとかそういうレベルの強さじゃなかったっけ?
「へー………バティンつよっ」
「まーね、これには参ったよ。うちの支部のエースであるフォージュまで1分以内にやられたんだもの。こりゃSランク認定するしかないっしょ。あぁ後、ついでにその悪魔の契約してる君のランクも上げることにしたよ。いざという時に君の悪魔の力をうちのギルドが借りたくても、ランクが低いと使えない時もあるからね。一応、貴族からの依頼を受けることのできるCランクまで上げることにしたんだ。僕が頑張って本部に掛け合ったんだぜ?」
「なるほど?」
私でなくバティンを戦力として使いたい時に、召喚主である私を呼びたくてランクを昇格した訳ね?例えるなら、持ってる武器は強いけど本人はそうでもない的な感じね?しかもその武器は専用装備で本人以外使えない的な。武器を使いたいなら使用者も一緒に持ってこないといけないもんね。なるほど、わかりやすい。我ながら素晴らしい例え方だ。核兵器使いたくても使い手がいなかったらそりゃ使えないわ。
「おめでとうと言っておこうじゃないか。掛け合ったの僕だけどね。まぁ、君はともかく君の悪魔のバティン君は強い。多分国一つくらいなら落とせるくらい強いぜ?」
「国かぁ。弱いなぁ」
国を落とせるくらいのレベルだったか。割と弱いな。
「弱いって………国を落とせたら十分くらい強いからね?」
「いえまぁ、それはわかってるんですが………一つの国を落としても得しないだろうなって思って………そう考えると弱いなぁって」
「なるほど、君はかなり損得を気にするタイプだね?」
「まぁそうですね」
まぁ、本音を言うなら、強さがインフレしてくるゲームとか、強さがインフレしてる小説とか漫画とか読んでると、国を落とせるくらいじゃなぁ………って思っちゃって。惑星単位とか、世界単位とか、なんかもうやばいのいっぱいあるし。だから、国を落とせてもなぁ………って思っちゃったよね。まぁ絶対に言わないけど。
「ならわかりやすくて丁度いい。君とはこれからも上手くやれそうだ」
上手くやれそう?上手く私の手綱を操作するって事かな?まぁ別にどうでもいいけど。ただ、これだけは言っておこう。
「まぁ冒険者は本業じゃないので、私がめちゃめちゃ暇な時且つ、私が冒険者業をやりたい時且つ、何かする事で得になるんだったらやってあげなくもないです。でも別に軽く脅していただいて構いません。痛いのとか怖いので拷問してでも連れて行くとか言われたら問答無用で付いていきますから、覚えといてください」
「………君、あれだね。僕の知ってるタイプのどれにも当てはまらないタイプの人間だ。貴族でも平民でも、学者でもなんでもない。僕は君を利用するって言ってるのに、君は自分の使い方を教えてくれるなんて………あぁもう、ほんとやり辛いなぁ。僕の調子が狂うよ。これならまだお偉い貴族と腹の探り合いをした方がマシだ………」
なんで私貴族より厄介な存在扱いされてるの?そもそも貴族ってそんなに腹の探り合いとかするタイプなの?そういうのって頭使いそうだよね。私がとことん嫌いな相手だ。だってそんな事に頭使いたくないから仕方ないじゃん」
「だってそんな事に頭使いたくないから仕方ないじゃん」
「君、かなりぶっちゃけるね」
おっと、口に出ていたか。
「だって、相手を罵倒するとか毒舌を浴びせるとかなら、まぁできますよ?私が一方的に師匠って心の中で勝手に呼んでる人に色々言われたり勝手に教わったりしましたから。けど、腹の探り合いって、それってつまり高度な情報戦でしょう?裏の読み合いってやつ。無理無理、私みたいな間抜けにそんな高度な事できません。それなら私を有効活用される方が楽じゃないですか。私は欠片も頭使わなくていい。貴方達は全て命令通りに行く。どちらにもメリットの塊でしかないじゃないですか」
勿論そうなっても自分でもある程度は考えるだろうが、多分私の性格的に直ぐ思考放棄すると思う。だってそういうの面倒くさいし。
「本当にぶっちゃけるね。………まぁいいか。とりあえず、これからは君の悪魔の力を借りたい時に、提案を持ちかけるよ」
「強要しないんですか?」
「しないしない。個人戦力ならまだしも、君の戦力は契約属性の魔法。つまり、召喚するには条件と対価が必要となる。例えどんな条件だろうと、例えどんな対価だろうと、それは君が悪魔に支払うべきモノだ。君の条件も対価も知らないし、教えてくれなくてもいい。むしろ教えないでくれ。教えない事を条件にしている場合だってあるんだから、無理に教えようなんて事はしないし、無理に君の悪魔の力を借りようともしないよ。あれだけ強力な悪魔だ。条件はともかく、対価は少しばかり重い可能性だってある。あぁ、どんな対価か調べる事もしないよ?調べられる事で条件が満たせなくなる可能性だってあるからね。だからまぁ、君は完全に臨時の、しかもかなり最終手段の戦力という事になる。決して公にはしないし、君の悪魔を僕の使役する悪魔と騙ってもいい」
お、おぉう………一気に喋るじゃないかギルドマスター。にしても、契約属性の魔法についてかなり詳しいな。確かに、図書館で読んだ本の中に色々な条件とか対価のお手本とか前例とかが記述された本があったけど、確かに他者に対価や条件などの契約内容を知られる事で条件を満たせなくなるみたいな契約の話も読んだ記憶がある。流石は冒険者ギルドのギルドマスター。知識も完璧じゃないか。
「なるほど、わかりやすくて助かりました」
「まぁ、普段はこんなにぶっちゃけないんだけどね。君がぶっちゃけるから、僕もそうしようかなって思っただけだよ。君とは腹の探り合いをする必要性が無いから、警戒するのは無駄だってね。なら、僕も君のように本音をぶっちゃけるしかないだろう?正直、僕がこんなに本音をぶっちゃけるなんてかなり久しぶりだよ。ねぇねぇ、偶にでいいからギルドに来て僕の話し相手になってくれないかい?」
「いいですけど、なんか貰えたりします?」
「そうだなぁ、君は純粋な冒険者じゃないから強い武器とか凄い魔石とか要らないよね?なら高級なお菓子とかはどう?まぁ、僕としてもあまり甘いものは好きじゃないから、甘さ控えめのお菓子が多いけど」
「あぁ、それでいいです。私もお菓子食べたいですから」
「ならよかった。その勢いで僕と仲良くなってくれると助かるよ。あ、後、敬語抜いていいよ。僕気にしないから」
「そう?なら敬語外すわ」
「うーん、直ぐに目の前で外す人は初めて見たなぁ」
──その日、私は所謂茶飲み友達を獲得したのだった。
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