第4章 冒険者ギルド(5)

5

 やがて、道路の右手前方に岩が張り出している場所が馬車の窓から遠目に見えた。


 馬車は6人乗りで、シルヴェリアの荷馬車のようなものではなく、完全に箱型の小部屋を馬2頭で引いているタイプだった。小部屋には前後に向かい合って座席が設けられている。

 当然今回の任務にあたる人員は6人以上なので、1台では足りないため、小隊は馬車2台に分かれて乗車していた。

 前の馬車にアルたち4人と小隊長のカイル、魔感士のミーシャの6人。後ろの馬車に小隊員6名の総勢12名という大所帯だ。


 今回の冒険者ギルドへの依頼内容は、当然、魔巣の駆逐なのだが、もう一つ大きな目的がある。

 それは、「対戦闘」のノウハウの伝達である。

 

 異形のものたちのことを『魔物』と呼ぶようになったのは最近のことである。世界各国にこの事象をしらせるにあたり、「異形のもの」という文言では少し長く使いづらい、よって、「巣から現れる」ということで、『』となった。名称の考案者はイレーナだ。

 

 「ノウハウの伝達手ほどき」とはいうが、実際のところ、彼ら兵士たちは王国の正規兵であるため、こと戦闘に関しては彼らの方がむしろ専門職と言える。

 ただ、彼らの戦闘は『集団戦闘』であって、『個別戦闘』ではない。それは、過去の戦争においては大規模な軍隊による消耗戦が主体だった名残だ。

 どうしたってその形態をとるのは致し方ない。今回も12名という大所帯なのはこのためだ。今後はこれを、小規模な各個撃破型の戦闘へと変化させていかなければならない。

 人の命は消耗品ではないのだ。むしろ、消耗戦になれば人類に勝ち目はない。『魔物』たちの軍勢の数は圧倒的で、この世界の人類のすべてが束になっても、蟻に群がられた蝶のようなもので、なすすべはないだろう。


 だからこそ、迅速に発見次第魔巣を狩りとってゆく必要があるのだ。そのためには少数で速く、しかも同時に多くの魔巣に対処できるようにしなければならない。

 

 初期段階としては、魔巣の発見数は減ってきている。それは、ミーシャに代表される各国魔感士の活躍によるものであることは既に述べた。しかし「やつら」、ことに、が首魁もしくはそれなりの地位にいると考えた場合、いつまでもこの状況が続くとは思えない。


 そのうちに本格的な侵攻が始まる――。


 油断している時間はないのだ。彼らの本格的侵攻を少しでも遅らせるためには魔巣駆逐の速度を上げ、魔巣の巨大化を食い止め続けるほか、今の人類に手立てはない。



 ほどなく2台の馬車は、問題の断崖のそばの道路わきに停車した。

 一行は馬車を降り、カイルとミーシャを先頭に海の見える方へと歩み始めた。吹きすさぶ、冬の海の風が冷たい。


「その先に下る小道があり、そこから断崖の洞窟へ入れます――。しかし、そろそろお気を付けください、ドゴレムはもうそのあたりに潜んでいるかもしれませんので――」

カイルが一行に声をかける。


 ほどなく断崖の際にまで到着した一行の先に、確かに岩場伝いに降りれそうな小道のようなものが見えた。その小道の先には、黒い穴が崖にぽっかりと口を開いている。

「あれが、断崖の洞窟です――。そもそもは近くの集落のものが食用に岩ノリなどを採集する場所だったというのですが、その岩ノリの採取量も減ってきていたので、最近はたまにしか来ない場所となっていたということです――。気を付けて進みましょう――」

そう言って、足を一歩、小道へと踏み出したその時だった。


「ちょっとまってください!」


ケイティが叫んだ。


「ミーシャ、みえる?」


 そう言われたミーシャは、感性を研ぎ澄ますように小道の先へ集中する。


「――あ、前方10メルほど先、小道の左手、崖側に魔素の反応があります!」

ミーシャはあわてて、そう答えた。


「アルは、いたわよね?」

ケイティがたしなめるようにアルの方を見る。


「ふふ、まあ……ね。ごめんね、だまってて。ミーシャのことはケイティに任せた方がいいと思って、ね」

アルは悪びれることもなくそう言った。


(まったくこの人は、ルシアス誰かさんにどんどん似てきている――。アリアーデさまが苦労なさる気持ちがよくわかるわ――)

そう思いながらも、ケイティは、

「そうですね、私に任せてもらいましょう。――ミーシャ、あなたは思ってるよりも魔素感知能力に優れているのよ。この位置よりまだ前から、あなたならはずなの。自分をもっと信じて、集中しましょう。あなたのがパーティのメンバーを危険から遠ざけるのよ――」

そう言って、ミーシャの肩にそっと手を置いた。


「は、はい! これからはもっと早くから警戒を怠らないようにします! ――あ! その先、5メルほど先の左手にも反応が――」

ミーシャは、自分がこんなに遠くの魔素を感知できるとは思ってもみなかった。実際彼女の魔素感知範囲は20メルはあることになる。これはパーティの危険回避にとっては大きいことだ。


「そうね。あなたは自分が思っているよりも能力にあふれているの。それを伸ばしてゆくことが、パーティメンバーの生還率の上昇に大いに貢献できることなのよ。自分の可能性を信じて――」


 アルはそんなケイティをみながら、離れていた間のこの数カ月の間での彼女の成長を嬉しく感じるとともに、自分も負けてはいられないぞと気持ちを引き締めるのだった。

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