私は交渉とかできないよ?わかってる?


冒険者ギルドに登録してから3日後のお昼時。昨日の内にリエルさんの所に言って冒険者として最低限の知識を身につけて、しかも既にリエルさんの時間がある時に私的な用事で会う約束もしている。まさか会って数日の相手と出掛ける約束ができるなんて、私にしてはよくやったと思う。


私が普段通りに食事処の仕事である配膳や、暇な時間を見つけての皿洗い。テーブルクロスの交換に魔法道具の魔石交換などなど、場合によっては食事を作ってみたりと色々な仕事をしていた。


「こちら、昼食Aセットです。料金は銅貨8枚となりますが、よろしいでしょうか?」


「ええ、どうぞ」


「はい………それでは、ごゆっくり」


私はテーブルに置かれた銅貨を受け取り、そのテーブルを後にした。昼間の支払いはこういうシステムなのだ。ちなみに、昼間の食事処は食事を持ってきてすぐに金銭を支払うシステムだが、夜間の酒場は完全後払い制で、帰る際にジョッキやお皿の数で金銭を計算する回転寿司みたいなシステムを使用している。なんで使い分けているのかと聞いたことがあるが、それにはちゃんと理由があるらしい。


元々、どちらにも昼間の支払いシステムを採用していたが、夜間の方までそのシステムだと面倒になったからだそうだ。何故なら、夜間に来るお客さんは大量に飲み食いするし、お酒も食事も何度も注文することが多い。だから、注文の度に金銭の要求をしているのが面倒だったらしい。だから、最後の最後に一気に支払うシステムになったそうだ。偶に食い逃げされるらしいが、他のお客さんに取り押さえられるか、店長さんに取り押さえられるかの二択らしい。お客さんには食い逃げ犯を捕まえたら金貨10枚と言っているらしいので、積極的に捕まえてくれるそうだ。その金貨の出所は、賠償金として食い逃げ犯に請求しているらしいが。


「店員さん、すいません」


「はい、只今伺います。ご注文はお決まりでしょうか?」


「あ、はい。この昼食Aセットを3ついただけますか?」


「はい、かしこまりました。合わせて15小銅貨、もしくは銀貨1枚に銅貨1枚となりますが、持ち合わせはございますでしょうか?」


「はい、足りてます」


「それでは、少々お待ち下さい」


私は注文を受けたテーブルから離れると、手に持っている注文表にAセット×3と書いて、店長さんの所まで向かう。


「店長さん、Aセット3つ、五番テーブルね」


「おう、わかった」


店長さんはそう言うと、Aセットを作り始めた。その手際は側からみれば完璧で、効率的で、的確なものであると思う。少なくとも、私はそこまで綺麗に料理をすることはできない。手際よくもできない。まぁ、ちゃんとしたレシピがあるから、私が作っても味は同じくらいになるけどさ。


「ミナは上の部屋の確認だっけ?」


「そうだな。なんでも、宿屋の方のお客さんが酔って壁に穴を開けちまったらしくてな」


「こういう時ってお客さんには賠償金とか払ってもらうの?」


「ま、当然賠償金は払ってもらう。払ってくれなきゃ捕まってもらって犯罪者になるだけだ」


「ふーん………そっか」


払えなかったら犯罪者か。賠償金を支払うのに猶予とかあるのだろうか?無いなら酷いけど。


「すまない、貴女がアオイだろうか?」


「え?あ、はい、そうですけど。何かご用ですか?」


私と店長さんの話がひと段落した辺りで、今度は違う人に話しかけられた。その声の方向を向くと、腰に剣を携え、鎧を身に纏っている、凛々しい赤髪の青年が立っている。


「あのBランク冒険者のリーチを撃退したと聞いた。この宿屋よりも高い賃金を約束するから、俺のパーティーに入ってくれないか?」


「いえ、お断りします。それでは仕事がありますから──」


「──ちょっと貴女!シロウ様が入れって言ってるのよ!断るなんて失礼じゃない?!」


「そうよ!そうよ!」


その凛々しい青年の後ろ立っている、2人の女性が私のことを責め立ててくる。まただ。この3日間、毎日私が働いている時に必ずと言っていいくらいやってきている。それも、違う人が、だ。私的にはストーカーされている気分だが、実害はそこまでないので問題ない。声をかけられて仕事の邪魔になるくらいだ。………実害になってないだけで、私の精神的ダメージは計り知れないがな。


「そんなこと言われましても、普通に仕事の邪魔なので退いてくれませんか?そんなことすら理解できないんですか?というか、自己紹介すらせずに用件だけ言ってくるのはやめてください。これ昨日の人達にも言ったんですけど、もしかしてそういう情報収集すらしてないんですか?それなら貴女達は論外ですし、論外な貴女達の立ち位置が普通に仕事の邪魔です。貴女達がお客さんじゃないなら早急にこの場から立ち去ってください」


「いいや、俺は立ち去らない。君を俺のパーティーに入れるまでここにいよう」


「………はぁ、そうですか。ご自由にどうぞ」


私はその3人組を普通に無視しつつ、仕事に戻る。









食事処としての昼間営業が終わった15時になっても、3人組はフロアに残っている。上の階の用事や仕事から戻ってきたミナにも色々聞かれたが、私の事を勧誘しにきたアホと言ったら納得してくれた。そんな納得のされ方したくなかったが。


「それで、貴方達はまだ帰らないんですか?仕事の邪魔なんですけど」


「ああ、帰らない。君が俺のパーティーに入ってくれるまで、帰らない」


「………そうですか。じゃ、死ぬまでそこで突っ立っててくださいね。さっきも言いましたけど、自己紹介すらしないパーティーに入ろうとは思いませんから」


「む、自己紹介は君が先にするべきなんじゃないか?」


「あーはいそうですか。私はアオイです。貴女達は?」


「俺達のパーティーは『千剣の集い』だ。知っているだろう?」


「いえ、知りません」


「………そ、そうか?本当に知らないのか?」


「はい、知りません。私に関係ないことの名称なんて覚える必要ありませんから」


「………そ、そうか………と、とにかくだ!俺の名前はシロウ。Bランク冒険者だ」


「私はイオリ!シロウ様の偉大なパーティーの一員よ!」


「私はロアよ。私もシロウ様のパーティーの一員ね!」


シロウさんは赤髪の青年で剣を持っている人。イオリさんは茶髪の長い髪の大きな杖を持っている人。ロアさんは金髪の短い髪の弓を持っている人。うーん、今すぐにでも忘れそうだな。むしろ覚えている必要は無さそうだ。


「それで、どうして私に加入してほしいんですか?」


「それは勿論、交渉役としてほしいからだ。俺らに学はあるが、言葉を巧みに扱うのは得意ではない。戦う術は持っているが、交渉は苦手なんだ。だから、俺らが君を守るかわりに、君は俺らを守ってほしい」


「論外です。私は別に交渉ができる、なんて公言したことは今まで一度もありません。例え誰かを言葉によって貶めたとしていても、それが交渉に使えるわけがないでしょうに。そもそも交渉の経験なんて一度もありませんし、商人でもないですからする気もありません」


「だが、君は交渉できるのだろう?」


待って、待て。私今交渉できないって言ったばっかりだよね?話聞いてないの?


「だから、交渉はできませんって。そんなに交渉できる人材がほしいなら、もう商人でも捕まえてパーティーに入れたらどうですか?」


「いいや、俺は君がいい。そう決めたんだ」


んなこと言われても、私は嫌なんだが。


「………んなこと言われても、私が嫌。私は今の仕事をしたいし、本格的な冒険者になる気はない。私の意思すら尊重できないパーティーに加入したいなんて欠片も思わない。仕事の邪魔だから早く帰ってほしいんですけど」


「俺は君に一目惚れしたんだ。大丈夫、俺が君を絶対に幸せにしてみせよう」


んー?私のお話を欠片も聞いてないな?しかも、何?一目惚れ?は?舐めてんのか?私をただ怒らせたいだけなら死んだ方がいいぞ。


「私はお前みたいな奴に幸せにして欲しくない。パーティーにも加入しない。関わり合いにもなりたくない。帰れ」


「いいや、帰らないぞ。俺は君を加入させるんだ」


なんだこいつ本当にうざいんだけど。


「あ、そうですか。じゃ、衛兵に突き出しますね。ミナ、ちょっと衛兵呼んできて」


「待て!どうして衛兵を呼ぶんだ!」


「貴方が立派な営業妨害をしてるから。それすらわからない常識知らずなんですか?さっき学があるとかほざいてましたけど、そんなもの欠片もないじゃないですか。まぁいいです。貴方はここから帰りもしないし退かないんでしょ?犯罪者になる勇気があるなんて、まぁ凄いんじゃないでしょうか。私には理解できないけど」


「っ………わかった。今日の所は帰るとしよう。俺らも犯罪者になりたくはないからな。………行こう、イオリ、ロア」


「もう二度と来ないでくださーい………………ふぅ」


もう、疲れた。


「お疲れ、アオイ。大変だったわね」


「そういうなら交代してくれたりしない?」


「例え交代できてもやらないわよ?」


だよなぁ。本当、これがまだ3日目というのがうざすぎる。でも、あれでもまだマシ・・な方なのは理解しているので、もうほんとどうしようかな。


「ま、直接殴ってきたりしない分、マシ………」


私がやってるあれは、理論武装や正論だ。言ってしまえば、精神的な防御や攻撃になんら変わりないのは理解している。精神攻撃に対して物理攻撃で反撃、なんて事をする人はどんな世界にも大勢いるのだ。元の世界のモノで例えるなら、煽ると殴ってくるヤンキーとかがそれに当たる。私は実物なんか見たことないけど。しかも、この世界なら普通に剣とかで斬られる時もあるとか怖いよね。


だから、私の攻撃口撃を受けて帰ってくれる人は、多分そこまで短気でもないし、すぐに手が出る人でもない。そんな事をしたら衛兵に突き出されると理解して、理性で本能を押さえられる人だ。だから、ある程度は良い人だと思われる。良い人にも色々と種類があるので、完全に信じるわけではないが。


「本当にそうよ?一応、私かお父さんがいる時にやってるみたいだけど、私もお父さんも取り押さえられてDランク冒険者までよ?どっちもDランクだもの」


「わかってる。けど、今の私には口で攻撃するしか撃退方法が無いんだよ。精神攻撃しかできないんだわ」


「魔法はどうなのよ、魔法。何処まで使えるようになってるの?」


「ん?魔法なら、まだ私の各種適性属性の1番簡な魔法を使えるようになったくらいかな。契約属性と妖属性だけは2つ覚えないと使えなかったから、2つ覚えてるけど………そこまで凄くないんだねぇ」


本当に、各種適性属性の1番簡単な魔法を覚えただけだ。これでもフォージュさんには習得が早いと言われたが、よくわからない。ちなみに、契約属性と妖属性の魔法だけ2つ覚えているのは、そうしないと使えない魔法しかないからだ。


妖属性は、自分の身体を違う姿に変質、変化させる属性だ。言ってしまえば変身魔法で、骨格や筋肉量、体格に体組織の隅々までを違うものにする魔法なのだ。だから、何か違う姿になった後、元の姿に戻る魔法もあるのだ。変身する魔法と、変身を解く魔法、その2つを同時に覚えないといけないと言われたので2つ同時に覚えている。


契約属性は、人ならざるモノを召喚し、契約を結ぶ魔法だ。召喚できる種族の種類は人によってまちまちで、私は悪魔という種族しか召喚することができないらしい。召喚と契約は個別の違う魔法の為、こっちも2つ同時に覚えないといけない。でないと、召喚した後に契約が結べない。


「でも、契約属性の魔法って珍しいわよね。私の知り合いに契約属性を使える人は少ないわ」


「そうなの?」


「ええ、アオイが始めてよ」


「そんなに珍しいのか」


ちなみに契約属性の魔法は一度使っているので、悪魔はこの前1匹だけ召喚して契約を結んでいたりする。タイプ的には使い悪魔とかいう悪魔で、今の私でも勝てるくらいには弱い悪魔だ。なんで私より弱いなんてことがわかるのかというと、始めて召喚して契約をした時に、私がその契約内容を決めることができたからだ。


契約属性の契約するタイプの魔法は、必ず召喚した側、もしくはされた側のどちらかが、必ず契約の内容を決めることができる。どんな状況、条件の時に召喚し、その召喚の対価として何を支払うかを契約によって決定することができるのだ。その契約こそ、契約属性の魔法の真骨頂とも言われている。ただし、どんな契約かを決めたりする決定権があるのは召喚した側、召喚された側、そのどちらか片方のみ。そのどちらかの総合的な魔力量が多い方が契約の決定権を有するのだ。召喚した側の魔力量が多ければこちらが有利な召喚条件を結ぶことができるし、召喚された側の魔力量が多ければこちらに不利な召喚条件を結ばれることもある。


私が初めて召喚し、契約した使い悪魔は『悪魔フクロウ』と呼ばれる伝書鳩みたいな存在らしい。図書館で調べても しっかりとした情報が出たことから、普通に召喚されたことのある存在なのだろう。


「そういえば、あの子はどこにいるの?あの、悪魔フクロウの子」


「多分、街中を飛んでる筈だけど」


「名前とか決めないの?」


「名前はアクだけど………ただなぁ、あいつ最近飯ねだってくるだけしかしてないんだよなぁ」


私の契約した使い悪魔のアク。アクが持っている特殊能力、言い換えればスキルは、解析理解アナライズという深淵属性の魔法で確認することができる。自分や自分に繋がりのある対象の、いわばステータスを確認するような魔法である。自分か自分と繋がりのある存在にしか使えないので、こう、他人のステータスを確認したりはできないみたいだ。ちくしょう。


ちなみにスキルというのは、先天的、後天的に手に入れることのできる特殊な力の総称である。私がこの世界に来た始めの1週間に調べたものの中にあった、ユニークスキルより珍しくもないモノみたいらしい。


話を戻すが、アクの持っているスキルは3つある。私も深淵属性に適性があるため、解析理解アナライズを使える。なので、それでアクのスキルもちゃんと確認して、紙にその情報を写してある。忘れそうだったからな。


「そういえば、アクのスキルを書いた紙は今持ってるの?私、見せてもらってないわよね?」


「見たいの?」


「見たいわ。アオイしか見てないんでしょ?」


「まぁ、そうだけど。えっと………はい、これ」


私はミナに1枚の紙を差し出す。



名前:アク

性別:雌

魔力量:10

《スキル》

視力強化:☆視力を2倍にする

脚力強化:☆脚力を2倍にする

消音飛行:音もなく空を飛ぶ

《召喚条件》

状況や条件問わず、対価として魔力と食事を与えること



ここには、アクについての情報が書かれている。ゲーム的に言えば、アクのステータスが記載されているのだ。書いてあるスキルに対して解析理解アナライズを使うと詳しい内容までわかるので、どうせならとスキルの隣に書いてある。


「アオイ、このスキルの隣にある星の模様は何?」


「星?あぁ、それはアクを召喚している間に私も使えるスキル。契約を結んだ相手の力の一部を使えるんだよ。便利でしょ?」


「つまり、今のアオイは視力と脚力が2倍になってるのね?」


「まぁ、そうだけど。ジャンプ力は上がってたし、眼鏡がなくてもよく見えるよ。眼鏡はレンズ無しのを買った」


そう、これも契約属性の魔法の特性の1つで、召喚して契約をした相手を召喚している最中だけ、相手の力の一部を使うことができるのだ。アクの場合なら、視力と脚力が2倍になることになる。この強化は魔法的なモノらしいので、脚だけ筋肉質になるとかそういうものではないらしい。ちなみにレンズの無い眼鏡を新しく買ったのは、眼鏡を外している状態が慣れないからである。まぁ、買ったと言っても、店長さんが不便だろうってくれたんだけどね。


「この召喚条件の対価って、アオイが決めたのかしら?」


「まぁな。基本的には魔力と食事を与えるだけで高待遇らしいから、それに従ったまでだけど」


「お腹減ってるのかしらね?」


「まぁ、朝昼晩としっかり食いにくるから、お腹は減ってるんじゃないかな」


「というより、一昨日からずっとアクを召喚し続けてるんでしょう?魔力とか、平気なの?」


「ん、魔力なら、召喚する時と契約する時だけしか消費しない。2回目の召喚からは消費魔力がもっと少なくなってるし」


契約属性の魔法のメリットはそこだ。事前に魔力を支払っておけば、召喚し続けても消費する魔力はゼロ。最初の召喚と契約に大量の魔力は消費するが、それも最初だけだ。契約後に召喚する時は、最初の召喚よりも圧倒的に消費する魔力は少なくなる。あらゆる全てが先払いで、後払いなのは召喚時の対価くらいだろう。


「いい魔法じゃない、契約属性の魔法。使うだけいいことばっかりで」


「そうでもないらしい。なんせ、召喚できるのは召喚した人の性格、人格、価値観に倫理観、その人の人生とか特性とか、色々なモノを反映して、召喚者に合う生物しか召喚できないから。私が悪魔しか召喚できないのも、私は悪魔がお似合いだから、らしい」


「小悪魔みたいな女の子ってことかしらね?」


「うるせぇ」


別に私の性格がどうとかいう問題じゃないのだ。恐らく、持っている私のステータスのスキルが原因だと思う。………そう思いたいなぁ。ちなみに私のステータスだが、アクのステータスとは少し違う。確か、こんなんだったと思う。



名前:松浦 葵

性別:女

魔力量:25

ユニークスキル:性転換(神の加護により隠蔽中)

実績:

【器用貧乏】

【悪魔の婚約者】

【一点集中】

【読書家】

【口撃者】

【聖女】

【見習い魔術師】

【見習い契約者】

【見習い召喚師】

【性別神の加護】(神の加護により隠蔽中)



これが、私のステータス。アクのステータスとの違いは、実績というものがある部分だろう。


実績とは、その生物が今までの生で達成した偉業のようなモノらしい。後天的にスキル、ユニークスキルを手に入れることができるモノの1つで、どんな人間であってもある程度は必ずと言っていいほど持っているらしい。実績は1つ1つにいくつかのスキルを内包しており、場合によってはユニークスキルに認定されるモノがある時もあるんだとか。実績に内包されているスキルはあまり強くないが、いくらでも重複するから沢山持っていればいるほど強化されるらしい。


実績には種類が3つあり、本人の力で偉業を達成する"獲得実績"と、周囲の人々の噂などで達成する”付加実績”。そして、生まれた時から持っているユニークスキルのような実績である"特殊実績"のどれかだ。私の場合、【聖女】の実績は付加実績で、【悪魔の婚約者】は特殊実績となる。付加実績か特殊実績かどうかは、またこれも解析理解アナライズを使うことでわかるらしい。


話を戻すと、私が悪魔しか召喚できないのは多分、特殊実績の【悪魔の婚約者】のせいだと思われる。なんでこんな実績を持ってるのかはわからないしどうでもいいが、せめてもっといいのはなかったのだろうか。言っても思っても意味無いけど。


ああそれと、私が性転換できるようになったのは『性別神』とかいう神様の加護のお陰だったらしい。ただ、図書館でその神様について調べてもそんな神様は見当たらなかったことから、まだどんな名前の神様すらわかっていなくて、未だに性別神様としか呼べないけど。というか、私はなんでそんな神様から加護なんてものを貰えたんだろうか。特別何かに祈っていた覚えもないし、何処かの誰かに優しくした覚えもない。………まぁ、考えてもよくわかんないし、いいや。


「ふふ、わかってるわよ。あれでしょ?貴女の実績ってやつのせいなんでしょ?」


「そうだようるさいな」


「悪魔の婚約者、だったかしら?悪魔の婚約者ですってね?悪魔と結婚するなんて………子供はどんな子が生まれるのかしらね?」


「おい、やめろ、想像させるな」


私の特殊実績である【悪魔の婚約者】。その実績が内包しているスキルの効果は全部で3つ。


1つ目は〈悪魔誘惑〉。悪魔と呼ばれる存在を無意識的に誘惑してしまうスキル。そのせいで、私は契約属性の魔法では悪魔しか呼べないのだとか。しかも、悪魔に対してとても好かれてしまうのだ。場合によっては悪魔に愛されてしまうらしく、本当に悪魔の婚約者になるかもしれない実績らしい。このスキルの効果からか、アクにも凄く懐かれている。まだ1週間も経ってないのに。


2つ目は〈悪魔懐孕〉。悪魔との子をなすことができる身体に変質するスキル。つまり、今の私は人間だけでなく、悪魔の形を問わずに悪魔との子供を作ることができるのだ。しかも、別に人型の悪魔だけでなく、動物型でもなんでも、一度まぐわってしまえば相手が悪魔なら1発で子供ができるらしい。とても恐ろしいスキルだ。


3つ目は〈妊娠的中:悪魔〉。悪魔との子ならば確実に孕む、もしくは相手の卵に的中してしまうスキル。私は性転換できる為、どちらも反映されてしまうと思われる。〈悪魔懐妊〉と合わさり、今の私はマジで動物型の悪魔との子供が確実に出来てしまうのだ。しかもだ、私が男でも女でも、どちらでもだ。


だから、もしかしたら、ミナの子供の話が現実になるかもしれないのだ。本気で想像したくもない。というか、女状態で子供なんて作ったら………!やめろ、想像するな私!ほんっとうに身の毛がよだつ!私は妊娠しないぞ!絶対にだ!!………そうだ、そもそも私は男。別に召喚した際に男型なら、契約の対価として性行為を求められることもないだろう………男状態でもしたくないが、まぁ、女状態よりかは………マシだな。


別に、妊娠という行為そのものを否定しているわけではないのだ。私がしたくないってだけで。他の人が妊娠していたらめでたいと思うが、私が妊娠してもめでたいなんて欠片も思わない。私は、男なのだ。妊娠する側ではなくさせる側。言い方が酷いが、言ってしまえば私は犯される側ではなく犯す側の男なのだ。だから、きっと、妊娠なんてしないはず………しないよね?


「あら、想像するなんて………悪魔ってどんな風に子供を作るのかしら?」


「やめろ、マジやめろ」


「ふふ、わかったわよ。やめるわ。本気で嫌がってるみたいだしね?」


「次やったらアクをけしかけてやる。………最悪ワンパンで沈みそうだけど」


「アクって強いのかしら?」


「いや………そこまで強くない。新人冒険者でも討伐できるくらい弱いらしい。悪魔の中でも特に弱い悪魔として冒険者には有名だそうだけど、私はよく知らない。元々はフクロウが悪魔になった事で生まれた種族らしくって、小さな動物を狩ることで餌を確保するらしい。ちょっとした魔法が使える以外は普通のフクロウとなんら変わりないとさ」


事実、悪魔フクロウという種族は弱い。人を襲うことは無く、狩で狙うのもネズミなどの小さな動物で、使う魔法も音を消したり小さな動物を捕まえたりする魔法ばかり。狩ったとしても一切素材にはならないから、森の中で見つけてわざわざ狩るような悪魔でもない。本当に人畜無害な悪魔らしい。


「でも、悪魔なんでしょ?もしアクを狩られたらどうするの?」


「大丈夫、一度契約を結んだ相手は何度も生き返るから。再召喚に1日かかるけど、一度契約を結んだ生物は契約主が死ぬまでちゃんと死ねないらしい。だから、戦闘だと契約主は狙われるらしいとか書かれてた」


「そうなのね、初めて知ったわ」


「まぁ、別に公言するようなことでもないだろうし」


それに、そんなに公言できないらしい。なんせ、この街や国、様々な世界で使われている奴隷制度の奴隷を生み出す時に、契約属性の魔法を使うからだ。奴隷が死んでも生き返るように、貴重な労力を失わないように、契約を結ぶらしい。契約属性の魔法の本に書いてあったことなので、真偽のほどはよく分からないがな。


元々、人間を召喚する魔法はない。が、特殊な魔法道具の首輪をつけることで、奴隷と契約できるのだ。その首輪は、着けている間だけは奴隷が魔物として扱われる魔法道具なのだとか。そこに、魔物と契約する魔法を使う。それだけで、奴隷という種類の魔物との契約が終了する。首輪には着けている奴隷の魔力を激減させる効果もあるから、契約者より魔力量を上回られることもない。そんな風なことが、契約属性の魔法の本に書いてあった。


つまり、私も奴隷と契約を結ぶことができるかもしれないということだ。する気もやる気もはさらさら無いが、こういう知識はしっかり覚えておいて損はない。


「それじゃアオイ、気分転換にでも着替えて街に行きましょ」


「あいや、今日は遠慮しておくよ。1個だけ魔法の検証がしたくてな。その検証が成功できるかできないかで今後の立ち回り方が変わるんだが………いい?せめて、それが終わってからでもいいけど………」


「………しょうがないわね。それじゃ、明日行きましょ」


「ありがとね、ミナ」


………ふっふっふ、勝った、勝ったぞ!ミナに強引に連れ回されることが、遂になくなったのだぁ!はーはっはっは!!ミナの強引な連れ回しを回避する為には、外せない用事を作っておく………これが有効だ!流石に何度も通用するとは思えないので、回数に限りはあるだろうが………手段があるなら話は別というもの。抵抗の手段すらなかったこの前までとは違うのだよ!


私は内心で勝ち誇りながら、ミナと別れて自室まで戻るのだった。









自室に戻ってくると、私は1つの魔法を行使する。


収納ストレージ………っと」


使ったのは、空間属性の魔法である収納ストレージ。個人個人でそれぞれの亜空間を作り出し、その中に術者の魔力量に応じた量の物質を入れることができる魔法だ。イメージとしては、盗難される心配が一切ない鞄のような感じだろうか?いや、金庫だ。誰にも開けられることのない、金庫。そっちの方がそれっぽい。実際、盗難されることはない。なんせ、誰かが他人の亜空間を使うことはできないし、干渉することすらできない。それは、個人個人で魔力の波長が違うからだ。ちなみ魔力の波長とは、生物で言えばDNAのようなモノである。その魔力の波長が個々で違うために、他人の亜空間に干渉できないらしい。


とにかく、今ここで収納ストレージを使ったのには意味がある。それは、今から行う検証に必要なものを亜空間に収納してあるからである。


「あったあった、スマホ。………やっぱ電源は付かないかー」


私が収納ストレージの亜空間内から取り出したのは、既に充電が切れてしまって使えなくなっているスマートフォンだ。このスマホは高校生になってから買ったものなので、比較的新しいものだった筈だ。どうして充電の切れたスマートフォンを取り出したのかと言うと、それは、魔法で検証したいことがあったからだ。


「えっと、静電エレクトロ


私はスマートフォンを右手に持ち、魔法を使った。私が使ったのは、この前までは使うのを止められていた雷属性の魔法だ。イメージするのは掌サイズのソーラーパネルのようなものにして、私の指の先にとにかく弱い電気を纏ってみる。


「うっくぅ………痺れる………ビリビリペンを連続で押してるみたいだわ………いて………感覚ない………」


何でこんな事をしているのかというと、電源の切れたスマートフォンの充電が、雷属性の魔法で代用できないかどうかを検証しているのだ。出力を本当に下げに下げ、スマートフォンが私の流した電気で壊れないように、充電口の部分に指先を当てるようにして充電してみる。


これで充電できるなら、私の情報源が大幅に増えることになる。元の世界の知識限定なら、検索して調べることができる。こっちの世界の知識も、メモアプリとかにわかりやすく書いておけば忘れても見直せばいい。しかも、スマートフォンの色々なアプリがここでもしっかりと使えるのはスマホが使えた時に確認済みだ。写真や動画は撮れるし、ズーム機能で簡易的な望遠鏡代わりにもなる。更に、ストップウォッチや電卓、スマホライトは懐中電灯代わりになるし、コンパスもある。他にもボイスメモとか計測とか、使いようによっては活用できるアプリは大量にある。しかも、私が入れていないだけで便利なアプリはまだまだあるのだ。スマートフォンが使えるだけで、私の取れる手段はあり得ないほどに増える。だからこそ、どうにかして充電できないかと色々しているのだが。


「うーん………慣れてきた………」


今の私は指先から右肩にかけてずっと静電気を浴び続けている感じなのだが、次第に慣れてくると麻酔のような感覚になってくる。指先や右腕は動くっちゃ動くのだが、その感覚が曖昧なのだ。いつぞやにやっていた電気治療もこんな感じだったなと思い出しつつも、その指先はスマートフォンの充電口に触れさせておく。


「んー………ん?あ!電源ついた!」


そして、その状態で待っていると、スマートフォンの画面がついた。ロック画面でパスワードの入力を求められているこの画面を見るのは、実に1週間以上振りだ。この画面を見るに、ある程度の充電がなされたのだろう。やったぜ。


「やった………!取り敢えず、50%くらいになるまでやり続けよう。………魔力足りるかな?消費する魔力はそこまでないから平気だと思うけど………うーん、魔力の残量がわかるMPバーがほしい………」


こう考えると、ゲームのHP、MPバーとか、ステータスのSTRとかDEXとか、INTにCON、APP、POW、それからSIZにEDUとか、ああいう能力値を簡単に可視化できてたのって凄いこと何だなって思えてきた。実際あれって、自分の身体の状態とか才能とかの可視化なんだよなぁ。………うん、そりゃ便利な訳だわ。


「とりあえず………充電しきるまでは放置かなぁ………」










時間は経過して、2時間。常に魔力を消費して自分の腕に電気を帯びていたせいで腕や魔力に限界がきてしまったので、現在は休憩中だ。右腕は痺れて動かないわけではないが動かすのが億劫なので、左手で久しぶりに使うスマートフォンを堪能している最中である。


「いやー、至福だ」


至福も至福。その理由は、言うまでもなくスマートフォンだ。どんな理屈で使えるのかまでは流石にわかっていないが、今なら充電を気にせずにゲームアプリも検索アプリもなんでも自由に使うことができる。暇つぶしだって、メモ帳だって、計算だって、これさえ使えればどうとでもなる。むしろ、今まで出来なかったことができるようになる。その価値は、正直言って私みたいなこの世界に疎い人間では計り知れないものだろう。流石に、それくらいは理解している。


このスマートフォンが最悪争いの種になり得るって事も、私はしっかりと理解している。今は私がこんな風にゲームをしたり小説を読んだりするのに使っているが、これは、言ってしまえば情報の塊だ。これがあれば、異世界の多種多様な技術を確認できるだけではない。異世界というものの確証にもなる。裏を返せば、私が異世界という存在から来た人間であるという証拠にもなる。この世界に私以外の異世界者がいるかどうかはわからない。が、異世界の人間であるとバレたら最高に面倒なことになる可能性も………十分あるだろう。そんなこと、私は嫌だ。


私は、できるだけ怠惰に、できるだけゆったりと過ごしたい。私の周り全てが私の思うがままであればもっといいし、メイドさんとか執事さんとかの身の回りの世話をしてくれる人がいてくれてもいい。世界にある様々な本や魔法という技術についても知りたいし、私の興味のある事は全てやってみたい。………できるならば、せめて周囲の人達には私が本来男であると伝えたいし、異世界から来た人間であるとも伝えたい。私には、やりたい事がこれだけ沢山ある。


「だから、スマホのことは慎重にならないと………」


スマートフォンについての情報を伝える人間は、限りなく少なく………最高なのは、全くいない事だ。誰か一人でも話してしまえば、その人を経由して情報が漏れることだってあるだろう。私の場合、情報漏洩=死に繋がる可能性だってあるかもしれないのだ。だからこそ、この事を知っている人は零が望ましい。が、それではいけない場合もあるかもしれないので、できる限り少なくしたい………というのが私の今の本音だ。特定の情報を知った事で殺される………なんて事もありうる。もしそうなっても私は自分以外を助ける気は一切ないので、普通に逃げるか隠れるよ?


「あ、これ読も」


そろそろ難しいことを考えるのが疲れてきたので、小説でも読んでゆったりしよう。私はそう考えて、夜の仕事の時間までずっと小説を読み続けるのだった。

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