第4章 冒険者ギルド(3)

 食事が終わるころ、トレーにカップを4つせてマルタさんが戻ってきた。


 少し小さめのカップに黒い液体が注がれている。

 アルは、カップをつまんで香りをかぐ。コヒルのいい香りが鼻腔をくすぐる。


「『エスプリ』です。少し苦みを感じるかもですが、コヒルの成分ですので、問題はありません。香りと深いコクをお楽しみください」

マルタさんはそう言って皆にうながした。


 アルは少し口に含んでみた。ガツンと来るような苦みであるが、芳醇な香りが鼻に抜け、コヒルの濃厚な味わいが口中に広がったが、不思議なことに後味はさらりとしてキレがいい。


「にがっ――」

チュリは眉間にしわを寄せ、急いでテーブルの上のグラスに手を伸ばし水を飲んでいたが、あとの二人は、納得の表情だった。これもいける。


「マルタさん、お願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」

唐突にアルがマルタへ詰め寄る。


「え? 私にですか? お口に合いませんでしたでしょうか?」


「いえ、その逆です。とてもお料理がお上手なんですね。ぜひギルドうちの食堂で登用する料理人たちのご指導をお願いしたいのです」


「でも、料理人なら腕のいい方がほかにもおいでになると……」


「ギルドの料理人は高い給金をお支払いできるわけではありません。おそらくほとんどが素人料理程度のスキルの方ぐらいしか雇えないと思っています。むしろ、そういう方を登用したいと思っています。登用した方に、これらのベイリスの一般食をご教授くださいませんか」


「え、ええ。どちらにせよ、ミリル様からはしばらくギルドの皆様のお世話をするように言いつけられておりますので、それは構わないのですが、本当に私なんかでよろしいのでしょうか?」


「マルタさんがいいんです。冒険者たちはとても過酷なクエストをこなしてここに戻ってきます。命の危険にさらされるクエストも数多く出てくるでしょう。そんなかれら冒険者たちがここへ戻ったとき、このような家庭料理にありつくのが一番の癒しになるんです。ぜひ、お願いします」

そう言ってアルは頭を下げる。


「テルドール卿、やめてください、困ります――。そんなことされなくても、お手伝いしますから、頭をあげてください――」

マルタはさすがにおろおろと落ち着かない。


「マルタさん、こいつは言い出したら聞かないところがあるんだ。これからもよろしくたのんます!」

レイノルドまで一緒になって頭を下げる。


 一同は思わず爆笑した。


「あらあら、なんかとても楽しそうだねぇ。わたしももうちょっと早くこれたらまじれたのになぁ――」

入口の扉が開いて女性の声がホールにこだました。ミリルだ。

「おまたせ~。ギルドの初依頼、もってきたよ?」


「はい。こちらが依頼書になります」

そう言って一緒に入ってきたのはニルスからずっと一行に同行していたリリアンさんだ。彼女はアルの方へ進み出て、を手渡す。


 スクロールには封印が施されており、それにはベイリス王国の紋章である、ランデルの意匠が施されていた。


「お、おお! アル! 来たぜ、我がギルドの初仕事だ――」

レイノルドがアルの肩をバンバンと叩く。


「い、いたいって、レイ――。でも、ようやくこれで第一歩だね」

アルはそう言って笑った。


「さあ、みんな、張り切っていくよ!」


 ケイティはぱちぱちと手を打ち鳴らし、チュリは手を頭の後ろに組んでにんまりとする。レイノルドはアルの肩を抱いて揺すった。

 さあ、冒険者ギルドの初仕事だ。



――――



「親分さんよぉ~。港の位置はここらあたりがいいと思うんだが、どうだい?」

海の方を向いていた大工の棟梁のモルガンが振り返って、黒い革鎧の男と、片腕の大柄な男の方を向いて言った。


「そうだな、方角も、海の深さもちょうどいいんじゃないか? なにより、景色がいい――」

片腕の男、ダジム・テルドールが隣の革鎧へ声をかけた。


「ああ、問題ない――。遠くにデリュリウス監視塔と、ニルスの港町も見える。――モルガン、ここにしよう」

ルシアスはそう言って了承の意を告げた。


「あの向こうに、あいつらは行ってるんだったな。うまくやれてるだろうか――」

ダジムがデリュリウス監視塔の方を見やりながら、少し心配そうにつぶやいた。


「なあに、心配いらないさ。あいつらだってもういっぱしの冒険者だよ。俺がいなくたって、みんなで相談しながらすすむさ。昔の俺らみたいにな――」

そう言ってダジムの肩をたたいた。


(次にあいつらと会うのが待ち遠しいな――)

ルシアスは、水平線の先を見やりながら思いを馳せていた。

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