新しい制服のフィット感が凄い


下着を取りに戻ると、ミナは既にお風呂の中に入っているようだった。脱衣所の籠の中にミナの制服が入っていたので、多分お風呂の中にいるのだろう。いなかったらいなかったで驚きだが。


この宿の脱衣所は、元の世界のホテルとそこまで変わったところはない。強いて言えば、照明や水道やドライヤーが、全て魔法道具製な所だろうか。科学の代わりに魔法で再現されている、という感じだ。トイレも元の世界と変わらず、下水道に糞尿やトイレットペーパーなどをまとめて流して、魔法で完全に浄水し、人が飲めるほどに綺麗になった水を川へと戻す、なんて機構が構築されているらしい。


ちなみにこれらは、3日前に酒場に来た下水道管理人さんに聞いたことである。下水道が詰まっていないか、詰まっていたら対処するという、どんな街でも必要な凄い仕事らしい。その給料は公務員並みに高く、人気の仕事らしいが受け入れ人数が極端に少ない、なんともレアな仕事らしい。


やはり、酒場では酒の勢いで言葉が緩くなるらしく、様々な人が色々なことを私に話してくれるのだ。ただ、愚痴を零す時に追加で話してくれるのはいいけれど、重要事項まで話さないか心配ではある。ほら、杞憂かもしれないけどさ、重要事項を聞いて暗殺とかされたくないじゃん?だから、本当にお酒は程々にしてほしい。別に情報が手に入る分はいいんだけどさぁ。


「さてと………覚悟していこう」


フェイスタオル、つまりは手拭いで自分の身体をある程度隠しつつ、曇りガラスのスライド式ドアを開くと、中に溜まっている熱がぶわっと脱衣所までやってくる。暑い。


「あ!やっと来たわね!」


そうお風呂場で叫ぶのは、声的にも脱衣所の様子からも、明らかにミナの声であった。頭と髪を洗っている最中らしく、普段はポニーテールにして纏めている長くて綺麗な髪が床まで流れているらしく、ミナ周辺の床が淡く輝く茶色に染まっているようだ。私はミナの発言をある程度無視しつつ、ミナから3つ程離れたシャワーの前に座る。


お風呂も元の世界のホテルとなんら変わりない構造をしているので、使うことに関しての問題は無い。シャワーもあるし、シャンプーとボディソープ、トリートメントっぽいのもあるし、更には石鹸まで常備されている。この宿のお風呂は、宿の中でならこの街1番の設備を取り揃えているらしい。サービスや食事も高品質ではあるのだが、やはり上には上がいるらしい。やっぱりこの宿は人員不足だと思う。


「ちょっとアオイ!なんで離れるのよ!」


「なんとなく」


「ちょ、待ってなさいよ」


ミナが長い髪を洗うのに時間がかかっている隙に、身体をボディーソープを使って隅々まで洗う。手足の指と指の間は勿論、恥ずかしいが自分の両胸の隙間も直接手で洗う。


そういえば、貴重なスマホで調べてみたが、女性の胸の大きさを示すカップサイズというものは、胸の膨らみの1番高い部分であるトップバストと、胸の膨らみのすぐ下の部分であるアンダーバストとの差で測るらしかった。私の胸はトップとアンダーの差が約15cmくらいだったので、多分BカップかCカップだと思う。ミナに借りたメジャーを使って測ってみたのはいいが、自分一人で測ったので適当である。


そんなことを思い出している内に身体を洗い終わったので、次は頭だ。視界の端っこに映るミナはまだまだ長い髪に苦戦しているらしいから、急いで洗ってしまおう。この1週間、絶対に誰かと入らないよう、急いで身体と頭洗って湯船に浸かってすぐに出てたから、身体を素早く洗うのはもうこの1週間で慣れたのだ。


シャンプーを手に取り、泡立ててから、指の腹を頭に密着させて、小刻みに動かして洗う。頭の隅々まで洗ってから、シャワーを使ってシャンプーを全て洗い流す。シャワーを使わずに頭に触れて、洗い残しが無いか確認をしてから立ち上がる。トリートメントは使い方がわからないので、やらない。確か、髪の受けたダメージの補修とかなんとかをする効果があったような気がするが、よくわからん。


「ちょ、アオイ早すぎ!!」


「そりゃ、髪短いからなー」


そりゃ、私の髪は肩よりも少し上くらいしかないからな。ミナと違ってそこまで長くはないので、そこまで時間はかからない。最近伸びてきているが、まぁ、大丈夫だろう。そんな事を考えている間に立ち上がった私が向かったのは、私が1週間ぶりに、ゆっくりと浸かれる湯船。


「ふわぁ………はふぅ………」


普段の何十倍も、気持ちいい。お風呂特有の暖かさが、身体の芯まで浸透してくるこの感覚………最高!!


「く、このっ!」


私の後ろで何かに苦戦しているミナの声が聞こえてくるが、まぁ、多分まだまだ時間はかかるだろう。そうでないとゆっくり入ることができないから、多少は願望入ってるけども。はっはっは、控えめに言って最高だな!


「えいっ!」


「うひゃっ?!?!」


突然、真後ろからミナの声が聞こえてきたと思ったら、私の胸を触られる感触がしてきて、凄く変な声が出た。めっちゃ驚いた。驚きすぎて、絶対に出さないと決めていた女の子みたいな声まで出てしまった。というか、脇腹も刺激してきてくすぐったい。


「おいっミナ!!」


「ふん、私を無視して1人で満足してるからよ!それに、私からわざわざ離れた位置に座るし、身体洗うのも頭洗うのもどっちも早いし、私の声に一切反応しないし………」


「ちょ、話しながら、くっ、胸揉むの、やめろ!!あっ、やめ、やめろってば!!ミナ!!ち、ちょっと!やめてってば!!ちょっとミナ?!」


ミナが一方的に話しながら、私の胸を揉みしだいてくる。その揉み方はどう考えても適当ではなく、明らかに的確な力強さと場所を揉んでいる。要するに、わざわざ私のくすぐったさを引き出すような揉み方をしてくるのだ。めっちゃくすぐったい。


しかも、私がどれだけ話しかけても、ミナは一切反応してくれない。更には、私の背後、つまりは真後ろから揉まれているため、私の両手がミナによって拘束されている。だからここから逃げ出すこともできず、ミナのされるがまま揉まれ続ける。


「ね、ねぇミナ!!くすぐったい!!くすぐったいんだってば!!ちょっと、ちょっとやめ、やめてって!!」


「それに、アオイはいつもいつも素直じゃないんだから。私と一緒にお風呂入りたいなら、最初っから正直にいえばいいのに。恥ずかしいだなんて、そんな嘘言って………私は悲しいわ」


「それは嘘じゃない!嘘じゃないから!!恥ずかしいの嘘じゃないって!!ちょ、ほんとにくすぐったいんだけど!?あははっ、ちょ、本格的に脇までっ、ほんとやめ、やめて!!」


胸だけでは私への悪戯が物足りなかったのか、ミナの魔の手は今度は脇まで伸びてきた。マジだ。先程の何倍も強いくすぐったさに襲われて、全身から力が抜ける。男状態でこんなにくすぐったく感じたことがないので、マジで始めての感覚だ。


「み、ミナ!謝る!!謝るからぁ!!やめ、やめてぇ!!」


「そう、謝ってくれるの。私、とっても嬉しいわ。じゃ、今度からは、素直に私と一緒にお風呂に入りたいって言える?」


「別にっ、一緒に入ろう、なんてっ、言ったことないでしょ!」


「あらそう、謝る気はないと。もっと強くやってあげても──」


「ごめんなさいごめんなさい!今度からは素直になりますから!!や、やめて!素直になるからやめて!!」


「じゃ、お風呂私と一緒に入りたい?」


「入りたくない!!」


「えいっ」


「あははははっ!!!やめ、てってば!!入るから!!入るからやめて!!!」


「そう?なら、やめてあげるわ。私ね、アオイが素直になってくれてとっても嬉しいわ」


「はぁっ………はぁっ………私は………嬉しくねぇ………!っ………やべっ………?!」


本当にくすぐった過ぎて、全身から力が抜けてしまった。というか動けない。そのせいで腰が抜けてしまい、お風呂の中に身体が入っていってしまう。


「ちょっと、大丈夫?」


「誰のせいだと………!」


「助けなくてもいいのよ?」


「くっ………!!」


ミナが私の身体を支えて座り直してくれるが、ミナは元凶だ。素直に喜べないというか、全く嬉しくない。言ってしまえばマッチポンプのようなことをしているのだから、そう考えるともっと嬉しく無くなってきた。


「ほら、ここにしっかり座って」


「元凶のくせに………」


「その元凶に支えてもらってるのは誰かしらね?」


「ちっ………」


私はそれ以上は何も言わず、素直に脱力した身体を座らせてもらう。ミナもこれ以上の攻撃はしてこないのか、普通に湯船に浸かってきた。だが、安心はできないので、警戒はし続ける。


「くそっ………」


「そんな事言っても、先に色々やったのはアオイの方でしょ?恨むなら自分を恨みなさい」


「うぐぐ………」


反論できない。別にミナを避けてるわけでは………あったな。あんまり直視しないでいようかなって、避けてたわ。


「というか、そんなに私と入るのい──」


「──嫌」


「あら、即答なのね」


嫌に決まっている。もしかしたら、お風呂に入っている最中に男に戻ってしまうことがあるかもしれないから。それに、単純に言って、女性と一緒にお風呂に入るのは非常に恥ずかしい。


それに、私だって男子高校生なのだ。私だって男なのだ。性癖に刺さってすらいない興奮しない女性であっても、流石に裸の付き合いは普通に恥ずかしい。例え今の身体が女性の身体であっても、だ。身体が女性でも心は男性なのには一切変わりないのだから。


だから、嫌だ。嫌に決まっている。役得だなんて欠片も思ってすらいないし、むしろ損だ。いや、別に女性嫌いではないが、それとこれとは違うのだ。


「そんなに嫌なの?どうして?」


「だから言ってるでしょ?恥ずかしいの、私はとっても」


「でも、恥ずかしがってないように見えるけれど?」


「表情とか行動に出すわけないじゃん」


「じゃ、内心では恥ずかしがってるってことかしら?」


「まぁ、そうなるけど………」


「ふふふ、素直じゃないんだから」


十分素直だと思うんだが。言いたいことは悪口だろうとなんだろうと、なんでもかんでも本人の前であろうと言う性格の持ち主だよ?私、ガラスハートではあるけれど、そういうところはやるからね。だってさ、言葉での攻撃だから、いくらやってもあんまり捕まらないでしょ?やり過ぎるとダメだけど。


それに、肉体への攻撃より、精神に攻撃した方がいいでしょ。肉体に攻撃すると傷痕とか痣とかできるかもしないし、そもそも物理的な怪我類は治るまでが遅いから。けど、言葉による精神攻撃なら、相手にいくら攻撃しても跡が残らないし、治るのも極端に遅いでしょ?だからいいんじゃないか。………話が逸れたか。


「そろそろ上がる。手貸して」


「ふふふ、素直になってくれたわね」


「力抜けたの誰のせいだと思ってるの?」


私はミナに愚痴を零すが、ミナの耳には届いていないようだった。










ミナと一緒にお風呂に入った次の日の、昼営業が終わった頃。私が部屋で図書館から借りてきた本を読んでいると、急に私の部屋の扉が開かれた。


「アオイ!貴女の制服ができたわよ!」


「っ、びっくりするから急に開けるなってこれ10回は行ったんだけど………頭悪いの?」


「それよりも、ほら。貴女の制服よ」


「おー、もうできたんだ。それじゃ、夜営業の方はでるか………」


制服ができるまで休み、と店長さんに言われていたので、夜の方の酒場の仕事はしよう。仕事がなければないで暇なので、ちょっとありがたい。私は注文とって運ぶだけなので、料理を作ったりしているミナや店長さんに比べたら仕事は少ないからな。ちなみにオーダーメイドなのにこんなに早い理由を聞いてみたのだが、ミナも特に知らないらしい。まぁそりゃそうだよね。


「ほら、アオイ?」


「ん、何?」


「着てみて?」


「………なるほど、嫌だ」


「着て?」


「嫌」


「着て?」


「嫌」


「着て?」


「………わかったよ」


「やった!」


負けてやった。というか、私の方が折れてやった。こうしないと無限に言ってくるから、面倒極まりない。別にこうやって言ってくれるのはいいけど、せめて限度くらいは覚えてほしい。こっちが負けるまでずっと言ってくるのは、中々に面倒過ぎる。


「はい、これでどう?」


「大丈夫、似合ってるわね」


「そうですか」


似合ってても嬉しくない。………胸元が私の身体にフィットするの、なんか1週間着てたのと違って違和感だけど………まぁ、慣れよう。相変わらず身体の線がでない服を着ると着痩せするが、まぁ、問題はないだろう。うむ、スカート部分の丈の長さも問題なさそうだ。


「それで、夜の方は私出るんだよな?」


「別に明日からでもいいけど、今日から出るの?」


「そうする」


「わかったわ、お父さんに伝えておくわね。仕事までゆっくりしてていいわよ?」


「元からそのつもりだ。気にするな」


休みなら休む、仕事なら仕事する、サボれるならサボる。それが私の毎日だったから、休み時間なら存分に休んでやろう。だが、仕事なら仕事だ。やらないと誰かに迷惑がかかる仕事はサボらずに、やらなくても私にしか迷惑のかからない仕事はサボる。









そして、時間は過ぎて酒場の開店時間になった。私は既にホールまで制服姿でやってきており、そのホールの準備も万端だ。


「お、似合ってるじゃないか」


「あ、店長さん。………まぁ、ありがとうございます」


服装を褒められても一切嬉しくない。嬉しくないが、普通の女の子ならありがとうと言うのではと思って、嬉しくないという言葉を引っ込める。というか、ここで嬉しくないなんて言った日にはまた制服を新調される未来が見え隠れしているので、そう易々と失言できないのだ。店長さん、割と天然だからさ。冗談で言っても本気で言っても本気だと取るから………


「そういや、今日はあいつが来るんだったな」


「あいつ?」


「ん?ああ、そうか。知らないんだったな。この酒場に来る冒険者のお客の中で1番強いやつがいるんだが、そいつが今日帰ってくるんだ。毎回毎回派手に酒を飲むから、いつもより多めに仕入れとかないとたまに品切れになるんだって思い出してな」


なんと、物凄くお酒を飲む人なのか。でも、1番強いと………ま、どうでもいいか。そもそも他のお客さんの名前と顔が一致、それどころか名前すら覚えてないというのに、そこに1人追加されても覚えきれないから、ミナにでも任せておこう。ミナならば店長さんと同じで名前も顔をわかっているはずだからな。


「お、今日はアオイちゃんいるのか!」


「えっ、はい。制服が来たので」


「まぁだ敬語抜け切ってないぞー?」


「まだ、慣れないんだ」


ダメだ。ミナに対してなら男口調で話せるのだが、お客さんにはどうしても敬語を使ってしまう。基本的にお客さんは年上だし、敬う部分のある人が多いからだろうか。タメ口でやろうと思っていても、自然と敬語が出てきてしまう。


「そうそう、そんな感じでよろしく!あ、ビール3つと串焼きお願い!」


私が考えている間に、いつのまにかテーブルに座ったお客さんに注文をされる。


「わかりま………あー、わかった」


テーブルについたお客さんから注文を受けて、その注文通りの品を店長さんに報告。ビールは酒樽が用意されているので、木製のジョッキを取ってからお酒を注ぎ込むだけ。店長さんに串焼きを渡してもらって、3つのビールジョッキと串焼きをお盆に乗せて運んでいく。


「えーっと、ビール3本と串焼き………ですか?」


「合ってるぜ!あんがとな、アオイちゃん!」


「あ、いえ、はい」


敬語を外そうと頑張ってはみるが、やはり長年続けてきた癖は簡単に変わらない。普段から親しい、もしくは暴言を言っても問題ない相手には敬語は使っていないが、それ以外の人とは敬語なのだ。少なくとも、小学校の6年の時から、高校1年の今まで、ずっと。


長年と言っても、別に10年間とかの長さではない。けれど、もう少なくとも4年近く敬語を使って話している。そんな簡単に、私の癖は抜けやしない。


「アオイの嬢ちゃん!こっちにも来てくれ!」


「あ、は………わ、かった」


普通に『はい』って言いそうになったが、堪えた。うーん………私、ミナに対しては普通に喋れるんだよなぁ………なんでだろう。………やっぱり、同年代だから?友達とか親友に対しても、普通に喋れるし………同年代の友達しかいないけど。


じゃあ、お客さんのことを友達と同列に思う………?いや、無理だな。お客さんはお客さんだ。………うん。地道に、お客さんにも敬語無しに話せるよう、頑張ろう。それしかない。


「………頑張ろ………」







そうして、1時間は仕事をしただろうか。お客さんからの注文もある程度落ち着いているのは、今は各テーブルで騒いでる最中からだろう。私はカウンター席に座ってサボって………いいや、少しだけ休憩していた。そうだ、休憩しているのだ。


「ちょっとアオイ、なにサボってるのかしら?」


「違うぞミナ、これはサボってるんじゃない。少しだけ休憩してるんだ。それに、お客さんからの注文も無いでしょ?」


「そうだけど………はぁ、仕事できたらすぐに動きなさいよ?」


「わかってるから、安心してもいいぞ」


「安心できないから言ってるのよ………もう」


失礼な、私はやらないといけない仕事はちゃんとやるぞ。今はその仕事がないから動いてないだけだ。


「アオイ、お腹減ったの?」


「減ってはいるけど、仕事前に食べたからまだ大丈夫」


いつも、といってもこの1週間、ミナと店長さんが夜営業の前に食事を取っていたので、私も同じ時間に食事を取っている。仕事中の合間時間を見つけて食べてもいいらしいが、いつもあるわけでもないので仕事前に食べているらしい2人と同じようにしているのだ。ただ、流石に仕事が終わった後にある程度お腹が空くので、軽食を食べたりするが。


「ほんと、よく食べるわよね」


「そうか?」


別に、そんな大量に食べているわけではないのだが。毎食の量を少し減らして何回も食べてるだけだぞ?いやまぁそれってつまり、私のお腹の燃費が割と悪いってことなんだろうけど。………あー、お腹減ってきたな。おやつが欲しい。


「お、来たわね」


「?来た?」


「そうよ。さっきお父さんに聞いたでしょ?」


「?………あぁ、お酒たくさん飲む人か」


一瞬なんだっけと思ってしまったが、思い出した。店長さんが、1番強くてお酒をめっちゃ飲む人が今日来る、とかなんとか言っていた。急にお客さん達がさっきよりも騒ぎ出すからなんだろうと思ったら、そういうことか。


「よぉフォージュさん!今回はどうだっんだ?」


「あぁ………1階層分、進めてきたぞ」


酒場に入ってきた1番強いとかいう人は、所々が薄汚れている人、というのが第一印象だ。その『ダンジョン』ってのから出てきてここまで直行してきたのだろうと、なんとなく理解できた。階層とか言ってるし。


「酒を………ビール、とりあえず5本くれ」


「わかったわ。にしても、汚れてるわね?早くお風呂入りなさいよ」


「うるせぇ、酒が先だ」


「はいはい、ちょっと待っててね」


私はカウンター席に座ってサボっているだけだったので、ミナが注文を受けていた。なんかミナがこっちをチラッと見てきたが、別に注文は1件だけなんだからいいだろう。というか、ビール5本を1人で飲むのか?私はお酒飲んだことは1回も無いが………そんなに飲めるものなのか。凄いなー。


「興味あるなら手伝って欲しいのだけれど?」


「ん?何の話?」


「あの人、1番強い人のことよ。フォージュさんに興味あるんでしょう?」


「?ないけど」


何言ってるんだミナ。興味ある、ってどう言うことなんだろう?お酒凄い飲むなー、くらいの事しか考えてないぞ?それ以上もそれ以下の感想もないが?そりゃまぁ、強いんだろうなぁってくらいはあるけど、別に気にならないし。まず、強いってどう言う意味なのかよくわかってないし。


強いっていうのは、魔法が?武器が?それとも素手が?どこ基準の強さなのかわからない以上、興味は起きない。調べる気もないけど。だって、他人の強さとか、私、一切測れないし。


「あ、これは本音ね」


「?何言ってるの?」


「いえ、今のは私の勘違いよ」


「どう勘違いしたのか聞かせてほしいんだが?」


「あらごめんなさい、ビール運ばなきゃー」


「あ、逃げられた」


ミナはその1番強いとか言う人に、お盆いっぱいのビールを運んで行った。他の人からの注文もまだ無いので、まだゆったりしていよう。


「アオイちゃーん!注文よろしくー!」


「ちっ………はーい」


ゆったりしようと思った矢先に注文が入ってきた。舌打ちしながら立ち上がり、注文がしようと手を挙げている人の元まで向かう。


「はーい、な、にがほしいの?」


敬語はダメ、タメ口。タメ口にしろ。頑張れよ、私。


「お、タメ口頑張ってるねぇ。とりあえず………串焼きを3本くらいくれない?」


「わかりま………あー、わかった」


「その調子その調子」


どうしても、敬語が抜けない。タメ口でいようと努力はしているし、頑張ってはいる。が、やはり駄目だ。………もっと努力しよう。私はさっさと串焼きを運んで、そしてそのままカウンター席にまで戻ってきて、ゆったりしようと座り込んだ。


「ふぅ………」


「貴女ねぇ………サボるならもっと隠れてやりなさいよ」


「隠れてされたいの?じゃあ隠れてやるけど」


「そう言うわけではなくて………あぁもう。アオイ、貴女はフォージュさんの注文だけ取ればいいから。注文もそろそろ減ってくるだろうし、お酒だけなら問題ないでしょ?」


「いいけど、フォージュさんって誰」


「1番強い人の名前よ」


「へぇー………」


3分で忘れるかもしれないが………まぁ、いいか。その時はその時だろう。忘れたら忘れたで本人に名前を聞けばいい。まだ自己紹介すらしてないから、まだ聞く機会はある!………聞くかどうかもわからないけど。


というか、私はまず他のお客さんの顔と名前を覚えて、それから顔と名前を一致させないといけないから、えぇと、なんだっけ………そう、フォーなんちゃらさんの名前と顔を覚える余裕はないのだ。その人が常連さんということはわかったが、私が相手するよりミナが相手する方がいいだろう。どう考えても知っている仲だろうし。


「アオイ、ほら、フォージュさんが呼んでるわよ」


「?それが?」


「今さっき言ったでしょうが。ほら、今日は後フォージュさんのお酒だけ運べばいいからって」


「え、ほんとにやるの?」


「ほんとにやるのよ」


冗談じゃなかったのか、あれ。嫌だなぁ、だってミナが押し付けてくる相手だよ?絶対なんかあるんだって………嫌だぁ………。うし、やるか。


「酒を持ってきてくれ!」


「あ、はーい」


その、えっと………そう、フォージュさんの机に既に置いてあるビールジョッキの数が5本ということは、さっき頼んだ分を既に飲んだということだから………凄い人なのでは? 


私はビールジョッキをさっきのミナと同じように5本持っていくと、私が机に置く前に私の手からジョッキをかっさらっていってしまった。


「んぐっ………ぷはぁ!うめぇなぁ!ここの酒は良い!すまん!追加を持ってきてくれ」


「あ、わかった」


お酒、すっごく好きなのかな。更に追加のビールを持って行きながら、私はそう思った。私も元の世界の牛乳は世界で1番好きだったから、フォージュさんの気持ちがよくわかる。好きな飲み物は良いものを飲みたいし、しかも常に飲んでいたいものだ。


好きな飲み物はどんな食事にも合う。私ならば、牛乳はカレーにもうどんにも蕎麦にも白飯にも食パンにも、ラーメンに麻婆豆腐であってもなんでもかんでも合う。きっと、この人は私と同じなのだ。お酒が好きで、お酒がどんなものとも合うのだろう。あの飲み方は、ただただ暴飲暴食をしたいわけではなく、しっかりと食事をしている。お酒を味わって、お酒を飲むことに妥協しない。そういう人なのだと、見ていてそう思った。


なんとなく、私はそう思った。ただ、それだけだ。


「かぁ!最高だ!………ん?そういや嬢ちゃん、ミナじゃねぇな。新入りか?」


「ああ、うん。私はアオイで、まだここで働いて1週間前後くらい。えっと、フォージュさんで合ってるよね?」


「お、ミナか店長にでも聞いたのか?」


「ミナに聞いた。………お酒、好きなの?」


「あぁ!大好きだ!1番好きな飲み物だな!」


「どうしてここで飲んでるの?もっと他にもあるでしょ、酒場」


この街には、酒場がいくつもある。別にお酒を飲みたいだけの人ならば、この宿に来なくてもいいはずだ。むしろ、色々な酒場を梯子して回った方がいいだろう。


「そりゃあな、ここの酒が"良い"からだ。安くて、旨くて、そいで、俺がいくら酒を頼んでも入店お断りにならねぇ。他の店でもいっつも飲みすぎちまうからなぁ………嫁さんにも、いつも愚痴られてるくらいよ」


「なるほど………大変だ」


私も牛乳好きだから、わかる。お母さんが買ってきた1リットルの牛乳を1日で最低でも3本は飲むから、私もいっつも飲み過ぎとか言われる。自分で稼いでるわけじゃないし、私以外の家族も飲むから私の自腹で買ってくるわけにもいかないしで、普段は抑えてたもの。


「お、わかってくれるか?お前さん、見る限りミナとおんなじくらいの歳だろ?酒飲めるか?」 


「酒は飲んだことないけど、絶対飲まない。悪酔いするかもしれないから。言っとくけど、ミナとは同い年だよ」


「そうか!酒は飲みたい奴だけ飲めばいい!………あ、すまんが、追加お願いできるか?」


「わかった」


私は更に追加でビールを持っていき、机に置いた。とても良い飲みっぷりで、本当に見ていて清々しいくらいだ。………というか、敬語抜けてるや。この人は敬うべき相手なのは理解したが、けど、それ以上に仲良くなったような気がする。喋ってまだ数分だけど、多分。


あの人は良い人だと、そう思ったのだった。











「お、アオイの嬢ちゃん!今日もよろしくな!」


「………冒険者の仕事無いと毎日来るのか、フォージュさん。仕事しろよ大の大人」

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