神様か…ツッコミどころありまくりだな!


私が異世界にやってきて1週間。何かしらのトラブルも無く、今日は………私の懸念していた、採寸の日だ。今日で私の社会的な生は終わりなのだろうと、割と本気で絶望していた。


この1週間で、性別を偽る方法については色々調べたのだ。仕事の合間の時間で街にあった図書館に通い詰めて、関係ありそうな本を片っ端から読み漁った結果………収穫はゼロ。いやね、確かに性別を偽ることができそうな事柄が書かれた本はいくつかあったんだ。けどね、どれも割と最高峰の技術とか、めちゃくちゃな量のお金とか、相当な環境とかがないとダメだったんだわ。


例えば、スキル。この世界にはユニークスキルなるものがあるらしく、人間であっても特殊な能力を持つ人の、人ならざる現象を起こす力、らしい。魔法もこれに含まれるらしいが、今は置いておこう。そのスキルの中でも特に珍しいスキル達をユニークスキルと呼称するようで、その中には『変身』というスキルがあるらしい。そのスキルを使えば性別を変えることもできるらしいが………ユニークスキルは天賦の才のようなモノに近く、先天的なモノだ。後天的に手に入れることもできるらしいが………相当に珍しいらしく、私はそんなもの持っていないし後天的に手に入れる方法が書いてないのでこれは不可能。


次に、性転換の薬。女性が男性の、男性が女性の身体になるという薬があるらしい。この薬を作ることはできず、なんでもダンジョンという不思議な場所から入手できるらしい。近頃は、同性同士の夫婦?が大事な子供を残すために使うことが多いらしいが………とてつもない金額を支払わなければ、とても1週間でこの街に来る訳がないらしいので当然ながら却下、というか無理だ。


最後に、特殊な環境。先程の性転換の薬が入手できるダンジョンには、まさにゲームのダンジョンと同じで罠や階層のようなものがあり、内部構造が時間経過によって変化するという不思議な場所なのだが………その中の罠の一部に、性別を反転させてしまう罠があるとかないとか。ただ、その罠が見つかったのは今までの記録では1回のみだし、あったのはゴブリンという他種属のメスを孕ませて子供を産ませるという、なんとも恐ろしい生物の巣の中だったそうだ。その罠にかかった男性を女性にさせ、孕み袋として扱う………なんてことが本に書かれており、『あ、これ無理だ』と察したので、これも却下。


結局、私は男性のままで、ミナに連れられて服屋に来ていた。今はミナと服屋の従業員さんが奥の部屋で会話をしているが………もう駄目だ。きっと、私はここで終わりなのだろう………神様というものがいるのならば、今この瞬間に助けてほしい。普段は神様なんて信仰してすらいないし、確実に私の自分勝手ではあるのだが………神様、お願いです。ほんともう、これ最後でいいんで………私に、性別を自由に変える術をください。ついでに女性用の下着とか、今すぐにくれると助かるんですけど………ダメですかねぇ………?


【『──対象の願いを承諾。実行します』】


………あれ?なんか、声が聞こえてきた………幻聴?


【『幻聴ではありませんよ。私は………そうですね、貴女が特別信仰をしているわけでもない、見知らぬどこかの世界の何かの神です』】


あ、さっきの葛藤は聞こえてたんですか………って、そうじゃない。そうじゃないでしょ私。ツッコミどころはもっとあるでしょうに。


【『別にツッコミどころなんてありませんよ?』】


いや、ありまくりです神様。なんで私は神様を自称する存在と会話しているの、という至極単純な質問、というかツッコミなんですけど。


【『貴女が私に願ったのでしょう?何を世迷言を』】


酷くないですか神様。というか、ぶっちゃけ本当に神様なんですか?


【『貴女程ではありませんよ。それで?性別を自由に変える術と、貴女の新しい身体に合うような女性用下着を持ってきましたが………どちらも要らないのです?残念ですね、折角持ってきたと──』】


欲しいです神様!!いやー参っちゃいますねぇ!!神様なら神様だって明言してもらわないと迷っちゃうってもんですよ神様!!!!


【『──先程と態度が違いますが………まぁいいです。はい、どうぞ』】


………何も変化は………あいや、ありまくりですね。身体はもう既に女の子になってるんですか、股間に何も無いのは違和感ですね。後なんか、胸元とか全身が若干重いのは胸の影響ですか?


【『それもあるでしょうが、恐らくは全体的に筋力と体力が低下しているのもあると思いますよ?男女じゃ筋肉の付き具合が違いますから』】


あーなるほど………下着、普通に元の世界の物なんですけど、いいんですか?これ。


【『大丈夫です。この世界の下着もそれくらいは普通にあります。少し透けるやつですけどいいですよね?ほら、勝負下着というものがあるのでしょう?』】


ありますが、私には必要ありませんね。というか下着の色、何気に私の好きな色の青系統なのがムカつきますね。ああいえ、別に不満というわけではないですよ?


【『わかっていますよ。………おっと、もう時間切れですか。すいませんね、貴女との会話は楽しいのですが、そろそろこちらからの通信ができなさそうです』】


いえ………この場合はありがとうと言うべきでしょうかね?


【『別に必要はないのではないでしょうか?私、仕事しただけですし。それにまぁ、貴方は一応信者に入りますし。それではまた』】


………通信、切れたのかな?さて………なんだったんだ、あれ。え、怖い。何あの人………人?神様?推定神様でいいか。え、何あの推定神様。性別を自由に変える術と、下着を持ってきたって言ってたな………これが神頼み?いやー神頼みするもんだな………そうじゃない、そうじゃないよ私。ツッコミどころは沢山あるでしょう?ほら、どうして神様が私の願いを叶えてくれるのとか、どうして神様と会話してたのとか、あれは本当に神様なのとか、もっとツッコミどころも疑いの余地もあるでしょ?ちょっと理解が追いつかないけど、まぁ、あれが何か考えるのも………ちょっと面倒だし、いっか。深く関わったりしたら正気を失ったりしそうだし………うん、考えないようにしよう。………アイデアでクリティカル出してしまうかもしれんからな………


………まぁ、あの推定神様がどんな存在で、人にとって良い存在か悪い存在かもわからないけど………まぁ、いいか。別に考えるのが面倒とか、そんなこと思ってないっすよ?まぁでも、術を貰ったのは本当なんだし………ありがたやありがたや。いやー、どんな神様かわからないけど、今日から信仰しておこう。………3日で忘れたりしないよね?


………というか、あの推定神様『また』って言ったよね?しかも、なんか『信者』とか言ってなかった?………今は、考えるのはよそう。念話っぽい会話、凄く疲れた。











「あ、こっちよアオイ。こっちこっち」


「あ、うん」


私が異世界の神秘?に触れて内心全力で葛藤していると、ミナの話し合いも終わったのか、私を呼んでいるようだった。そのままミナに誘われるがままに着いていくと、辿り着いたのは広い更衣室………なのだろうか?よくわからないが、ミナと女性の従業員さんはいる。手にメジャーっぽいのを持っているから、まぁ、採寸なんだろうなぁ………


「ささ、アオイの採寸よ。ここ立って?」


「わかったけど………」


「はい、ばんざーい」


「え?ば、ばんざーい」


「えいっ」


ミナの掛け声と私の万歳と同時に、私は女性の従業員さんにお店の制服を一瞬にして脱がされていた。何だその早技。絶対に使う機会少ないでしょ。


「ほらアオイ、ブラ外して?」


「え、やらなくちゃダメ?」


「何言ってるの?上半身は裸にならないと採寸できないでしょ?」


あれ、そんなもんだっけか。………そんなもんか。もう、気にせんとこ。私はミナの指示通り、ブラを外してやった。いや、恥ずかしいけどさ、しないとダメって言われちゃったし、やらなあかんでしょ。なんか頭が追いついていない中、強引に話が進められているような気がしなくもないけど………まぁ、もうされるがままでいよう。考えるのが面倒になってきたし………


「わっ、アオイって着痩せするのね」


「ははは、まぁするかもなぁ。ほら、普段着てるのお店の制服でしょ?身体の線がでない服だから、まぁ………あんまりわからないんじゃないか?そもそもがちっこいし」


「へぇー………というかアオイ、貴女、いつもお風呂は恥ずかしいから一緒に入りたくないとか言ってたけど、今はどうなの?」


「恥ずかしいけど?」


当たり前だろ、普通に恥ずかしいに決まっている。なんせ、目の前に等身大の鏡までもがあるんだよ?自分の姿がまじまじと見えてしまうんだよ?恥ずかしいに決まってるだろ何言ってんだ。


………にしても、本当に、女の子女の子してる身体だ。胸はちっこいが、まぁ、膨らんでいるのはわかる。これならミナの方がでかい。………触ったら、ふにふにしているのだろうか?うーむ………自分の身体なので欲情は流石にしないが………気になる。私の好奇心が囁いている………帰ったら触ってみよう。


「………よし………よし。終わったので服を着てもいいですよ」


「あ、もう終わりですか。ありがとうございました」


ミナと会話している間に採寸はパパッと終わったらしいので、下着をつけることにした。のだが、ブラジャーなんて着けたことないぞ私、どうしよう………なんて思っていると、私の記憶の隅っこに、なんでか女性として生きていくのに必要な記憶がある。なぁんであるんでしょうねぇ………神様?至れり尽くせりなのはいいですけど、もっとこう、他になんか無かったの?いや、嬉しいですけど。


私は(多分)神様から貰った特典っぽいやつの中に入っていたブラジャーの着け方という記憶を漁ることでミナに手伝ってもらうことなく、普通にブラを着けることに成功した。別に何の感慨もないが、やり切った感はあるのでちょっと嬉しかったりする。


私が更衣室のような場所から出てくると、ミナと従業員さんがまた話し始めた。私の制服の製作期間などを聞いたり値段を質問したりしているミナに許可をもらって帰ろうとしたのだが、何故か止められてしまった。なんでも、私の私服と下着も追加で買うらしい。別にいいと言ったのだが、なんか無理くり買うことになったらしい。解せぬ。













お店まで帰って来た私は、両手に抱えている紙袋を部屋の端っこに落としてから、すぐにベットに倒れ込んだ。私は今日から制服ができるまでは仕事が休みらしいので、今日と………最低でも、明日までは暇らしい。その間にすることは………あぁ、私の身体の確認をしなくちゃいけないか。


「まぁ、役には立ったけど………」


性別を自由に変える術。多分、この前調べた変身というスキルと似たようなユニークスキルというものなのだろう。神様から貰ったということは………ふむ………転生………ではないから、転移特典?みたいな感じだよね?もしかしたら信者とか言ってたし、他のものかもだけど………いやまぁ、いいんだけど………えっと、自由に変える術だから………男にも戻れるのかな?


「お………おぉ?」


お、戻れたっぽい?ふむ………本当に自由に変えられるのか………これ、使う機会あるのかなぁ。とりあえず女になっておこう。一応、男ではなく女として認識してもらっているし………何かの拍子にバレたら困るので、とりあえずは何かあるまではずっと男ではなく女としていよう。………お、女になった。ちょっと意識を切り替えれば簡単に変えられるみたいだけど………少し意識を逸らしたら男に戻りそうだ。こう、女モードとか、男モードとか、そういう意識の切り替えができるようにならないと危険だ………よね?ほら、裸の時に変わったら終わりだし………うむ、休みの間は性転換の練習をしようか。精神的な部分のものだから、疲れるようなことはしないし。


「というか、服買ってきたのはいいけど………整理整頓するの私かよ………いいけどさぁ」


ミナも少しくらい手伝ってもよくない?










「アオイー!」


「っ!………なんだ、ミナか………マジでびっくりした………」


性別切り替えの練習を開始してから1時間が経過した頃、唐突に扉を開かれてめちゃくちゃ驚いた。ミナだったからよかったものの、他の人なら死ぬかと思ったよ?とりあえず、今男だから女に切り替えよう。女モード!………うし、変わった。1時間の練習の成果はちゃんと出てる。


「ほらアオイ、これと………これ着て?」


「はい?」


「ほら、着て?」


ミナが今日買ってきた私服を一通り取り出して、それを持って『着て』と私に迫ってくる。突然なんなんだろう、ほんと。いや、ミナなりに私に親切にしてくれてるのはわかるし、ミナが先導してくれるから楽で助かるけどさ。でもね?唐突に着てとか言われても理解が追いつかないよ?


「待って待って………え?何?唐突過ぎて怖いんだけど」


「ほら、折角買ったんだし、貴女少なくとも今日は休みでしょ?どうせなら、今日は新しい服で出かけましょ!」


「いや、まぁ………いいけど………」


自分の女verの身体は色々と触り尽くして………は語弊があるか。自分の姿は貴重なスマホで写真を撮って男性時との差異がどれだけあるのかを一通り確認したので、何処が男の時とどう違うかの確認は済んでいる。それに、客観的な視点から見て男から女、女から男になる時の違和感とかも確認済みだ。その時は他の事柄に視線を誘導すればなんとかなるだろう。それに、多分神様からもらったと思われる女の子に知識を頭の中から引き出して全て目を通しておいた………?ので、まぁ、知識とか記憶とかでもそこまでの問題はないだろう………多分。


「じゃ、これ着て頂戴ね?」


「………いいけど、部屋の外に出てってくれない?」


「嫌よ?」


「あ、そう………」


ミナが持ってきた私服というか私の服は、下着を除いて計3着。上には肩紐のある黒いインナーのようなのを着て、その上から青系統の色で統一された服を着込む。下は紺色で丈が膝下くらいのスカートだった。私的にはズボンの方がいいのだが、ミナにはこっちの方が似合うとゴリ押しされてしまった。あまりミナには怪しまれたくはないのでスカートでいいよと諦めたけども。後、普段からかけてる眼鏡と白いスニーカーはそのままだ。完全にミナの着せ替え人形になった私だったが、まぁ、これでミナが満足してくれるならこれでいいかなって………


「ミナ、どう?」


「うん!似合ってるわよ!」


「あぁ、はぁ、そりゃどうも」


この服装を褒められても、そこまで嬉しくはない。褒められるならもっとこう、男らしい服装でカッコいいとか言われたいんだが。


「ほら、いくわよ!」


「え、ほんとに行くの?」


「何言ってるの?行くに決まってるじゃない」


え、本当に行くんだ。ただただ私の私服姿をミナが見たいだけで、その為の嘘だと思ってたんだけど。え、本当だったの?私が裏読み過ぎただけ?


「ねぇ、ミナ?あの、流石に恥ずかしいから外には………ちょっと行きたくないんだけど………」


「大丈夫!似合ってるから!」


そこは問題ではない。問題は、私の精神的な部分。当たり前だが、私は人生で女装なんてしたことは………この1週間しかない。それしかないが、あれは女装と言ってもお店の制服。学校の制服と似たようなものだと自分に言い聞かせればなんとかなったのだ。元々服装には無頓着だったので、制服ならば平気なのだ。


が、今回は違う。まず、女装ではない。なんせ、今の私は女の姿だからだ。身長体重や顔立ちに一切の変化は無いので、まぁ多分男の姿であっても着込むことはできるだろうし、まぁ多分バレはしない。が、なるべくこの世界では男だとバレないように女の姿でいたいので、その意見は真っ先に捨てた。ええ、捨ててやりましたとも、ええ。例え私がその選択肢を取りたくても、全く良いことはありませんので………ははは。


次に、これから行くのは街中。お店ならお店の中からのみの視線だったので、まだ耐えることは出来た。だが、街中だと四方八方から視線が来るかもしれないのだ。私のガラスハートで耐えられるだろうか?いやまぁ、外見はなんとか平常でいられるかもしれないけど………精神的に疲れそうだ。


「ねぇ………本当に行かなきゃダメ?」


「そんなに恥ずかしいの?」


「恥ずかしいから行きたくない。絶対やだ」


「じゃ行きましょ!」


「あ、そうっすか………」


ミナに根負けしてしまった。多分、うんと言うまで何回でもループしていただろう。まぁ………ミナと一緒ならいいか。多分、視線は全部ミナがかっさらっていくでしょ。胸大きいし。










甘かった。私の予測では、もっと視線はミナの胸に集まると思っていたのに──


「凄いわね、アオイ。街中の視線を独り占めしてるわよ?」


「うるさい」


──何故か、私の方に視線が集まってくる。ミナと並んで街中を歩いているし、ミナだって私服だというのに、私の方にばかり視線が集まってくる。私の方が目新しいから?それとも、私のことが目障りだとか?


「あら、酷い」


「誰のせいだと思ってるの?」


「アオイのせいじゃないかしら?アオイが可愛いのがいけないのよ!」


「可愛いわけないだろ」


私は男だぞ?自室の鏡でさっき自分を客観的に見てみたけど、多分ミナの方が可愛いと思うよ?贔屓目に見てもミナの方が美人だと思うんだけど………本当になんで?


「あら、私は可愛いと思うけれど?」


「それよりもさ、どこに向かってるの?何の説明もなく連れてこられたからどこ行くか聞いてないんだけど」


「言ってなかったかしら?」


「言ってねぇ」


「あら、ごめんなさいね。これから行くのは市場とか、雑貨屋とか、まぁ色々ね。アオイ、街の建物だと図書館しか知らないでしょ?」


「なんで知ってんの?」


ミナに対して図書館に行ったなんて言った覚えはないのだが。図書館の場所もお客さんから聞いたし、使い方も司書さんに聞いたから、ミナに付け入る隙は………はっ、まさか、お店でお客さんに聞いたからか?もしかして聞こえてたのか?


「貴女、開店前に出かけてたでしょう?気になって後をつけたのよ。何かあったりしたら、すぐにでも助けにいけるようにね」


「ストーカーか?」


「その、すとーかー?って言うのはわからないけれど、アオイはどうだったの?何か調べ物をしていたんでしょう?」


「………まぁ、調べ物は必要なくなったかな」


神頼みしたら、推定神様から性転換できる術は貰ったからな。………なんで貰えたのかは知らないし、どうやって貰ったのかもわからない。けれど、それで助かったのは事実。いやー、信仰しちゃうわ。元々何処かの神様を信仰してたりはしてないけども。


「あ、そうだ。アオイは何を調べてたの?」


「えーっと………あー………料理について………かな?ほらさ、一応………食事処の店員だし、料理ができるようになっとこうと思って………」


一応図書館で料理関係の本も何かないかと読んでいたから、まるっきり嘘ではない。いやまぁ、料理というか食材の本だけど………ほら、食べたら性別が変わる食材があるかもしれないでしょう?だってファンタジー世界だよ?魔法のある世界だよ?魔法の料理とかがあるかもしれないじゃない?………なかったけどさ。


「向上心に溢れているのはいいことね!」


「あぁ………まぁ、そうだな?」


この場合、これは向上心というのだろうか?いや、そうなのかもしれないけど………まぁいっか。


「そんな向上心に溢れているアオイに、この街の色々な建物を教えてあげるわよ!」


「ああ、ありがとう」


「………そう?」


「なんでそんなに困惑してるの?」


「いえ………その、アオイが素直にお礼を言うなんて………珍しいなど思って………」


なんて心外な。何?私はそんな心無い奴に見えてたの?え?そんな暴言吐いたりしてないよね私。お礼もちゃんと言ってるし、目上の人には基本的に敬語だよ?酒場に来てるお客さんには必ずさん付けしてるよ?私そこまで心無い言動してなくない?


「私だってお礼くらい言うぞ。失礼な」


「それは知ってるけれど………ここまで素直に言うと思わなかったのよ、ごめんなさい」


謝るんじゃないよ。







結局、その日の私へと向けられる様々な人々の視線が留まることはなく、ミナに視線が集まることはなかった。食事を取っていても、色々と買い物をしていても、街中を回っていても、何故か私の方へと視線が向いてくる。


そして、部屋まで帰って40分経った辺りで気が付いた。


「………あ、よそ者だからか」


気が付いたのだ、私のミナの違いを。それは、この街にいる期間。ミナはこの街の外に出たことは殆どないらしい。それはつまり、ミナは生まれた時からこの街にいるのだ。この街の住人で、それはつまり、ミナのことを街の人々は何度も見ている。あの性格だ。きっと、色んな人と仲がいいに決まっている。


その隣に、私のような余所者で、しかも明らかに街に馴染んでいない奴がいたら………それは目立つだろう。目立たない方がおかしい。服装云々でも、私の性別云々でもない。単に私が珍しいから、視線が集まっていたのだ。その事に気がついた私は、なんだかスッキリしてしまった。









時刻は過ぎに過ぎ、夜。階下では20分前に酒場も終わりを告げており、宿の方も受付を終了している時刻だ。何故休日なのにこんな遅い時間まで起きているのかと言うと、それは──


「さぁアオイ!行くわよ!!」


「本当に行くの?」


「あったりまえじゃないの!」


「そう、ですか………」


──それは、ミナだ。朝型の私がわざわざこんな時間まで眠らないようにしていたのは、またミナに付き合わされているからだ。しかも、今日は本来なら採寸より何倍も無理難題になる予定だったことを。ミナと一緒にこんな夜中に何をするのかと言うと、お風呂に2人で入るだけである。本来は男である私が、ミナと、一緒に入る予定だったのだ。


そう、そうなる予定だったのだ。男のまま入らねばならなかった可能性が高かったからこそ、わざわざ2人だけで入るような時間を私の方から指定した。例え採寸の時に気付かれずとも、お風呂では確実にバレるだろうから。ミナがショックを受けても大丈夫なように、2人きりになれる深夜を選んだのだ。


だが、今の私は違う。何処の誰かもわからない推定神様に貰ったらしい性転換の術を持っているのだから、私自身の身体に関しては何の問題も無い。むしろドンと来いって感じだ。精神面に関しても………多分大丈夫だ。


ミナには悪いが、ミナの身体に興奮するとは思えないからだ。いや、普通の男なら興奮するくらいにはミナの身体は綺麗で出るとこ出てると思うけど、私のエロ方面の性癖には一切刺さらない。だから、別に一緒に入っても………まぁいけるやろ。別に恥ずかしいっての嘘だったし、まぁ………うん、なんとかなるなる。


「ほら!行くわよ!」


「………わかった、わかったよ。行くから。だから腕引っ張るのやめない?」


「手を離したら逃げるでしょ?」


「うん」


「ならこうするべきよね?」


「………そうっすね。とりあえず、着替え取り出すからそこで待ってて。逃げないから」


「わかったわ」


一度手を離してくれた隙に廊下へと逃げ出そうとしたが、普通に回り込まれて両腕を掴まれた。しかも、さっきよりも強く掴まれている。


「やっぱり逃げたわね」


「なんでわかった………」


「もう1週間よ?流石にとりそうな行動くらいわかってるわ」


は?たった1週間で相手のとる行動がわかるの?なにそれ凄い。異世界人の観察力ヤバすぎない?………この場合は、私の基準がおかしいのか………?


「着替えは私が適当に見繕うけど、良いかしら?」


「………どうぞご自由に」


私が選ぶより、ミナが選んだ方が絶対いい感じになるだろう。寝巻きは2つしか買った覚えがないので、そのどちらかにしかならないだろうがな。そんなことより、私の右手はミナの左手によってガッチリと掴まれているので、逃げることもできないこの現状の方をなんとかしなくては………


………なんか、逃げた方が面倒ごとになりそうな予感がするなぁ。ミナの性格上、後になればなるほど強引になっていくし………しょうがないか。腹括って、お風呂行くか。


「ほら、これとこれ持って。あ、ついでに私の分も持って?」


「いや、自分の分は自分で持てよ。私に渡すな」


「あら、酷いのね」


「それはどうもお褒めに預かり恐悦至極の極みです」


他人の荷物なんて誰が持つか。自分の荷物は自分で管理しろ。それができないなら持ってくるな。だから、私は自分の所持品は絶対に他人に渡さないぞ。渡すなら、誰の物か厳密に言及されてない、他人にパクられても問題ない物だけにしてるし。


というか、ミナはどっちの寝巻きを持ってきたんだろう。持ってた寝巻きは………水色の猫耳寝巻きの方か。一着で全身着られるからいいけど、なんでこっちの世界にもこんな服あるの?………まぁ、楽だからいっか。


………あ、下着が無い。


「下着忘れた」


手に持っている服を確認しても、寝巻きはあっても下着がない。流石にノーパンはちょっと………あいや、今はノーブラも追加されるのか………流石に嫌だなぁ………一着だけで全身を包めるとはいえ、下着なしはちょっと………


「取ってきなさいな」


「………へいへい」


もう私が逃げないとわかっているのか、ミナは手を離してくれた。確かに逃げないし、もうそんな気は無いけども………

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