第6章 冒険者、求む!(2)

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 ビラ配りの日からすでに4日経っている。


 あの日、ビラ配りをした日は人が押し寄せたのだが、次の日からは急激に人数が減った。

 実際、翌日の集客は8人、その次の日は4人、昨日に至ってはたったの一人だ。

 しかも大抵は、仕事の手伝いをしたら金がもらえると聞いてきたのだが――という、いわゆる人足にんそく斡旋あっせんだと思い込んでいるものばかりで、魔物との戦闘の必要があることを告げると去っていった。

 

 彼らの主張としては、

『そんなことは王国兵士の仕事だ。なんでわざわざこのんで命の危険をおかす必要があるんだ?』

ということだった。


「まぁなぁ……、あいつらが言うことも一理あるぜ? 人民たちは王国にいくらかの税を納めているんだ、自分たちを守るのは国の役割だというのも当然と言えば当然なんだろうが――」

レイノルドは肩を落としているアルに声をかけたが、アルは食堂の天井を見上げたまま、黙っている。


「――とりあえず、気長にやるしかねぇだろう。おれはちょっと、街をぶらついてくるぜ?」

レイノルドはアルに許可を求めるつもりで言ったのだが、相変わらずアルは天井を見上げたままだ。


 ふうっと一息ついたレイノルドはギルド庁舎の玄関の扉を開けて、街へ出て行った。


(なにが足りないのだろう――? やれることはやっているつもりだ。王国の依頼もうまくいった。冒険者の話題も注目を浴びているのは初日の人出でわかっている――。やはり、やつらの脅威を身にしみて感じていない人たちには、よくわからないおとぎ話に聞こえるのか――?)


 そんなことが頭のなかをぐるぐると駆け巡る。


(このままでは、各国を周ってギルド支部を立ち上げるなんて何年かかるんだ――?本当に間に合うのか――)


 アルの頭の中はそんなことでいっぱいになっていた。


「――どうぞ、コヒル茶をれました。いい香りですよ、この豆は王都北のメリネ村で採れるんですが、最近は街道にフォレストベアが現れて、行商人を襲ったりするらしいんですよ? 今までにそんなことはなかったんですけどね。森で何か変化でもあったのでしょうか――」

マルタさんは、特に大したことのない世間話でアルの心痛しんつうやわらげようとした。


「そうなんですね。森の食糧が減っているのかもしれませんね。街道の行商人たちは果物なども運んでいるでしょうから、その匂いにつられてくるのかも――」

 次の瞬間、テーブル椅子にもたれかかって天井を見上げていたアルが、そのまま後ろ向きにばたんと倒れた――。ゴン――、と鈍い音が鳴る。


「だ、大丈夫ですか!? アルさん――!」

マルタが慌ててアルを起こそうとするが、アルは、


「マルタさん! ありがとうございます! そうだ、その手があった! それなら戦闘訓練も最少で行ける、最初から魔物なんて言うから、人ごとに思えるんだ――!」

アルは打った頭のことなどもう忘れて、興奮気味だ。


「アルさん、頭、大丈夫ですか?」


「え? なにを言ってるんですか、マルタさん? そういうのは冗談でも馬鹿にしすぎというものですよ?」


「い、いえ、そうじゃなくて、今思いっきり床に頭、打ち付けてました――よね……」

マルタが言い終わるよりも早く、

「マルタさん! 行商人ってどこかで取りまとめしてるんですよね? たしか、この国はという仕組みがあるとか……」


 これは、最初の依頼の時、カイルさんが幹線道路の話の時に話してくれたことだった。

 この国の幹線道路は、計画当初は軍の行軍を考えての整備だったのだが、さきの領土確定戦以降、国家間戦争は起きていないため、本来の目的に使用されることはなくなっていた。しかし、副次的に思わぬところでこの幹線道路は効果を現した。

 

 流通である。


 それまでは、荷物を運ぶのに馬車を使っているものもいたが、荷馬車は高価なうえに痛みが早い。最近でこそ、シルヴェリア産の鉄製車輪が入ってきているが、それまでの木の車輪だと維持費の方が高く、結局のところ馬または牛を引いている方が割安になるという理由で、行商人は個々で徒歩で物を運んでいたのだ。


 ところが幹線道路が整備されたおかげで、馬車の有用性が格段に向上した。高速で痛みも少なく往来できるようになったのだ。しかしまだ、幹線道路は主要都市間にしか整備されていない。

 そこで、これまでは個々で都市間も移動していた行商人たちは、この都市間だけに往来させる「運送組合」というものを立ち上げたのだ。

 これにより、各都市部を拠点とする行商人たちは、圧倒的に移動コストを軽減することができる。大都市間は「運送組合」に依頼してものを運んでもらい、自身は拠点都市周辺を移動するだけで済む。

 流通の速度は格段に向上し、目覚ましい発展を遂げているのだ。


「え、ええ、それなら、数ブロック先の道具屋が元締もとじめで取りまとめていますが――」


「ありがとう! ちょっと、僕行ってきます!」


「え? アルさん! 道具屋の名前は――」

マルタが言おうとした時にはもうアルの姿は玄関の扉の向こうに消えていた。




 街に飛び出したアルは一目散に駆け出していた。

 で、どこに向かって走っているのかと気付くまでに数十秒かかってしまった。


(あ、その道具屋の名前聞いてないや……)

 かぁ―――! 何をやってるんだ僕は――。そう思ったところで、すでにギルド庁舎からはもう数十メル離れてしまっている。

 もう戻るぐらいなら、誰かに聞いた方が早い。

 そう思ってあたりを見回してみると、ちょうどいいところに露天商が目に入った。


 アルはそのテントへと向かって、軒をくぐった。

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