第4章 邂逅(5)

 物語はルシアス一行がエルシリアに到着したころまで戻る。

 

 ゼーデから唐突な宣告を受け、アナスタシアから聖堂を離れるべきとの提案を受けたケイティは、自室の机に向かい、そこから見える森の木々を茫然と眺めていた。

 部屋にかけられたランプの灯火が弱々しくゆらゆらと揺れている。


 どうして? なにが起こっているの?


 たしかに3日前、ゼーデが現れたことは衝撃的な出来事だった。

 それはこの世界のどこかでなにか異変が起きていることを匂わせるには充分な出来事だ。

 しかしまさか、自分にも異変が起こるなどとは誰が予想しえたことだろうか。

 

 ケイティは自身の身に起きていることに理解が追い付いていない。


 大聖堂を出ていくって、それって、聖堂巫女にはなれないってこと?

 魔素に封印がかけられている? いったい誰が? 何のために?

 封印を解くことができるのはゼーデ様だけ? 

 でも封印が解けたときに私がどうなってしまうのかはわからないって?

 え? 私、死んでしまうのかしら?

 大司祭様はゼーデ様について行けとおっしゃられたけど、そもそもゼーデ様って何者なの?


 次から次にわからないことがあふれてくるが、なに一つとして答えは見つからないのだ。


 頭の中と胸の内側を、疑問が渦巻いてぐるぐるとかき回している。

 

 そうして、気が付くと頬を冷たいものがつたう感触がした。



コンコン。


 優しく扉をたたく音がする。ケイティは慌てて頬をぬぐうと、

「はい。どうぞ」

と言うのが精いっぱいだった。

 

 扉を開けて入ってきたのは、レイリアだった。


「ケイティ……、少しいい?」

そうして、二人はベッドに横並びになるように腰かけた。


「いろいろと混乱しているところもあるでしょうけど、大司祭様が言う事が一番いいと思うの」

レイリアはそう切り出した。


 これまでレイリアはおおくの巫女見習や巫女たちを見てきた。その中には魔素の修練を重ねても一向に兆しすら見えず、魔法を発動させるどころか、魔素を見る目すら身につかないものもおおくいる。魔素視認能力が身についた者だけが司祭となれるため、これが最低の必須条件となる。しかしそれすらままならず、聖堂を去るものも多くいた。

 レイリア自身、魔素がかすかに見え始めるまで聖堂巫女になって数年を要した。今では、人の魔素程度なら集中すれば見える程度にはなったが、それにはとてつもなく体力を消費するため、一日にできるのは一人か二人が限界だ。

 そのレイリアから見ても、ケイティの魔素量は自分よりもはるかに充実しているように見える。魔素量が多い者を見るほうが集中力の消費が少なくて済む。

 ケイティを見るのは、この聖堂の中ではアナスタシア大司祭の次に容易なのだ。

 つまり、今いる聖堂巫女の中で一番魔法発動の可能性があるということだ。


「だからね、ケイティ。あなたは行くべきだと思うのよ。あなたにはその可能性がある、でも、大聖堂ここではあなたを救えない。だから、ヴォイドアーク公に師事して魔法士を目指してほしいの」


 あなたがここに戻ったときには私はもういないかもしれないけど、必ず戻っていらっしゃい、そうしたら改めて大司祭様から叙階を受ければいいわ。それから先はあなた次第よ。大聖堂に残るもよし、王都で働くもよし、地方司祭への道を歩くのもいいわ。

 

「でも、なにを置いても自分の身を大切に、決してあきらめないで。あなたならそれができるはずです」


 そういってケイティを優しく抱きしめた。


 ケイティはただただレイリアの温かさに包まれて涙を流して頷き続けた。


 ――――――


 翌朝、大聖堂での最後の朝食を頂いた。

 巫女見習の後輩たちが一生懸命に作ってくれたコッコ鳥の卵のオムレツと、大聖堂の畑で収穫されたポテトのサラダ、そして、食べ馴染んだブレッド。


 どれもいつもいただいているものだったはずなのに、今朝のは特に美味しく感じられた。

「ぜったい、帰ってきてこの子たちの作ってくれたものをまた食べるんだ」

そう心に固く決意して最後になるかもしれない朝食を味わった。


 朝食後、ケイティは部屋の整理をして、旅支度を整えた。着るものはこのままでいい。このローブこそ聖堂巫女の証、私が帰ることの決意の表れなのだ。


 そうして、最後に行かねばならないところがある。


 エリシア神様にご挨拶をしなければ。




10

 流れゆく光の渦は山の上の方へといざなわれてゆく。そうしてある一点へと向かっている。


 この光の粒子は森の木々、小動物、草花から少しづつ放出されている魔素だ。


 そうして放出された魔素が一体どこに集約されていくのか?

 答えは数分後に明らかになった。不意に木々の間から、白銀の建造物がみえたからだ。光の粒子たちはそこへ流れて集まっていた。


「あれが、エリシア大聖堂だ」

ルシアスが皆に伝える。


 さらに数分後、馬車は聖堂の大扉前に停車した。


 ルシアスを先頭に、一行は扉の方へと向かう。


 その時、大扉がひらかれて、中から凛とした女性が現れた。


「……! ヴィント卿! 閣下がご使者とは驚きました、アナスタシア様は中でお待ちです」

レイリアはルシアスを一目見るなりそういって驚いて見せた。


「やあ、レイリア。君も元気そうで何よりだよ。それよりその閣下というのはやめてくれないか、ちょっとこそばゆい」

そういって満面の笑みを返す。


「なにをおっしゃいます、この王国で最高位の爵位をお持ちの方をお呼びするのに、ほかになんと申し上げられましょう」


 お連れの方たちもどうぞお入りください、居心地が良いかはわかりませんが、広間にて会談の準備が整っております、とそういって一行を中へといざなった。


 数分後、一同は大聖堂の広間のテーブルの席に案内され、乾いた口をアルグレイ茶で湿らせていた。


 まもなくして、アナスタシアと色白銀髪の男が部屋に入ってきた。


「ゼーデ!」

男の顔を見るなりアリアーデが待ちきれずに、席を立って男に抱きついた。


「な? アリアーデ? どうしてここに……」

抱きつかれたその男は目を丸くして驚いている様子だ。


「あなたがここに傷ついて現れたと聞いて、飛んできたのよ! いったいなにがあったというの!?」


 全部をここで話すわけにはいかないんだ、ちょっと、状況を整理させてほしい、ゆっくり話せることを話すから……、そういってゼーデはアリアーデを押しやる。


「ああ、ごめんなさい、私、ちょっとほっとしちゃって。そうよね、席に着きましょう」

そうしてやっとのことで、アナスタシアの方に向き直る。

「弟がこちらに面倒をかけたうえ、介抱までしていただいたと聞いております。本当にありがとうございます」

そういってアナスタシアに礼を述べた。


「ご姉弟だったのですか、それはそれは。できるかぎりのことはしましたが、私どもの力ではこれが精いっぱいでした」

そう応対するアナスタシアはすかさずアリアーデを「見て」いた。


 この魔素量は、いったい?


 そう疑問に思ったが、それもすぐに判明するだろう。

 なぜなら、その向こうに座っている男があの男なのだから。


 とりあえず、ひとしきり終わった後で、一同は席に着いた。


「アナスタシア……。久しいな」

ルシアスが切り出す。


「あなたがここに来るなんて、これは相当の難題のようですね。それにそのお姉さまの魔素量、人のものとは思えませんが? それだけじゃないわね、あなた……」

そう言ってアナスタシアは私の方を見る。

「あなたの魔素量も相当なものですね。私やルシアスをすでに凌駕している。いったい何者ですか?」

アナスタシアはまさかこんなものたちがやってくるなんて思ってもいなかった。いったいこの男、ゼーデとは何者なのだ?


「ふふ……。こいつは、メイファとダジムの息子だよ」


 アナスタシアの目がみるみる丸く大きく見開かれてゆく。


「ルシアス、いまなんて言ったの? 私の聞き違いじゃないでしょうね? メイファって、あの、メイファ、よね?」

アナスタシアの目にあふれんばかりにみるみる涙が溜まってゆく。


「ああ、あのメイファだよ。メイファレシス・ケルティアン。君の師匠だ」


 驚いたのは私の方だ!

 いやいやいや、この男、ルシアスとは、やっぱりとんでもない曲者だ!

 今の今まで、そんな話は聞いてないぞ?

 いったいどんだけ隠してることがあるんだよ?

 一年ほど一緒にいてまだ話してないことがあるなんて……。


 さすがに私も驚いて、ルシアスの方を見る。あいかわらず、この男は涼しい顔をしている。


「なんてこと……。で、メイファはまだ無事なのね?」

そういってルシアスに念を押す。


「ああ、ピンピンしてるよ。一年ほど前にある事件の調査をしてて、本当に偶然出会ってしまったんだよ。別に探すつもりはなかったんだがね」

で、そのときいろいろあってこいつを預かったんだ、とルシアスは続けた。


「そうなのね……。あの人のお子さんなら、理解できるような気がするわ。でも、よかった、王都からいなくなってしまってから、本当に心配してたから……」

でも、お出会いするのは難しそうね、元気でいるのならそれで良しとしておきましょう、といって私の方を見る。

 

 先ほどとはうって変わって慈愛に満ちた優しいまなざしに、私は照れ臭さを感じていた。



 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る