第6章 冒険者、求む!(3)

3

 その露天商には、なんだか見たこともないようなものが並んでいた。

 手のひら大の星形の板、これも手のひら大の4本のとげが正三角錐のような形になっている、それから短刀よりさらに短いナイフのような形をしたもの、そして、短剣だが、鍔が正方形の形で横向きに突出しているもの……。


 一瞬、アルはそれら見慣れないものに目を奪われたが、それ以外には、異国風の服、きれいな布、黄金の塊、それから、ゼーデがニルスで買っていた「ニホントウ」もあった。


「あんちゃん、なにか買うかい?」

露店の主人らしき人物がいきなりやってきたこの青年に声をかけた。


「あ、すみません。いえ、そういうわけじゃないんですが、ちょっと尋ねたいことがありまして――」

アルは、やや申し訳なさげに、

「運送組合の元締めをやっている道具屋というのは、どちらにあるかをお聞きしたかっただけなんです――」

と、主人に尋ねた。


「なんだひやかしか。運送組合ならその先のオルトマン商会という道具屋で取りまとめているよ」

主人はそう言って、

「何も買わないなら、もう行ってくれ」

と続けた。


「あ、ああ、そうですね……。ん? 主人これはなんですか?」

そういってアルはそこにある10センほどの太い針のようなものを指さした。


 それの先端には透明な玉がついていて、透き通っており、中には何やら花の模様のような色彩が閉じ込められているものが、10本ほど並んでいた。

 ここまで透き通った素材なんて、これまでには見たことがない。


「あんちゃんには必要のないものだが、彼女でもいればプレゼントにおススメするぜ? そりゃあ、ってんだ。先端についている玉はガラス玉だ。俺の店で扱ってるのは、ダイワコク政権領の道具なんだ。これはそこの女どもが髪を結う道具なのさ」


「ダイワコク……、主人はダイワコクの方なんですか?」


「ああ、俺はダイワコクの人間だよ? この国へ来てからはもう随分と経つが、今はダイワコクからこいつらを仕入れて販売してる。主に、ダイワコクの民芸品を取り扱っているのさ、武器などはあまり売れないからな――」

そう言って「カンザシ」を一本つまんで見せた。


「あの、もう一つ聞いてもいいでしょうか?」


「なんだよ、まだなんかあるのか?」


「すいません。剣ヶ峰けんがみねという山はご存知でしょうか?」


「ああ、もちろん知ってるさ。ダイワコクで知らない人間はいないダイワコク一番の山だよ」


「そんなに有名な山なんですか?」


「あの国で剣ヶ峰を知らないのは生まれて間もない赤ん坊だけさ。誰に聞いても知ってるよ、それがどうかしたのかい?」


「そこへ行こうと思ってるんです――。あ、もちろん、今からじゃないですけどね、そのうち……です」


「ほう、ダイワコクへ行こうと思ってるのか、あんた。じゃあ、一つ頼まれてくんねえか、いつでもいいんだが、ダイワコクへ行く前にまた寄ってくれよ。覚えていたらでいいからさ、俺の名前はゲンシン・カワダだ。よろしくな、あんちゃん」

そう言って、ゲンシンは右手を差し出した。


「あ、アルバート・テルドールです。よろしく――」

アルはそう言ってゲンシンの手を取って握手をかわした。


「ん? あんちゃん、テルドールって、あの冒険者なんたらとかの頭目かぁ――!」


「あ、冒険者ギルド、です」


「おう、それそれ! ――へぇ、こんなぼっちゃんだったとはねぇ。武器で入用なものとかあったら、ウチをひいきにしてくれよ?」


 そんなことを話していた。

 アルは、ゲンシンにまた来ると言っておいて今日のところは目的地へ急がなければならない、思わぬ道草を食ってしまった。

 しかし「剣ヶ峰」の話は有益だった。それだけ誰でも知っている山なら、ダイワコクへ渡りさえすれば、到達することはそれほど難しくなさそうだ。



 数分後、アルは聞いていたオルトマン商会の扉を開けて中へ入った。

 さすがになかなかの豪商のようだ。店内は広く、棚が整然と並んでおり。そこには様々な道具が並んでいる。

 棚には目もくれず、今は要件が先だとばかり、アルは店内のカウンターへと向かった。


 開口一番、

「運送組合にお話があってまいりました。私はアルバート・テルドール、冒険者ギルドのギルドマスターです――」

目の前の数人の店員のうち一人の女性に目星めぼしをつけてそう伝えると、

「ああ、あの冒険者ギルドの――。少々お待ちください――」

そう言って女性店員は奥へと去っていった。


 さすがに、「冒険者ギルド」の存在自体は知られているようだ。これは先日の王国の告示とビラの効果が充分であることを物語っている。その点については、思ってたとおり上手く行っている。


 しばらくすると、さっきの店員が戻ってきて、

とう商会会頭かいとうの、リカルド・オルトマンがお会いになるということです。どうぞこちらへ――」


 アルは促されるままに、奥の部屋へと案内された。

 部屋は応接室だろうか、大きめのソファに腰かけて待つように言われたので、そのように従った。

 

 数十秒後、さっきの店員が戻ってきて、アルの前にカップをそっと置いた。

 どうぞ、もうしばらくおまちくださいということだったので、応じると、アルはそのカップを手に取って一口、口を付けてみた。


 上品な香りが鼻に抜け、のどを温かい感覚がゆっくりと伝ってゆく。

 これもまた美味しい。


 すると、扉を開けて一人の男が入ってきた。

 年齢は思っていたより若い。まだ30代前半のように見える。髪はやや青みがかった黒で短髪、おでこを広く見せてしっかりとオールバックに上げている。肌は白く、顔にはシミ一つない。切れ長でまつげが長い目で、瞳はブルーに見えた。


「リカルド・オルトマンです。わざわざお越しいただいて恐縮です、テルドール卿」


「アルバート・テルドール、冒険者ギルドのギルドマスターです。よろしく、オルトマンさん」


 そう言って両者は、握手をかわした。




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