第4章 冒険者ギルド(2)

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 ケイティはベッドから体を起こすと、部屋の木窓を開けてみた。窓は観音開きで開く形だ。差し込む陽光と、少し冷たい風が入り込んでくる。

 窓の向こうには、建物の屋根屋根がはるか港の方まで連なっており、その先にはきらきらと光る大海原が広がっていた。

 ベイリールは世界最大の街と言っても差し支えないほどの規模で、シルヴェリア王都よりも広いが、海に面している関係で、背の高い建物はまだわずかである。あちらこちらにちらほらと建っている程度で、大半がまだ1階建て建築になっているのだ。

 この新しいギルド庁舎は2階建てのため、宿泊部屋の窓からは海の方まで見渡せるのだった。


「う~、寒い――」

素晴らしい景色には名残惜しいが、さすがにいつまでも冷たい風にあたっていると冷えてしまう。ケイティは渋々と窓を閉め、身支度を整え始めた。うまく事が運んでいれば、今日はギルドの「初仕事」が入る予定だ。


 ケイティが1階の酒場跡へ下りてゆくと、すでにアルとレイノルドがテーブルをはさんで座っていた。チュリはまだのようだ。


「ふたりとも、おはようございます。早いですね――」

ケイティが爽やかな声色で朝の挨拶をかけると、二人から同時に返答が返ってきた。


「――さすがに少し気負っているのかな。王城からの使いが待ち遠しくてね。目が覚めてしまったんだよ」

とは、アルの言葉。


「おれはもう少し横になっていたかったんだけどな、となりのへやでごそごそがさがさやられたら、気になってよぉ。どうせアル一人じゃなんもすることないだろうから、つきあってやろうかってな」

といって相変わらずの調子はレイノルドさんだ。


 本当にこの二人は、兄弟かと思うぐらい仲がいい。ケイティは少しうらやましくも感じる。


「あ、ケイティス様――。起きていらしたんですか、どうです? ここのベッドの寝心地はいかがでしたか?」

そう声をかけてきたのは、このギルド庁舎に配属されている、魔法庁職員のマルタ・フリアンだった。

 彼女はしばらくの間、ここギルド庁舎で給仕担当として働いてもらうことになっていた。

 

「そろそろ朝食の準備が整うところですよ、できればチユリーゼ様を起こして差し上げてくださいませんか? さすがに男子方にお願いもできませんから――」

そう言って、マルタは一礼して、厨房の方へと向かっていった。


 その背中に、わかりましたと声をかけるとケイティは2階にもどってチュリの部屋をノックし声をかけた。



 少しのち、眠たい目をこすりながらだらだらの恰好をしたチュリと、キチンと身なりが整っているケイティが2階から帰ってきて、4人は少し広めのテーブルの方へと席を換える。

 ほどなく、マルタが膳を運んできてくれた。


 直径約40センほどの大きめの木の平皿プレートが4つそれぞれ各人の前に用意される。

 そこには、アルがあまり見たことがない料理が乗っていた。

 

「これは、初めて見るなぁ、マルタさん、これはなんですか?」

アルがマルタに尋ねると、

「ベイリスの朝食といえば、これが定番です。『ピアディナと野菜のサラダ』ですね。あとで、『エスプリ』もお入れいたしますね」


 平皿の上には薄っぺらく白いパンのような生地で何かを挟んでいるようなものが乗っており、横に色とりどりの野菜が添えられていた。生地に挟まれているのは、チーズ、ハム、緑色の野菜の組み合わせのものが一つと、もう一つの方は、なにかの揚げ物のようなものと赤いペースト状のものが挟まれているようだ。


 ハムの方はなんとなく味が予想できるので、アルはそちらを先に手に取ったが、チュリとケイティは迷わず、もう一つの方を手に取って、ぱくりと勢いよく頬張った。

 このあたり、チュリのほうはある程度イメージ通りともいえるのだが、意外にケイティの方も向こう見ずな一面が垣間見えて、アルには新鮮な感じがした。


「「ん、ん~~! これ、おいしい~~!!」」

即座に反応した二人は互いに見合わせて満面の笑みだ。


「これってお魚、ですよね。それと――」

ケイティが言うと、続けて、

「「トマト!」」

と二人が同時に叫んだ。


「そうですね。お魚は『サーディン』といいます。フリットして衣を付けてさっと揚げてお酢に付け込んだものですね。それにトマトベースにオリーブ油やナス、パプリカを刻んだソースを加えました」

マルタが笑顔で答えた。

「お口に合いましたようで、よかったです。どうぞごゆっくり。わたしは次の用意をしてまいりますね――」

そう言って彼女はまた厨房の方へと戻っていった。


 アルも手に取っていたハムの方を皿の上に戻して、『サーディン』のほうを手に取りなおして、頬張る。


 一口かじった瞬間に、フリットからあふれ出す小魚のエキスとお酢とトマトのソースがじゅわっと口中に広がり、風味があふれ出す。

 フリットのサクッとした感触も、お酢の爽やかな酸味とトマトやほかの野菜の甘みとすごく相性がいい。


「おいしい――」

これは、このギルド庁舎の名物料理になるぞと、アルは確信していた。

 と同時に、各国ギルドにもこういったものがあると副収入が期待できるかもと考えたりしていた。

 ん? なんだか少し、あの男ルシアスの顔が浮かんでしまった。ずいぶんと影響されているなぁと最近よく思うようになっている。

 

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