1週間振りの外出…うーん、日差しが眩しい


スマートフォンが使えるようになってから1週間。そこまで大した事もなく、冒険者達からの勧誘も初日辺りに比べれば減ってきている。が、それだけだ。直接対面で話す人が少なくなってきただけで、無理矢理にでも加入させようとする人はこれからだと思われる。………と思っていたら、フォージュさんにもそう言われたので、余計警戒している。なるべく外に出ないよう、買い物などは基本的にミナに任せ、私は宿屋の中で図書館で借りた本を読んだり、スマートフォンに本の内容を写したり、習った魔法の練習をしたりと、割と悠々自適に過ごしていた。仕事はしていたが、それ以外は完全に趣味を出来たのが非常に楽しかった。


私は根っからのインドア派で別に何週間でも何ヶ月でも、家の中にいることのできる人間なので、別にずっとこのままでもやぶさかではない。が、それは店長さんとミナに申し訳なさすぎるし、こんな状態をずっと継続する訳にもいかない。宿屋の外に行かないといけない用事もあるし、今日は図書館に本を返しに行く日だ。しっかりと向かわなくては。ミナも店長さんも今日は忙しいとか言ってたので、仕方なくだけどね。


とても大事なスマートフォンや、道具によっては応用の効く筆箱一式、今までこちらの世界で稼いできた賃金に、借りた図書館の本などは、一通り収納ストレージの亜空間の中にぶち込んである。今日着ていく服装は全てミナに任せたが、今回は店の制服で行ってもいいと言われたので制服で行くことにした。確かに、非常に動きやすいし着慣れているので、制服で行くことはやぶさかではない。


「うんうん、今日も似合ってるわよ」


「制服は前々からずっと着てるのに?」


「ええ、似合ってるわよ。やっぱり洗い立てってのがいいわよね。良い匂いだわ」


「そうですか」


服装については非常にどうでもいいので、そんなことを言われても反応に困るのだが。というか、普段から仕事で使ってる制服だし、似合ってるかどうかとか気にならない。別に制服は似合っていようが似合っていなかろうが着るもの、というのが私の認識である以上、似合っているかどうかはそもそも問題ではない。問題は着れるか着れないかだ。この制服はちゃんと着れる。だから、問題は無い。これは私の価値観なので、誰かに押し付ける気は一切ないけどな。だからこんな事になってるんだけど………別に私は困ってないし。 


「さ、行ってらっしゃい。危険な時は相手にちゃんと魔法をかましてやりなさいよ?わかってるわね?」


「わかってる」


危険に対して一切の容赦はしない。相手が人であろうと、相手が物であろうと、相手が動物であろうと、相手が化物であろうと、相手がなんであろうと、私のとれる手段を全て使って対処する。攻撃が最善なら攻撃するし、防御が最善なら防御するし、逃走が最善なら逃走する。自分に一体何ができるのか、客観的に自分を見て冷静に判断する。………うん、これくらいならできるだろう。もし、直前で頭が真っ白になったら、ジャンケンとでも思えばいい。場合によっては後出しジャンケンかもしれないし、先出しジャンケンかもしれないし、普通のジャンケンかもしれない。最悪、なんでもいいから適当に出して対処することにしよう。それで死んだら………まぁ、そこまでだよね。


「大丈夫?道はもう覚えたでしょうけど………」


「大丈夫大丈夫」


「そう?それじゃ行ってらっしゃい」


「あー、まぁ、行ってくる」


私はミナに引っ張られて連れてこられたミナの部屋から出て、階下まで降り、そのまま店の外に出て行った。現在の時刻は4時付近。この世界、時計が魔石で動く大きなものしかないせいで、個人で持つような腕時計がない。お店の中や、広場や街のあちこちの壁に時計が張り付けられているので、一応わかるところではわかるのだが。逆に言うと、時計の数や位置を目安に街の中を移動する事もできる。私は今、その方法で図書館にまで向かっている。


図書館は、私が最初の1週間で通った場所だ。そして、今でも通って本を読んでいるくらい、お世話になっている場所でもある。私はこの世界の知識に疎い。それではダメだと思い、今でも通い続けているのだ。本を読むのは楽しいし、別に苦でもなんでもないので別にいい。まぁ、ただ本を読むだけじゃ確実に後になったら忘れると思ったので、本の文章は全て分類毎に分けて保存してある。なので、一度借りてしまえばもう一度借りる必要はない。………まぁ、紙媒体の本も好きなので、多分また借りるけど。


とにかく、私はそこまで向かっている。側から見ればメイド服のような宿屋の制服を着て、手荷物を持たずに歩いている。ポケットの中には何も入っていないから、もし盗まれそうになっても何も持っていないんだから問題は無い。もしかしたら何かの物を無理矢理持たされて冤罪をかけられる可能性もあるので、ポケットの中身は定期的に確認する。更には、常に周囲を警戒する。視野角を広げる為に前をしっかりと向いて周囲の人の動きを確認し、周囲の音を集中して聞く。私は、これを外に出る度にやっている。この警戒の仕方が本当に合っているのかは知らないが、小さな頃からやってきている。外は怖いからと言う理由で、ずっと。


実際、この方法で事故を免れた時もあったので、特段間違ったことでも無いと思われる。今では、安心のできるような家の外にまで出れば無意識的にやってしまうし、意識的にやれば勿論精度は上がる。流石にアニメとかゲームとかで言う『気配』ってやつではないと思うので、普通に自分の五感に頼っているだけだ。



「やっと着いた………」


図書館までの道のりには市場がある為、この時間帯になると人数が激増する。そんな人混みでごちゃごちゃにされたので、私はここまでの道のりで大分疲れている。じゃあなんでこんな時間を選んだのかというと、この時間は人が多いからだ。人が多ければ、私に危害を加えようとしてくる人は少なくなる筈………なんて、浅い考えでこんな時間に図書館にやってきたのだ。


ただ、道のりの人数がどれだけ多かろうが、図書館の利用者数は殆どいないので、図書館で警戒を解くことはできない。というか、図書館の規則は利用者が少ないからか割とガバガバなので、セキュリティー能力が無いんだよな………まぁ、蔵書の管理は魔法でしているらしいから、足りない書籍があったらわかるそうだけど、逆に言ったらそれくらいしかないよね?


「こんにちは、コルトさん」


「………ん………あぁ、アオイちゃんか。そういや今日はアオイちゃんの返却日だったね………」


ここの司書を勤めているのは、今年77歳になる非常にラッキーナンバーなエルフのコルトさんである。エルフ的にはまだまだ子供のような年齢らしいが、私からしてみれば普通に年上の人のイメージしかない女性だ。この人、今さっきまでエルフ特有の尖った耳をぐでーんとして、寝癖のついた短い金髪の頭を掻いて、アメジストのような紫色の両瞳を擦っていた。恐らく、机に突っ伏して寝ていたのだろう。完全に寝起きらしく、目がちゃんと開いていない。それはいつものことだが。


「コルトさん、また寝てたんですか?」


「………まぁ………利用者は少ないからね………今日もアオイちゃんだけだよ………」


「そうですか………読書楽しいのに」


「そうだけど………別に本読まなくても死ぬわけじゃないからね………わざわざ読む人も少ないんだよ………余程読書好きな人か、よっぽど暇な人しか利用しないから………私も本とか枕にしか使ってないし………」


そりゃそうだけど、それを言っちゃ終わりでしょうに。後、本を枕にはしないでね?コルトさんに限って涎を本に垂らすなんてことはしないと思うけどさ。


「そんなもんですか………収納ストレージっと………はい、どうぞ。これ返却分です」


「あ、魔法………しかも空間属性か………できるようになったんだね?」


「まぁ、頑張りました。凄く便利なので」


「だよね………安眠できるから便利だよね………」


「そんな使い方はまだしてないです」


「えぇー………安眠できるよ………?」


コルトさんは、三度の飯よりも圧倒的に睡眠を優先する人だ。朝御飯の代わりに寝て、昼御飯の代わりに寝て、夕御飯の代わりに寝る、そんな人。しかもこの人、寝るだけで生きていけるというユニークスキルを持っているから、より睡眠を優先するのだ。寝ることでお腹を満たして、寝ることで自分を満たして、寝ることで活動の為のエネルギーを満たす。確か、『睡眠回復』とかそんな名前のユニークスキルと言っていた覚えがある。


「大丈夫です。私、夜になれば普通に眠たくなるので」


「………んー………そっか………安眠なのに………」


「そもそも、その安眠っての、ただの毒属性の魔法じゃないですか。睡眠スリープで強制的に寝るって………いつか絶対身体壊しますよ?」


「だいじょぶだいじょぶ………寝ればなんとかなる……」


この人は実際寝ればなんとかなるから一切の反論できない。しかも、人が少なくて仕事中に寝れるから司書になったって言っていたし、本当に眠る為に生きているような人だ。覚えている魔法も睡眠に関連する魔法ばかりで、適性属性すらも睡眠に関するものばかりで………もう、生まれた時から睡眠に全てを捧げているような人だったと、半ば諦めることにした。私の心の平穏の為にも。


「とりあえず、今日は私以外に図書館って誰もいないんですね?」


「うん………いないよ………アオイちゃんと私以外、誰もいない………」


コルトさんは図書館の内部全てを把握する魔法を使っているらしく、図書館に誰かが入ってくると寝ていてもわかるらしい。確か、えっと………音属性と空間属性、深淵属性の3種複合魔法………だったっけ?魔法は色々な属性を掛け合わせて自分で作れるらしいけど、私はまだ禁止されてるので作ったことは一度もない。複合魔法は作り方とか使い方を間違えるとかなり危険らしいので、私の魔力の使い方がもっと上手く、精密になったら使ってもいいと言われている。間違えた方法で作ったり使ったりすると最悪死ぬらしいので、私はしっかり順守している。だって怖いもの。


「じゃ、本探してきますね。他に誰か来たら教えてください」


「わかったー………ぐー………」


私は会話が終わって魔法も使わずに速攻寝始めたコルトさんを視界から外して、図書館の本棚の方に顔を向ける。そこには、とても大きな本棚が大量に並べられている。そして、非常に大量の本も保管されている。この世界は本を作る技術が確立されてから、かなりの数の本が製造された………と、どっかの歴史本に書いてあった覚えがある。確かスマートフォンにも写してあるので確認はできるだろうが、流石に自室の外でそんなことをする勇気は無い。


「あ、あった、魔法の棚」


私が今回借りようと思っているのは、契約属性の魔法の本である。その理由は簡単で、1番最初にやった適性属性を調べる魔法道具よりも精密な検査のできる魔法道具で私の適性属性を改めて調べた所、私は契約属性の魔法にあり得ないくらいの適性を持っているらしいのだ。しかも、悪魔の召喚や契約に限れば、更に適性は上がるらしい。ただ、その代わりかは分からないが、適性属性以外の属性はあり得ないくらい苦手らしいけどな。別にいいけどさ。


そこで、私は考えた。『私が狙われる可能性が少なからずあるなら、契約した悪魔に守ってもらえばいいんじゃね』と。これならフォージュさんやミナ、店長さん達に頼らずとも、1人で外出できるようになる。しかも、私が努力して強くなる為に鍛えるわけではない。そんな、私が努力せずとも強力な味方を召喚して契約できるのは、端的に言って最高だろう。しかも、私は契約属性の魔法なら才能に溢れかえっている。フォージュさんにも契約属性だけなら天才と言っても過言ではないと言われたので、やるしかない。


ただ、悪魔しか召喚できないのは不服だ。実績の【悪魔の婚約者】の影響だろうと言われたが、非常に解せない。どうしてそんな実績があるのか、どうして悪魔なのか、まずなんで婚約者なんだと、色々と言いたいことはある。まぁ、誰に言えばいいのかって問題はあるんだけど。


「えーっと………契約属性………悪魔………あったあった」


私が本棚から見つけたのは、表紙に『悪魔契約』と書かれている、黒い装丁の本。他の魔法の本にされているような装飾は一切無く、シンプルなのが逆に目立つ異様な本だ。SAN値が減少しそうなくらい不気味な本だが、内容は他の魔法の本となんら変わりのないものだった。別に宇宙的恐怖コズミックホラーを感じたり、正気を失ったりするわけではないので普通に読み進める。そんな本の内容は、契約属性の魔法で召喚できる悪魔の詳細な一覧。どんな生態でどんな事ができてどんな性格が多いのか、とにかく色々と詳細に書かれているようだった。ただ、中には名前だけで絵も無いようなページもあることから、別に全ての悪魔がここに載っている訳ではないのだろう。最初っから全部あるなんて思ってないけどさ。


「んー………これ、借りるか」


別に図書館で読んでもいいが、今はなるべく外にいない方がいいだろう。こんな所で襲われたらコルトさんの迷惑になってしまうし、コルトさんにも危害が及ぶかもしれない。別にコルトさんと会うなら、図書館に行けば週6で会うことができる。前の世界で言う日曜日だけは図書館が閉まっているのでコルトさんはいないが、それ以外の日は毎日どんな時間でも、図書館の開館から閉館までずっといる。そして、指定の位置で常に寝ている。図書館に人がやってきた時と図書館から出て行くタイミングだけ起きているらしいが、むしろそれ以外は眠っているのだろう。


無論、寝ているコルトさんに話しかければ起きて会話してくれるし、本についての事を聞くこともできる。近くに人がいない時はぐっすりと眠ってはいるが、近づいて話しかければちゃんと質疑応答を行ってくれる。その、なんとなく無防備な感じが可愛いのだけれど、そんな事をコルトさんに言ったら恥ずかしさで私が死ぬので言わないでおこう。今なら身体が女の子なので言っても大丈夫だろうが、それとこれとは話が別だ。


「1冊だけってのもな………」


私は『悪魔契約』の本を小脇に抱え、そのまま図書館内を移動する。そのまま図書館内を徘徊しつつ、目に留まった背表紙や手に取った本を追加で4冊持って、計5冊の本を持って、ぐっすりと寝ているコルトさんの寝顔をちょっとだけ堪能してから、コルトさんに話しかける。女の子の寝顔ってのは、やっぱりいいよね。特に、こう、無防備な女の子の寝顔はいい。こういう事を考えられる辺り、私はまだ男なのだと自覚できる。身体が女でも、心はしっかりと男なのだ。そう考えると、かなり嬉しくなってきた。やったぜ。


「コルトさん、コルトさん、これ借ります」


「ん………んー………借りるの………?」


「はい、借ります。起こしちゃってすいませんね」


「んー………別に………お仕事はしなくちゃいけないから………いいよ………うい、どうぞ」


「ありがとうございます」


一度コルトさんに本を全て渡して、その本を魔法道具に当てるだけで本を借りることができる。前の世界の本に付いているバーコードみたいなのを読み取って、貸し出している本の状況を確認できるんだとか。なんか、妙な所で技術が発達していて、最初はちょっとびっくりしたものだ。


「それじゃコルトさん、また来ますね」


「んー………またねー………」


私はコルトさんと挨拶をしてから、図書館を後にする。


収納ストレージ………容量足りたか、よかった」


安全の為にも、本は収納ストレージを使って亜空間に入れる。収納ストレージの容量は術者の魔力の量に応じた大きさになるので、私の魔力量だと足りるかどうか不安だったのだが………足りてよかった。本の大きさがある程度大きいので、5冊ともなると既に入っている荷物分があったら容量が足りなくなるのではと危惧していたのだが、ギリギリ足りたみたいだ。収納ストレージの容量が足りなかったら手に持っていかなければならなかったので非常に助かる。ちなみに、収納ストレージを使うのに必要な魔力は他の魔法に比べると多いが、取り出したり収納したりする瞬間しか消費は無いらしいのでまだマシだ。


「………あ」


………そういや今思ったのだが、宿屋の制服で出かけるのはやめた方がよかったのではないだろうか?だって、私は昼間と夜間どちらもこの服装で働いていて、更には冒険者ギルドへもこの服装で行った。その場合、この制服は目印のようなものなのでは?


………え、どうしよ。何にも考えずにこの服装で外に出てしまった。もしかして私は馬鹿なのでは?とりあえず、なるべく足早に帰るとしよう。走って帰ろうかとも思ったが、それは無理だ。何故なら、今の時刻は6時50分。この世界なら、丁度6時半となる時刻だ。4時頃に比べて、圧倒的に人が多い。そんな人混みの中を走るなんて危険だし、誰かにぶつかるのは避けたいからどうしても私の歩みは遅くなってしまう。だから、要所要所で早歩きができそうな場所だけで早く歩き、とにかく周囲に警戒する。


「あうっ」


「うぇ」


が、警戒をしても、ここは人混み。私が周囲を警戒していても、他人も同じように周囲へ警戒してくれるわけではない。私は正面からやってきた10歳くらいの小さな女の子とぶつかってしまった。小さな黒髪の女の子の頭が私の腹部に突き刺さり、『うぇ』なんて変な声が出てしまった。実に間抜けな声である。


「あっ、あのっ、ご、ごめんなさいっ。前が見えなくって………」


「私は大丈夫だけど、貴女は大丈夫?」


「だ、大丈夫ですっ。どこも痛くないですっ」


「そう、よかった。それじゃ」


私は、小さな女の子が私にぶつかった際の痛みがないことを確認し、ついでに私の方も痛みが無いか確認してからその小さな女の子と別れる。


「あっ、あのっ!ま、待って………待ってっ、くださいっ!」


………別れようとしたのだが、小さな女の子に留められてしまった。いやまぁ、なんとなく引き留めた理由はわかるけど………


「………どうしたの?」


「あのっ、えっと………その、私っ………あのっ、お母さんの帰りが遅くって………い、一緒に………探してっ………欲しい………ですっ………!」


やっぱり。こんな混雑した人混みにこんな小さな女の子が1人でいるわけがない。それはつまり、連れてきた親と逸れたか、留守番中にお母さんの方が何かあったのか………くらいはあると、まぁなんとなく思っていた。が、まさか本当にそうだとは思わなんだ。その小さな赤い目に涙を溜めながら言われると、とても罪悪感がある。


「いいけど………流石にこんな人混みからは探せないから、一旦私の宿屋まで連れてくよ?そっから衛兵さんとか呼ぶけど………それでもいい?」


「う、うん………あのっ、お姉ちゃん………あの、ありがとぅ………」


消え入りそうな小さな声でお礼を言ってくれる様子は、非常に可愛らしい。その『お姉ちゃん』呼びが『お兄ちゃん』呼びだったら最高だった。私、妹いるけど、私の妹は私のこと呼び捨てだしなー。


「とりあえず、離れたら同じことになるだろうし………うっしょっと」


「わわっ!」


私はその小さな女の子を抱き抱え、そのまま立ち上がる。小さな女の子はそれなりに驚いたらしく、可愛らしい声をあげたようだった。こうやって抱き抱えれば、この子が人混みに押されて離れる心配も無い。まぁ、一緒に歩くと歩幅が違うので時間がかかると思ったから抱っこしてるんだけど。


「うし………このまま行くから、あんまり暴れないでね?」


「う、うん!」


私に抱っこされている状況が楽しいのか、普段とは違う高さからの視点が面白いのか、それまた両方ともなのかはわからないが、とにかく小さな女の子は非常にはしゃいでいるようだ。非常に可愛い。前の世界じゃ二次元のロリっ子にしか興味なかったが、やっぱりこう、実感できるような体温とか、肌触りとか、直接生きているような感覚があると、とてもいいなと感じる。ちなみに言っておくが、私は別にロリコンではない。ロリも守備範囲内なだけだ。可愛いもしくは綺麗な女の人で、ある一点だけ私の性癖に引っかかれば守備範囲内になるので問題ない、という意味である。問題なのかどうかは知らないが。


………こんなこと考えてるの、普通に気持ち悪いな。やめよう。まぁ、前の世界の友人にも公然と女性でロリコンの人はいたけれど………学校帰りの女児を全力で目で追って、通り過ぎたら何処が可愛いのかを逐一報告して、最終的には可愛いを連呼しながら興奮する人間にはなりたくない。自重しよう。反面教師にしよう、うん。


「………えっと、君の名前はなんて言うの?」


「わっ、私は………そ、そのね………あのっ………私は、マリンって言うのっ………お、お姉ちゃんは………?」


「私はアオイだよ、マリンちゃん」


「あのっ、えっと………そのっ!お母さんを探してくれて………あ、ありがとうございます!」


「どういたしまして。まぁ、どうせ帰り道だし、お礼はお母さんが見つかった時にでもしてくれればいいよ」


多分、図書館に向かう時なら私はマリンちゃんの事を無視して図書館に向かっただろう。だって、本返したかったし。けど、今は帰る途中だ。一旦宿屋に預けて、そっから衛兵さんに宿屋まで来てもらって………とかにした方が、まぁこの子も安全だと思う。無理に動いたら駄目だろうし。いや、多分衛兵さん達の駐屯所にこの子を連れて行くのが1番いいんだろうけど、それは私が面倒だから嫌だ。


にっしても、あの時間帯の市場は混雑するのなんてわかりきってるのに、なんでマリンちゃんを連れて市場なんか行ったんだろうね、マリンちゃんのお母さんは。マリンちゃんと一緒に出かけるのが楽しすぎて、そこまで頭が回らなかったとか?そうなると………想像できるマリンちゃんのお母さん像がかなりハイテンションなんだけど………まぁいいか。


「お、市場抜けた………」


人で溢れかえっている市場を抜けると、人の数が圧倒的に減ったのがわかる。さっきまでは満員電車のような密集具合だったのに、市場の近くから抜けてしまえば人の数が大分落ち着いている。私的にもマリンちゃんを抱っこしているので、流石にあんな人混みは危険だと思ったのだ。


「マリンちゃん、大丈夫?気分が悪くなったりしてない?」


「だっ大丈夫………です………!」


「ならよかった。何かあったら直ぐに教えてね」


「は、はいっ………」


正直、今の私はマリンちゃんの容態がわからないのが怖い。私には誰かを治したり癒したりする魔法が使えないので、もしマリンちゃんが怪我した場合は私1人では対処ができない。もし、マリンちゃんがどっかの大事な子で、そんな子を連れて怪我を負わせたりしたら、まぁ、全部私の責任になりそうだよね。別に反論の余地は沢山あるから、舌戦に勝てれば私が罪に問われたり賠償金を支払ったりする必要はないだろいけども………


私はそんな風にマリンちゃんについての責任がどんなものかを思考していると、宿屋まで戻ってこれたらしい。ミナがこっちに向かって手を振っている。


「アオイー、お帰りー」


「ただいま。帰って早速だけど、ミナに言いたいことがあるからそこに正座してくれない?ダメなら室内でもいいけど」


「いや、そんなことよりその子は?どうしたの?」


なんかはぐらかせれたような気がしなくもないけど、まぁ、いいや。マリンちゃんの方が優先だ。


「あぁ、市場の所で1人でいたんだけど、流石にあの混雑具合からこの子の知り合いを探すのは無謀と判断して帰ってきた。この子、マリンちゃんにはここで待っててもらって、衛兵さんに来てもらおうって思ってさ。その方が安心するかなって」


唸れ私の言いくるめ術!私の本音がバレないように!『わざわざ私の方から駐屯所に行きたくない』ってのがバレないように!唸れ私の口!私ならできる筈だ!


「………まぁ、なんとなくわかったわ。私が衛兵をここに連れてくるから、アオイはその子の事見ておいてくれる?」


「了解、まかせといて」


ふっ………勝ったな。まぁ任せておけよミナ………私、留守番は大の得意だから。学校以外は外に殆ど出てなかったくらいインドアな人間にとって、留守番だなんて朝飯前よ朝飯前。いや、もう少しで夕飯だから夕飯前かな………


「それじゃ、急いで行ってくるわ」


「あ、いってらっしゃーい」


私はマリンちゃんを腕の中に抱えながら、走りながら出ていったミナを見送る。それから、もう限界が近い腕を休める為にもマリンちゃんをフロアにある椅子に座らせてあげてから、私も適当に椅子を選んでマリンちゃんの対面に座る。ここまで来るのに大分疲れただろうから、休憩した方がいいだろうし。だってさ、私が疲れたから、多分マリンちゃんも疲れてるでしょって思ったんだよ。マリンちゃんとはある程度の体格差があるし、私が抱っこして連れてきたと言ってもあんな人混みにいたら酔っちゃうことだってあるだろうしね。私は多分1時間はあの場にいたら酔うと思うよ?


「マリンちゃん。後は待ってればいいから、安心してて」


「はっ………はいっ………!」


「………んー………」


実に話し辛い。話し辛いと言うか、こんな言葉に詰まっている人の話はかなり聞き取りづらいな。マリンちゃんには悪いが、私、別にそこまで耳がいいわけじゃ無いんだよね。別に聴力が無いとかそんなんではなくて、ただただ他人の話に基本的に興味が無いからちゃんと聞いてないだけだけどさ。けど、人の話であっても一応聞いてはいるので、もっとハキハキと喋ってくれりゃ私も会話に意識のリソース割かなくていいのに………と思っているだけだから、まぁ、こんな利己的なお願いはしちゃダメだよなぁ。私だってそれくらいの常識はあるよ。こう言う時に自分勝手に利己的な発言をしてしまう人が自己中心的な人って言うんだよね?知ってる。


「マリンちゃん、ちなみに聞くけど、マリンちゃんのお母さんってどんな人?」


「えっ、えっと………あのっ………お、お母さんは………私の、ことを………あ………えっと………好き………だって、い、いつも言って………くっ、くれます………!」


「そっか、よかったね。私、正面切ってママさんに好きなんて言われたことないや」


好きって正面切って言われてないの、私が息子だからだろうけど。いや、別に娘にはなりたくないけど………あ、今はなってるのか………んー………複雑だ………あー………なんで最初に男じゃなくて女って嘘ついたんだろうなぁ………ほんっと間抜けだ………何が得だよ………何がメリットだよ………こんな葛藤するなら最初っからしなきゃよかった………でも、なぁ。女だからこそお客さんが沢山いるのかもしれないし………ぐぐぐ………今からやめるにもやめられねぇし………


「あ、あのっ………アオイ、お姉ちゃん?だっ、大丈夫、です、か?」


「ん?うん、大丈夫大丈夫。ちょっと思い出して凹んだだけだから、別に心配しなくてもいいよ」


「そっ、それなら………よかった、ですっ………」


うーん、マリンちゃんはとっても良い子だなぁ。私とは大違いだよ。きっと将来、親孝行とかしっかりするんだろうなぁ………私は、できるのか?多分、世界も違うのに。帰り方も変える方法もわからないのに。………まぁ、今はそんな遠い目標見てても無駄か………そもそも、私は元の世界に帰りたいのか?一応、こっちの世界で生きることは現段階までならできてるしなー………やっぱ帰りてぇー、テレビゲームしたいー。まだやり途中のやつあるのにー。それに、まだ小説の新刊読んでないのあるのに………紙媒体で読みたい………それになー、リアルイベントとか行けないの辛いんだけど………あー、やり残したこと多過ぎて死にそう………いつか絶対に帰ってやるからな………見とけよ性別神様!私は負けないぞ!


「そ、あ、そのっ………あ、アオイお姉ちゃん………!わ、私っ、そ、そのっ………の、喉が、渇いちゃって………!」


「あ、それならちょっと待ってて。水でいい?」


「あっ、はいっ………すい、ません………!」


「別にこれくらいいいけどなぁ」


私は戸棚からガラス製のコップを取り出して、水道から水を出してコップの中に注ぎ込む。それから、魔石で動いている冷蔵庫から四角の小さな氷を取り出して、そのコップの中に2、3個入れておく。そして、手慣れた動作でお盆を手に取って、ついでに私の分の水も氷無しで作ってからお盆に載せ、マリンちゃんの元まで水を2人分運ぶ。


「はーいどうぞ、こっちの氷入りと氷無し、どっちがいい?」


「えっ、あのっ………そ、その………氷がある方が………い、いいですっ………!」


「はい、どうぞ」


当初の予想通り、氷入りの水をマリンちゃんの前に置く。マリンちゃんは恐る恐るコップに手を伸ばし、まるで初めて見たのかというくらいちょんちょんとコップに触れて、そして、バッとコップを手に取ってゴクゴクと飲み始めた。実に可愛い。小動物のような仕草が、実に私の琴線を刺激する。可愛い。語彙力なくなるくらい可愛い。こんな可愛い子が自分の子供なんて、マリンちゃんのお母さんはきっと幸せじゃなかろうか。まぁ、特段どんな家なのかは知らないから、完全にマリンちゃんの言動とかから憶測で考えてるけども。


私も持ってきた水にちみちみと何度か口をつけながら、マリンちゃんの様子を見ておく。マリンちゃんの方の水は既に半分以上は無くなっており、4分の1も飲んでいない私よりも飲んでいたみたいだ。相当喉が渇いていたのだろう。うーん、可愛い。小動物みたいで実に可愛い。


「どう?美味しい?ただの水だけど」


「えっ………あ、そのっ………お、美味しい………です………とっても、美味しい………です」


「ならよかった」


本当にただの氷水だけど、美味しいのならよかったよ。私、食べ物の味とか飲み物の味とか一切気にしないタイプの人間だから、食べ物と飲み物って食べれるか食べれないかでしか判断できないんだよね。本音を言えば、食事とか味とかにそこまで興味がないだけなんだけど。だって、興味がないことは覚える気にもならないでしょ?少なくとも私はそうだよ?興味がないものを覚えようとしても絶対忘れるけど、興味があるものなら無制限に覚えられるもんだよね。他の人はどうか知らないけど、少なくとも私はそうだもの。


「ふぅ………収納ストレージ


あ、そうだ。本を読もう。そう思った私は、収納ストレージを使って借りてきた本を読むことにした。今から読むのは契約属性の何の関係もない物語の本なので、かなり楽しみである。


「あっあのっ!」


「ん?どうしたの?」


私がいざ読み始めようと表紙に手をかけた時、マリンちゃんに話しかけられた。なんとなく少しおあずけされている犬のような気分になったが、まぁいいだろう。別に読書ならいつでもできるし。


「さ、さっきの!ま、魔法ですよねっ?!」


「え?まぁうん、そうだけど──」


「よ、よかったら!もう一回見せてくださいっ!!」


「まぁ、いいけども」


何故かハイテンションなマリンちゃんの要望通り、私はもう一度収納ストレージを使って亜空間からもう一冊の本を取り出し、そしてしまった。私がやったのはそれだけだったのだが、マリンちゃんはそれを見てかなり興奮しているようだ。何故かは知らないが、マリンちゃんの目がキラキラしているように見えるのは幻覚だろうか?


「すっ凄いです!!わ、私、魔法を初めて見ましたっ!!カッコいいですっ!!もっ、もう一度!違うの見せてくださいっ!!


「あー………わかったよ。灯火ライト


わかった。マリンちゃん、魔法が好きなんだ。こんなに興奮するくらい、魔法が好きなんだろう。初めて見たって言ってたし、そりゃあこれだけ興奮もするだろう。さっきまでとは全然違ってかなり言葉がハキハキと勢いがあるし、口調が普段と変わるくらい魔法が好きなんだろうな。………あの、一応私の友達のロリコン女も、ロリの感想を言う時こんな感じだったっけ………そう考えると変態っぽく見えてくるのはなんでだろう。補正?この場合は下降補正だろうなぁ………変なフィルターができちまったや。


「どう?満足した?」


「っはい!!とっても満足ですっ!!」


「そりゃよかった」


「できれば、もっと………」


「いいけど、私の魔力とマリンちゃんの興奮具合との要相談だよ?そのまんま興奮し続けたら倒れちゃうって」


「………!!………は、はぅ………すみません………!!こっ………興奮、し、し過ぎてっ………あのっ………アオイお姉ちゃんに、め、迷惑………かけちゃって………!!」


マリンちゃんは私の提案に冷静になったのか、顔を真っ赤にして両手でその顔を覆って下を向いてしまった。そんな仕草も可愛い。それに私は、ここで自分の興奮を自制できるのは根っからの良い子の証拠だろうと感心もしている。私なら、多分倒れるまで興奮しっぱなしだろうから。その点で言えば、マリンちゃんは私よりも大人らしい。だがまぁ、さっきまでの興奮具合が相当恥ずかしかったのか、未だに顔が茹でダコみたいに真っ赤になっている。可愛い。


「大丈夫。魔法、好きなんでしょ?好きなものに興奮するなら私だってするから、恥ずかしいことでも迷惑でもないよ。少なくとも私は迷惑じゃないから」


こんな可愛い女の子を間近で見れるのだ、これくらいは眼福ってやつだろう。こんなに楽しそうな女の子………いや、私としては男の人でも問題ないな。やっぱり、私の行ったことでここまで楽しそうにしてくれると言うのは、老若男女問わず嬉しいものだ。無論、私は根っからの男なので、女性に喜んでもらったり楽しんでもらったりした方が私も嬉しいというものだ。魔法なんて、私からしてみれば簡単に覚えられた何の変哲もないモノだ。自分があまり努力していないことで、ここまで喜ばれるのは、やはり嬉しい。こんな小さな女の子なら尚更だ。


「い、いいん………です、か………?まっ、魔法なんて、凄いもの………み、見せてもらっても………?」


「いいけど、危険そうなのは使わないからね?私もそこまで責任負えないから」


私の適性属性の場合なら、毒属性とか、雷属性とか、深淵属性とか、空間属性とかは、使い方や魔法を使う時のイメージによってはかなり危険になると言われているので、慣れている魔法以外を使う気は全く無い。だから、新しい魔法の練習なんて、夜中の営業中のお客さんが落ち着き始めてから、魔法の得意な人が最低でも2人はいて、追加でフォージュさんがいないとやらない。危険なことがあった時に対応できる人がいれば、まぁ、なんとかなるだろうから。


「わっ、わかりましたっ!そ、それじゃ!よろしくですっ!」


「うん、了解」


そのまま、私はマリンちゃんが飽きるまで………というか、私の魔力が無くなるギリギリまで、私の使う魔法を堪能したのだった。

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