第5章 魔巣(2)

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 それは、洞窟内の少し広くなっている場所にぽっかりと浮かんでいた。

 大きさはさほどではないため、おそらくのところ、内部に潜んでいる魔物はせいぜい小鬼がいるかどうかだろう。

 

 魔巣はその大きさに比例して、周囲や内部にいる魔物のクラスが徐々に上がっていくことが経験的にわかっている。

 小さいものなら、オーラットやコモウ、それからスケラト、ウェアラト、ウェアウルフ、ウェアタイガーなどの憑依型の魔物、それから、小鬼、大鬼、という向こうやつらの世界からの襲撃者タイプの魔物という順になっている。

 前段の憑依型というのは、小さい魔巣から出てきたやつらの世界の魔素――これは理由はわからないが、こちらの世界の魔素とは違った特徴があり、こちらのものに憑りついて魔物化させるというものだ。先程のドゴレムもそうだが、憑依対象はさまざまである。大抵は魔素が集中しているコアと呼ばれる部位があり、ここを破壊することで消滅させることができる。

 少し前にミーシャが「診える」ようになったのがこれだ。


 どうやらこの憑依型の魔物が、こちらの世界の魔巣周辺の魔素を収集して、魔巣が徐々に大きく成長してゆくとみられている。

 これまでに発見された魔巣の成長度が最大のものの場合、外部では小鬼による影響、つまり、拉致や周囲への荒らし行為などが起きることがあり、魔巣内部には複数の大鬼が潜んでいることがある。

 現在のところ、大鬼が周辺地域で目撃された例はない為、小鬼の出現から大鬼の出現までには、魔巣の成長にかなりの時間がかかるものだと考えられている。


「ミーシャはこれまでにもいくつか魔巣を見てきているよね。今回のはこれまでと比べてどんな感じ?」

アルは後方に追随しているミーシャへ尋ねた。


「はい、このぐらいであればこれまでも診たことがあります。内部には小鬼が1体か2体ぐらいいるかどうかというところだと思います」

ミーシャは自身の経験からそう診立てた。


「そうね、その診立てであってるとおもうわ――」

ケイティも肯定した。


「カイルさん、小鬼2体だとこちらの被害は今まででどんな感じでしたか?」

アルは続いてカイルへと質問した。


「そうですね、これまでに命を落としたものは2人おります。やつらはとにかく俊敏で小さいので、隊形が崩れたときに、素早くその者に取り付いて首を掻き切られてやられました――」

カイルは心痛な面持ちで答えた。


「すみません、つらいことを思い出させてしまって――。そうですね、やつらの武器はそれほど大きくなく力もあまり強くありません。脅威なのはその俊敏さです。それさえ封じれば、体の強靭さもさほどではないので、いわば小動物と同様、一撃で撃破することも可能です」


「そうですね。それは私も経験的に理解しています。私たち兵士というのは、身をかためて耐えることには向いているのですが、相手を補足して対応するのが不得手なのです――。どうしたって、襲い掛かってくる小鬼にカウンターをくらわせて怯ませるか、隙を見つけて攻撃をくらわせることしかできない。しかし、いまだ正しい対応方法がわからぬままに隊形を変更したりすれば、対応を誤ったときの損害が多くなりかねません――。これまではそれが歯がゆかったのですが、我々の形を守ることで被害は最小限に食い留められていると考えております」

 カイルは自分たちができうる限り最善の方法をとってきたという自負とともに、その歯がゆさを含んだ面持ちで答えた。


「カイルさんのおっしゃる通りです。僕が同じ立場なら、そうしたでしょう――。ですが、今日は、違う形で行きましょう。今日はこちらのメンバーがいます。これにカイルさんとミーシャ、あとそうですね2人だけお貸しください」

 アルは強気でカイルに言い切る。

 そうなのだ、これまでの戦闘から今日脱却してもらわなければならないのだ。そうしなければ、時間がない。アルたちはいつまでもこの国にとどまってはいられないのだから。


「2人? でいいのですか?」


「ええ、2人で充分です。もし万一の場合はケイティがいます。今日は怪我しても大丈夫ですよ?」

 アルはやや意地悪気に言う。


「いえ、そのような油断は致しませんが――、そちらと合わせても8人にしかなりませんよ? 本当にそれで大丈夫なんですか?」

カイルはそう言ってやや半信半疑だ。


「いえ、8人ではありません。こちらからは僕とケイティのみです。なので、合計6人ですね。――とはいっても、ミーシャは戦闘要員ではありませんから、実質5人です」


 カイルは目を丸くしていた。


(そんな少人数でこのクラスの魔巣を撃破するだって――?)


「あと、そうですね。今回ケイティは緊急時以外には攻撃魔法は使わないこととします――」

 これはそちらの軍勢にまだ魔法が使えるものがいないからです。魔法ありきの戦術では参考になりませんからね。ケイティには自身を守るための結界魔法だけを使ってもらいます。つまりは、想定ですね。あとはミーシャのそばでミーシャの補佐をします。

「――なので、実質的に小鬼に対応するのは、私とカイルさんと2名の兵士さんとなりますね」


「し、しかしそれではあまりにも――」

(無謀ではないのか?)


 カイルはそう続けたかったが、アルがこれを制止する。


「だから、作戦が必要なんですよ。あらかじめこういう時はこうするとある程度は決めておきます。それに僕のことは気にしないでくださって結構です。カイルさんたち3人が一組となって、最低1匹の小鬼を仕留めてもらいます。しかも、短時間で、ね?」

 アルはカイルに対してぱあっと明るい笑顔をみせた。

 

 カイルはその笑顔から、アルが持つ経験値の量を感じ圧倒されていた。

(いったいこの少年は、この年齢でどれだけの修羅場をくぐってきたというのか――?) 

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