第5章 魔巣(1)

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「では、まずは我々が先に進みます。ドゴレムに関しては我々の方に経験がありますので、テルドール卿がたは少し下がっていてください」

そう言うと、カイルは小隊員たちに合図を送った。


 なるほど確かに、アルたちは初めて対峙するタイプの魔物だ。ここはカイルたちのお手並み拝見と行くとしよう。


 小隊は狭い小道を密集して進む。おそらくドゴレムの体当たりを警戒してのことだろう。装備は鉄甲冑に大盾、右手には60センほどの鉄槌。

 小隊は初めの一つ目の「ドゴレム」に徐々に近づく。相手の射程に入らないよう充分に距離を詰めると、前の4人が一斉に大盾を構えて「岩」にたたきつけ抑え込む。まさしく力ずくで抑え込むと、そこへ全員で殴り掛かる。鉄槌は容赦なくその「ドゴレム」へと振り注がれた。数分にわたり殴り続けると、対象のドゴレムは粉々に砕けた。


「もう大丈夫です! 魔素は飛散しました!」

ミーシャが叫ぶと、

「そこまで!」

と、カイルが号令をかけた。

 全員が殴打するのをやめゆっくりと対象の岩から離れてゆくと、岩は粉々になってただの石ころと化していた。魔素の反応はもうない。


「なるほど、見事なものですね。ですが、これでは人数も時間もかかってしまいますね――」

アルはそういってカイルの方を見やる。


「はい、おっしゃる通りです。どうしたってこのやり方では、重装にして複数人でかかる必要があります。対象が今のように対して動かない魔物であれば、個別撃破可能なのですが、もし、逆にこちらが囲まれたりすると、仲間の数人が重傷を負うこともあります」

カイルはアルの言葉に真摯に対応している。普通これまでのやり方を否定とまでは行かないまでも、やや批判的に言われれば、気を悪くしない方が無理というものだが、そこはカイルの人徳なのであろう。なかなかに大した人物である。


「では、次は僕たちがやってみましょう。もちろん魔法は無しで、です」


「そうですか。ぜひご教授いただきたい。お願いいたします――」


「実はそれほど難しいことではないんです。こういったタイプ――魔素が自然物などに憑依ひょういしているタイプの魔物は、ほかに人骨に宿るスケラトや、小動物を魔物化するオーラットなどがいますが、全て基本は同じです。実態は自然物ではなく、その魔素そのものになります。しかし、この魔素が淀んで物質を魔物化していることが大半なんですよ。なので、その淀んでいる部分を破壊すれば、あとは崩れ去ります」


――やってみましょう、ミーシャにも手伝ってもらいます。

そう言ってアルは、ミーシャに片眼をぱちりとやった。


 隊列は先頭にレイノルド、その後ろにアル、そしてチュリ、最後にミーシャだ。


 あらかじめミーシャには、後方からを叫んで指示するように言い含めてある。簡単なことだ。「診て、叫ぶ」。これだけだ。


 武器はアル、レイノルド、チュリともに小隊員から借りた鉄槌を使う。レイだけはこれに大盾も構えている。


「じゃあ、いくよ!」


 アルの掛け声とともに、4人はダッシュを開始する。


「よし! ミーシャ、ストップ! よく診てて!」

途中の位置でミーシャは停止し、前方の「岩」に集中を開始した。


「いっくぜ――ぃ! どっせ―――い!」

レイノルドは掛け声とともに対象の岩へ大盾を打ち付け、跳ね上げる。「岩」は若干浮き上がり、レイノルドの数メル先に転がり落ちた。やがて、「岩」はごろごろと音を立て、人型を形作ってゆく――。


「み、診えました! 左胸あたりです!」

叫んだのは後方から「診ていた」ミーシャだ。


「オッケーイ! 左胸ならウチの担当だね――!」

言うなりチュリがレイノルドの脇をすり抜け、一気に距離を詰め、鉄槌を振り下ろす。

鉄槌の先端がものの見事にその人型の岩ドゴレムの左胸にめり込んだ。


 次の瞬間――。

 その人型の岩はガラガラと音を立てて崩れ落ちた――。


「へっへーん! クリティカルヒットだぜ――」

チュリが自慢げに振り返った。


「さすが、完璧だったね、チュリ――」

そう言ってアルは右手の親指を立てて称賛した。



 カイルたち小隊の面々はさすがに唖然あぜんとしていた――。

(あんな小さい女の子の力で、一撃だなんて――)


「い、いったいどういうことなんです――!?」

これまでつとめて冷静だったカイルが、小隊員の面前であることも忘れてアルに詰め寄る。

「我々の力が、それほどに足りていないということなんですか!」


「あ、ああ、いえ、そういうわけじゃありませんよ。一つ言えるのは、『ちから』じゃないってことです」

アルはさすがのカイルの剣幕にやや押されながら、

「カイルさんたちの力ならもっと簡単に倒せると思います、多少てもね――。裏を返せば、チュリほどの力でも、しっかりとヒットさせれば、一撃だということです」


「は? はぁ――」

カイルはやや気を抜かれた感じだ。


「要は、経験や知識が単純な力より必要というだけです。僕たちにはそれがあって、皆さまにはまだ、ない。それだけなんですよ。知ればなんてことはありません」

アルはそう言って、カイルへ微笑んで見せた。


「そ、そういうものなんでしょうか?」


 カイルはやや半信半疑だったが、その後数匹のドゴレムを同じような方法で繰り返し対応してゆくたびに、ぐんぐんと成功率は上がっていった。


 さすがは王国の正規兵たちである。やはり戦闘に関しては鍛え上げられている。


 そんな感じで断崖の洞窟を進むスピードもだいぶんとスムーズになってきた頃だった。


「アル、気を付けてください。先に濃い魔素反応があります――」

ケイティがアルに告げた。


「ああ、間違いない。魔巣だ――」

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